第三話 王女と公爵令嬢

「やほっ~順調?」

「順調と言えばまぁ予定通りですね。それより王女殿下、私はあの時のことまだ許してませんからね」


 この度新たに設立された食料問題対策チームそのリーダーに与えられた執務室でパーシャは仕事に明け暮れていると、現れた彼女は机に乗るように腕を下ろす。


「アハハ……面目ない。でも楽しいでしょ」

「それはその通りなのですが、だとしてもあれはないと思いますあれは」


 先の会議から一週間が経過し、早々にパーシャは役職が与えられ忙しい毎日を送っている。その事に申し訳なさを覚えつつもやはり甲斐を持って事にあたる彼の姿を見れば幸せそうに見えたので一安心。

 でも事はそう簡単ではなく。


「まだ怒ってるの」

「当然です。どうして私が発案したことになってるのですかお考えになったのはレテシア王女殿下のはず」


 パーシャ単独で立案したことになっている。私は彼をお父様の前に引っ張っり出しただけと言うことで話は進み、その事に関しパーシャは罪悪感を持っておりことあるごとに私にその件で突っかかってくるのだ。


「嫌よ私。宰相とにらめっこして話すの、あとあんなおっさんばかりに囲まれるの絶対イヤ。それに適材適所、私は別にやることがあるから。じゃあこれからも宜しく」

「あっちょっと話しはまだ終わっていません」

「バイバーイ」


 用件を済ませ自室に戻れば、ミカサに部屋に夕方まで入らないように告げ誰にもバレないよう密かに今日の為に用意した服装に着替え鏡の前に立つ。


「うん中々似合ってるわね」


 如何にも街中にいる平民の子供の服を着た自分の姿を一目し満足する。

 そして目的地目指してこっそり王城を抜け出す私であった。


※※※


「公爵様、談話室にお通ししています」

「うむ分かった行こう」

「しかし何者なのですか、私には年端の行かぬ平民の少女にしかみえません」

「平民?貴族令嬢の間違いでは」

「いえあれは先ず間違いなく平民ですね。追い返しますか?」

「いや一先ずは会っておこう」


 公爵邸があるのは王都の貴族街。

 とある日の昼過ぎ。

 普通なら訪れるはずのない平民の少女が家主ホーエンハイム=クシャトリア公爵に会いに来たとなれば家臣は慌てふためく。

 謎の客人の訪問に家主は帰らせるのではなく招くように促し、家臣一同彼女が何者なのか声を大にして問うのはまごうこと無き事実であった。

 しかし客人の正体を明かすことなく談話室に入室していく家主。そして一切誰もこの部屋に近づけないようにとの指示にこれ以上深入りしてはいけまいと皆萎縮してしまう。


「という訳で約束通り今日来ました」

「失礼ですがどなたですか?」

「私ですレテシア=パルアですよ」


 公爵が知るレテシア=パルアは、黄金色の長い髪が特徴的な貴族令嬢のトップに相応しき様相だった。性格は置いての話だが。

 なのに今目の前にいるのは誰だ?ショートボブの淡い緑色の少女、しかも服装はどこにでもいる平民のそれに近しい。一応今日は王女が屋敷を訪れると事前に伝えられていたから客人を拒まなかったが今更ながら後悔しかければ、やはり目の前の少女は王女らしい。


「上手く効いているみたいね。実は魔法で他人からは別人に見えるようにするとっておきのお忍び魔法なの」

「成る程、王女殿下が来られたことを伏せるには見事と言えますがもう少しどうにかなりませんでしたか?」

「どうして、これだと私が王女だとは誰にも一番バレないと思うんだけど」

「いやぁ…………、それだと誤解が生じる恐れがあると申せば宜しいのでしょうか。兎に角この屋敷に来るのであればもう少しマシな服装でお願いします」


 う~ん、クシャトリア公爵も困ってるようだし次は気を付けるべきかしら。

 でもこの変装お気に入りなんだけどなぁ~。

 バタン!誰も来ない筈の部屋の戸が開く。


「ちょっとじい様、幼気な少女を無理矢理屋敷に招いたってほんと?」

「どうしてここにいるんだ!」

「それは迎えに来たからに決まってるでしょ。会議が終われば領地に戻るって私と約束したのに手紙だけ寄越して帰らないって理由くらい書きなさい」


 乱入者の顔を私は知っている。

 忘れるはずがない。


「無理です、あの方は亡くなられました」


 詰め寄られ胸ぐらを掴まされた私を相手は、激しく睨み付ける憎しみ溢れる眼差しを持って。そこが彼女との分岐点。

 決して同じ方向を歩くことの出来ない決定打。


「それもこれも貴女がじい様を頼りさえしなければこうはならなかった」

「すみません、しかし彼がいなければ勝ちはありませんでした」


 二度目の遡行ダイブを経験した三度目の人生、私は反対勢力を抑える為の戦いに既に息子に爵位を譲り隠居した身のホーエンハイム=クシャトリアに頼み込み手助けを願い出た。

 結果勝利を収めることは出来たが、その戦いでホーエンハイムは亡くなった。

 二度と同じ轍を踏まない為私はこうして今ここにいる。

 それが彼女との約束だから。

 ベレスの顔を向けば過去の記憶が走馬燈のように蘇る。


「その代わり約束します。この国を必ず良くします」


 結局国を良くすることは叶わず道半ばで私は“傾国の悪女”というレッテルを貼られ死んでしまった過去がある。乱入者の顔を見た瞬間脳裏に自分のせいで失われた命、そしてその者に関わる親族の私への恨みその両方が現れた。


「公爵位はコーサスに渡し、私は王都に留まり領地運営は任せると手紙に記載していた筈。お主は既に公爵令嬢になったのだもう少しそれに相応しい振る舞いを覚えなさい」

「いやいやじい様に育てられた私に今更それを言うのは無しでしょ」


 確かに今の彼女は貴族令嬢という言葉よりも女騎士の方が当てはまる印象が強い風格を漂わせていた。 言い負かされしょげるクシャトリア公爵。でも爵位を譲ったのならこれからはホーエンハイム卿と呼ぶことにしよう。

 うん、それがいい。勝手に物事に納得をつけ祖父と孫の幸せそう?(喧嘩中)な言葉のやり取りを眺めていた。


「それで他人事のように振る舞ってるけど、貴女誰なの?」


 おや、急に矛先が私に向いたな。

 会話の邪魔にならないよう静かに配膳されていた紅茶を飲んでいた私にベレスが質問を投げかける。


「あっ名乗っていいの。初めましてベレス、私はサーシャ。ホーエンハイムおじさんとは先週会ったばかりなんだ。でだ貴女が自慢の娘さんね」

「私のこと話したのじい様」

「ええ~とそれはだな……」

「そうそう自慢の娘に贈るプレゼント選びをお手伝いしたの。だっておじさんあまりにもセンスの悪いものしか選ばないのだもの。ねっ、おじさん」


 私の正体がレテシア=パルアだということは伏せ、誰にも明かさないことを以前会った時に約束させていたためなんと答えることが正解なのか分からないホーエンハイム卿に代わって説明責任を果たすことにした。

 まっ適当に考えたことだから、追求された時はごめんよ。

 ちょっとだけ人任せにしつつ私は答える。


「あぁ実はそうなんだ。しかし中々決まらないものだなぁ~」


 上手く話しを合わせてくれた。

 すっとぼけたように口調を誤魔化しながら私の話に追随する。

 苦しすぎる言い訳だったが、何故か予想外の出来事が起きた。


「ふ~んまっそういうことにしておくわ。それじゃあどうしてプレゼント選びを手伝ってもらっただけの少女がこの屋敷に来ているのかしら」

「それはあれだよ。このお爺さんに闘い方を教えてもらおうかなと、だってこのお爺さん聞いた話だと元騎士団長だって言うもの。ならこんな機会滅多にないなら乗るっきゃないでしょ」

「いやいや、その言い分はどうかしてわ。だってプレゼント選びを手伝った流れから人に闘い方を教わる流れになるのよ」


 なんか質問多すぎ……。

 まぁ小出しにしてるこっちにも責任あるのかしら。

 とまぁこんな感じで同世代の女の子との会話を続ける。えっ楽しんでないかだって、勿論楽しんでるよ。なにより気取らずに面と向かって話す機会なんて殆ど前野人生では無かったもの。


「それは私が頼んだから。私冒険者ギルドに入ろうと思ってんだけどそれにはある程度実力が無いといけないし、元騎士団長の稽古は凄く身になると思うの、だからお爺さんにお願いしたら快く引き受けてくれたんだ。彼には感謝しかありません」

「えっ待ってそれじゃあこの子の為に、王都に残るって言い出したわけ。しかも公爵の座をお父様に譲位してまで」

「…………まぁそうなるな」

「ロリコン。ばあ様に言いつけてやる」


 ベレスはホーエンハイム卿をからかい尽くし、その姿を見物する私はやはり彼が“戦鎚の鬼”と呼ばれ他国から畏れの対象として意味嫌われていたとは到底思えなかった。しかしそのことを猛省するにはこれからの一週間は充分すぎる程の時間を有していた。


※※※


「ハァハァハァ……」

「凄いわね、じい様の扱きについてくるとは恐れ入ったわ」


 公爵邸の庭、訓練で湧き出た汗を拭う私に公爵令嬢ベレスが寄ってきた。

 

「あれから一週間経つけど、ベレスは領地に帰らなくていいの?」

「平気、平気。お父様には文を送ったし、じい様を監視するのが今の私の役目なの」

「可哀想なお爺さん、孫に監視されるなんて」

「プッその原因となった人間が良く言うわね。それよりも不思議」

「何が?」

「じい様がここまで入れ込むなんて、貴女本当に何者なのよ」

「だから言ってるじゃない。冒険者ギルド志望のただの平民だって」

「でもそれだけでじい様、稽古の願い出を許可するかしら」

「さぁそれは私に素質を感じたから?」

「疑問系って、でもそう答えるしかないわね」


 サーシャの設定は冒険者ギルド志望の平民。

 貴族とは全く関わりの無い世界で育ち、貴族に臆せず会話を気軽にすることが出来、偶々出会ったホーエンハイム卿の指導のもと腕を磨いている最中である。


「そうだ、ベレス今日行こう」

「行くってどこへ?」

「冒険者ギルドに決まってるでしょ。いいですよねホーエンハイム卿」


 二人の少女の会話を盗み聞きしていた老人は冷や汗を掻きつつその動向の行方を探っていたに違いない。私の正体がいつ孫であるベレスに勘づかれないか肝を冷やしていることは既に私の知るところ、まぁ色々と苦労をかけますが許して下さいね。


「許可しよう、僅か一週間でここまで成長するとは正直予想以上の出来だ」

「ホーエンハイム卿に許可を頂いたし、私は行くけど貴女も行く?てか一緒に行こうよホラ」


 腕を伸ばし手を取り合えるように導く。


「まっいいわ。私も行ってあげる


 一度目の人生。

 ほぼ手遅れという状態からのスタートは私にを提示してくれたが時間は既に短く自身の死リタイアという結果に終わった。


 二度目の人生(一度目の遡行ダイブ)。

 過去の経験を踏まえ、国を良くしようと持てる知識を総動員させ事にあたれば、変化を良きとしない一部貴族の反感を招き戦が起こる。

 パーシャ=ロマノフからは、改革にあたる最中その危険性を指摘。

 戦に備え私は公務の合間を縫って魔法の鍛練に勤しんだ。しかし所詮は付け焼き刃。私は戦の先頭に立ち敵勢力に立ち向かったが流れ矢に胸を貫かれてしまい、自身の死リタイアとなる。

 だが私はを身につけ、戦う術を知った。


 三度目の人生(二度目の遡行ダイブ)。

 二度目の人生を踏まえ、私は戦には参加しない道を選択する。

 しかしいずれは起こる戦を見越し既に隠居していたホーエンハイム=クシャトリア卿を陣営に加え戦に備えた。

 結果戦には勝ち私は命を長らえ国の改革事業に邁進することが出来たが、その戦でホーエンハイム卿は戦死し、孫娘のベレスからは恨まれに支障を来す羽目となった。

 だがそれがどうして“傾国の悪女”と呼ばれるまでに国民の不満が高まるまでに繋がったのか、理由は定かではなくその理由を知りたいと思う心残りだけは私の胸の内に今でも存在し続ける。


「ここが冒険者ギルドかぁ~」

「その口ぶりもしかして初めてなの。驚き既に来たことあると思っていたわ」


 隣にはベレスが立ち、服装は勿論平民に溶け込む為に衣装は着替えての参加だ。

 普段通りの真紅に染まる赤髪を後ろで束ねポニーテール姿に加え凛とした佇まいは、平民の服を着たところで貴族、もしくは騎士見習いを彷彿とさせ隠しきれているようには到底見えないがあの格好なら文句をいう者は誰も現れないだろうと私は楽観視していた。


「おい、そこの嬢ちゃん方。ここはお遊びで来ていい場所じゃないぜ、さっさとお家に帰んな」


 如何にもな顔つきの強面筋肉マンが冒険者ギルドの戸を開けるなり突っ掛かってきた。

 えっとぉ……早速絡まれてしまった。


「そそるねぇ嬢ちゃん俺らと遊ばねぇか?」

「えっ私のこと?」

「…………………………餓鬼に興味はない。そっちのポニーテールの子に話してる」


 別の場所からは、ひょろ顔の人相の悪い男が舌を舐めくり回すように動かしながら手に持つナイフを一回転、二回転とくるくるさせる。

 

「ちょ、私は餓鬼ってこと?」

「そんなちんちくりんな髪型、餓鬼以外のなんだ」


 そう言ってひょろ顔男子はケラケラと笑い、意外と今の変身スタイルが気に入っているこちらの身としては腹立たしくてカッとなってしまいそうになるのを無理に抑え込む。

 なぁ~んて器用なこと私には出来ないから。

 祝いにとホーエンハイム卿から戴いた剣の柄に指先を傾け、いつでも抜ける体勢に移行。

 次私を貶せば、痛い目見せてやると誓うも違う形で煩かった周りの男どもは静まり返った。


「黙んなあんたたち。酒が不味くなっちまう」


 ギルドの隅っこ、エールがたっぷりと入ったジョッキを片手に飲み続けていた片目を眼帯で覆い隠し室内だというのに黄色いマントをヒラヒラと漂わせる風格の大人の女性が怒鳴り声を上げてくれたのだ。


「そこの女二人。遊びで来たんならとっととお家に引き返しな。しかしもし本気でここの門を叩いたというのなら、真っ直ぐ歩きそこの案内嬢に申し出ろ。“冒険者に成りたくて来たってな”」


 それだけ言うと再びエールを呑み出し、一息つくようにプハァ~やっぱ仕事上がりのこれはうんめぇと語る様子が視界に入る。

 

「行こっベレス。あの人の言うとおり私たちは本気ってところみせてやろ?」

「言われっぱなしは癪だしいっか私も冒険者資格取るとするとしよう」


 勝手に隣で独り納得し私よりも先に行こうとするのを追いかけるまでもなく、案内嬢がいる受付へと私はゆっくり歩いて行った。

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