制服を着て、入学式

 アーク王国の春の日は、梅がとても美しく咲くことで有名でした。王国の何代目かの王の王妃が梅好きだったらしく、王都のいたるところ、特に城壁に囲まれた中心街では様々なところに彼女が愛した梅が植えられていました。

 騎士学校の入学式はそんな紅色の花を咲かせた梅並木の奥、王宮の隣にあった巨大な講堂内で行われることになっていました。

 騎士学校の新入生は皆、紺色の制服を軍服に身を包み、右胸には銀色の意図を編んで作られた飾緒と呼ばれる飾り紐を右肩にかけてつけていました。その中で、一頭目立っていたのは、黒い髪を持ち、その前髪の右側を三つ編みした、灰色の目を持った生徒でした。

 彼は目鼻立ちがはっきりとしていて、眉目秀麗と言った雰囲気を持ち、気負うことなく背筋を伸ばして講堂の廊下を歩いていました。

「なあ、ヤーカ」

「ん?」

 そんな眉目秀麗な男、ヤーカに声をかけたのは、とても目立つ赤い髪を持った男ディックで、彼はというと、彫りが深い顔をしていたのでどちらかと言うと厳つい顔でした。

「俺はお前がうらやましいよ」

 ディックはそう言いながら隣のヤーカの横顔を見ます。古ぼけた旅装に身を包み、髪をざっくばらんに切っていた時ですら美形だと思っていたのに、正装に身を包み髪を綺麗に整えた今となってはまるで貴公子のようでした。

「よくわからないな」

 首を傾げながら発せられた声だって少し高めのよく通るもので、ディックはますます大きなため息をつきます。

「さ、講堂に入ってしまおう」

 ヤーカはそう言いながら廊下にある、金色の装飾がなされた扉を開きます。講堂は一番中心にお立ち台があって、そこを一番底としながら扇状の段々がひたすらに続き、赤い椅子が整然と並んでいました。

 今はまだ誰もいない講堂を、二人は歩いていき一番端の上の方へと向かいます。

「ここで立って待つんだな」

「平民だからな」

 騎士学校に入ることになる新入生の平民は全部で30人であり、その他100人を超え200人に迫る騎士を目指す貴族が同級生となります。加えて、平民と言っても、元貴族だったり、地方のとても有力な地主の跡取りだったりするので、本当に何の後ろ盾のない平民は10人程度になるのでした。

 やがて、二人が立っていると、残りの平民8人が次々とやってきます。その中には精霊を使役していた弓使いもおり、彼は相変わらずぶすっとした表情でヤーカとディックの隣へと立ちます。

 平民10人が集まり立ちながら待っていると、ぱらぱらと残りの20人が集まってきて、それからぞろぞろと貴族たちが講堂へと入ってきます。その喋りながら入ってくる貴族たちの中には、左胸に勲章をもうすでにつけている者もいて、それを見たディックやヤーカ達は内心羨ましがってしまいます。

 ちなみに試験の時にヤーカが負かした子は20人の側でした。

 騎士学校の新入生約200人が集まり講堂の右端を占有すると、お立ち台に騎士学校の学長らしき、白い髪とひげとを蓄えた男性が登り、黒く太い指揮棒を掲げます。

「着席!」

 その号令と共に、騎士学校の新入生は一斉に座ります。その整然とした様子に学長が満足そうに頷くと、彼はお立ち台から降りて最前列の椅子へを座りました。

 そしてしばらくすると、黒い礼服を着た男性が講堂の一番大きく中心にあった扉を開け放ちます。

「本物の貴族だ」

 ディックが横目でそれを見ながら呟くと、扉をくぐってきたのは、軍服ではなく各々で仕立てたスーツやドレスに身を包んだ少年少女たちでした。彼らは騎士学校と併設されている貴族学校に通う生徒であり、貴族の子女の中でも長男長女、もしくはそれに準ずる家督継承権をもつ人々でした。

 最初は男爵子爵と位の低い人々が大勢講堂に入ってきて、やがてはお供を伴った伯爵家の男児が入ってきます。

 そして一旦は入場が止まると、数分置いて辺境伯家が入ってきます。

 位が上がるにつれてどんどんスーツやドレスが豪華になっていき、連れてくるお供の数も増えてきます。

 ヤーカはそんな天上のマナーと言うか見栄と言うかに、半分呆れながら入場を待ちます。しかし、呆れるような貴族社会の光景はここからが本番でした。

 辺境伯家が全員入場すると、お立ち台に貴族学校の学長らしい、とても立派な装飾がなされたスーツを着た男性が登ります。そして、彼は今この場にいる生徒全員を見渡すと、「起立」と言う号令の後、大きく胸を張って宣言します。

「それでは、続きましてイェーツ公爵家ご令嬢、クレア様のご入場です!」

 その言葉と共に、ヤーカは事前に教えられていた通りに両手で拍手をします。それはこの場にいる新入生全員も同じであり、講堂の中は雨が降ったような拍手の音で満たされます。

 入場を宣言されたクレア・イェーツ嬢のことを一目見ようと、ヤーカはちらりと横目で講堂の入り口の方を見ます。

 そこには、深いガーネット色の長髪を持ち、ぱっちりとした大きな赤い瞳を持った女性が、豪華なドレスに身を包んで歩いていました。隣のディックのような下品な赤色ではなく、光に照らせばきっと鮮やかな紅色になるであろうその髪は、歩く度に波打つように跳ねて、光を美しく反射します。

 それを見ていたヤーカは彼女の髪の色が、毛先に掛けて若干色が薄くなっているのに気が付きます。それはソフィアと同じ、強い魔力によって変色した結果であろうことが見て取れました。

 イェーツ嬢は、講堂の中頃まで来ると左右に折り目よくお辞儀をして、複数人のお供を連れて席へと座ります。

 席に着いたとみるや学長は右手を上げて、生徒の拍手を止めます。

 そして、拍手が止まって十数秒。学長は大きなタメを作った後、両手を広げて大きく宣言します。

「最後に、王太子フレデリック様です!」

 その宣言と共に、イェーツ嬢が入ってきた時よりもさらに大きな拍手が講堂内を支配します。

 そして、その拍手の最中、颯爽と入ってきたのは、何よりも美しい黄金の髪を持った、細めでもその下にある碧眼がよく光って見える、とてもよく整った顔立ちの美少年でした。

 自信と気品に溢れた彼は右手を上げて講堂内の人々に視線を返し、やがては学長の立っている舞台へと上ります。次に彼は両手を上げて、場内の拍手を止ませると、小さくお辞儀をします。

「皆の者、楽にしてくれてよい」

 その言葉で、ヤーカを含めた新入生全員が着席します。その統率された様子にフレデリックは大きく満足したのか、微笑みながら鷹揚に頷きました。そして、彼は新入生を代表して挨拶をし始めます。

「いけ好かねぇ」

 その仕草や挨拶に隣のディックが誰にも聞こえないほどの声量で呟きます。耳の良いヤーカには聞こえていて、あまりにも命知らずなその呟きに背筋に冷たいものが走ります。

 もし聞かれてもしていたら、不敬罪に抵触したか何かでこっぴどい罰を受けていたでしょう。聞かれていたのがヤーカだけでよかったものです。

「チッ」

 しかし、そんな不敬な仕草はディックだけではなく、あの弓使いの男だってそうでした。弓使いの舌打ちもとても小さなものでしたが、やはり聞こえていてそれにヤーカは口の端をひくつかせてしまいます。

 ヤーカが内心後で二人に注意することを決めていると、フレデリック王太子は挨拶の締めに入っていました。

「我々は今日からは同じ机を共にする学友だ。学校にいる間は平民も、貴族もその爵位の垣根を超えた関係を築こう!」

 ヤーカは、その言葉に何となくディックや弓使いの子はこの発言を盾に失礼なことをしまくるんだろうなと、おなかが痛くなってしまう未来を予期するのでした。

 そして、フレデリック王太子が頭を下げると共に、ヤーカは拍手をするのでした。


 フレデリック王太子の言葉の次に学長の挨拶や、教員たちの紹介、使える施設などの連絡が終わると入学式は閉幕します。講堂から出る順番は、やはり王太子、公爵と爵位の高い順でした。もちろん一番最後はヤーカ達平民で、その頃になるとずっと座りっぱなし立ちっぱなしだったので体が凝り固まっていました。

 平民たちが建物をでると、ヤーカはディックと弓使いの男の腕を引いて、誰もいないところへと二人を連れていきます。

「ディック!それに貴方も」

 建物の影で突然怒鳴られたディックは何が何だかわからないという表情をして、弓使いの男も実に迷惑そうに眉間にしわを寄せていました。

「いけ好かないとか、舌打ちとか、思うのはいいが口に出すな!」

 そしてヤーカがそう言うと、ディックは聞こえていたのかを顔を青くさせ、弓使いの男も僅かに顔を曇らせます。

「場合によっては他の人間にも累が及ぶんだぞ」

「すまん。次からは気を付ける」

 ヤーカがそうやって忠告すると、ディックは謝り、弓使いの男も目礼だけはしました。そして、弓使いの男は踵を返して立ち去ろうとします。

 しかし、ヤーカは弓使いの男にはまだ用事があるのでした。ヤーカは、彼の頭の上に風の精霊の気配をずっと感じており、そのことを話しておきたかったのです。

「精霊使い君、名前は?」

 ディックもいる手前、踏み入った話をすることは憚れたのでそれだけを言うと、弓使いの男は目を見開いてヤーカのことを見ます。一方のディックは何が何だかわかっていないのか、頭の上に疑問符を幾つも浮かべて二人の顔を見比べていました。

「ソル。お前は?」

 ソルと名乗ったその男は、意外にも右手を出して握手を求めてきます。

「ヤーカ。よろしく」

 ヤーカもその握手に否やは無く、しっかりと彼の右手を握りました。二人が固い握手をするのに、隣のディックは眉をあげて、ソルの顔を覗き込みながら自分を指さしながら自己紹介します。

「俺はディック。迷宮生まれ迷宮育ち」

「お前には聞いていない」

 すると、ソルはディックのことを一瞥するだけでそう冷たく言い放ち、それにディックは何だよ!と地団太を踏みます。

 そんなディックにヤーカが小さく吹き出していると、ソルはヤーカにだけ頭を下げて立ち去ろうとします。しかし、またもや彼は引き留められることとなります。

「待てっ!」

 ディックがソルの肩を掴んで建物の陰へと引き込んだのです。

「なんだ!?」

 ソルが抗議の声を上げると、ディックはとても低い声で彼とヤーカに警告をします。

「人が来る。隠れろ」

 ヤーカはなんで隠れる必要があるんだ?、と首を傾げますが三人共で建物の陰に隠れます。

 すると、ディックの言う通りに二つの足音が三人の耳に入ってきます。そして、その二つの足音がやがて止まると、何事かを話し始めました。声の高さからして、それは男女の会話のようでした。

「イェーツ様と、フレデリック様だ」

 建物の陰から顔を半分覗かせたヤーカが特徴的なガーネット色の髪と黄金色の髪にそう言うと、ソルも頷きます。

「言い合ってるな」

 ソルの言う通り、公爵令嬢と王太子は何かを言い合っているようでした。一方で声量はある程度絞っているのか、その声はとてもぼやぼやとしていて、剣呑な雰囲気しか伝わってきません。

「なんて言ってるか聞こえるか?」

 ディックは命知らずにも首を傾げながらそう言って、ヤーカは口をへの字に曲げます。

「聞いたら守秘義務発生しそう」

「聞こえん」

 ソルも二人の高貴な人の言い争いには興味があったのか、意外にも静かに耳を澄ませていました。

 ですが、結局三人共が何も聞こえないまま言い争いは終わり、イェーツ嬢は指をフレデリック王太子に突き立てながら何かを叫んで、それから踵を返して遠ざかっていきました。

「見つかる前に逃げよう」

 言い争いが終わるのを見たヤーカは、王太子がもしかしたらイェーツ嬢とは別の方面へと歩き始めるかもしれないと直観し、二人の腕を引っ張ってその場を離れようとします。

「足音立てんなよ」

「無論だ」

 ディックの忠告にソルが頷き、三人は足音を殺してその場からさっさとトンズラをこくことと相成りました。


 三人が言い争いの現場から離れて、安全な王都のストリートを歩いていると、ディックは腕を組みながら首を傾げます。

「何だったんだろう、あれ」

「知りたくない。知ったら絶対巻き込まれる」

 ディックのその言葉に、ヤーカは首を振ってポケットに手を突っ込みます。

「気になるが、いつかは噂が漏れ出るだろう」

「だな」

 ソルは意外や意外、噂話が好きなようで、悪人のように僅かに口角を上げていました。一見クールなソルのその趣味にヤーカは内心微笑み、本当に興味が無かった彼女は自分が一番関心を向けている事柄を口に出します。

「と言うより、俺は奨学金を貰うために勉学に励まねば」

 すると、その言葉を聞いたソルが静かな、残酷な事実を告げます。

「王太子に勝つつもりか?」

「え?」

 ヤーカが言っている意味が解らないとソルのことを見上げると、彼は不愛想な顔のまま丁寧に解説をし始めます。

「筆記テストは貴族学校と騎士学校は共通の上に、恐らく王太子は剣の実技テストにも出てくるだろう。奨学金は成績上位者のみ、筆記と実技両方で高い成績を上げなければならない。つまりはお前は王太子に挑まねばならない」

 ヤーカはソルのその発言に顔を引きつらせ、なぜかディックも顔を真っ青にさせます。ヤーカは、英才教育を受けたこの国一番の貴人に挑まねば騎士学校を卒業どころか進学できないという事実に、ディックはそれ以前の話でした。

「まじで?筆記あんの?」

「お前……。低い点数だったら追い出されるぞ」

 ディックのあまりにも初歩的な部分のつまずきに、ソルは実に呆れた声を上げます。

 一方のヤーカは降って湧いた現実の壁に、ポケットから手を出し、こぶしをギリギリと握り締ます

「フレデリックめぇ……」

「はい、不敬」

 ディックが冗談めかしてヤーカのかかとを蹴ると、彼女はこぶしを振り上げながら大声を上げます。

「王太子とは言ってねぇ!」

 その言い訳にソルは妙に感心した顔になり、ディックは腹を抱えてゲラゲラと笑います。そして、ヤーカはこぶしを春の青空へと突き上げて、大きく宣言をしました。

「やってやらぁ!!!」

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女の子なのになぜか男の子のアレが生えたので、これ幸いと男装して騎士を目指します!! ATライカ @aigistemeraire

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