男のふりして、受験を受けます

 秋が深まっていると言えども、晴れた日の太陽が頂に立って、遮るものが何もない場所でずっと待っていると汗ばむもので、ヤーカは服をパタパタとして風を起こし涼しい空気を服の中に入れていきます。

 そうして、試験官が来るのを一人で待っていると、何やら近付いてくる気配が一つありありました。ヤーカがそちらの方を見ると、そこには真っ赤な短髪を持つ、実に勝気なこれまた赤い瞳を持った男の子が立っていました。

「なあ、お前、いくつ?」

 その男の子は男の子らしく声変わりをした低い声でヤーカに問いかけてきます。ヤーカは突然のことに首を傾げながらも、とりあえず答えてみます。

「14歳です」

 ヤーカのその声は女の子としては低い物でしたが、目の前の男の子と比べるとどうしても高く聞こえてしまい、ヤーカはそれに内心これからの受験が不安になってきました。

「タメ語でいいよ。な、お前って一回目?」

 ヤーカの不安をよそに、男の子はヤーカの隣に座り込んできて不思議な質問をしてきます。ヤーカがその質問にどういう意味だと眉を顰めながら首を傾げると、男の子は芝生を何本か千切りながら詳しく話し始めます。

「受験がだよ。最大三回受けられるだろ?」

 13歳から15歳の間で、確かに受験は三回受けられるなとヤーカは察し、それを考えると三回受験をしている人は受験の傾向を知っているから合格しやすいしれないと考えます。

「一回目」

 ヤーカのその答えに、男の子は晴れやかな笑顔になって右手を差し出してきます。

「同じだ。俺の名前はディック。お前は?」

「俺はヤーカ。北のアッコっていう村出身」

 ディックと名乗った男の子とヤーカは握手をします。すると、ディックの手のひらは剣を握り続けていたからかとても皮が固く分厚いことがよくわかりました。それはディックも同じだったようで、ヤーカの手の固さに感心する様に眉をあげます。

 しかし、剣術の腕前についての詮索の前に、ディックは親睦を深めようとアッコと言う村について話を広げようとします。

「アッコって、聞かないな」

「さっき、受付かな?の人が言ってたけど、最北端だって」

「へぇ!すごいな!」

 ヤーカが先ほど初めて知った事実を話すと、ディックは実に驚いたとびっくりした顔になります。その表情を見たヤーカは、ディックのはっきりとした感情表現に妙に感心してしまい、この子とは仲良くなれそうだと感じました。

 そして、次はディックの身の上話になり、彼は西の方を指さしながら口を開きます。

「俺はここから西に行ったところの、剣の迷宮街出身なんだ」

「迷宮、ねぇ」

 迷宮と言うのは、何か強力な物品が作り上げるとされている不思議な空間で、一般的には迷路のような形状をしています。強力な物品と言うのは、時には魔力を帯びた剣だったり、時には人の体ほどの大きさのある巨大な宝石だったりするものです。

 風説ではそれらが自分に値する持ち主を選別するために迷宮を作り上げるとされていて、迷宮には魔物が大量に居座っているものでした。

 そして、ディックが言った剣の迷宮の最深部には剣が刺さっているという伝説がある超巨大な迷宮で、迷宮が発見されてから何百年と経っているのにその伝説の剣を見たことのある人は現時点でいないという話でした。

 しかし、ヤーカはそもそも迷宮自体を見たことがなく、一口で迷宮を言われてもいまいちピンときませんでした。

「見たことないんだよ。迷宮」

「ま、悪くないところだよ。魔物狩ってたら十分生活できるし、俺でもここに来れるし」

 ディックは笑いながらそう言って、自分の腕を叩いてみます。ヤーカはそんなディックの仕草から、彼が相当に鍛錬と積んでできている人だということを察して、受験は中々厳しい戦いになりそうだなと一人思います。

 そして、二人があたりさわりのない話をしていると、遠くの方から馬に乗った身長が高い男が数人やってきます。その中心にいた、一等豪華な鎧に身を包んだ、隊長と思しき男は右手を上げながら大声を発します。

「傾注!」

 その鋭い言葉に、ヤーカを含めた受験生は一斉に立ち上がって男のことを見ます。

「よし!今年の受験生はこれだけだな!」

 男は受験生を見回し、大体500人くらいだということを認めると、掲げた右手で東西南北を指し示しながら言葉を発します。

「剣を振るえるものは東へ!弓を射れるものは西へ!攻撃魔術を使える者は南へ!攻撃魔術だぞ!そして、複数扱えるものは北へ!」

 その言葉に、ヤーカは東へと歩き始めます。ディックも東へと歩き始めると、彼はヤーカへと静かに耳打ちをします。

「俺は剣と魔術、お前は?」

「弓と剣」

「なるほどね」

 ヤーカの答えにディックが軽い調子でそう言うと、彼は自信満々と言った表情で前を向きます。ヤーカはその表情を見て、きっと迷宮で修羅場をくぐってきたているんだろうなと察しました。

 そして、受験生の内100人ほどが東へと来ると、そこには馬に乗った面倒くさそうにした男と、眼鏡をかけて何枚もの紙が貼られた板を持った生真面目そうな男が二人いました。

「あー、俺が試験官だ。剣を扱える者」

 試験官を名乗ったのは面倒くさそうにした方で、彼はそう言いながら手をあげます。その言葉に、100人のうちの殆どが手をあげて、その内には当然ヤーカとディックが混じっていました。

 そして、試験官は手をあげなかった受験生を脇に寄せて、手をあげた受験生の中から適当に二人を指さします。

「はい、お前とお前、打ち合え。剣は用意してる」

 ヤーカは寄りにもよって一番最初に指名されてしまい、顔を僅かに青くしてしまします。しかし、指名されたからには前に出ないといけないもので、ヤーカは受験生たちと試験官の前に進み出ます。

 ヤーカと同じように指名されて出てきたのは、身なりがよく腰に自前の剣を持った身長が160センギリギリと言った風体の子でした。一方のヤーカはボロっちい旅装で、二人の環境の差と言うのは歴然でした。

 そして、身なりの良い子は流麗な仕草で、仕立てのよい剣を抜いて見せます。それに、ヤーカは慌てて試験官の方を見ると、試験官も焦った表情で馬につっかけていた古い鞘に納められた剣を取り出しながら、地面へと降りたちます。

「用意した剣を使えって!後、盾も使用可」

 相手は試験官が憤った声を上げたのに不満げな表情をしながら剣を受け取り、一方のヤーカはほっとした様子で試験官から剣と、人の顔ほどある丸盾を受け取ります。

 そして、そこでようやく二人は試験を始められる体制になって、向かい合います。余裕綽々と言った表情の相手に対して、ヤーカはとても緊張した面持ちであり、二人はやがて剣を抜き放ちます。試験官から渡された剣は当然刃が潰されたものでした。

「先に有効的な打撃をしたものが勝ち。始め!」

 試験官は、距離を開けて相対した二人の受験生の真ん中に立ち、そう掛け声を上げます。

 そして、ヤーカは『始め』という言葉と共に、一気に集中して、先ほどの不安げな表情はどこへやら、一端の狩人と言った鋭い表情になります。ヤーカは姿勢低く左手の盾を前に差し出して剣はその陰に隠すように構え、身なりの良い子は自然体でまっすぐ前に剣を差し出します。

 最初に動いたのは身なりの良い子供でした。彼は軽薄そうな雰囲気とは裏腹に、実に洗練された足さばきで間合いを詰めてヤーカに迫ります。しかし、白狼との戦いでも後の先を取ったヤーカには、彼の動きは余りにも遅く見えてしまいました。

 身なりの良い子は、まずは様子見といった様子で両手で鋭く袈裟切りを放ちますが、ヤーカは様子見も何もなく、ここで一気に片を付けにかかります。

 斜めの袈裟切りを丸盾で何事もなく受け流すと、ヤーカは相手が剣を体に引き寄せる前に、差し出していた丸盾をさらに前方へと寄せます。寄せると言っても、その速度は相手を殴りつけるような物で、ヤーカは丸盾で相手の顔を殴りつけんばかりに踏み込みます。

「うわっ!」

 相手は驚いた声を上げて体を逸らし丸盾で殴られるのを回避しますが、体が完全に起き上がってしまった体勢の上、丸盾で視界をほどんど遮られた状態では、ヤーカの追撃をよけきることなどできないのでした。

 ヤーカは右手に持った剣の切っ先で、相手の腹をちょんとつき、すぐに引くと、次は剣の腹で相手の両の内ももをぽんぽんと二度叩きます。

 内臓と太い血管を切りつけるという仕草を見せると、ヤーカはすぐに距離を取って防御態勢を取ります。

 一方の相手は何が起こったのかわからないと言った、茫然とした表情をしていました。しかし、試験官は何が起こったのかを正確に把握しており、彼はヤーカの方の手をあげながら宣言します。

「よし、お前は合格!こっちに分かれとけ。お前は後ろに回れ」

 その言葉でヤーカは気を抜いて自然体になると、試験官に与えられた武器を返します。武器を返すときに身なりの良い子がヤーカのことをすさまじい形相で睨みつけていましたが、ヤーカはそれを何とか無視します。

 すると、ヤーカの耳に聞き慣れない乾いた音が聞こえてきます。その音にちらと待っていた受験生の方を見ると、ディックを含めた何人かがパラパラと拍手をしていたのが見えました。

 ヤーカはその賞賛に少しうれしくなって、笑顔を作ると、丁寧にお辞儀をして見せました。

 そうして、適当なペアを作っての試合は次々と進んでいきます。中には一旦は負けても改めて試合をする者もおり、身なりの良い子は二度目の試合で見事合格を貰っていました。

 ディックはヤーカと同じく盾を持った戦い方をする人であり、彼は苦戦しながらも見事に合格をもぎ取っていました。

 そうやって、合格と不合格を分けると、試験官は次はいつの間にか生真面目そうな方が用意していた的を指さします。

「次、弓と魔術できる奴。……弓はこっち、魔術はこっち。両方できるのは弓の方へ行け」

 ヤーカはもちろんそれにも手をあげて、弓が用意された方へと歩んでいきます。試験官は『できる奴』と言ったものの、この分野に関しては全員が手をあげていました。しかし、弓を扱うものはごく少数で、ほとんどが攻撃魔術の方へと進んでいました。

 試験は先に攻撃魔術が行われるようでヤーカは芝生の上に座ってその試験の様子を眺めることにしました。

 試験の対象にされる的は藁でできた人形で、受験生はその前に立って各々の杖でそれを指し示します。そして、試験官の合図と共に、受験生は各々の杖に魔力を込めながら勢いよく振って、呪文を鋭い口調で唱えます。

「『イグニス』!」

「『セカーレ・ベントス』!」

 イグニスと唱えれば藁がごうっと燃え上がり、セカーレ・ベントスと唱えれば強い風が藁を揺らして鎌鼬のようにそれを切り裂いていきます。ヤーカは実は攻撃魔術を見るのはこれが初めてで、目をキラキラとさせながらその様子に魅入ります。

 しかし、受験生の殆どがイグニスの魔法で、時々セカーレ・ベントスの魔法を使うものがいる程度で、その効力の大小はかなり差があった物のあまり変わり映えはしなませんでした。

 そんな拍子抜けしてしまう事実に、ヤーカは人知れず肩を落とすのでした。

 ちなみに、ディックは中の上と言った威力のイグニスの魔法でした。

 そして、攻撃魔術の試験が終わると、次にようやく弓の試験が始まります。ヤーカは背中に背負った弓が使えるのかどうかが気になってはいましたが、先ほどの剣と同じようにすべて貸出でした。

 弓の的は先ほどの攻撃魔術とは打って変わって、木の板に同心円が書かれたものでした。しかも、距離も先ほどの倍以上遠く、ヤーカは魔術よりもこっちの方が難しそうだなと内心一人ごちます。

「弓の試験はとりあえず一本撃って、それから十回射ってもらう。攻撃魔術を複合するのも可、だ。始め!」

 ヤーカは手渡された11本の矢の内、一番最初の一本を矢につがえて一度引き絞ってみます。そして、弓の癖や具合を見ていると、隣の受験生がビュホンッという空気が爆発したかのような音と共に矢を放ち、ヤーカはびっくりしてそちらの方を見てしまいます。

 隣の受験生が放った本来試射の第一矢はまっすぐ的の方へと飛んでいき、その中心を実に見事に撃ち抜いて、なんと貫通してしまいます。

 ヤーカはそれが攻撃魔術か、と感心して受験生の方を見ます。彼は剣の試験には出ていなかった細身の、緑の長い髪を持つ子でした。彼は先ほどと同じような音を鳴らして二矢を放つと、次は一矢目で開けた穴へと見事に矢を通してしまいます。

 その卓越した技量にヤーカは、狩人としてのプライドを刺激されて、一人で勝手に奮起します。そして、具合を確かめ終わった弓で、こちらも本来は試射の一本目で的の中心を狙います。

 ヤーカは森でもそうやって獲物を狩ってきたように、『何か』が空間を通って風向きをどう変えるのかを感じます。隣の男が風を巻き上げて三本目の矢を放とうとする時に、その『何か』が彼の矢の周りで激しく動くのでしたが、ヤーカにはその動きを読み切るだけの技量がありました。

 そして、風がどう動くのかを読み解いたヤーカは矢を放ちます。その矢は、実に普通な弓の弦の音を鳴らしながら飛びますが、的からはとても離れたところに狙いが定められていた事実が全くもって普通ではありませんでした。

 隣の男もヤーカと同時に『何か』をまとった矢を放ち、それが巻き起こす風によってヤーカの矢の軌道は大きく曲がり、最初は的外れの方に放たれた矢が見事に的の中心へと刺さります。

 流石に、的を貫通するような威力は出ませんでしたが、矢じりが深々と刺さるほどの威力はありました。それに気を良くしたヤーカは、隣の男が矢を射るタイミングかそうでないかを気にしながら、合計11本の矢を放ち、それら全てを的の中心へと命中させることが出来ました。

 一方の隣の受験生は、結局11本の矢で中心を射るばかりではなく、木の板でできた的を木っ端みじんにして見せました。しかし、彼の強い風をまとった矢のせいで、他の受験生は半数以上の矢で的を外していて、彼らは皆涙目になっていました。

 ヤーカがそんな状況と壊れた的を呆れたような、称賛するような表情で眺めていると、的をそんな風にした張本人が彼女に話しかけてきます。

「おい、どうやった?」

 とてもぶっきらぼうな言い方にヤーカは感じが悪いなと、若干の悪印象を受けながらも、自分よりも背の高い彼にとりあえず正直に答えます。

「風を読んだだけですが……」

「そうか」

 すると、その男はそれだけを言ってヤーカの前から踵を返して離れたところに行ってしまうのでした。その細い後姿に仲良くはできなさそうだと、そんな感想をヤーカは抱きます。

「試験終了!合格発表はちょっと待ってろ」

 そうやって、数時間かけた実技試験は終わりを告げるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る