第十一話 グスタリウス家の反乱

 聖王歴815年。

 ストレチィア王国、王都パレス。より北西に広がるシューツ大平原。

 その大草原で互いににらみ合うように王国軍、ならびに貴族連合は陣を牽き両者対する。

 王国軍の総大将にはかの猛者“戦槌の鬼”と称された男ホーエンハイム=クシャトリヤが任じられ軍勢は五千。一方貴族連合の総大将元騎士団長のご子息ヒュージ=グスタリウスが率いる彼の軍勢は二万。

 両軍が衝突すれば、おそらく貴族連合に軍配が上がると想像が出来る。但し不確定要素であるホーエンハイムを如何に抑え込めるかが勝敗を左右する鍵と成りえることをヒュージの軍は理解している。だからこそ動けない。

 先に攻めれば後手に回るかもしれないその恐れが戦端を開けない要因だとホーエンハイムは推察する。


「どうだガントレット」

「密偵の話だとそろそろ痺れを切らしているとか」

「よもや初陣がこれだからな。副将のシャオロンも大変だろう」


 戦場でのシャオロンの手腕はホーエンハイムも知るところで、何故今回シャオロンが副将として自分の前に立つのか今でも度し難い問題であったが、彼と話す余地のない今は諦めるしかない。

 

「敵が動き出したようだ。始めるぞ」


 軍勢の差は四倍。物量で押し切られば正直勝ち目は皆無。ならば知略で軍勢を止めるまで。

 ガントレットに全体の指揮を任せると事前に分けていた五人組で構成された魔法部隊を連れ、六人だけで行軍する。貴族連合の一番槍部隊とホーエンハイムとの距離は百メートルまで詰め寄った。

 馬で駆ければすぐの距離。


「我が名はビショップ、ホーエンハイム卿とお見受けする。一対一を所望する」


 馬鹿だコイツ。この戦場で一対一で勝負するメリットなどそちらには皆無だろう。武人とはいえ、ここでそれは愚策だというのになんと誇らしげな顔をすると呆れるがこちらにとっては好都合。


「よかろうお相手しよう」


 時間を稼ぐ。ワシは気にせず実行しろ。

 馬から降りる瞬間小声で魔法部隊に指示を出し前に歩く。

 腰に手をやり剣の柄を握る。

 合図はない。だがそんなものはいらない。

 二人の騎士は己が足で草原を駆け互いの剣はぶつかった。流石に威勢だけのことはある。老いたとはいえ、剣の腕が鈍った自覚は毛頭ない。それでも一撃目の衝突を通じ気を抜けば一気に持っていかれそうな感覚に包まれる。

 これは意外と毎日レテシア王女の稽古に付き合い、剣を振るったのは約に立っているのではと実感する。

 王女の稽古に対する想いは鬼気迫るものがありどうしてそこまで必死になって腕を磨こうとするのか聞けずとも、ホーエンハイムは懸命に指導をした。

 もしもあの時別の選択をしたならば……。二年前のことだ。

 騎士団長の職を辞したワシは、長年の友人であるシュピット伯爵と共同で以前より気がかりであった食糧問題をなんとか解決すべく無い知恵を総動員させ国王も出席される会議で議題に挙げた。だけどその議題はいとも簡単に突っぱねられ惨敗した。そこで助けてくれたのが王女だった。

 あの王女がだ。彼女に当初ワシはなんの期待もしていなかった。だがその考えはすぐに覆されることになる。

 そしてそんな彼女は私に頼みこむ。稽古をつけてくれと。もう戦から退いたワシをだぞ。恩義を感じたからこそ彼女に最大限の敬意を込め応えてやるまで。

 その一念だけでここまできたのだが、稽古のために年々衰える肉体を維持させるため鍛え続けた。だから現役のころと同じく戦える。



「戦場でなに別のこと考えてやがるっ!」

「他愛もないことだ」

「ならそんな時間与えてやるかよ」


 ビショップの剣速が一段階増し速くなる。

 しかも。


「なんだ今の攻撃は?」


 死角となる背後から激痛が走る。

 敵対するビショップは前方に構え、背後は部下である魔法部隊だけ。となれば一体どこから攻撃は来たのか。彼らは何か叫んでいるみたいだが距離があり聞こえない。カラクリはあるはず。


「さぁ~てまだまだ続けるぞ」


 見えない位置からの攻撃。なら視界に入れてしまえばよい。

 剣速が速くなったとはいえ目で追える速度なのは変わらない。ビショップの剣の一撃を老体に鞭打って躱せば飛び跳ね俯瞰して戦場を見れる位置を奪取する。

 ホーエンハイムの足元には暗い影が蠢く。


「成る程、影魔法だな」

「ご名答しかしカラクリが分かったところで」

「光球」


 太陽の照らす光とは別、光の玉が更なる輝きで地面を覆い人影すら消す。


「これで影魔法はつかえまい」


 瞬く間の転換に着地狩りも狙えずビショップは眩しさから視界を守るため眼を隠すがそれは愚の骨頂。地に着いた足に力がかかる。

 踏ん張りを効かせた一撃。それは勝敗を決める攻撃となる。


「突然!」


 ビショップが膝を着いた瞬間貴族連合の一番槍部隊の副長思しき男が吼え馬は駆け出し。


「やれ今だ」

土砕クェイク


 地面が裂け巨大な穴が出現するや多くの敵兵が奈落の底へと落ちていく。勿論策を考えた張本人は逃れ命を失うことは無かった。


「やりましたね総大将」

「あぁこれで敵の進撃が止まってくれたらよいが、そんなことはなかろうな」


 第二、第三の波が押し寄せ止まる気配はない。とはいえ次は大草原にポッカリと開いた穴を裂避け迂回するように行軍する。


「背後の部隊に狙撃を命じろ」


 魔法師が待機中の部隊に魔法で合図すれば、同時にホーエンハイムの後ろから数多の遠隔魔法が放たれ押し寄せる波を直撃していく。

 用意した二つの策は見事にハマった。

 だが以前数の差は圧倒的。それでもこれで戦局は拮抗できる筈、そうこれからの戦いの行方を戦鎚の鬼は読んでいた。

 影が頭上を過る。

 瞬きするぐらい些細な時間の中で起きた出来事にどうしてか逸物の不安を抱けば、恐怖は地を揺らがせる巨大な足音と共にやってくる。


「おいおいどうなってやがるこりゃ?」

 

※※※


「それで私に用とは?」

「まさかすんなり会わせて貰えるとは」

「貴女の方が会いたいと申すのに可笑しな言い草ね」


 この二年、私は今敵視される彼女のことを親友とさえ呼べる間柄にまで関係を構築した自信がある。だから今不快感一杯で見詰められれば嫌気が差す。まっ、正体を偽り接したこちらに落ち度はあるんだけどね。


「けど、気づいてくれたっていいのに」

「何か言いましたか王女」

「いや別に~ただの独り言」


 確かミカサの話だともうじき戦端が開かれるというタイミングで王城を訪れるベレスの動機はなんだろうかと知りたい反面、いつも変装していたとはいえ友人が目の前にいるのに少しは気づけと思う自分が居たのも事実だ。


「単刀直入に申します。どうして貴女は王女として、戦場に出向かないのですか。お答え頂きたい」

「はて私が戦場に出向かないといけない理由は?」

「まさか知らないのですか!此度の戦、発端は貴女の愚行が招いたことだと」

「あら何か私しましたっけミカサ」


 あ~もうそんな眼で見ないでよ。

 メイドは、知ってるくせにと視線が合えば訴えてくるが酷いぞミカサ。助け船出してくれと祈れどその念が届くことは無かった。


「やはり愚者か……。じい様の言っていたことは間違いだった」

「ホーエンハイム卿が?」

「あらっ王女が私のじい様をご存知でしたか」


 これは意外とばかりに嘲笑混じりに問う。

 この邂逅はホーエンハイム卿に仕組まれたものだと気づくがどうして今このタイミングで、ベレスを私のもとへ向かわせるのよと内心焦っているのを気取られないよう表情を装う。


「えぇ一応知っているけどそれがどうかしたの?」

「他人事のように」

「お嬢様!!!」


 ミカサが止めに入るよりも速く、ベレスは私の懐に潜り込む。

 流石はこの二年私とともに成長の過程を歩んだ彼女だ。諜報暗部で鍛えた彼女の腕でも止めることが出来ないとはミカサにとってすれば驚くべきことにまず間違いない。

 取り敢えずこの話は置いといてどうしようかな。


「国家反逆罪を適用して欲しいのかしら」


 視界の端ベレスの右手に注目すればそこには刃渡り10センチにも満たない小さな短剣が握られ、あと一歩動けば私の心臓に刺すことが出来そうな程近距離にある。


「すればいいんじゃない。でもそれより速く私は貴女を殺しこの戦争を終わらせる」

「終わらせるって意味が分からないわ」

「この戦争を引き起こしたヒュージに貴女の首を差し出せばきっとこの戦争は終結するはずよ」


 ベレスの言葉は、私に死ねと言っているのだと理解する。

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