第11話対戦相手は『お団子職人』砂かけ婆のお妙①

 かな子は正式に料理鬼として務めることになった。

 それに合わせて薄紅色の着物と白の前掛けを貸し与えられた。

 周りのあやかし達はそろって和装なので、今まで若干服装が浮いていたかな子はその可愛らしい制服を気に入った。


 お勤めは月曜日、水曜日、金曜日の週三日。

 青葉の昼餉と夕餉を用意するのがかな子の仕事だ。たまに黒元が「わしのも」と言うことがあるので、声がかかれば作る。

 ちなみ青葉の母親であり黒元の妻の白糸は、あやかし達が暮らす里の『外』に出ていってしまったらしい。つまり別居中らしいのだが、詳しいことはよくわからない。

 時折見せる青葉の憂い顔は別居中の母恋しさなのかもしれないが、青葉はあまり深く話すことはなかった。


 そうして鬼の里と言う未知の世界でのお勤めに慣れ始めたかな子だったが、唯一未だになれないものがあった。


 それは休憩時間の過ごし方である。

 かな子は現在、縮こまる思いで畳の上で正座していた。

 ここは、青葉達が住んでいる屋敷の離れの建物の一室。使用人達が休憩や食事をする際に利用する場所だ。

 料理鬼として仕えることになったかな子も休憩時間にこの部屋で寛ぐことがあるのだが……。


 周りからの視線が痛い。

 周りにいる小鬼と呼ばれる鬼達から、嫌悪のような視線を感じてかな子はいたたまれない気持ちになる。


 小鬼というのは、名前の通りの小さな鬼。子供ぐらいの背丈で手足が細く、お腹のところだけ少し出ており、もちろん頭上には小さなツノが付いているあやかしだ。

 背丈は小さいが小鬼として立派な大人であるらしく、常時三十鬼ほどの小鬼達は、この屋敷でせっせと仕えている。


 その小鬼達は、どうもかな子を避けているようなのだ。

 歓迎されていない雰囲気を肌でピリピリと感じる。


「あ、あのー、お茶でも飲みますか? よければ入れてきます。一緒にいかがですか……?」

 かな子は震える声でちょっとばかし離れた位置で、かな子を鋭く見やる小鬼達に思い切って話しかけた。

 小鬼達は、すぐに怪訝そうな顔をして口元を着物の袖で隠しながらヒソヒソと話し始める。


「なんか、話しかけてきよったぞ……」

「酒捨様の怨敵」

「卑怯な手を使って……」

 などなどの声が聞こえてくる。

 どうやら、というかやはり小鬼達にとってかな子は、よく思われていないらしい。


(なんか休憩時間なのに全然気が休まらない……!)


 かな子は心中で盛大に嘆いた。


「料理鬼様にお茶をいれてもらうなど、恐れ多いことです」

 しわがれた声が聞こえた。

 声のした方を見れば、長い白髪を後ろに束ねている老婆がいた。子鬼と比べて人に近しい姿だが、頭からは角が生えており、この老婆が妖の類であることは見て取れた。


 目のところが少し腫れているような容姿で、渋色の着物をきちんときこなし、ピンと背筋を伸ばす姿はなかなかに堂々としている。その姿を見て、おそらくこの子鬼達のボス的なあやかしなのだろうとかな子の本能は察知した。

 

「あ、いいえ、いいんです。お茶ぐらい、ちょうど自分が飲みたかっただけなので! 一緒に!」

 そしてお茶でホッと一息ついて、この何とも言えないピリピリしたムードを払拭したい。

 かな子はそう思っていたが―――。


「結構でございます」

 じろり。

 老婆の大きな目がかな子を睨む。


(え、こわ)

 老婆の眼力にかな子の貧弱な語彙がさらに貧しくなった。

 次なんて言えばいいのか、あまり豊かではないコミュニケーションスキルをフル稼働してかな子が考えている間に、スパン! と音を鳴らして障子が開いた。


 眩しい昼下がりの日差しが入ってきてかな子が少しばかり目を細めると、そこには雪目がいた。


「かな子、甘いものが食べたいと青葉坊っちゃまがお呼びですよ」

 凛とした声が響き、美しい青い瞳はまっすぐかな子を見る。

 先ほどまで敵意のある目で見られていたかな子は、そのまっすぐな瞳が嬉しく思った。


「あ、はい。わかりました。今伺います!」

 飛び跳ねるようにして立ち上がると、先ほど取り外した前掛けを慌てて腰に巻きつけながら雪目の元に向かい、部屋を出た。


「雪目さんって、結構偉い人なんですか?」

 部屋を出るとかな子は雪目に向かってそう尋ねる。先ほど、雪目があの部屋に入ってきたとき、他の子鬼達は全員頭を下げていた。


「当たり前でしょう? 私は、お屋形様の料理鬼第二席よ」

 何を今更と、あきれかえるような目で隣を歩くかな子を見る。


「あなたって、本当に何も知らないのね。大鬼様一族の料理鬼といえば、里中の誰もが憧れ敬う存在よ」

「そ、そうなんですか!?」

「そうよ。貴方も青葉坊っちゃまの料理鬼なのだから、自覚を持ちなさい」

「自覚……ですか。でも、私はあんまり敬われてはいないような……」

 確かに丁寧に接してもらえはするが、慇懃というか、冷たい。


「まあ、貴方の場合は特殊よ。酒捨童子様のことがあったから」

「酒捨童子様って、確か、あの赤髪の……」

 そう言って記憶をめぐらせる。

 かなこが初めて青葉に連れられて鬼の里に着た時に対決した赤髪の鬼だ。


「そ、貴方が料理鬼対決をした相手よ。酒捨童子様は、お屋形様の甥にあたる方なの。つまり大鬼一族。本来なら、料理鬼に料理を振舞われる側」

 雪目の説明を聞いてかな子はああなるほどと頷いた。

 最初料理鬼対決をしたときにも感じていたが、酒捨童子という鬼の人気は凄まじかった。

 それはもちろん鬼ウケのよい豪快な調理方法にもよるだろうが、彼の血筋のこともあったのだろう。


「けれど酒捨様は料理鬼になりたくて、そのお立場を捨てたのよ。と言っても大鬼一族の方との仲が悪くなったわけではないので誤解しないように。お屋形様は酒捨童子様のことを常に気にかけていらっしゃる」


「そういえば、黒元さんはもともと青葉君の料理鬼を酒捨童子さんにお願いしたかったみたいです。料理鬼にするなら酒捨童子にしろって言って、豪快に彼の料理を食べましたから……」

 そして、お腹を壊したわけである。

 鬼ウケに全振りした酒捨の料理は、弱っていた黒元の胃袋にトドメをさすには十分な代物だった。


「酒捨は決して無能は料理鬼ではないわ。彼が日々料理鬼となるため努力していることは里の誰もが知っていて、そして彼の料理の強さは誰もが認めてる」

 彼の料理は、かな子の価値観からするとあり得ないものではあるが、この鬼の里で求められてきた料理の形そのものなのだろう。


「それなのに、ぽっと出の弱そうな料理を出す私が突然青葉君の料理鬼になったから皆さん怒ってる感じなんですね……」

 ため息交じりにかな子が言う。

 正直、周りの冷ややかな対応には胃が痛い思いだった。


「そういうことよ。とくに、先ほど言い合っていた鬼は酒捨の乳母を務めていたから、余計にあなたのことが面白くないでしょうね」

「べ、別に言い合ってはいないですけど、ただあの眼力は本当に怖かったです……」

 あの時の目を思いだして身震いした。


「……かな子の料理はどうしても見た目が弱すぎるのよ。それに味も、『強い』とはかけ離れている。言っておくけど、別に貴方の料理を否定してるわけじゃないのよ」

 そう言って雪目は片方の口角を上げて、艶っぽく笑う。

「『オイシイ』だったかしら? 貴方の料理が生み出すその概念、私は嫌いじゃない。けれど、それは食べてみないと気づけない凄さ。いえ、もしかしたらその破天荒な味の概念はあやかしによっては、食べても受け入れがたいものかもしれない」

 雪目の言葉に、確かにとかな子は頷いた。


『おいしい』を武器にするかな子の料理は、鬼の里では受け入れ難いものであることはかな子も分かっている。

 かな子はふうと小さな息を吐いて青葉のもとへと向かったのだった。

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