少年期編・騎士学校、第一学年

男のふりして、無事に入学できました

 入学費納入期限の前日、ヤーカは旅装のまま王宮の隣の敷地にある騎士学校の事務室へとやってきていました。王都の騎士学校ではガラス窓がふんだんに使われていて、玄関脇にあった事務室の受付も透明なガラスで、玄関と事務室の双方がよく見えるようになっていました。

 ヤーカはどこをノックすればいいのかを考えて、結果的にガラス窓の縁の木の枠を軽く叩きます。すると、筋骨隆々とした男が奥から現れて、ガラス窓を上へと上げます。

「どちら様で?」

「先日の受験に合格したヤーカと言います。入学金を持ってきました」

 ヤーカは懐から金貨500枚の入った革袋を手渡します。男はその革袋に眉をあげて感心した表情になります。旅装で汚らしい受験生がこれをどうしたのかはすぐに察しがつき、きっと合格発表を貰ってから必死にかき集めてきたのだろうと感じます。

「へぇ。集めてきたってこと?やるねぇ。試験官に確認貰うから待ってて」

 筋骨隆々とした男は事務室へと引っ込み、その奥にいたやる気のなさそうな男へと声をかけます。確かに彼はヤーカがいた試験の監督官で、彼は実にめんどくさそうに立ち上がります。

 ヤーカはそんな様子をガラス窓の向こうから眺めていました。やがて試験官はガラス越しにヤーカのことを見ると、踵を返して事務室の扉へ向かってそこからわざわざ玄関に出てきました。

 そして、男はヤーカの元までくると、眉間にしわを寄せながら口を開きます。

「おい、お前。ヤーカつったか?」

「はい」

 ヤーカが一も二もなく頷くと、男はじろじろとヤーカのことを下から上へとみて、やがて確信したかのような声を上げます。

「お前、女だろ」

「何のことですか?」

 ヤーカは咄嗟にとぼけられた自分を内心で褒めてやります。一方の男はため息を大きくつき、一枚の書類を出してきました。それは機密情報に関する取扱いや場合によっては兵士として戦場へと駆り出される可能性などに関する誓約書でした。

「まあいいや、入学金は払ったんだな?名前書いて終わりだよ」

 ヤーカはその書類を全部読んでから、一番最後に名前を書きます。名前を書いている最中でも男はヤーカのことを観察していましたが、最終的には名前を書くのを止めたりなどはしませんでした。

「問題だけは起こすなよ」

 そして、そう言って男は事務室へと戻っていきました。


 ヤーカは助かったのかと心臓をドキドキとさせながら事務室から出てくると、詰まっていた息を勢いよく吐き出し、顔を青くさせます。そして、足取りだけはしっかりと、背筋を伸ばして騎士学校の敷地から出て行きます。

 騎士学校の敷地から出ると、そこには何やら袋を持った相変わらず赤い髪が目立つディックが歩いていました。

「ディック!」

 ヤーカが彼の名前を呼ぶと、ディックもヤーカに気が付いたのか喜色満面で近寄ってきます。そして、ディックはヤーカが嬉しそうにしているのを見て、彼女が偉大なことを成し遂げたのを悟ります。

「金貨500枚マジで集めたのか?」

「人の好意に甘えてだけどね」

 ヤーカが頭を掻きながらそう言うと、ディックは素晴らしい物を見たと言わんばかりに目を輝かせて彼女のことを見ます。

「それでもすげぇよ。俺諦めてたもん」

 ヤーカはディックに諦められていた事実にむすっとしてしまい、思わず口を滑らせてしまった彼は慌てて両手を合わせて謝ります。そして、ディックはすぐに話題を変えようと持っていた袋を掲げて見せました。

「そうだ、制服とか貰ってけよ。購買でペンも買えるぜ」

 ヤーカは騎士学校の制服とは何ぞや、と一瞬思い、すぐに前に貰った冊子にかかれていた軍服を買えという文章を思い出します。結果的には迷宮探索で集めた金貨はこういった雑事や、下宿先の家賃へと当てることにしていました。

「先に下宿先探さないと」

 ヤーカは荷物を置く場所が無いと首を振ると、ディックは王都の端の方へを指をさしながら助言をします。

「それなら、壁近くだったら安く借りられるぜ」

「ありがとう。行ってみる」

 ディックに相変わらず世話になってばかりだなとヤーカは内心肩を落としながらお礼を言いました。


 無事に入学費を入れて、ディックから下宿の助言も貰ったヤーカは、これから先同居人になるソフィアとの待ち合わせの場所にやってきていました。

 この辺り一帯で良く信仰されている太陽神を象った噴水が目立つ広場に来たヤーカは、早速人々の注目を集めて遠巻きに眺められているソフィアのことを発見します。

 根元はエメラルド色で毛先に掛けてタンザナイト色へと変わる髪や、それを貫いて出てくるとがった耳は王都でもよく目立っていて、人々は口々にエルフだと呟いていました。

 ソフィアは攫われた反省から最初はローブのフードで顔を隠そうとしていましたが、王都で生活をすることを考えた場合さっさと正体を明かしておいた方がむしろ安全だと判断をして、あえて人が多いこの場所で姿をさらしていたのです。

 そんな彼女は今、茶色いソースを頬につけながら、鳥の照り焼きの串を幸せそうにほおばっていました。

「ヤーカ、王都は凄いな!」

 そして、ヤーカがソフィアに近づくと、彼女はエメラルド色の目を輝かせながらそう歓声を上げます。ヤーカは数か月の、初めて王都に入った時の自分を思い出すようで、なんだか恥ずかしくなってきます。

「酒は飲むなよ?」

「善処するよ」

 興奮しすぎて、一番しやすそうな失敗をあらかじめ釘を刺すヤーカでしたが、頬にソースを付けていては何となく頼りないソフィアなのでした。

 合流した二人はその足で王都の中心部を取り囲む壁の方にやってきます。

 アーク王国の王都はとても広く、さまざまな時代のさまざまな様式の家が所狭しと並んでいる都市です。しかし、そのすべての家々を城壁で囲んでいるわけではなく、王が住まう王城を中心にした貴族や有力な権力を持つ人々が住む場所だけを背の高い城壁が囲み、その壁の外に普通の人々が住んでいるような形でした。

 背の高い壁に沿う様に作られた家は、当然日の光に当たる時間が大きく削られてしまい、だからこそ家賃が低く設定されていたのです。ヤーカとソフィアはそんな壁の外の、特に北側へと足を運んでいました。

 昼間なのに薄暗いそこは、王都の中で一番貧しい部類の人々が住んでいました。王都で生活が出来ている以上、最低限の給金を貰っているのでしたが、ここから更に北、王都の端にまで行くと日銭を稼ぐこともままならない達が集まるスラムがありました。

 とはいっても壁際とその北の端の間には距離があり、ヤーカ達が歩いている場所は治安的には何の問題もありませんでした。

「悪くないね」

 ソフィアは街を歩きながら、恐らく築100年を超えるであろう石材と木材が両方使われた家々を見上げます。流石は王都と言うべきか、3階建て4階建ての建物が散見されました。

 一方のヤーカは部屋を紹介してくれる不動産屋と会話をしていて、やがて一番お勧めだという集合住宅へと三人はやってきます。

 それは三階建ての建物で、一階は大家の部屋、二階三階にあるワンルームが貸し出している部屋でした。ヤーカ達はその三階の一番奥の部屋をへと連れていかれます。

 不動産屋が鍵を開け中に入ると、そこは一人で住むのには十分な、しかし二人で住むには少し手狭になりそうな部屋がありました。

「少し狭いですし、朝の時間帯しか光は差し込みませんが、お安いですよ」

 不動産屋がそう言って、二人が家賃を聞くと、二か月で金貨一枚という王都の中では破格の値段でした。ヤーカは不動産屋に改めて相場を聞き、手持ちの金貨と、これからかかる制服代などを勘案した結果、ここに住む以外に手立てはない事を理解します。

「契約します」

 ヤーカは若干苦しい表情になりながらもそう言って、不動産屋と固い握手を交わしました。一方で話を隣で聞いていただけのソフィアは、内心で職を探さないとなと思うのでした。

 一旦不動産屋へと戻って契約書に名前を書いた二人は、鍵を貰って改めて手に入れた部屋へと戻ってきます。180セン(180cm)を越える身長のあるソフィアや、160センを越えてまだまだ背が伸びているヤーカが住むには、この部屋はやはり若干狭そうで、ヤーカはその事実に何もない部屋の床に座り込みます。

「相部屋なんだよなぁ」

「いいじゃない」

 ヤーカがわずかに疲れた声を上げる一方、彼女の隣に座ったソフィアはどこか楽しそうに笑いながら部屋を見上げます。

「それとも、私が気になるかい?」

 そして、生活するうえできっと着替えなどで裸をお互いに見ることになるであろうことを暗に告げると、ヤーカはみるみる顔を赤くさせて隣のソフィアのことを手のひらでぺしんと叩くのでした。

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