第五話 ゴブリンの巣窟

「私の手をしっかり握っていてね」

「何するつもり?ひゃっ、嘘身体が消えた」

「正確には消えたんじゃなくて透明になってるが正しい」


 こっそりと王宮から抜け出すために真っ先に会得した魔法、隠避ハイドがまさかこんな場面で活かされるとは……。

 

「私の手を離さないでね、離れちゃうと魔法が解除されてゴブリンに見つかるから」

「気をつけるわ」


 ベレスに隠避の注意点を語り、彼女の手を再度強く握り締め直すと眼前の洞窟へと音を立てないよう慎重に慎重に足を運び門番であるゴブリン四匹を素通りして中へと入る。

 驚くことに洞窟の中はゴブリンどもが歩きやすいよう舗装されており、入り口は暗く不気味な雰囲気漂う空間であったが内部は打って変わり松明が等間隔で設置され明るく人が作った炭鉱のようにも見えた。

 この道を歩き回り、深く深くへと侵入するほど擦れ違うゴブリンの数は多くなるがどうやら今のところはバレていないようで一安心一安心。

 正直無鉄砲に見当もなく声の主を探していて、一更に見つかる気配すら微塵もなく私は困り果てた。

 こんなときベレスに相談できればいいのだが、ここは所謂敵地であり隠避の魔法で姿を隠しているため無闇に声を上げることも出来ないためそれは無理。

 しかし本当に胸糞悪い。

 こんな大きな洞窟にゴブリンが巣を形成し、ゴブリンの巣窟になっているというのに騎士団は見つけ掃討することが出来なかったというのか?

 これは職務怠慢以外言い表せず、腹が立って気分を害す程私は怒り奮闘に身を任せ闇雲にどんどんと奥に突っ走ろうとしたその時。

 んっ!背後から強く引っ張られ足を止めた。

 声を立てないよう人差し指を口元に添え、その動作のあと動いた指先は向かって右斜め奥小さな洞穴へと続いていた。

 しかも不気味なことに、小さな洞穴の前には一匹のゴブリンが門番のように見張っていたのだ。

 あれはおかしい。

 ここに来るまで目の前のより、大きな洞穴は幾度としてあったがゴブリンは構えていなかった。なら何故あそこにはいる?

 それは重要な何かがあの奥にあるからだ。

 だがあの奥に向かうには間違いなく、ゴブリンとの戦闘は避けて通ることは不可避。事前に準備した合図である二度、強く握り直し戦闘へと移行する心構えをするよう促す。

 私の隠避を付与したベレスは、自身の身体すら見えないがかけた本人である私は彼女の仕草その挙動までこと細やかに観察できる。

 一瞬顔が引き攣ったが、気持ちは固まったようだ。


「速攻」

「上等、任せて」

「ギャア?」


 突如現れた人間二人に慌てて反応し、武器である棍棒を振りかざそうとしたがもう遅い。

 動き出しは私よりベレスの方が速かった。

 武器を掴む腕を剣で切断。

 飛び散る血飛沫などお構い無く流れるように二撃目を繰り出し、今度は頭部を断裂完全に絶命させた。


「急ごう、いつ他のゴブリンが気づくか分からない」

「うん」


 頭も右腕も胴体から離れ棄てられたように横たわるゴブリンの死体を一瞥し、ベレスの頼もしさを痛感させられた。


「意外と平気なのね、最初の様子を見るに少し不安だったんだけど……」

「まぁ緊張はしたけど、私が進んで来たのよ。サーシャの足引っ張るわけいかないでしょ」


 細い通路を進み到着した空間は、開けた場所で色々なものが乱雑にばら蒔かれている物置のような具合だった。


「そこにいるのは誰?」

「いたよサーシャ」


 空間の端、縄で固く縛られ動きを封じられていた女性を発見した。


「助けに来ました。今縄を解きます」


 ベレスが縛られた縄を剣で斬り、女性は見事自由の身となる。


「助けてくれてありがとう。本当にありがとう」


 大粒の涙をボロボロに流しながら、大の大人が年端もいかぬ少女二人に泣きつくとは相当辛いことがあったんだろう。


「それで他のお仲間さんは?」

「ごめんなさい安心しているところ悪いけど私たち二人だけです」

「そんな……」

「どうしました?」

「私の住む村が襲われ、村の女は全て連れてこられました。私はゴブリンどもの隙を突いて、この事を騎士団に報せようと洞窟から逃げ出せましたが外で捕まりここに押し込められました」

「つまりまだ人がいるってことよね」

「ご推察の通り、私の友人や妹はゴブリンの巣窟の一番奥で今も捕らえられております」


 とんでもない事態だ。

 まだ彼女一人ならどうにかなったが、他にも複数人いるとなると話しは変わりこのままではゴブリンどもとの全面対決に突入するしかなさそうだ。


「こうなれば仕方ない、当初と計画は違うけど暴れるわよいいベレス?」

「乗り掛かった船。最期まで付き合うわ」


 二人して阿吽の呼吸を確かめるように、拳をぶつけ気持ちを昂らせる。


「となればえっとぉ~?」

「アンシアです」

「ならアンシアさん、貴女にはここで隠避の魔法を施し姿をゴブリンどもから見えなくさせます。そして私たちが戻ってくるまで静かに大人しく待っていて下さい。約束できますか?」

「はい」


 そうと決まれば早速隠避の魔法をアンシアさんに施し姿を眩ませ、私とベレスは堂々と今来た通路を引き返す。


※※※


「ニンゲン、ニンゲン」

「オンナダオンナ。オレノモノ」


 既に待ち構えるように十匹ものゴブリンがおり、棍棒や弓と矢といった武器をその手に持っていた。

 

「時間との勝負ねここは任せて」

「ならサーシャ頼んだ」


 ベレスに他の人の捜索を託し、私は真っ先に一匹のゴブリンに斬りかかり道を開くと彼女はすぐに走り出した。

 残るは九匹。

 ゴブリンの身長は私の百十センチよりも少し高め、極限まで姿勢を低くしまずは遠距離武器である弓を持つゴブリンのもとへ駆けた。

 一匹そして隣にいた二匹目を平行に斬り裂き上半身と下半身を分け討伐。

 すると今度は三匹のゴブリンが一斉に飛び込んできたが


炎の矢ファイアーアロー


 片手剣を武器にする私は、左手指先に魔力を集め放たれた三本の熱線が襲いかかるゴブリンの脳を撃ち抜く。


「まだまだこんなものじゃないわよ」


 残りは五匹、どれも棍棒持ち。

 流石に私を脅威判定したのか距離を取り間合いを測っている様子だ。

 こっちも距離を取ればお互い攻撃を避け時間を稼げるかもしれない、ただそれは敵はこれだけしか残っていないと前提した場合のみ。

 今は一刻も早く他のゴブリンが集まってくる前に残りを片付けベレスに追い付くことそれが最優先事項。

 だけど無計画に魔法に頼るわけにはいかない。魔法の知識を持ち力に変えられるといってもこの身体になってからは二週間近くしか経っておらず訓練が不十分で魔力量が心許ないからだ。

 近づけば棍棒が私の胴体めがけて迫り、躱すのではなく剣で弾く。

 棍棒はたいして重くなく、この剣一振りで相手の攻撃を封じることが出来た。

 封じ込めに成功した私はその体勢のまま、ヌメッとするゴブリンの肌を蹴って壁まで蹴り飛ばす。

 四匹となったゴブリンは、囲むようにしてジリジリと距離を詰めさっきの魔法対策ともいえる策に打って出るがそれは織り込み済み。

 正直ゴブリンの動きは

 ホーエンハイム卿の剣筋は重く速い、だからこそ彼と比べれば何のその。

 一斉に四方から生命を狩ろうとしたが、個体差は明らかに攻撃スピードに現れ冷静に躱す時間を私に与え傷一つ負わずこの場を納めた。


「ふぅ、意外とやれたわね」


 十匹のゴブリン全てを殺し、緑色の血液で汚れた自分の刀身を何度も空で振って付着した血液を飛ばし一呼吸置くとベレスが向かった巣窟の奥へと走り出した。

 道の端々にはベレスが殺したであろうゴブリンが数匹散らばっていたが順調に奥に迎えたことが伺える。何故ならここにベレスがいないのがその証拠と言えるからだ。

 走り続け私は一際明るい場所が奥に見えてきたのを知り得た。


「サーシャ逃げて!」


 友の声が聞こえるやその友は、吹き飛ばされるように空を駆け私が立つ横の壁に収まった。

 恐怖はゴブリンだけでは終わらない。本当の敵と私は相対することになる。

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