第二話 会議を廻すのは誰???
国中が王女の誕生を祝った聖誕祭、その王女の誕生日から一週間が立ち落ち着きを取り戻した今日。
聖誕祭に合わせて、国中から終結した重鎮たちと顔を向かい合わせこの国の王、カイロリアス=パルアが大会議室の奥に鎮座していた。
「では議題は以上と言うことで、これにて会議は閉幕とさせて」
「じゃからまだ話は終わってないと」
「クシャトリア公爵。話は着いたこれで終いだ、諦めろ」
進行役のピーチアス宰相が締めの挨拶をする刹那、後席に座る白髪に白髭とどこから見てもご老体だと言わんばかりの老人が割って入るが、隣に座る別の男に止められ喋らなくなる。
その様子にホッと胸を下ろし再び同じ文言を語り出した時、またしても言葉は遮られた。
遮った元凶は部屋の入り口に立ちニヤリと笑うと我が物顔でずかずかと部屋に進入し勢いよくこの国のトップに抱きつく。
たとえ王族を守る近衛騎士であってもこの小さな侵入者を止めることは不可能。
「おっ父さぁま~」
むさ苦しい野郎ばかりの会議の場に突如舞い降りた少女に家臣たちは不安を募らせる。
いつもこの娘には、手を焼かされてきた。
生涯の愛を誓い合い、側室なども要らぬと王に言わしめた王妃スカーレット。しかし病で若くして王妃は亡くなり、妻の忘れ形見それがレテシア王女。
必然的に王は、娘を溺愛しそれは我が儘王女と世間から呼ばれるようになることにさえ起因していた。
だからこそ家臣たちは、今度もどんな我が儘をこの場で言い放つのか気が気ではない。
「どうしたレテシア。パパはお仕事中なんだ、入ってきてはダメだろ」
突き放すように指摘しつつも、その顔は緩みきっていて全く怒っていない。
寧ろ娘に抱擁され嬉しそうに笑う王の姿に家臣一同危機感を覚えた。
「お父様にお見せしたい方を連れてきたの会ってくれる?」
「なにっ!娘がパパに会わせたい人だと!!恋、恋なのか。それは許さん、パパから可愛い娘を連れ去る不届き者はこの手で殺してくれよう」
「もぉ~お父様、違うってばぁ。まっいいや入ってきていいわよパーシャ」
国の重鎮が勢揃いした場に現れた第三者、その正体は分からずとも彼が何者なのかある程度の推察は立てられる。
「農林省の三等文官風情がよく顔を出せたな。部下の育成もままならないとはバキラ貴様も落ちたものよ」
「黙れアストライア、魔法師がでしゃばるな」
「だがなぁ~バキラ。アストライアが言うことも一理あるぞ、三等文官が王女様と面識があるとは到底思えぬ。どの様な手を用いて近づいたことやら……」
中傷するような言葉が若き文官へと向けられる光景は、正直見てられないが現騎士団長トーファン、並びに魔法師団長アストライアに進言出来る立場にいるはずの王は娘が紹介してきた若者を見るのに夢中で止めに入ろうともしない。
もしもこの場で、二人の大将を止められる者が他に居るとしたら騎士団長の座を退いたクシャトリア公爵しか居ないが虫の居所が悪いのか沈黙を貫く。
「貴方たち、みっともないとは思わないの!大人が大勢寄って集って一人を責めるなんて恥ずかしいわ!!!」
か弱い女の子の声が大会議室を包むように響き、だいの大人は沈黙する。
えっまさか彼女が発した言葉なのか……?
そう思わずにはいられない出来事が起こり、誰もが戸惑う。
「お父様、彼に発言させても?」
「むぅ~それよりもその者が誰かが先」
「お、父、様。それはあとでね」
穏やかな口調ながらその眼は笑っていないどころか冷めた目つきをしていて、あの厳つい王の口を無理矢理閉ざす。
その光景にこの場に集められた人材の多くは王女を知る者だったが、彼女の概念そのものが大きく覆された。
誰もが思う。
彼女は誰だ。
「では私、レテシア=パルアの名の下発議させて貰います。この者に対してクシャトリア公爵が提出棄却された案の責任者と任命し、再度稟議にかけます」
「何を言っているのですかレテシア王女!!!」
どんな我が儘を通すために現れたのかと思えば、普段の彼女からはまず発せられないであろう突拍子もない意見に耳を疑うピーチアス宰相の困惑具合が伺い知れる。
「まぁまぁ落ち着いて下さいピーチアス宰相私は至って真面目です大真面目。これを見て下さい」
そもそもクシャトリア公爵の提案は、今この国において徐々にだが穀物類の生産量が年々減少しつつある問題を打開すべく対策チームの設立に国の予算を割けるべきとのものであったが、そんなこれから起こり得るかもしれない危機よりも目下大国に囲まれる小国の守りを固めるための軍費に必要以上の経費を使うため却下された経緯がある。
「凄いこれは誰が?」
宰相が受け取った書類には何故穀物類の生産量が減少が起きているのか、そのための対応策などが盛り込まれていた。
そこには具体的な数値までこと細やかに。
「勿論彼ですよ宰相」
「本当かね!!!」
「えっ、ちが」
「掘り出し物です。偶然見つけましたえっへん」
書類を手掛けた青年は何かを言いかけたようにも見えたがそれを遮る形で王女が割り込み、自信満々に褒めてと謂わんばかりに胸を張る。
「これならば承認する価値はあると思います」
「まことか?」
「はい、カイロリアス王。非礼を詫びて申し上げますと正直クシャトリア公爵様の計画書は杜撰極まりないものでしたが彼のは試すだけの価値のある代物です」
「宰相がそこまで言うとは……。よし分かったお主名をなんと言った?」
「パーシャ=ロマノフよお父様」
「貴公の才を見出だした娘に感謝するんだな」
「は、はい」
「ではこれにて会議は閉幕。そして君はこっちだ、この提案書についてもっと教えてくれ」
「それはそのぉ~」
青年三等文官は自分をこの舞台の上に担ぎ上げた王女に目を向けるが、丸っきり無視されギラギラと輝かせる宰相に無理矢理連行されていった。
「あっ、お父様少しこの部屋使ってもいい?」
「勿論レテシアの頼みならなんでも聞いちゃうパパ。オーケーだよ、しかし何に使うんだい?」
「お話」
「お話…………誰と?あっパパか」
「もぉー違うってば。私が話したいのはクシャトリア公爵」
「むっ、しかし……。まぁいいクシャトリア時間の許す限り娘の相手をしてくれ」
「かしこ参りました王様」
会議に参加した者たちが部屋から退出する最中行われた王様と王女のやり取りを見聞きした者は、これから我が儘王女の話しに付き合わされるクシャトリア公爵を憐れみつつも自分に火の粉が降りかからないよう急ぎ早やに部屋を後にした。
※※※
「お父様の元気な姿懐かしいわね」
「懐かしいもなにも、王女の前ではいつもあの調子ですよ」
こっそりと覗き込もうと画策したお父様を完全に部屋から追い出し、部屋の前を城に在中する幾人の騎士に見張らせ外界から隔絶した空間を作り私はそこにクシャトリア公爵を招いた。
しかし本当にお父様は私のこと好きよね……
一国の王があんなのでいいのかしら?
「それより私にお聞きしたいことでも?」
早速本題に斬り込んで来たわね。
「まぁそれもあるけど先ずは貴方が思っている疑問から解決しましょうか」
「貴女様は道化を演じておいでなのか?」
「はて言葉の意味が分からないのだけど」
「アレは国の食料事情を危ぶんだ私と農林大臣の二人で考え提出した今考えうる最高のものだと自負している節すらありました。しかし王女も結果を知ってのことだと思いますが宰相からは駄目だしを喰らった。なのに貴女様はそれを覆してみせた」
「勘違いしないで下さい。私はお父様に褒めて欲しくて、面白い人を呼んできただけです」
「無礼を承知で言わせて貰います。それが違うのだけは理解しています。なにより王女の周りは王の命のもと最高の防衛網が敷かれただの三等文官が近寄る余地はない、王女から歩み寄る他以外には絶対会うことはないと断言出来る」
ですよねぇ~さっきの会議では誰も触れなかったけどその結論に辿り着いていたのはおそらく彼ぐらいかな。
ホーエンハイム=クシャトリア公爵。
元騎士団長。
戦で立ち振舞いから戦鎚の鬼と呼ばれ他国から怖れられたらしい。
まぁ今もその面影は残っているが、優しいオジさんに見えるんだよなぁ~。
それは置いとこう。
クシャトリア公爵はお父様の命に従い防衛網を構築した人間。要するに防衛網を熟知しているからこそ私に普通の三等文官が近寄れないことを知っているという訳で。
「皆は口を揃えて、あれは偶々そうなっただけだと言い張るが私はそうは思わない。貧困街を整備させた王女のあの言葉、あれも民を思った上での行動では?」
「…………………………」
あれとはまぁ今の私から言わせてもらえば、ほんとすみません。
何も考えず本音で嫌ってたんです。
だからそんな目で見ないでぇぇぇーー。
ある種私にとって黒歴史とも呼べる過去の出来事。
五歳の誕生日を私が迎えた日、王都ではパレードが盛大に催されその時私の瞳に映った光景が貧困街だった。
余りの見窄らしさに嗚咽を洩らし私は一言お父様に申し願う。
“お父様、あれ無くして”
申し出に娘大好き国王は、本気で向き合い区画整理と称して予算をもぎ取り貧困街に住まう民がより良い生活を出来るように邁進し都市全体がこれまで以上に活気に満ち溢れる結果をもたらした。
これを人々は我が儘王女の奇跡と叫び舞い踊りその時だけは私を讃えたらしいことはミカサから聞き及んでいる私である。
あの頃は高らかに笑ったものだが、今思えばバカにされていたのだと知れば恥ずかしくて穴があったら入りたい。
「私が道化を演じていると知れば、貴方はどうしますかお父様に報告しますか?」
「それは王女の返答次第かと」
「分かりました。正直にお答えします。道化を演じているかと言われれば答えはノーです」
「そうか、私の勘は外れたと」
「ちょまだ話しは終わってません。確かに私は道化を演じていません但し普段は自分の持ち合わす力を活用してないのは事実です。証拠をお見せしましょう」
その言葉は問いただした本人すらも目を点にさせキョトンとさせ私の次の一手に注目しているのが手に取るように分かる。
ここで心を掴むことが、次への布石となる。
どうしても勝ち取らないと。
その為なら全力を出そう。
「これは……?」
「先程宰相にお渡しした書類と同じものです」
「成る程、その手があったか」
クシャトリア公爵は元騎士団長。
故に農業のことをまるで理解していない。とは言え、過去の時代を何度も体験した私は知っている。
クシャトリア公爵は農林省のトップシュピット伯爵と共に例の計画書を作成していることを、まあそれが余りにもお粗末なもので宰相にボロクソコテンパンにされたことはドンマイとしか言い様がないが今は気にすることではよね。
「しかしまさかこれを作ったのは貴女様でしたか!」
これとは勿論今手渡し見てもらった計画書。
しかし当然会議で提出したものは宰相が持ち出したのでないわけだが、無いのならまた作ればいい。
事前に用意していたペンと紙を用いて、公爵の前でもう一度作り手渡したのだ。
「納得されましたか?」
「これで納得しない方が可笑しい。ですが何故三等文官を替え玉にしたので?」
「補足すると彼も似たような考えを持っていました。しかしシュピット農林大臣にまで彼の声は届くことはありませんでした。周りがそれを邪魔していたからです。とその話しは端っこにやって続けます。私がこの計画書を作成する片手間偶々パーシャを見つけスカウト、彼に任せることにしました」
その辺りについては事実とは齟齬が生まれるわけだが、この際隠し通せば問題なしっと。
うん続けるとしますか。
「何故そのように?」
「理由は一つだけ、私が楽をしたいから」
「はぁ~?」
大きく息を吐くように自然と疑念湧きまくりの溜め息が聞こえる。
「誰かに任せた方が私は楽が出来るし、私は自由気ままに暮らしたいの」
これは王女にあるまじき発言に違いない。
これじゃあ我が儘王女と言われること間違いなし。
「フハハハ、成る程そう来たか。では王女よ貴女様は楽をして何がしたいのですか。まさか暴飲暴食、怠惰睡眠とかをお望みで?」
「ううんそれは断じて違う」
全力で真っ向から否定する。
想像するだけで悍ましい私の将来像が過り、頭の中から瞬間的に削除した。
「楽をして責任など担わず、民の為に影から支えるそれが私のモットーです」
矢面に立つことで三回目の人生は事切れた。
挙げ句の果てには傾国の悪女と呼ばれる始末、ならば別の方法を取ろう。
「それが王女の目指す道か……」
一考したあと突然地面に座り込む。
何事かと思えば。
「老い先短いこの命、王女の為にお使いしましょう」
「顔を上げて下さい。クシャトリア公爵」
「なりません。貴女様は民の為を想い動こうとするなのに皆は我が儘王女、世間知らずな王族の恥じと口を揃え仰って私もその通りだと。誠に申し訳ありませんでした」
頑なに顔を上げようともせず詫び続けるクシャトリア公爵。
「なら私から提案です。これまでの貴方の振る舞いを不問にします。代わりに稽古をつけて下さい」
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