第十六話 転換点(起)その四

「ほらっベレス公爵令嬢貴女も早く……」


 戦場への魔物襲来。誰も予期せぬ事態に私は呆然と佇むも彼女は違った。

 いち早く報を聞けば瞬時に動き出してみせた。けどそれで終わりではなかった。

 まるでこうなることが予測されていたように緊急事態に備えた彼女らの動きは凄まじかった。  


「けれどまさか、王城を開放するとはね」


 私が移動してきた場所は王城内の一角。貴族が一堂に会し立食パーティーも開かれる王城庭園へと足を運ぶ。

 というのも彼女に連れ立ってのものだが。

 既に王城庭園には多数の人間が集まり、また王都の外での騒動を不安視し押し寄せる国民を収容する受け皿にもなっていた。

 平民、貴族。その誰もが集まれば無用な諍いも起こるというもので。


「餓鬼、私が誰か分かっているのかコンラッド子爵家のドゥユルワーグナーであるぞ」


 幼い少年が少し足にぶつかっただけで、とある貴族が口を大にして開けば。すかさず私は間に割って入ろうとするも、意外過ぎるお方の登場に場は静まり返った。

 

「王様だ……」

「カイロリアス陛下が何故ここに」

「むぅそなたクシャトリアの孫の」

「はい、ベレス=クシャトリアです」

 

 周りからは不意に言葉が漏れるもお構いなく登場した王は私と目が合えば極自然に歩み近寄り声をかけてきた。


「立派になったな」

「お久しぶりです。陛下」

「うむベレス公爵令嬢と歓談をしたいところだがしばし待て。コンラッド子爵家、貴殿に一言申さねばならぬことがある」


 つい今しがた、少年を痛ぶろうとした貴族の名を呼べば彼は王の御前で膝を地面に突き合わせ頭を垂れる。

 王はコンラッド子爵を一瞥すれば彼の横を通り過ぎる。呼び止めて置きながら自分の側を離れ琴線に触れたあの卑しい少年に近寄る光景は目を疑ったに違いない。

 なにさ今の子爵は羨望の眼差しから訝しげに目を泳がせる挙動不審な者へと移ろい変わっていたのだから。国のトップは少年に歩めばそっと優しく手を頭に乗せる。


「坊主は悪くない。悪いのは周りを見ていなかったあやつの方だ」

「……でも僕も見てなかった」


 少年はボソッと反省の弁を述べると乗せていた手を動かしくしゃくしゃに髪を撫で回す。


「よく言った。謝ることが出来るのは人間の優れた才能の一つだ」


 少年を見詰める優しい眼は穏やかそのものだったが、通り過ぎた子爵に眼をやるとそれは酷く睨みつけるようでいて何か訴えかけているように私には思えてならなかった。


「聞けっ!この場に集いし我が国民達よ。この場では皆平等、災厄から身を護る為共に手を取り合うことをワシは切に望む」


 そう言い切れば自分は誰の眼にも触れないように計らうためか王城庭園の端に移動していく。


「ミカサ、ベレス公爵令嬢。二人はこちらに来なさい」


 王と一緒にこの場に現れた護衛の騎士が伝令として私ら二人のもとに来て、一緒に王に拝謁するため向かった。

 ただ歩く道すがらふと考え込んでしまう。

 そして王の前に立つと彼はこう尋ねる。


「平民の少女と仲良くしているそうだな?」

「はい。彼女とは一緒に冒険者活動をしています」

「ハハッ、愉しんでおるみたいだな」


 急な問いにおそらく、王様は私がサーシャと一緒に冒険者ギルドに所属していることを知り得ていることを察す。

 正直普通の貴族令嬢なら絶対にしない行為に苦言を呈する物言いかと内心焦るも違ったことに一安心するも、王様の言葉には続きがあった。


「ただ貴族令嬢の責務は放棄しているみたいだがな。まぁ武のクシャトリア公爵家では致し方ないことか……」


 貴族令嬢の責務。

 学問を学び、華やかなドレスに身を包めば毎夜行われるパーティーに出席し敵対貴族の陰口から自分の家自慢。

 あんな世界こっちから願い下げだ。

 ついそれを表情に出してしまう。


「不服みたいだな」

「お言葉ですが陛下。あんなもの私には必要ありません」

「あれは一種の腹の探り合いだ。そこでの経験はきっと自分の役に立つ。貴族社会は闇そのもの。現にワシも騙されておった」

 

 言葉の意図が全く読めない。

 だけど陛下が騙されていた。一体誰に?


「ヤツを信用していたままでは、この戦いで死んでおったかも知れぬな」

「お言葉ですが、何を言って」

「見えている景色だけが真とは限らぬ。裏の裏まで読むことを覚えることだベレス公爵令嬢」


 私が質問の意味を確認しようと問おうとするも紡がれそしてそれは起こった。

 王の玉座がある部屋付近が爆発し爆風の中から、何かが飛翔し大空に現れる。


「あれがお嬢様が仰ってた龍人族ドラゴニュート


 ベレスには突然起きた爆発音で掻き消され聞こえなかったが、側にいたミカサの耳にはハッキリと聞こえた。


「そして娘の力になることを望む」


 それが父親としての想い。

 そして悲痛の叫びをボソッと呟く。


「よもやバッハメルンが首魁とは誠悲しきことよ」


 これを聞いたミカサもまた考える。

 お嬢様、必ず勝ってください。

 じゃないと恨みますからね。

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