狼のふりをして、エルフを助ける

 金策の期限の折り返しが過ぎた日、ヤーカとソフィアは明日のより深く危険な迷宮探索に向けて、準備のため買い出しに街に赴いていました。昼の迷宮街は朝や夜よりも随分と人が少なく、メインストリートは存外に閑散としていました。

 二人は手分けして革袋に大量の物資をつぎ込んでいて、その道中ソフィアは袋を覗き込みながら先ほど立ち寄った店で買ったものを確認していました。

「あ、ちょっと待って」

 すると、ソフィアは首を傾げて、革袋を一旦地面に置いて両手でごそごそと中身を漁り始めます。ヤーカも立ち止まって彼女の作業を横から覗き込んでいると、ソフィアはやがて顔を上げます。

「砥石買うの忘れてた」

「待ってるよ」

 ヤーカは、お金を持って店へと向かったソフィアの荷物を手に道の脇へと移動します。そして、道の脇で待ちがてら、明日からの迷宮へと潜る進行計画を思い出して、果たして本当に正しいのかを検討し始めました。

 予定では15階層まで潜って、そこにいるというゴーレムの核をできうる限り集めるのでしたが、それにはある一定量の爆薬が必要だと聞いており、二人はその買い付けに出ていたのです。

 爆薬と言っても、普段は安定していて魔力を込めて初めて激しく爆発するという、爆晶石という物でした。

 そうして、一通り検討し直したヤーカが思考の海から現実に帰ってくると、彼女はソフィアが向かった方を見やります。どれだけ遅くてももう帰ってきておかしくないのですが、未だに彼女の影は見えませんでした。

「ソフィア?」

 ヤーカは嫌な予感を感じながら、荷物を両手にソフィアが向かったはずの店へと走って向かいます。そして、店の中に入るなり、そこにいた従業員へと大慌てで声をかけます。

「すみません。エルフの女性を見ませんでしたか?」

「さっき出て行ってけど?」

 ヤーかはその言葉に一瞬茫然としてしまい、すぐに気を取り直すと店から出て道の左右へと首を振ります。そこには、まばらに人々が歩いているだけで、やはりソフィアはいません。

「おかしい」

 あれだけ目立つエルフが忽然と姿を消すのは異常です。ヤーカは最悪の展開を予期しながら、ただの悪戯であってくれと願いながら彼女の名前を叫びます。

「ソフィアーー!!」

 その大声に、道を行く人々がヤーカのことを驚いた表情で見ますが、そんなことにヤーカは構っていられませんでした。彼女は手近にいた、猫の顔を持つ男性へと駆け寄って必死の形相で問いかけます。

「エルフを見なかったか?」

「見てないけど」

 男性に首を振られたヤーカは、もしかしたら先に宿に帰っているかもしれないという一縷の望みにかけて、駆け足で二人が止まっている宿へと向かいます。両手に持った革袋がガチャガチャと音を立てるのに、ヤーカは苛立たし気に顔を顰めながら街を走り抜けました。

 やがて十数分もしない内に宿へと帰ってきたヤーカは、玄関にいた店番へと食って掛かる様に近付き質問をします。

「すみません。エルフの女性が帰ってきていませんか?」

「いいや?」

 店番は首を振ると、奥にいた女店主へと声をかけます。そして、女店主もソフィアのことを見かけていないと首を振ってしまいます。

 事ここにいたっては、ヤーカは最悪の事態を想定します。一か月ほど前と同じように、人さらいに襲われたのだと。

 ヤーカは頭をフル回転させて、彼女を探すための方法を模索します。あれだけ目立つソフィアが攫われた瞬間を誰かが見ていたとしたら、目撃者は当然騒ぐはずです。しかし、騒ぎになっていない現状、攫われた瞬間はおそらく誰にも見られていないという事です。誰にも見られていないとすれば、聞き込みで捜索することはほぼ不可能に近いもので。

 そうなると、街の犯罪者を総当たりで見分していく方法しかとることはできません。ですが、この街は城壁が無く、暗闇に乗じれば恐らく出入りは簡単で。しらみつぶしで探すなどと言う悠長な方法は取れません。

「どうしたんだい?」

 思考の海に投げかけられた女店主のその声に、ヤーカははっと正気に戻り、彼女のことを見ます。そして、真っ先にしなければいけないことがあるじゃないかと思い至りました。

「目立つエルフがいましたよね。髪が二色の」

 その言葉に女店主は神妙に頷きます。

「彼女が攫われたようです。衛兵に通報してくれませんか?」

「わ、分かったよ」

 ヤーカののっぴきならないその発言に、女店主は顔を引きつらせて何度も頷きます。女店主は店番に店を任せて詰め所へと走って行き、一方のヤーカはとりあえず荷物を置こうと部屋へと駆けこみます。

 革袋の中身がぶつかり合って不愉快な音を鳴らす中、ヤーカは荷物を置き、壁に立てかけていた剣を手に取ってそれを腰に提げようとします。その時、部屋に置いていた自分の旅の荷物が目に入り、それから一つの天啓を得ました。

「あるじゃないか」

 ヤーカは腰に提げかけていた剣を投げ捨てると、旅の荷物をほどき、そこから白狼の毛皮の外套を取り出します。そして、すぐさま部屋の扉を閉めて窓を開けると、服を大急ぎで脱いでいきます。

 次に裸の上に狼の外套だけを羽織ったヤーカは、ソフィアの匂いが染みついているであろう物を探すために彼女の旅の荷物を漁ります。すると、荷物から彼女の白い肌着が出てきました。

「……っごめん!」

 ヤーカは一瞬ためらいましたが、その肌着を床に置いて、白狼の外套を頭からかぶって狼の体の形へと意識を集中させました。


◆◆◆


 ソフィアは袋状の物を被されて視界が真っ暗の中、何かの腐った不愉快な匂いをかぎながら歩かされていました。手は後ろ手に縛られている上に、腕を掴まれていればろくに反抗もできず、人さらいの言いなりになるしかありませんでした。

 音だけは聞こえていたので、ソフィアは足音や自分以外の人間の気配を何とか探り続けていました。それからの推測ですが、恐らくソフィアは人気のない狭い路地を幾度も曲がった上で何かの建物の地下へと連れてこられているようでした。

 しかも、人さらいは数人だけではなく、十人は超えているであろうことが察せられてしまいます。

 やがて目的地に着いたのか、ソフィアは肩を上から叩かれてその場にしゃがむように腰を下ろします。すると、そこには椅子があって、ソフィアはおっかなびっくりそこに座りました。

 そして、その瞬間頭から被せられていた何かの袋が勢いよく取り外され、ソフィアはその強すぎる勢いと突然差し込んできたまぶしい光に顔を顰めます。目の前には二人の人相の悪い男が立っており、その周りには木箱が幾つも置かれていて、今いるここはどこかの地下倉庫のようでした。

「何だい?こんな美女を攫って、何をしようっていうんだい?」

 ソフィアは二人の人さらいに向かって皮肉気にそう言い放つと、人さらいの内の細身の方が彼女が座っていた椅子の足を思い切り蹴り飛ばします。

「だまれッ!!!」

 ソフィアはお尻に感じる激しい衝撃と、唾が飛んでくるほどの怒声に一瞬目をつぶってしまいます。そして目を開けてから、よくよくその細身の人さらいを見てみると、彼は一か月前にヤーカの攻撃で首から血を流していた男でした。

「ああ、あの時の人さらい。死んでなかったんだ。よかったね」

「うるせぇ!!!」

 細身の男は怒りで顔を真っ赤にしながらこぶしを振り上げ、その衝動のまま思い切りソフィアの顔面へと振り抜きます。

「ッッ!!!!!」

 ソフィアは頬に感じる痛みと、踏ん張れずに吹き飛ばされて体が宙に浮く感覚を一瞬で味わい、やがて激しい衝撃と共に冷たい石造りの床へと叩きつけられます。

「後であのボウズも殺すからな」

 怒りでわなわなと震える声で男がそう言うと、ソフィアは頬の内側が切れたのか血の味を感じながらも、気丈に振舞います。

「はっ、死にかけたくせに」

「だまれ!だまれ、だまれ、だまれ!!」

 細身の男は額に青筋を立て、あまりの怒りに握ったこぶしから血を滴らせながら足を振り上げます。そして、ソフィアの顔面を蹴り抜こうとしたその瞬間、今までは事態を静観していた二人組のもう片方、小太りの男が彼の肩を掴んで止めます。

「やめろ、大切な商品だ。金貨何枚になるかなんてわからんのだぞ」

 細身の男はふぅふぅと鼻息を荒くしながら、振り上げた足を地面へと叩きつけ、ソフィアのことを威嚇するだけにとどまります。ソフィアは細身の男を煽るだけ煽ってやろうと罵倒の言葉を考えますが、それは小太りの男の声で質問で遮られてしまいます。

「おい、処女か?」

「処女で悪いか」

 ソフィアは口に溜まった血を唾と共に吐き出しながらそう吐き捨てると、人さらいの男二人は顔を見合わせて下衆な笑い声を上げます。

「今の質問の意味わかってないみたいだな」

 細身の男がそう言うと、ソフィアは眉間にしわを寄せて彼のことを見上げます。すると、その細身の男は唾液で濡れた舌をべろぉと下品に出しながら、先ほどの質問の意図を明らかにします。

「俺たちが味見ができないってこった。よかったなぁ、処女で」

 その言葉にソフィアはさあっと顔を青くさせてしまいます。質問の如何によってはこの男達は自分を凌辱しようとしていたのです。その上、女を性的になぶることを味見と言ってしまえる男の歪んだ認識にソフィアは反吐を吐きそうでした。

 しかし、性的な暴行は何も凌辱だけでないことを、次の小太りの男の言葉でソフィアは思い知ります。

「おい、裸にひん剥いてやれ。下の毛がどうなってるか見てやる」

「へへっ。合点承知の助」

 その言葉にソフィアは縛られて上手く身動きができない状況で身もだえて、何とか細身の男を蹴ってやろうともがきます。

「来るな!!!変態!!!ぶっ飛ばすぞ!!!」

「杖もないのにか?」

 細身の男は先ほど煽られた分を返すように、倒れて歯を食いしばって怯えるソフィアへと顔を近付けながらいやらしい笑みを湛えながら吐息交じりに囁き始めます。

「いいねぇ、怯えた顔。可愛いねぇ」

「変態!!!死ね!!!臭い!!!」

――バガンッ!ガタンッ!『剣を抜け!』

 ソフィアが臭い息を吐きかけてくる細身の男へと罵倒したその瞬間、上の階から凄まじい破壊音と男たちの怒声が聞こえてきました。

 この場にいた三人が驚いて天井を見上げますが、そこにあるのは石作りの天井だけで、人さらいの二人は顔を見合わせます。

「なんだ?」

 小太りの男はしばらく考えて、尾行はされていないはずなので、エルフに手を出したい奴と処女のまま売り渡して大金をせしめたい奴の喧嘩かと思い至ります。そして、荒くれ者たちのその馬鹿な喧嘩にため息をつくと、小太りの男は細身の男へと命令を下します。

「喧嘩を止めてこい。エルフは処女のまま売るのは決定だ。後、裸を見に来いって言っておけ」

「へい」

 細身の男は小太りの男の命令に忠実に頭を下げると、倉庫の扉を開き階段を上がっていきます。

 その数瞬後、

「ギャァァァァア!!!!!」

 細身の男が断末魔を上げながら階段を滑り落ちてきて、その様子に小太りの男は驚いた声を上げます。

「狼!?」

 細身の男の首には、大の大人の顔程度簡単に丸呑みできるほどの巨体の狼が、血だらけになりながらかぶりついていたのです。

「ガルアァァ!!!」

 狼は細身の男が絶命したと知るや否や、小太りの男へと咆哮し、彼とソフィアの間へと体を滑り込ませました。そして、あくまでソフィアのことを守る様に立ちふさがります。

「ひぃっ!」

 吠えられた小太りの男は後ずさって、背中を木箱に押し付けてもなお逃げようとします。彼は徐々に体を倉庫の扉の方へと動かし始めて、ソフィアと狼から遠ざかっていきました。

「キミは……」

 床にこけたままのソフィアは白狼のお尻を見上げます。薄暗い倉庫の中でしたが、その白狼の雰囲気にソフィアはなぜか親しい物を感じて、今まで感じていた恐怖が徐々に薄れていくのを感じます。

「親分!大丈夫ですか!」

 すると、階段の上からバタバタという足音が鳴って、盾と剣で武装した人さらいの仲間が三人大慌てで降りてきます。

 狼は人さらいたちに毛を逆立てて威嚇して、人さらいたちは盾を前面に押し出しながら声を荒げます。

「いいか!狼の突進を盾で防いで、両脇のやつが切りつける!迷宮の中と同じだ!」

 武装した男たちの中でも一等力が強そうな大男は、本来は迷宮の探索者だったらしく、必要な作戦を全員で周知します。狼はそれを聞いているのか聞いていないのか、男の作戦を聴き終わるや否や盾の壁に向かって突進していきます。

「俺が防ぐ!」

 大男が一歩前に出て盾を前面に差し出し、狼は肩でその盾へと体当たりをします。すると、作戦通りに大男の両脇に控えた二人が飛び出てきて剣を振るいますが、狼は盾を足場に飛び上がり、左へと大きく飛んで挟み込もうとしてきた男の顔をその鋭い爪で引っ掻きます。

「ギャァ!」

 そして、狼は倉庫に並べられた木箱を足場にもう一度飛び上がり、華麗にソフィアの前に着地します。

「クソ犬がぁ!」

「クソ!すばしっこいぞ、こいつ!」

「焦るな!もう一度だ!盾を用意!」

 引っ掻かれた男は右目を潰されながらも闘志をしぼませることは無く、彼を含めた男たちはまた盾を構えます。

 狼は一歩後ずさりをすると、また一気に速度を上げて男達へを飛び掛かります。男たちは一列に隊列を組んで腰を低くく盾を構えますが、狼は的を絞らせないように左右にステップを踏みながら彼らへと迫ります。

 そして、狼は男達へと向かってではなく、木箱に向かって跳躍し、木箱の壁をもう一度蹴って男達へと盾の上から強襲します。

 しかし、その攻撃は、閉鎖的な迷宮での戦闘に慣れていた大男には既知の攻撃だったのか、すぐさま対応して真っすぐ剣を狼へと突き出しました。狼は空中で体を捻ってその突きによる致命傷を避けて、その後は重力に従い落下してその大男の右腕を爪で大きく傷つけ、床へと着地します。

「今だ!」

 大男が痛みに耐えながらそう叫ぶと、一瞬我を忘れていた両脇の男は着地したばかりの狼に向けて剣を振るいます。しかし、狼の反応も早く、すぐさま後ろへと飛んで追撃をかわしました。

 狼はまたもやソフィアの前に立つと、姿勢低く男たちを威嚇します。ソフィアはそんな狼のことを至近距離で見て、彼のお腹に浅からぬ傷がついて血が床へと滴っているのに気が付きます。

「大丈夫かい!?」

 ソフィアが悲鳴のような声をあげると、狼は彼女を安心させるかのように尻尾を振って見せます。

 男達もけがの程度を確認すると、すぐさま盾を構えなおして最後の詰めとばかりと前進を始めます。

「ガァァァッッ!!!!!」

 狼は一歩一歩迫ってくる男たちに凄まじい咆哮を浴びせかけると、一番最初の突進よりもすさまじい速度で疾駆します。それに男たちは冷静にしゃがみながら盾を構え、次は登られないように地面へと傾けるようにして防御姿勢を取ります。

 壁のように並んだ盾にもひるまず、狼は下から飛び上がる様に右目がつぶれた男が持つ盾の上部へと頭突きを食らわし、彼を後ろへとたたらを踏ませます。あまりにも勢いが強かった突進に男は盾を手放してしまい、無防備になった男の首へと狼は噛みつき、のどぼとけを噛みちぎります。

「ギャッ――!」

 太い血管が切れて血が噴き出す中、狼はそのまま前進を続けて男たちの背後へと回ります。そこにいた小太りの男は腰を抜かして床にへたり込み、狼を指さしながら半狂乱になりながら叫びました。

「殺せ!殺せ!今すぐに!」

「グルゥァッ!」

 狼はそんな小太りの男は無視して、背後から大男へと突進します。しかし、卑怯な手も辞さないその大男は盾から手を放しながら素早く振り返り、隣で生き残っている男へと指示を出します。

「人質!」

 狼はその言葉に歯を食いしばり、大男の下を通り抜けるように走り抜けて、今まさにソフィアへと手を伸ばしていた男の腕へと噛みつきます。しかし、狼の背中は、大男を通り過ぎる時に鋭く切りつけられており、そこからはしとどに血が流れていました。

「狼は傷ついてる!いけるぞ」

「ああ!」

 大男は右腕が傷つき、もう一人の男も左腕の肉がそげて骨が見えていましたが、狼も地下室での戦闘と、地上階での戦闘と言う連戦で大きく傷ついていました。そのため、男たちは何とか辛勝できそうだと気合を入れ直しますが、狼はもうすでに強力な一手を放っていたのです。

「親分、探索者と衛兵共が集まって来てますぜ!」

 地上から降りてきた別の人さらいの男がそう言うと、小太りの男は顔を真っ青にさせながら大男たちへと命令を飛ばします。

「ずらかるぞ!まだチャンスは……」

 その命令に、名残惜しそうに男たちがソフィアへと目を向けて階段へと駆けだします。

「ねぇよ。そんなもん」

 しかし、階段に立っていた男の胸に槍が生えて、そんな低く落ち着いた声が地下室に響きます。

「ッ!」

 小太りの男は悲鳴にならない声を上げると、生えた槍が抜き取られた男が崩れ落ち、その背後からひげを丁寧に整えた衛兵が現れました。その衛兵の後ろには他にも武装した男たちが多数おり、それを見た大男は剣を地面に投げ捨てながら両手を上げて降参します。

「確保!確保ーー!」

 衛兵がそう叫びながら地下室へと部下を伴ってなだれ込んできます。そして、人さらいの男たちを床に叩きつけながら縄で縛っていきました。ソフィアはそんな光景を茫然と見つめていて、狼は人さらいが確保されてようやく気を抜くかのように尻尾を下げると、ソフィアの顔を覗き込み始めます。

「エルフの嬢ちゃん大丈夫か?」

 衛兵はそんな狼へと油断なく槍の穂先を突きつけながら、別の部下へと命令を飛ばしてソフィアを縛っていた縄を解かせます。ソフィアは凝り固まってうっ血した手首をさすりながら体を起こし、衛兵の男へとお礼を言います。

「助かったよ。ありがとう」

「この狼は?俺たちはこいつを追ってきたんだが」

 衛兵は詰所に現れて家具を滅茶苦茶にした後、走り去った白狼へと槍を突き出しながらそう言います。ソフィアはそんな事情は知りませんでしたが、この狼が自分を助けてくれたこと、なんとなく慣れ親しんだ雰囲気があることから、一つの事実を察しながら肩を大きく下げ適当にごまかしの言葉を吐き出します。

「私の使い魔だよ」

「そうか。使い魔なら、ちゃんと届けを出してくれよ。治癒魔法、早く!」

 衛兵は詳しくは知らないものの不思議なエルフと言う種族の言い分を信じて、突き出していた槍を下げます。そして、傷だらけで血を大きく流す白狼の治療を、連れてきていた神官に頼みました。

 迷宮で活動する神官の治療魔法の腕はとてもよく、狼の傷はどんどん塞がっていき、十数分もすれば刀傷は見る影も無くなりました。そして、治療が終わると、衛兵たちはソフィアを伴って人さらいのアジトを後にしようと移動を始めます。

 ソフィアが立ち上がると狼も立ち上がり、彼はソフィアの腰へと体を擦りつけるようにして彼女の周りをぐるりと一周します。そして、狼はその灰色の瞳でソフィアのことを心配そうに見上げました。

 ソフィアはそんな狼の頭に手を置いて、血に濡れた白い毛を優しくなでながら微笑みます。

「ありがとう」

 ソフィアの心からのお礼に、狼は尻尾を振りながら一つ吠えました。

「ワンっ!」

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