女の子だし、女の子の仕事もあるんです

 その日は、大雪の日でした。アッコの男たちがいくら狩りに優れた人たちでも、大雪となれば森に入るのはためらわれるもので、今日は村人全員が家の中に閉じこもっていました。

 武器を持っている父や、兄たちはその手入れを入念にするのでしたが、武器を持たないヤーカは母に連れられて、村長の家へとやってきていました。

 村長の家はとても広いもので、家の真ん中にとても大きな囲炉裏があり。女たちはその周りに集まって、男たちが狩りで手に入れてきた動物の加工をせっせと行っていました。

 皮はなめして暖かい毛皮にし、骨は穴を開けたり削ったりしてアクセサリーなどの装飾品にする。ヤーカはその内の後者の仕事をしていました。

 小動物や狼の牙に穴をあけて、それらを順番にひもに通していきます。それで一つのネックレスを作ると、それを隣の少女に手渡しました。その少女は黒髪のヤーカとは対照的に白い髪を持っていて、彼女は筆を手に手渡されたネックレスをルビー色の瞳で覗き込みます。

「ね、ヤーカ。ヤーカって狩りに出かけたんだって?」

「うん」

 少女は骨にこの地方で特徴的な彩色を施しながら口を開き、ヤーカはその様子を覗き込みながら頷きます。

「なんで?」

「何でってなに?チリー」

 チリーと呼ばれた少女は、ふとネックレスから顔を上げて囲炉裏の火へと目を向けます。その炎を挟んだ向こう側では、二人の母親が同じようにネックレスを作っていました。

「皆、こういう仕事してるし。なんで、また、狩りなんて?って」

 チリーがそう言ったところでヤーカはなるほどと頷き、新しい骨を手に取り、それを床に置いてキリで穴を開けながら声を上げました。

「かっこいいし」

「それだけ?」

 チリーが作業を再開しながら首を傾げると、ヤーカは自分の垂れてきた黒髪を耳にかけなおをします。そして、しばらく考えるように唸ると、やがてぽつりぽつりと、話し始めました。

「男の人ばっかり昔話になったり、剣を振るってるのって、なんかずるくない?」

 その言葉にチリーはちらりと隣のヤーカのことを見ます。囲炉裏の火にゆらゆらと照らされる同い年の彼女の横顔は妙に大人びて見えて、でも小さく尖らせた唇だけは年相応に子供っぽいのでした。

 しかし、ヤーカはふと尖らせた唇を柔らかくして、何か遠くを見るような目つきなると、口を開きました。

「まあ、最初はそう思ったんだけど」

 チリーは手を止めてヤーカの言葉を待ちます。

「狩りに行った時、凄い森が綺麗だったんだ」

 ヤーカはごりごりと骨に穴を開けながら、楽しそうな声を上げます。

「知ってる?冬の森ってさ、凄い静かなんだよ。真っ白で、風の音しかなくて、でも時々雪の落ちる音がするんだ」

 チリーは冬の森に入ったことなどはありません。冬の間は毎年今のように集まってアクセサリーを作っていますし、あまりにも寒い外になど出ては冗談ではなく死んでしまいます。だから、知っているのは虫の声や獣の声が響く夏の森だけでした。

「森がさ、綺麗で……。もっといろんな景色を見たいと思った」

 ヤーカは言葉を繰り返し、狩人より先にある騎士という目標を見据えながらそう声を上げます。チリーはその言葉にちょっと違和感を感じながらも、ヤーカの年相応に楽しそうな横顔に魅入ってしまいます。

「昔、村長から聞いたんだ。この森を北に抜けると、何もない平原があるんだ。冬の間は真っ白でまっ平らな世界が広がっているんだって。巨人族が踏み均して、何にもないんだって」

 穴をあけ終わったヤーカは骨を目の前に持ってきて、その穴から炎を覗き見ます。赤やオレンジが色とりどりに変化する景色は綺麗で、その熱だけではない熱さが頬を赤く染めました。

「私。いっぱい、いっぱい景色を見たい。色んな人にあってみたい。うんと、美味しい物を食べてみたい」

 チリーはちっともこっちを見て話してくれないヤーカに、胸にちくりとしたものを感じます。子供っぽく話しているのに、どこか大人びた視線をずっとどこか遠い場所に向けているのです。

「ヤーカ……」

 名前を呼ぶと、そこでようやく彼女はチリーのことを見ます。ヤーカはいつものような天真爛漫な微笑みで、心にモヤモヤを抱えるチリーにあっけからんと言い放ちます。

「勉強も楽しいしね。ボードゲームみたい。知ってる?繰り上がり」

 ちょうど昨日商人から習ったことを得意げに胸を張って言うのに、チリーはふんと鼻を鳴らしてずっと止まっていた手元の作業に目を向けます。

「知らない!」

 ちょっと大きな声でチリーが言い切るのに、ヤーカはびっくりしてチリーの白い肌がオレンジ色に火に照らされている横顔を見やります。チリーが不機嫌な時によくする、唇の赤が見えないほど引き結んでいる様子を見ると、ヤーカはそっと彼女の顔を覗き込むようにして問いかけました。

「怒ってる?」

「…………怒ってない」

 実に面白くなさそうにチリーは声を上げながら、ちっとも楽しくない色塗りをします。赤と緑に交互に塗る作業なんてとても単純で、いら立ちを作業で紛らわすことなんてできそうにありませんでした。

 ヤーカはおろおろとチリーの隣で体を揺らして、どうしようかと思案します。チリーが起こった時はとても長い時間拗ねるのです。

 やがて、ヤーカはとりあえず謝ろうと思って、チリーに言葉を囁きます。

「チリー?」

「……」

「ねぇ、チリー」

「何?」

 二回の呼びかけでチリーはようやく顔を上げてヤーカのことを見ます。すると、ヤーカはやっとルビー色の瞳と目が合ったと嬉しそうに笑うと、チリーに顔を寄せながら唇を動かします。

「ごめんね」

 こつんとおでこが当たって、ちょっと温かいのがわかって、二人は至近距離で見つめ合います。チリーは、ヤーカの灰色っぽい瞳にどこか寂し気な物を感じると、彼女から額を放しながらそっぽを向きます。

「うん。いいよ」

 そのチリーの許しの言葉に、ヤーカが目を細めながらうんうんと頷くと、お尻を少しだけ上げて彼女との距離を詰めます。肩や腕がぶつかるほどの距離に近づいて、二人はお互いの柔らかい体を意識し始めました。

「狭い」

 チリーが口だけは迷惑そうに、声色は嬉しそうにそう言うと。

「いいじゃん」

 ヤーカはチリーの機嫌が直ったことに嬉しそうに、彼女へと体重をそっとかけます。

 そして、二人は囲炉裏の前で、肩を寄せ合ってネックレス作りにいそしみ続けたのでした。

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