女の子だけど、男の子でも難しい狼討伐

 冬至の日の出前、月が顔を隠す時間帯。ヤーカは鹿の毛皮から作った外套に身を包んで村長の家の前に立っていました。そして、彼女の周りには、狼の外套に身を包んでランタンを持った狩人たちがいて、彼らに加えて灰色や黒色の狼たちが黙って立っていました。

 ゆらゆらと揺れ動く炎があたりをオレンジ色に染め上げる中、狩人たちは女として初めて儀式に参加するヤーカに何と声をかければいいのかわからず口を噤み、彼女の父はこれから死地へと赴く娘にどう声をかけるのかわからず眉を顰めていました。

 吐いた息が白く立ち昇って、それをヤーカが無感情で見つめていた中、一つの高い声が村中に響き渡ります。

「ヤーカ!」

 その声にヤーカが振り向くと、そこには外套をただ羽織っただけのチリーが家から出てきていました。

「ヤーカ!」

 そして、彼女は雪に足を取られながらも、ヤーカのことを見つめて彼女の元へと必死に走ってきます。ヤーカはその姿にはっと正気を取り戻すと、父の顔を見ました。

「構わない」

 父が行ってやれと頷くと、ヤーカは一団から飛び出してチリーの元へと駆け寄ります。やがて、二人が出会うとチリーは瞳のルビー色を強めながらヤーカのことを見つめ、一方のヤーカはチリーの外套のボタンを閉じていきます。

「寒いだろ、チリー」

 しかし、チリーはそれどころではないと首を振り、自分よりも背の高いヤーカのことを見上げながら口を開きます。

「行くの?」

「……うん」

 ヤーカは今にも泣きそうなチリーの表情を、灰色の瞳を細めながら見つめます。

「大丈夫!」

 そして、彼女はふふんと鼻を鳴らしてチリーの両肩を力強く叩きますが、チリーは心配そうな表情を緩めずに、手に持っていたものを掲げて見せます。

「ヤーカ、これ」

 それは、狼の牙の首飾りでした。赤と緑の紐を編んだ縄で牙をくくっただけの、アッコ伝統の首飾りでした。赤は武運を、緑は長久を表し、狼の牙は勝利を表す、ここではとてもありふれた物。

「信じてるから」

 そして、そう言ってチリーは首飾りをヤーカの首に掛けてあげます。ヤーカは首に掛けられたそれを握りしめ、そこに詰まったチリーの想いを感じとります。チリーは紐を一つ編むごとに大切なヤーカのことを思い、牙をくくる時にはヤーカの勝利を誰よりも願っていました。

 ヤーカはふっと空を見上げ、星々を見つめながら鼻を何度か鳴らし、それからチリーのことを見つめます。その目は少し赤くなっていました。

「ありがとう」

 二人はじっと見つめ合って、やがてヤーカはチリーの顔に手を当てて、彼女の頬を親指でそっと撫でながら微笑みます。

「また……、後で」

「うん。待ってる」

 チリーも確かにうなずくと、ヤーカは踵を返して狩人たちの元へと戻っていきます。

 すると、いつの間にか出てきていた村長が皆に合図をして、森へと歩みを進め始めます。皆が皆狼の毛皮に身を包む中ヤーカだけが鹿の外套で、一団を見送っていたチリーはヤーカのどうしても小さく見えてしまい、彼女はそんな背中を見ながら強く無事を祈りました。

 森の中へと皆が消えて、見えなくなるまでチリーは一人寒空の下で見送り続けました。

 一方の、森の中に入ったヤーカの傍には父がそっと近寄っていました。そして、父はヤーカの成長した横顔を、いつの間にか自分と目線が殆ど変わらなくなってしまった娘へと声をかけます。

「俺も信じてる」

 その言葉にヤーカは不敵に笑って見せると、父の二の腕をこぶしで叩いて見せました。

「まかせて」


◆◆◆


 日の出が近付き、東の空が暁色に染まり、星々が西へと追いやられる中、ヤーカは凍った湖の真ん中で、くすんだ銀色の森の王と対峙していました。

 父を含む狩人や狼たちは湖の畔で遠巻きにそんな二人のことを見つめていました。

「成長したな。ヤーカ」

 森の王はヤーカに向かってそう言うと、彼女は丁寧に腰を折って挨拶をします。

「ありがとうございます。森の王よ」

 ヤーカのその仕草がくすぐったいのか森の王は体をぶるりと震わせます。そして、気を取り直した彼はヤーカの顔を覗き込みながら問いかけます。

「して、ヤーカよ。儀式については知っているな?」

「はい。ナイフ一本で殺しあえと」

 ヤーカはそう答えながら腰に帯びた、今日のために新しく誂えたナイフを抜いて見せます。雪よりもぎらついて光るそのナイフの刃渡りは長く、大人の人間の前腕ほどもありました。

「そうだ。人はナイフ一本だけで、狼はその身の牙と爪で殺し合う」

 森の王はそのナイフの匂いをかいで新品だと頷くと、言葉を続けます。

「期限はお前が森に入ってから日の入りまで。どちらかがどちらかを殺すことが出来、その死体をここまで持ち帰ってこれたら儀式は成る。そして、番の狼はもうすでに森に入っている。よいな」

 ヤーカが頷くと、森の王は彼女のを伴って森と泉の境界線へと歩いていきます。ヤーカも心臓がどうしても高鳴ってしまうものを感じながらそれについて行き、森の王が足を止めても一人歩みを進めます。

 そして、ヤーカが森へと一歩踏み込むと、森の王はオレンジがかった藍色の空に向かって吠え上げます。

「では、行け!人の子よ!見事に牙を獲ってみせよ!」

 森の王の遠吠えと呼応して、遠巻きに見ていた狩人や狼も大きな歓声を上げていきました。


 ヤーカが入った雪に覆われた森の中は静かなようで、どこかハレの日特有の浮ついた雰囲気がありました。

 森の動物たちは今日が儀式の日と知っているのか、鹿や兎がヤーカの視界の端でちらちらと彼女のを興味深そうに見つめていて、フクロウなども木の上で隠れるようにしながらもヤーカのことを見据えていました。

 ヤーカはその動物たちの反応に加え、風が一つも吹いていないことに気が付きます。『何か』が木々の間を通り抜けていく感覚さえ感じ取れていないのでした。

 歩き慣れたはずの森全体がどこか知らない場所に変わったようで、ヤーカはどうしても足元がぐらつくような不安を感じてしまい。チリーから貰った首飾りを握りしめて、足を止めて空を見上げます。

 空にはもう星々は瞬いていない青空が広がっていて、木々の隙間から弱弱しい太陽が見え隠れしていました。ヤーカはそれから、視線を落とし、辺りをぐるりと見渡しながら深呼吸をします。

 清廉な雪の匂い、枯れたような木の匂い、獣たちの匂い。それは自分がよく知っている森の匂いでした。

「大丈夫」

 ヤーカは自分に言い聞かせるようにそう呟き、強く脈打つ心臓をどうにか落ち着けていきます。やがて、気持ちを切り替えることが出来たヤーカは近くの葉を落とした木へと背中を預け、これからのことを考え始めます。

 当てどもなく森を彷徨うのか、どこかで待ち伏せをするのか、はたまた罠を作り上げるのか、とヤーカは考え始め――

「っ!!!!!」

 背筋に走った悪寒に、まっすぐ前へと飛び退きます。

「ガゥァ!!!!」

 飛び退いた瞬間にすぐ後ろで聞こえた狼の怒声に、ヤーカは恐怖で吐きそうになりながらも雪の上で転がって、すぐさま振り返ります。

 そこには目が覚めるほど真っ白な狼が歯をむき出しにして立っていました。体の大きさは森の王ほどで、人の顔など簡単に丸呑みできそうなほどの咢を持っていました。

 ヤーカは自分が背中を預けていた木の陰から忍び寄られていたことを察し、目の前の巨狼のその技量に体を震わせます。しかし、それを相手に察せられないようにヤーカはナイフを構えながら、にやりと口角を上げて口を開きます。

「お早い登場だな」

「グルゥ……」

 ヤーカは恐怖を感じながらも一歩前に踏み出すと、狼はそれと同じだけ一歩後退します。

 じりじりとした緊張感が場を支配し、二人の口から小刻みに白い息が立ち昇る中、先に動いたのは狼でした。彼はその場で踵を返すと、一目散にヤーカから離れるように走り去ってしまいます。

 ヤーカはこれは何かの罠かと警戒を解くことはせず、狼の姿が木々の陰に隠れても辺りを鋭い視線で注視し続けました。そして、何も動きがない事を確信すると、ほんの少しだけ気を緩めます。

「足跡か?匂いか?」

 ヤーカは先ほど奇襲を受けた理由を考え込み、足元にある自分がかき分けて作った雪の道を見やります。しかし、考えても正解などは一切わからず、途方に暮れたヤーカは大きく息を付き、白い靄を長く長く吐き出します。

 そして、あたりの森を見て、いつの間にか動物たちが隠れてしまっていることに気が付き、小さく呟きます。

「静かだ……」

 ヤーカは居場所を悟られないようにするために、今まで作ってきた雪道をさかのぼり始めました。


 日がゆっくりと昇っていき、いかに冬至とも言えども太陽が煌々と輝き始め、真っ白な雪はそんな光をとても良く反射して眩しくなります。ヤーカは雪目にならないように横に切れ込みが入った木でできた眼鏡をかけていました。

 朝襲撃を受けてからそれなりの時間が立っていましたが、それから二度目の襲撃はヤーカは受けていませんでした。しかし、常に警戒をして緊張し続けていたために、ヤーカの精神や体力は徐々に削られていました。

 そして、そんな彼女は雪道をある程度の長さまで作ったら、それをさかのぼり枝分かれする様に別の道を作るという方法で森を探索していました。

 ヤーカはその行動が意味があるのかどうかはわからず、狼が今どこにいるのかも、もしかしたら今まさに自分を狙っているのかも、何もかもがわかりませんでした。

「私なら、今、ここだな」

 しかし、ヤーカは一つだけ確信していることと、そこから導かれる一つの予想を持っていました。

 雪をかき分け歩き続けるヤーカはやがて、森の中にぽっかりとあいた空間へとたどり着きます。木が生えていない空間には平らに雪が積もっており、果たしてそこには白狼が一匹座り込んでいました。

 遮るものが何もないその場所には光が強く差し込み、雪と白狼との輪郭がぼやけ、神々しささえあるほどに光り輝いていました。

 疲労が溜まりきったであろう時間帯、自分が有利な戦場の指定、あまりに周到で優秀な狩人としての狼にヤーカは大きく肩を落として見せます。

 そして、そんな狼はヤーカが空間へと入ってきたら四本の足で立ち上がり彼女のことを威嚇し始め、ヤーカもそれに応えるようにナイフを自分の体と重ならないように外側へと手首を回して構えます。こうすれば、鏡のように磨かれたナイフの間合いは解り難くなるという判断でした。

「ふぅぅ……」

「グルル」

 枯れ木の間のまっさらな雪の広間で向かい合った二人は、息を吐きながら集中力を高めてきます。どちらが先手を取るのか、お互いはお互いの一挙手一投足に注視し、僅かな変化も見逃すまいとします。

 ばさり

 どこか遠くで雪が落ちる音がしました。

 その瞬間狼は前方へと一気に疾駆し、ヤーカへと突進します。外野の音にヤーカは集中力を切らしてなどいませんでしたが、狼のあまりに速い動きに目を見開きます。

(振り下ろすしか!)

 ヤーカは牽制のために下に向かって弧を描くようにナイフを振るいますが、狼は前足を雪に埋めるようにして急制動をし、ヤーカのナイフを鼻先をかすめるようにして回避します。

 そして、狼は地面すれすれからヤーカの顔を丸呑みにせんと、咢を開きながら飛び上がります。ヤーカは赤赤としたその口の中に恐怖しながらも、歯を食いしばって腰を落とし、狼の下をくぐる様にして回避します。

 しかし、狼の真の狙いは爪による攻撃でした。前足に未だまとわりつく雪がはがれて、白い軌跡を描きながら狼は腕を振り上げます。

 それにヤーカは左腕を前に出して機先を制することで、その攻撃の威力を最小限の物にします。腕の振りが短かったため、それなりの衝撃はありつつも狼の爪はヤーカの外套を薄く引き裂くことしかできませんでした。

 一瞬の交錯の後、二人はすぐさま後ろを向いてもう一度相対しなおします。

(次はこっちから!)

 ヤーカはそれから間髪を入れずに一歩前進しながら、脇を閉めるようにコンパクトにナイフを構えます。

(縦に振るえば?横へは?牽制として途中で軌道を変えられるか?突きは?体当たり?)

 ヤーカは瞬間のうちに自分の行動と、それに対する狼の反応を読み切ろうとします。そして、一つの駆け引きに乗り出しました。

 地面に伏せるように待ち構えた狼に向かって、ヤーカはその額目掛けて鋭い突きを繰り出します。狼はその突きを、ヤーカの左側へと飛ぶように回避し、右手のナイフからの追撃を難しくするように立ちまわります。

 しかし、それはヤーカの読み通りでした。

 狼はヤーカの左半身目掛けて突進しながら大口を開けます。ヤーカはその大口にある長い犬歯を視界の左端にとらえながら、腰の回転を置き去りにつま先と両足を左へ向けることですぐさま相対します。

(覚悟を決めろ!!!!!!!)

 そして、ヤーカは顔を顰め頬の内側を噛みながら、左腕を横向きに狼の大口へと差し出します。狼はヤーカの行動に目を見開きながらも左腕にかぶりついて、その鋭い歯で肉をずたずたに引き裂き、足に力を入れながらそのまま骨すらかみ砕いてヤーカの左腕を食いちぎろうとします。

「痛ッッッ!!!!!」

 ですが、ここまですべてがヤーカの駆け引きでした。ヤーカは先に延ばし切った右手に持ったナイフを、腰の回転を加えながら思い切り引き寄せ、身動きが取れなくなっている狼の首めがけて振るいます。

 銀色に煌めくその死を見た狼はすぐさまヤーカの左腕への攻撃を放棄し、何とか後ろへと飛び退こうとします。

「キャンッ!」

 しかし、ヤーカの捨て身の攻撃をよけきることはできず、ナイフは狼の首元に決して浅くはない傷を負わせました。

 壮絶な痛み分けになったお互いの攻撃に、二人は距離をある程度とってにらみ合います。ヤーカの左腕は、太い血管が致命的に傷つけられないように調節して差し込んだとしても、だらだらと血が体温と共に流れ出続けていました。狼も弾けるように鮮血が飛び散り、美しい白い毛皮が生々しく赤色に染まりあがっていました。

「ふぅ……ふぅ……」

「ガァゥ……」

 二人は足元を赤く染め上げながら、荒い息をします。それは大きな白い塊となって宙へと消えていきました。そして、二人はともに同じことを考えます。

 このままでは共倒れだと。どちらかが生き残って一人前の狩人になるための儀式なのだから、すぐさま決着をつけて治療しなければならないと。

 ヤーカは痛みに震える左手でゆっくりと握りこぶしを作り、一方の狼は体をぶるりと震わせて辺りに血をまき散らします。

 そして、同時に一歩踏み出し、痛みをこらえながら二歩目で加速し、三歩目には痛みなど忘れ去っていました。

「ウオオオォォォオ!」

 狼は雄たけびを上げながら疾駆し、右へ左へステップを踏み、どのタイミングで飛び掛かるかの駆け引きをします。ヤーカは目を見開き、その姿を目に焼き付けながらナイフを引き絞ります。

 最初の攻撃は狼でした。彼は左へステップを踏むと見せかけて、ヤーカへと真っすぐ飛び上がり、大口を開けてヤーカを今度こそ飲み込むという姿勢を見せます。一方のヤーカは姿勢低く、左腕で顔を隠しました。

 その瞬間、狼が勝利を確信します。

 ですが、それはギリギリまで狼の出方を伺い、行動を我慢し続けたヤーカも同じでした。

「あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」

 ヤーカは喉から血が出るほどの裂ぱくの気合を放ちながら、右から左へ、血だらけの左のこぶしを振るいます。

 狼は空中でもなんとかその攻撃をよけようと身を捻りますが、それを許すヤーカではありませんでした。彼女は狼の下あごを致命的な威力で殴りつけ姿勢をさらに崩し、この交錯で彼がその咢でも爪でも攻撃できないようにします。

 そして、ヤーカは狼の下に潜り込んで、ナイフを上へ向かって、狼の首目掛けて振り上げます。

 ナイフは白い毛皮を皮膚を貫通しながら、肉を引き裂きます。すると、ナイフと肉の間から鮮血が一気に噴き出して、ヤーカと真っ白な雪を水へと溶かしながら赤色に染めていきました。

 静寂が訪れます。

 壊れた笛のような二人の息遣いだけがそこにはありました。

 そして、狼は死んでいませんでした。

 目を見開き、覆いかぶさっているヤーカ目掛けて爪を振り下ろさんと、腕を振り上げます。しかし、狼は腕を振り上げるだけで固まりました。

 狼は、かすれる視線を上へと向けます。そこには雲一つない青空があって、白く輝く太陽がありました。

 狼はその太陽を見つめ、やがて体の力を抜き、瞼をゆっくりと下ろしていきました。


◆◆◆


 太陽が沈み、東から宵闇が迫ってくる中、父は泉のほとりで森の方をじっと凝視していました。男衆も狼たちも何も言葉を発さずにじっと待ち続けていました。

 すると、父の視界の端に何か黒い影がちらつき、彼はそちらへ視線を向けて目を凝らします。その黒い影はヤーカでした。両足をしっかりと地面につけて、白狼を背負いながら歩いていました。

「ヤーカ!」

 父は娘の名前を叫び、彼女の元へと両腕を広げながら全速力でかけていきます。

 ヤーカも父が近付いてきているのに気が付くと、白狼を雪の上に丁重に横たえます。そして、彼女も両腕を広げて父のことを出迎えました。

 やがて父は勢いよくヤーカのことを抱きしめると、血で固まった彼女の髪をわしゃわしゃと乱暴に乱しながら頭を撫でます。

「えらい!えらいぞヤーカ!お前はっ……強い子だ!」

「痛い痛い!」

 男泣きをする父に、ヤーカはそう抗議の声をどこか嬉しそうにしながら上げます。そして、いつの日か身長が追いついていまった父の、その大きな背中に右腕を回して抱きしめ返しました。

 やがて男衆と狼たちが追いついてくると、ヤーカは父の肩越しに不敵に笑って見せて、固まった血に覆われた傷だらけの左腕を震わせながら持ち上げ、親指を立てました。

「どんなもんだい」

 男衆たちは少し戸惑いながらも嬉しそうなため息をつき、狼たちはすんと鼻を鳴らしヤーカに付いた白狼の血の匂いをかぎ取ります。

 森の王も、親子に近づくと、掲げられたヤーカの左手に鼻先を付けて数秒目を閉じました。そして、しばらくそうすると、森の王は目を開き一歩離れ、天に向かって遠吠えを上げます。

「儀式は成った!人の子が牙を手に入れた!称えよ!称えよ!」

 森中に聞こえるように、アッコにまで聞こえるのではないかと言う大きな声でした。

 男衆も、狼たちもそれに呼応して大きな歓声を上げ始め、その中心にいたヤーカは星々が瞬き始めた紺色の空を見ながら、胸の首飾りを握りしめました。

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