男のふりしてても、仲良くなれるもので

 三度目の迷宮探索から帰ってきた二人は、恒例となった酒場で食事を行っていました。ヤーカは酒を勿論頼んでいませんでしたし、一番最初に酔っぱらい過ぎたソフィアも反省したのか、ジョッキ一杯だけと節制する様になっていました。

 随分と仲が良くなった二人は他愛もない話をしていて、そんな最中、ソフィアはここ数日思っていたことをヤーカへと告げます。

「ヤーカって顔綺麗だよね」

 ヤーカはすわ男装がばれたかと背筋を凍らせて、食事をする手を止めてしまいます。

「何が言いたい?」

 そして、ヤーカが努めて平静を装って聞き返しますが、ソフィアはじいっとヤーカの顔を見つめ続けます。ヤーカの短い黒い髪や、右の前髪だけ三つ編みにした髪型、灰色の瞳はぱっちりとしていて、鼻も見事なまでに高く、やはり美形でした。

「ソフィア?」

 ヤーカが恥ずかしそうにしながらソフィアのことを諫めると、彼女はにこっと微笑んで食事を再開しながら声を上げました。

「後でちょっと髪の毛整えようか」


 初めに迷宮探索から帰ってきた時から、二人は相部屋を取って宿泊していて、それは今日も同じでした。部屋に置いてあったベッドの間の床にヤーカは座り、その背中側のベッドにソフィアは腰かけていました。

 そして、ソフィアは鋏などと言う上等なものが無かったので、細いナイフを手に、ヤーカの黒い髪の長さを丁寧に切りそろえていました。ソフィアの膝に置いた布に落ちて行く、ヤーカの切られた黒い髪の毛は細いものでした。

 ヤーカは頭を手櫛されて髪をまとめられるのがくすぐったいのか、体を震わせていて、ソフィアはそれが面白いのか時々わざとらしく地肌を擽る悪戯をしていました。

 髪を整えている最中、暇になったヤーカは後ろのソフィアに声をかけます。

「ソフィアのその髪の毛はどうなってるんだ?」

「うん?」

 ソフィアはヤーカが言っている意味が解らないと適当な相槌をうち、やがて彼女が聞きたかったことを察して解説をします。

「最初は緑色なんだけど、時間が経つと段々色が変わっていくんだよ。多分、魔力の影響かな」

「魔力の?」

 今日もやはり窓から差し込んでくる月明りに照らされた髪の根元はエメラルド色で、ソフィアの頭皮から新しい毛髪が生えてくる場合もその色でした。そして、そのエメラルド色の部分はソフィア自身が持つ魔力に当てられてゆっくりとタンザナイト色へと変化するのです。

「うん。人でも強い魔力を持ってたら、色が変色していくよ」

「へぇ」

 魔力で髪の色が変わることなど知らなかったヤーカは感心したように頷き、その仕草で持っていた髪が動いて危うく間違った場所を切りそうになったソフィアは、太ももで挟むようにヤーカのことを叩きます。

「ごめんごめん」

 ヤーカは謝罪した後、背後の月明りに照らされたソフィアを見上げて、彼女のベッドに垂れる髪を一房手に取りながら囁くように言葉を紡ぎます。

「綺麗だよ」

「ありがとう」

 ソフィアはヤーカの純粋なその褒め言葉に、腕を組んで彼女から目を逸らします。ちょっとだけ耳が赤くなっていました。

 ヤーカがソフィアの照れる様子にくすくすと笑い、笑われたソフィアは唸りながらヤーカの頭に手を置いて彼女の首を円を描くように振り回します。それに参ったとヤーカがソフィアの太ももに手を置くと、彼女はヤーカの髪の中で唯一伸ばされている部位、前髪の右側の髪の毛を手に取ります。

「これって、伝統的な何かかい?」

「まあ……、そんなところかな」

 ソフィアのその質問に、ヤーカはさすがに『幼馴染のチリーがやってくれていたから』と答えることはできず、適当に誤魔化すことにします。ソフィアは自分が誤魔化されたことを理解しながら、最後の仕上げをしてからナイフを置いて、彼女のトレードマークの三つ編みを作っていきます。

 ヤーカはチリーではないソフィアに三つ編みにされるのに、一抹の寂しさを覚えますが、半年以上月日が流れる中である程度の気持ちの整理はつけていました。

 ヤーカが感傷的になっているとは露知らず、ソフィアは髪をさっさと編み終えて彼女の頭をぽんと優しく叩きます。

「終わったよ」

 髪を整えてもらったヤーカは立ち上がると、幾分か軽くなった頭を振ってみます。ソフィアは切った髪をまとめた布を包みながらヤーカのことを見て、綺麗に整えられた彼女のことを見上げました。

「似合ってるよ」

 ヤーカは恥ずかしそうに口元を手で隠して、ちょっとそっぽを向きながらお礼を呟きます。美形の男が恥ずかしがる様子に、ソフィアはにやっと深く口角を上げるのでした。

「ありがと」

「どういたしまして」



 次の日、いつものように並んで街を歩いていると、ヤーカは感じる視線の数が増えたように感じます。そして、それがどうにも居心地が悪く、露出した首の後ろを手で擦ってその視線を誤魔化そうとします。

「視線が増えた気がする」

「皆キミを見てるのさ」

 視線に鈍感気味なソフィアはそう言って笑いますが、目立って男装がばれる可能性が増えるのを良しとしないヤーカは微妙な表情で小さく呟くのでした。

「違うと思うけなぁ」

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