第四話 初めての冒険

 一つ最初に言っておこうと思う。

 私はどうして今、彼女サーシャの隣にいて冒険者ギルドを訪れているのか誰か教えて欲しいとさえ思ってる。

 始まりは国の行く末を左右する会議に参加すべく王都を訪れていたじい様から送られてきた一通の手紙。

 その内容に家族一同驚愕し大慌てとなった。

 時期を見てそろそろとう様に爵位を譲る話しは浮上していたが、まさか手紙で一方的に告げられじい様はそのまま王都に残るらしい。

 一大事に私は居ても立ってもいられず王都に行く旨を両親に伝え馬車で王都を目指した。

 久々の王都にあるクシャトリア公爵邸はなんら変わりは無かったが、唯一何故か使用人の目が泳いでいるのが気がかりで彼らに問うてみると予想外の返答が来る。


「お嬢様、落ち着いて聞いてください。ホーエンハイム様が先程平民の少女を屋敷にお迎えしました」

「はぁーーーーーーー!」


 意味が不明だし、理解も出来ない。

 平民の少女を招き入れたじい様の真意は計り知れず、私の絶叫声は屋敷全体へと響いたに違いなく慌てる使用人は二人が居る場所を提示。

 私は駆けるように目的地へと急いだ。

 バンっと戸を全開させ入室すると確かにそこに見知らぬ平民の少女が座って、向き合うようにじい様が腰かけていた。

 じい様を問い詰めれば返ってくる答えは世にも奇妙なものばかり。

 加え私を困らせたのはそれだけじゃない。

 クシャトリア公爵家に混乱の渦を巻き起こした張本人、名はサーシャ。

 平民でありながら、じい様と対等に会話をすることが出来る胆力を備えていた。

 彼女は一体どんな人物なのだろうそれを知りたくとと様に文を出し私も屋敷に残る道を選び、一週間サーシャを観察し誠不思議な人間だとの認識が増々募った。

 戦鎚の鬼に鍛えられ育った私は他家の貴族令嬢から見れば異質な令嬢だと陰口を囁かれ、そんな社交界場所が嫌で余計に剣の道を貫き友と呼べる者は一度として出来なかった。

 私と違う意味で異質な存在と噂されていた王女レテシア=パルア。

 余り社交界に参加しなかった私は何故彼女が異質な存在と呼ばれるのか理由は不明だが彼女とならば善き縁を結べるのではと一時考えもした。

 しかしとと様、じい様の面子を守るため嫌々参加したとある令嬢の誕生日会で初めて目にしたが自身の眼を疑った。

 これがこの国のトップに就くであろうお方とは、嘆かわしきもの。噂以上の我が儘っぷりにはこの場で剣を持っていれば王族殺しの悪しき名を将来刻まれようとも、国のため世のため斬る覚悟すら起こる程だ。

 だからだろうか。

 友達のいない私に、壁など感じさせることなく無遠慮に乗り込んできたサーシャは初めての存在と言え、彼女と共に何かしたいその想いが私を冒険者ギルドへと向かわせた。

 うん、そうに違いない。

 そうしよう。


「何考えているか知んないけど、書けば?」


 サーシャに促され、書きかけの書類に再び脳の運動を移しながら自分の今を思えばクスッと笑いたくもなる。

 楽しいな。


※※※


「はい受諾しました」


 アスラ受付嬢は形式的な冒険者ギルドへの登録を淡々と済ませる。


「それでは今回はテストとしてトルイの森で薬草を採取して来て下さい。それが出来れば合格、冒険者として認定します」

「わっかりましたー」


 ショートボブの方が元気よく返事をし相棒を連れて出ていくのをみれば朗らかな気持ちが芽生えるが、悲しいことだ。

 十二歳の少女二人が揃いも揃って冒険者ギルドの戸を叩きやって来るとは……。

 誰も拒むことは出来ないため仕方なく認定試験を受験させたが、あんな年端もいかぬ者たちがこの先冒険者としてなっても早死にするだけだ。

 五年近く冒険者ギルドで受付嬢をすれば自ずとそういったことが解るようになる。

 なので彼女らには失敗することを望む。

 アスラはそう思案していると、


「カルミラさん」

「何歳なのさっきの二人」

「ともに十二です」

「そうかい……」

「あのお願いが」

「分かってるよ、認定試験ってことはトルイの森かい?」

「クエストを終えられお疲れとのことだと思いますがどうか宜しくお願いします」

「任せなアスラ。ちょっくら行ってくるね」

「ありがとうございます」


 トルイの森は魔物も魔獣も目撃情報も殆どなく、安全な森ではあるが万が一を考えると……。

 しかしその心配もなくなった。

 二人を影から見守ってくれる頼もしき冒険者が名乗り出てくれたからだ。

 その方に感謝し、私の憂いも無くなった。

 なにしろ今ギルドから立ち去ったのは、この冒険者ギルドの中でも最強のS級冒険者。カルミラ=バッハレイさんなのだから。


※※※


「ねぇサーシャもしかして貴女私と同い年なの?」

「う~んとベレスが十二歳だったら同い年だね」

「嘘ってっきり私よりも年下とばかり」

「いいって、この身長だとよく言われるから。というかベレスは私のこと年下だと思っていたの?」

「スミマセン思っていました」

「うそ~信じられない私ショック」


 因みに今のは真っ赤な嘘である。

 言葉の節々に私を歳下に見ているのがとれ、敢えて私もまたそこには触れないできた。

 なんでかってそれは特に理由はないよ。

 でももし理由を作るとしたら、わざわざ歳の訂正するのが面倒だったからかな。


「あっ発見。これで指定されたモギリ草もゲットと。完璧あとはこれを持ち帰れば終了だね」


 私は受付嬢から手渡された認定試験要項に記載されていた集める薬草の最後の一種類を発見、ベレスに報告した。


「ベレス?」

「し、静かにして」


 突然口を押さえつけ封じられると、無理矢理地面にしゃがみこまされた。

 目線の高さを合わせ、視線だけで竹林の先へと促され従うように私は目を追うと何か蠢く影が視界に入る。

 しっかりと目を見開き捉えた影の正体。

 全身がうす黒い緑色で肌が覆われ、痩せ細ったようにガリガリな肉体美はとある魔物の出で立ちに酷似していた。

 その生命体は繁殖方法が他種の魔物などと異なり、町や村から拐ってきた女の胎内に子種を流すのが特徴的で個ではなく群れで行動しその厄介性は相当危険視されているそれがゴブリンだ。

 でもどうしてゴブリンが一匹だけなの?

 決してゴブリンに気づかれないよう黙る最中私はそれだけを考え続けた。


「ふぅ行ったみたいね」


 やっとのことで消えた影に安堵するようにベレスが思わず吐露した。


「あれはおそらく偵察」

「偵察?」

「ほらっじい様、元騎士団長でしょ。仕事で魔物の討伐なんかもした経験があるらしく、私に教えてくれたの。ゴブリンが群れでなく一匹で行動する時は近くに巣があり、それを守るため偵察をしてるんだって」

「そっか巣を守るため偵察して、……大変!!!」

「なにっ!どうかしたの?」


 私の驚きに呼応し、聞き返すが答える時間すら惜しい。


「説明は後でするから今は何も言わずついてきて」


 その言葉にグッと堪えてくれたのだろうベレスは追求することなく、私がゴブリンの足跡を追跡するのを無言で後追いする。


※※※


「ここが、ゴブリンの巣」


 追跡した結果、残念なことに予想は的中しこのトルイの森にゴブリンの巣が形成されていた。


「一体何をそんなに焦っていたのか理由聞いても?」

「ここトルイの森は、近くの農村と王都を繋ぐ大事な林道が通っている場所でもあって、王都にいる騎士団が二週間に一度森に入って魔物などの駆除を行っているからこそ他の場所と比べても比較的安全で、それを魔物どもも知ってか知らずか余り寄り付こうとしないんだけど……」

「それじゃあここ二週間で出来たのあの巣?」


 明らかに今視界に入るだけでも四体は巣の入り口付近に固まっていて、入り口の先あの洞窟の中はどのような構造になっているかは解らぬが相当数のゴブリンがいるに違いない。


「私の記憶が正しければ、三日前に騎士団はトルイの森の調査に行ったはず」

「だとすればあれは見逃した?」

「そうとしか言えないわ。全くなにしてんのよトーファンは」

「トーファンって今の騎士団長の名前よね。もしかして今の口振りサーシャってトーファン騎士団長の知り合い?」


 しまった……。

 あまりの呆れについ口を滑らせてしまう。


「まっさかぁ~そんなわけないでしょ。それより今は目の前の光景をどうするかベレスはどうするのがベストだと思う?」


 取り繕えている気もしないが、ここは切り替えてどうするか考える。

 選択肢は二つ。

 一、このまま二人で乗り込んで巣を壊す。

 二、一度引き返し冒険者ギルド、もしくは王都にいる騎士団、魔法師団に報告。討伐を依頼するというもの。


「急いで戻ってこの事を報告するのが先決。私たち二人には荷が重すぎる、もし今乗り込んで失敗すればどんな目にあうか……」

「それもそうよね。じゃあ早く戻ろう」

「きゃあーーーー離してよこのけだもの!!!誰か助けて」


 えっ!?何今の声。

 今のは明らかに女性の悲鳴だった。

 しかしどういうことだ。私でもベレスでもない第三者による助けを求める叫びの声。


「まさか今の」


 悲鳴の叫び声は洞窟の中で反響するようにして屋外にまで届き、助けを求め必死に声を荒らげたからその想いは偶然この場に居合わせた私たちの耳に入った。


「ねぇ変なこと考えてない?」

「ごめんベレス。先に帰って騎士団に報告お願いできるかしら」

「バカ独りで何しようとしてるか分かってるの貴女」

「解ってる。これからしようとしていること到底無茶で阿呆で、でもやらなくちゃ」


 それは民を守る絶対的な王族の責務が私を突き動かした訳ではない。

 誰かを守りたいその願い、そして願いを叶える為の力を身につけたが、やらないで見過ごせば、過去の自分に申し訳ないただそれだけの為に動く。


「ならば私も行く」

「ベレス、貴女に無茶はさせられない」

「なぁ~に言ってんのよ今更、友達置いて行ける程落ちぶれちゃいないの私」


 思いも依らぬ単語に一瞬何が起きたのか理解できず、脳が活動を停止する。

 活動を再開したきっかけもまた友達の一拍の拍音。


「何固まってんの」

「友達って」

「悪い、まだ一週間の付き合いだけど私は貴女のこと友達だと思ってんのよ」


 友達、その響きがどれだけ心地よかったかおそらくベレスは知ることは無かろう。

 それでも嬉しかった。

 過去の世界において、本当の意味で友達と呼べる関係に成れた人物が私にいただろうか答えはいない。

 一つの目的の為、共に歩んだ者は確かにいた。しかしそれが友達と言えたかといえば違うだろう。

 だからこそ私はその言葉にどれだけ嬉しかったか。


「クスッそうと決まればやりますか」

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