第一話 おはよう世界

「おはようざいます、お嬢様」

「ふぅ~

「???????」


 主人の寝起き、開口一番の一言は流石に予想できるもではなく、メイドとして早五年ストリチィア国レテシア=パルア王女に仕えるがこの時の彼女の言葉の真意は推し量れるものではなく頭に疑問符が浮かぶ。

 ただ一つ言えることがある。我が儘な赤ん坊がそのまま大きく成長した姿を体現しているということだけ。

 その筈だった……。だけど今目の前に彼女は何か違う。身に纏う空気から別人のように思えてならない。


「お嬢様っ!」

「何?」

「お着替えも済ませずにどこへ行かれようとしているのですか」


 普段の彼女であれば、目覚めれば真っ先に華やかなドレスを要求し全身着飾ろうとするはずなのに今日は違った。目覚めた彼女はあろうことか寝間着のまま城下一帯を見渡せるバルコニーへと出ていこうとする。

 いつもならこんな行動は取ったことがない。


「どこって外が見たいの」


 このようなこと一度として無かった。


「あらっどうしたのミカサ?」

「え、あっお召し物がまだ」


 主人は寝惚けているに違いない。

 完全に覚醒を果たせば、何故止めなかったのだと怒られることは明白。

 ならばと必死で止めようとしたが、その努力は無為となり主人は窓を開けバルコニーへと出てしまった。


「やっぱりこの国はこうでなくちゃね。それじゃあ始めましょう」


 また何かぶつぶつと呟くと反転して、困惑し続ける私と目があってしまった。


「ミカサ、正午までに農林省の三等文官パーシャ=ロマノフという人物を探して頂戴。見つけたら、すぐにでも私の部屋まで連れてきて」

「えっ、文官を探してこいと?」

「そうよ。あと朝食はいらないわ。少し考えたいことがあるから、誰も部屋に寄越さないように手配してもらえるかしら」

「畏まりましたお嬢様。では失礼しました」


 私は主人に部屋を出る挨拶を済ませると、同僚メイドが不思議な様子で私を直視していた。彼女とも長い付き合いになる。


「なにモニカ」

「なにってコッチの台詞よミカサ。あんたどうしてあの王女様の部屋から出てくるなり笑っていられるの?」


 同僚のモニカに指摘されて口元に指先を動かすと確かに口角が不自然に上がり笑っている自分が居ることを初めて気づかされる。


「本当だ私笑ってる」

「いやマジでどうした。あの王女の我が儘に呆れて笑ってるの?」


 私は、モニカの質問に首を横に二度振る。

 呆れて笑ってるんじゃない。これは未知への好奇心から湧き上がる感情に近しい何かが、引き起こした笑いだった。

 本当に王妃の言った通りだ。なら私も全力で応えよう。


※※※


「ミカサも出ていった事だし、早速頭の中を整理するとしましょうか」


 敢えて口に出しながら私は過去を振り替えりながら、懐かしの王都城下を眺める。幾度にも及ぶ過去への遡行ダイブ


「でもどうして毎回この日なのかしらもう少し前に戻してくれったって」


 目覚めるのは決まって同じ日。十二歳を迎えた誕生日から一週間経ち、王女の生誕を国を上げ行った活気も収まりを取り戻した何気ない普通の一日。ちなみに何故私が過去に戻れるのか原因はさっぱり分かっていない。

 でもまっ、今は考えても仕方がない。

 すぐにでも行動を起こさないといけない理由があるからには、その為の準備が必要で急がないと間に合わない。


「あぁ~でもどうしてあと一日だけでも前に覚醒してくれないかしら。そうすると滅茶苦茶楽なのに……」


 外の景色を満喫し終えると早速、自室の机と向かい合ってこれから起こり得ることを白紙の紙の上に書き連ねていき整理していった。


「……様、お嬢様、レテシアお嬢様!」

「お連れしました、この方がご要望にあったパーシャ=ロマノフ三等文官です。申し訳ありませんお部屋の前で何度かノックしたのですが返事が無かったので、勝手に入室させていただきました」

「お初にお目にかかります。パーシャ=ロマノフと申します、レテシア=パルア王女殿下して私が殿下に何か致しましたか?」


 記憶を呼び起こす作業に没頭するあまり、全く外部の音に耳を傾けなかったせいでどうやら二人を困らせてしまったらしい。

 反省しなくちゃいけないわね。

 肝に命じ未来に起こりうる出来事を書き記した書物を見られないようにそぉ~と閉じると、席から立ち上がり淑女に相応しい挨拶で出迎える。


「初めまして、パーシャ=ロマノフさん。少し貴方とお話をしてみたいので、そこのソファに座ってくれないかしら?」

「は、はいっ」


 手足が同じように動くぎこちなさが見られる行動のまま、パーシャ三等文官は私が指示したソファに座り、私は彼に向かい合うようにして対面にあるソファに腰かける。やっぱり緊張はそう簡単に拭えないみたいね。


「ミカサ、彼にカモミールティーを用意して貰えないかしら?」

「すぐにお持ちます」


 いきなりのお願いにも関わらず、そこは王女に遣えるメイド。

 ほんの数分ととかからずに向かい合う両者の手元にカモミールティーが注がれたカップが用意される。

 私が口をつけると同時に、目の前の彼もまたカップを手に取るがその指先に至るまで震えていて器の中の液体が外にはみ出さんと揺れ動く様を気がつかないフリとして私は振る舞ってみせた。


「仕方ありませんよね。いきなり王族に呼びつけられれば無理もありません。しかも呼びつけた相手があの我が儘王女なら尚更のことです。取り敢えずは、それでも飲んで落ち着いてください」


 ミカサが用意したカモミールティーを少し飲んだパーシャ三等文官は漸く震えも収まり、真面に話が出来る状態になったように見えた。

 はぁ……、切羽詰まればあの頃の鬼のような形相に変化するのかしら?

 彼の存在を知ったのは、大規模な飢饉により国家が転覆しかけた瀬戸際の時。

 王族を見捨てず国民を守るため死力を尽くし国に遣えた数少ない者の一人として私は彼を知っていた。

 自身の保身の為か、飢饉による民衆の不満の矛先となる国の中枢に居ることを避け逃げ去る多くの文官が居るなか彼は私が知る最期まで動いていた。

 その時垣間見た鬼気迫る表情は、今でも私の脳内メモリに怖い体験ベスト5として保存されていたりもする。


「それで王女殿下、私が何か貴方様のお気に触れるようなことでもしましたでしょうか?」

「別に今のところは何もしていないわ」

「今のところは?」

「そう貴方がするこれからのことについて私は話がしたいの。ねぇこれを見て貴方は何を思うかしら」


 記憶を振り替える傍ら、運命の分岐点として何度も過去のパーシャが口を酸っぱくして私の脳内に叩き込ませたとある事柄を文字に起こし記した紙を今の彼に提示した。


「えっ、これは……。王女殿下どこでこの資料を?」

「なにこれは私が独自に調べたもので、貴方の上司が破棄した嘆願書とは異なるものです」

「そうでしたか。でもここまで瓜二つと呼べるものを仕上げるとは、正直王女殿下は我が儘なだけの“無知な小娘”だと見ていた自分を物凄く恥じています」


 本人、しかも自分が遣える国のトップの娘を“無知な小娘”と呼んでしまった。もしそう思っていても決して誰も本人の前でだけは言わなかったその言葉を……。

 即刻断首されてもなんら不思議は無い自分の発言に今更後悔してももう遅い。

 死を覚悟したパーシャ三等文官だったが、王女殿下が示した次の反応は全く想像出来るものではなかった。


「私がそう呼ばれているのは知ってるし、なにも間違ってないから構わないわ」


 と自分で言いつつも情けなく思える。

 はぁ~どうしてもっと真面目に躾しようとしなかったのよお父様!

 ここには居ない第三者に向けて、つい不満を漏らしてしまうも目の前の相手に集中しなきゃ。


「そんな申し訳ありません」

「王女殿下、失礼ですがそちらの文書は?」

「知りたい?」

「ハッすみません。出過ぎた真似を」

「怒ってないっていいわミカサにも見せてあ、げ、る」


 視界の端で私とパーシャ三等文官の会話を気になってウズウズと聞きたそうにしていた彼女にも見せてあげた。


「本当にこのようなことが起こるのですか?」

「九分九厘起こる。その為に彼を招いたの、手を貸してくれるかしらパーシャ」


 数秒間の沈黙を経て答えは決まったようだ。

 でもそう簡単に事は運ばないのは知っていた。


「手を貸すのは構いません。しかし貴女に何が出来ますか?」

「私には何も出来ないわよ」

「えっ?」

「ごめんなさい。言い換えるわ貴方がすることを私が支えるの、だから頼りなさい」

「信じていいんですね」

「勿論、私を誰だと思ってるのレテシア=パルア。この国の王女よ」

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