少年期編・迷宮の街、エルフと共に

男のふりして、受験資格を取得します

 アーク王国の王都はとても広く、人種のるつぼでありました。大通りを歩けば、ヤーカが属する一見して特徴の無いヘルト人、犬や猫のような特徴を持つミアキス人、翼を持ったプテリクス人、トカゲのようなワニのような鱗を持つドラコ人達が所狭しと歩いていていました。

 旅装に身を包み、黒く短い髪の右の前髪だけを三つ編みにして、綺麗な男のような雰囲気になったヤーカはそんな人たちの間を縫って歩きながらきょろきょろと辺りを見回していました。

「凄いなぁ」

 ヤーカはそう呟いて、手近なドラコ人に話しかけてみます。そのドラコ人はワニのように真っすぐ前に顎が突き出していて、肌を覆う鱗は青っぽい色でとても艶やかでした。

「すみません。騎士学校への道わかりますか?」

「ん?ああ、受験生か。この大通りをまっすぐ行って王宮に行くんだよ」

 ドラコのその言葉はとても吐息交じりでシュルシュルと言っていて、ヤーカはこれがこの人だけの特徴ではなく、ドラコ人全体の特徴だということを知っていました。そして、ドラコ人は概して魔法を上手く扱えないという話はこういう所にあるんだろうな、と何となく察することが出来ました。

「ありがとうございます」

 ヤーカはちゃんと頭を下げて、大通りの向こう側に見える背の高い尖塔へと向かってまっすぐ歩ていきます。ちらちらと辺りを見てみる限り、自分と同じように田舎者丸出しのお上りさんが王宮の方面に歩いているのが見て取れて、ヤーカは彼らと同じようにちゃんと期日通りに受験に来ることが出来たんだなと改めて理解します。

 今日は騎士学校の受験日で、ヤーカは一週間前に何とか王都に付くことが出来ていたのでした。

「半年で何とかこれてよかった」

 春にアッコの村から飛び出して約半年、狼の姿で森や山をまっすぐ突っ切ったり、大草原の真っただ中で餓死寸前になりながらぎりぎりの所で狩りをしたりして、何とか最短距離で王都に来れたことを、ヤーカはその辛さに半泣きになりなりながら回想します。

 その分、低い山ほどの高さから落ちてくる大きな滝や、地平線まで背の高い気が一切ない雄大な平原、天空を小さく横切っていく浮遊大陸などという、珍しい景色を見ることが出来たので、ヤーカは個人的にはとても実のある旅だったと自負していました。

 ヤーカがそんな回想を一人で行っていると、市外から大きな道路を挟んで高い塀に覆われた敷地へとやってきました。今はその大きな道路にはヤーカと同じ年頃の男の子達が所狭しと並んでいて、その人々は皆が皆金色に装飾された門扉へと視線を向けていました。

「160セン(160cm)ない物は問答無用で不合格!」

 門扉の方から男の怒声がそう飛び出してきていて、ヤーカはちらりと隣のみすぼらしい格好をした男の子のことを見てみます。頬もこけて、ぼろぼろの服で骨の浮き上がった体を見に包んだその男はとても弱弱しく、どう見ても160センはないということが見て取れました。

 ヤーカはこういう人がはじかれるということに、残酷さを覚えながらも、自分は基準を超えているはずだから大丈夫と自らに言い聞かせます。

「お前はダメ!お前も!お前も!」

 群衆が前に進んで男の怒声が段々と近づいてくると、ヤーカは基準はクリアしていても本当に大丈夫だろうかと不安になってしまいます。しかし、その不安はただの杞憂でした。

「お前はヨシ!」

 銀色の胸甲を着た、ひげ面で筋骨隆々とした170センほどの男が、自分とほとんど同じ身長のヤーカに指をさしてそう大声を放ちます。ヤーカはその大声にびっくりしながらも頭を下げて門扉をくぐります。

 その後ろでは、隣にいた男の子がダメと言われる声が聞こえてきていました。

 金色の門扉をくぐると、そこは両脇に緑色の生け垣がある石畳が真っすぐ続いていて、その先には空を貫かんばかりに背の高い尖塔を何本も擁した白亜の城がありました。

 神代から続くとされるアーク王国の王が住むその城は実に荘厳であり、とても威厳がありました。ヤーカがその白亜の城と青空のコントラストに魅入っていると、ふと隣から落ち着いた男の声が聞こえてきます。

「年齢は?」

 はっとヤーカがそちらを見ると、門で人を身長ではじいていた男と同じくらいの背丈でこれまた同じ胸甲を着た男が立っており。彼の傍らには金糸で縫われた白のゆったりとしたローブを着て、身の丈のほどの錫杖を持った小柄な神官の女性がいました。

「ちょっと前に14になりました」

 そんなアンバランスな二人にヤーカが正直にそう言うと、男は神官へと目配せをします。すると、神官が持つ錫杖がわずかに光り、ヤーカは背筋をなぞられるようなくすぐったい感覚を覚えます。

「嘘は?」

「……ついていませんね」

 目の前のその二人のやり取りに、ヤーカは魔法を使われたのかと察し、この受験の審査は実に厳密なんだなと妙に感心します。

「まっすぐ進むと途中で私と同じ胸甲を付けた者がいる、そいつの指示に従え」

「あっ、はい」

 ヤーカが感心している所に、男はさっさと指示を出して彼女の次にやってきた受験生へと目を向けてしまいます。素っ気ない、しかし任務にとても忠実なその姿勢にヤーカは騎士に対する尊敬の念を強めながら、平らにならされた石畳の上を歩き始めます。

 王宮の庭は、それこそアッコの村が一つだけではなく複数個入れることができるほどに広く、ヤーカはその大きさといつまで歩いても城がちょっとしか大きくならないその壮大さに目を丸くさせてしまいます。

 城に対する驚きの連続で、だんだん感覚がマヒし始めていたところで、道の真ん中に二人組の男が槍を携えて立っている所にやってきます。やはり先に出会った騎士二人と同じ程度の身長の二人の男の、片方がヤーカに声をかけてきます。

「お前、武器は何か使える?」

 ヤーカは背中に背負っていた弓を見せながら応えます。

「今は持っていませんが剣と弓が使えます」

 ヤーカのその言葉に槍を持った男は少し考えるそぶりを見せてから、続けてヤーカに質問をします。

「あー……家系は?」

「狩人の家系です。一応一人前です」

 ヤーカは正直に答えましたが、今まで質問をしてきた方とは別の男が「一人前ねぇ……」と疑いの視線を向けてきます。ヤーカはその視線にわずかに腹立たしい物を覚えながらも、それは表情には出しませんでした。

 すると、今まで質問をしてきていた方の男が肘で隣の男を突いて諫め、それからも質問を続けます。ヤーカはその仕草に好感を覚えながら口を開きます。

「どこの村?」

「アッコです」

「?」

 ヤーカの答えが聞き覚えの無い物だったからか、男は首を傾げてしまいます。そして、男は隣に話を振りました。

「知ってる?」

「聞いたことあるような……。ああ、最北端の村かなんかだったような気がする」

 ヤーカに対して不愛想な男が自分の中の知識を洗いながらそう言うと、質問者の男だけではなくその村出身のヤーカも驚いたような表情になりました。

 そして、男の質問はこれで終わりだったらしく、彼はしばらく考え込んでから、槍で道から外れる方向を指し示します。

「お前は右側ね。受験は昼からで、そこからは試験官の指示に従う様に」

「はい」

 ヤーカはお辞儀をしてそちらの方へと向かって歩き始めます。

 生垣の間をすり抜けて庭に出ると、そこは芝生が青々としただだっ広い空間がありました。そこにはもうすでに同じように振り分けられた男の子達が距離を置いて座ったり、立って剣の素振りをしていました。

 身長はやはり160セン以上あって、体ががっしりとした人たちばかりでした。しかし、仲には細身の人がいたりして、そんな人は総じて各々の杖を持っていました。

 ヤーカはこんな人たちと受験を争うということに、少し緊張しながら、空間の端の方に言って座ります。

 そして、やはりここにいる人たちは皆男の子なんだなと、自分の体を隠すように三角座りをしました。女だということがばれませんように、と強く願いながら。

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