第八話 ミカサの待った彼女

「貴方が命令しトルイの森の魔物駆除を怠ったこと、件のことが起因し起きたアシ村へのゴブリン襲撃。村民が殺されたというのに貴方は事もあろうに隠蔽したその事実が書かれたものです」

「こんなのデマかせだ、冤罪も甚だしい」


 狼狽し切羽詰まった様子で、ミカサの宣言通り一日で収集し纏められた報告書は宙を舞い部屋の床に散乱したがもうそこは問題ではなかった。

 あっ、でもミカサ不機嫌そう。


「お言葉を返しますが、言い逃れは出来ませんよトーファン騎士団長」

「そもそも貴様は何者だ。ただのメイド風情がでしゃばって即刻ここから立ち去れ!」


 なんと予想外。

 この部屋には今、自分が仕えるべき王族である私と見知った顔であるはずの元騎士団長が居るというのに抜刀して刃をちらつかせた。

 これには流石のミカサも鼻で笑う。


「よくも笑ったな」

「お嬢様お下がりを」


 乱心した騎士団長は鼻で笑った本人に向かって刃を振り下ろしてきたが、華麗に横にズレるように回転ターンして避けると顎に一発天井に突き上げるようにした掌底を喰らわせる。

 喰らった本人はふらつく足で、近くにあった机に手を乗せ自身に何が起きたか未だ理解してないみたいだ。流石は元諜報暗部に居た彼女だけはある。

 現騎士団長を一発ノックアウトさせるとは恐れ入る。


「証拠は揃っていますしお父様にも報告済みです。今頃は、貴方の自宅に家宅捜索が行われているはず」


 私は一つの水晶を忍ばせていたポケットから取り出しトーファンにも見える位置に固定する。

 チカッ、チカッ。突如水晶が赤く点滅し出すと次の瞬間この場にいない第三者の声が部屋に轟く。


「あっテスト、テスト。聞こえますかぁ~」

「聞こえます」

「ミカサ先輩じゃないですよね……?」

「私はレテシア王女ですよ」

「これは失礼しました所属、コードワンと申します」

「ミカサは私の隣で待機してます。それでは諜報暗部の報告をお願いします」

「何っ!諜報暗部が動いているだと」


 水晶の向こう側にいる存在との会話のやり取りは、トーファンに激震を与えるには充分過ぎる爆弾だった。


「黒も黒、どす黒い真っ黒です。いやぁ~これ程ヤバい人間を摘発するのは、腹黒い貴族相手にもそうそう居ないこれがこの国の騎士団長だったとは呆れました」

「というわけで諜報暗部からのお墨付きも頂いたし、トーファン=グスタリウス騎士団長貴方を国家反逆罪で逮捕します。ホーエンハイム卿あとはお願いしますね」

「承知した」


 抵抗する気力すら削げ、意識を飛ばした抜け殻の騎士団長を元騎士団長が事前に用意していた縄を使って拘束。

 部屋から連れ出したが事情を知らぬ一般騎士が目撃すれば、何事かと騒ぎ騎士団全体に噂はすぐに波及することとなった。

 そんなこと露も知らず、残された空間に私はミカサと共に立っていた。


「ではお嬢様聞かせてもらえるんですよね?」

「もし知れば引き返すことは出来ないそれでも平気?」


※※※


 きっかけは一人の少女の我が儘とも言えるお願いだった。


「貴女私のメイドになりなさい!」

「冥土?」


 言葉の意味がさっぱり分からなかった。

 私は諜報暗部、国の裏で暗躍し貴族や省職員の不正を取り締まる国王直属の部隊に所属して活動を行い国民の暮らしをより良くする為のこの仕事に誇りを持ち取り組んでいた。

 そんなある日、いや正確には王女の五歳の誕生日当日私の運命は大きく変化する転換点を迎える。


「そうよメイド」

「フリフリの服装をして尚且あの下品で卑猥な者である貴族に付き従うあの?」

「先輩っ、それは言い過ぎですよ。良い貴族だっていますそれに王城にいる少女となればそれは」

「そう。彼女は私の可愛い娘だ」

「お父様ぁ~」


 いきなり私をメイドにと懇願した少女は、現れた父親つまりこの国の王様の娘だと今のやり取りで気づかされた。

 少女は明るく無垢な笑顔で愛する父親に寄り添う。

 

「レテシア、お父様を困らせてはなりませぬ」

「ですがお母様私の誕生日プレゼント何でもいいって」

「我が儘言っちゃいけません。常に言ってるでしょ王族は」

「「王族はいつも誰かの見本に立つべし」」

「あらっ知ってるじゃない」

「えへへ」

「もぉ~可愛い、愛しのレテシア」


 少女を引き離し抱き抱えた王妃の諭す言葉の最後には合わせるように揃えて言った。

「王族はいつも誰かの見本に立つべし」

 褒められる少女。

 そして褒める王妃と見守る王様。

 この穏やかな光景がこれからも続いていくと思うと見ている私も心が温まった。

 だから恐怖した。

 王妃が急な病に倒れ、風前の灯火という一報が私の耳に届いた瞬間自分のことのように心が苦しくなる。

 私は諜報暗部の隊長に願い出、王妃と面会する機会を得られた。


「あら貴女はいつぞやの、ごめんなさいね。上手く身体が言うことを聞かなくてこの格好で申し訳ないわ」


 次に対面した王妃は、ベッドから一ミリも動かすことが出来ず御伽噺に登場する命を狩る死神が喉仏ギリギリまで差し迫ったようで、本当に極限状態を辛うじて保ち生命を維持しているようだ。

 少し前に会った王妃とは全くの別人だった。


「それでなんのよう?」

「王妃様、このようなことを申し上げるのは不敬に取られるかも知れませんが言わせて頂きたい。私に王女の専属メイドの任を与えて下さい」

「本当に良いの?貴女は諜報暗部の仕事に誇りを持ち、命を懸けて全う出来る者だと伺ったしそれに貴族が嫌いなのではなくて」

「確かに貴族は嫌いです。特権階級である立場を利用し、悪事を働き守るべき民から搾取するそれは恥ずべき行為に他なりません。しかしまた志を持ち善なる心で民を愛することが出来る者もいるそれが事実です。そして王妃貴女は民を愛し、国を愛した」

「大袈裟よ。わたしはただ必死なだけ」

「それは違います!そして私は貴女の宝物であるレテシア王女を守り、貴女のような立派な人に育つのを間近で見たいそう感じました。だから彼女のお側でメイドとして働きたい、彼女の役に立ちたいと思うのです」

「そう貴女の想い受け取った。しかしこれだけは胸の内に留めておきなさい。人は誰でも堕ちる、でもそこから這い上がる力を持つのが人間の底力なのよ抗う力運命を乗り越えることは誰にでも出来るの」


 正直最期何を意図して語ったのか分からなかったが、その言葉だけはいつまでも耳に残るだろう。

 それからはあっという間だった。

 王妃は病状が悪化し亡くなり、悲しみに暮れた王女は荒れ我が儘王女と呼ばれるようになり、我が儘を言い放ち嗤った。

 それでも離れなかった。

 王妃との約束だけではない、何かきっかけさえあれば王女は昔みたいに本当の意味で笑えると信じたからこそ私は仕えた。

 驚くべきことが起きた。

 十二歳の生誕祭を祝った翌日朝出会った少女は昨日までの彼女とは何かが違った。

 具体的に何がと問われれば説明はし難いが、確かにこれまでとは違う正確に言うならあの頃に戻ったそう思わずにはいられない。

 「文官を探す」突然頼まれた我が儘、しかしそれはいつもとは毛色の違う普段の王女とはどこか懸け離れた内容だった。

 だからだろうか?


「なにってコッチの台詞よミカサ。あんたどうしてあの王女様の部屋から出てくるなり笑っていられるの?」

「本当だ私笑ってる」

「いやマジでどうした。あの王女の我が儘に呆れて笑ってるの?」


 未知への好奇心から湧き上がる感情に近いが、その感情は必ずしも一致せずモニカの指摘通りとは言わない。


「楽しいのよ」

「楽しい?あの王女と居て?大丈夫ミカサ」

「大丈夫よモニカ。今私楽しいし、とっっっても嬉しい」


 帰ってきた。

 あの頃、見た王女が。

 そう思わずにはいられなかった。


※※※


「構いません。私は貴女に一生お仕えすると決めたのです」

「引き返すことは出来ないわよそれでも大丈夫?」

「はい」

「なら教えてあげる私、これからの未来を知っているの」

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