第20話対戦相手は『鬼の料理を作りし一族』料理鬼第一席⑤

料理の完成の宣言は、かな子と伊織ほぼ同時だった。

 それぞれ料理のさらに隠し蓋をして、黒元と青葉の前に並べる。


 先に料理を披露するのは、チャンピオン側の伊織の方になった。


 銀の隠し蓋をとると、そこには絶妙なバランスでお皿に盛られた美麗な料理が広がる。


 岩塩で作った球体の下側を少し削って皿の上に立たせ、その上に焼いたスッポンの甲羅を被た料理だった。


 その奇抜な見た目、そして調理中のパフォーマンスどれをとっても鬼達の心を強くくすぐる至高の一品である。


 料理を出されたあやかしの里の現当主、黒元

 は思わず感嘆のため息を吐き出した。


「お主の料理は、流石よのう。美しさと強さが合わさって奏で出すハーモニーは誰にも真似できぬ」

 そしてその隣の青葉も、眉根を寄せながらも頷いた。


「たしかに伊織の調理は迫力があって面白い……」

 認めたくない、という気持ちがありありと伝わる声色で青葉が言う。

 しかし、それでも青葉は認めた。

 認めざるをえないほど、伊織の作ったものは、あやかし向けの料理としては完璧だった。


 二人の反応に満足そうに微笑んだ伊織はさらに口を開く。


「黒元様、私の料理はこれで終わりではございません。お椀に置かれた亀の甲羅をひっくり返して見てください」


 伊織がそう言うと、黒元達は大人しく亀の甲羅をひっくり返した。

 そしてそこに刻まれた文字に目を見開く。


「これは『大吉』と書かれているのか……?」

 甲羅の裏には、『大吉』と刻まれていた。

 隣で同じように甲羅をひっくり返した青葉が「僕にも大吉って書いてある」と続く。


「古来より、亀の甲羅で未来の吉兆を占う儀式がございました。僭越ながら、私の料理で未来を占ったところ、どうやらお二人の未来は安泰のようです」

 穏やかにも見える笑みを浮かべて伊織はそう解説する。


 それを伊織の隣で聞いていたかな子は内心唸った。

(うまい……! この演出は、黒元さんの大好きな演出だ!)


 先程から惜しみなく繰り出されるあやかし好みの料理の演出の数々にかな子は舌を巻いた。


「なんと! 吉兆占いと料理の融合とはこれまた新しい! さすがじゃ!」

 かな子の予想通り、黒元は目を見開き大いに喜んだ。


 伊織は勝利を確信した笑みを浮かべる。


「『塩の宝石と亀の甲羅の吉兆占い丼』でございます。さあ、大吉と出た占い結果とともに全てを飲み込んでください。さすれば、この吉兆占いで出た幸運をすべて手に入れられましょう……!」

 伊織は、そう高らかに宣言したのだった。


 そうして黒元は嬉しそうに料理に手を出そうとし、青葉は躊躇する。


 おそらく青葉が伊織の料理を食べないであろうことは伊織もわかっていた。

 青葉は幼く、こういったものは食べれない。

 だが、黒元は食べれる。

 石でも砂利でも炭でも、ただの木材だとしても、体に負担はかかるが黒元はなんでも食べれる。それほどの鬼だからだ。


 そしてこの料理鬼対決を決するのは、あやかしの里の現当主黒元だ。


 黒元だけが食べてくれればそれでいい。

 そして、その亀の甲羅の固さを強いと讃え、岩塩の塩辛さも強い刺激だと満足するだろう。

 そしてかな子の料理には、目を向けない。

 万が一、かな子の料理を口にしたとしても、岩塩の塩辛さで黒元の舌はダメになっている。

 かな子の普通に美味しい料理では、もう対抗できないのだ。


 伊織がそう思って勝利を確信した、その時。


「待ってください! 食べる前に、私の料理も見てください!」

 かな子の声が上がった。

 亀の甲羅と岩塩もろともかぶりつこうとしていた黒元は動きを止める


「なんだ、いいところだったのに……」

 と黒元は食事を邪魔されたことに不快感をあらわにした。

 もともと鬼の怖い顔がさらに険しくなっってすくみ上がりそうになったが、かな子はひるまなかった。


「私の料理も見ていただいてから、どちらを食べるか考えてくださいませんか?」

 かな子の言葉に、黒元は目を見開き、青葉は深く頷いた。


「そうだよ、父上。かな子の料理を見てから最初に食べる料理を決めよう。料理を仕上げたタイミングは二人一緒だったんだし……!」

 青葉の必死の後押し。

 食事を中断されて、不満そうな顔だった黒元だが、息子に言われて渋々頷いた。


「まあ、そうだな。たしかに、同時であるのなら、それがよいか」

 黒元の言葉にかな子はホッと胸をなでおろした。

 あのまま先に伊織の料理を食べられていたら、自分の勝利はないだろうとかな子もわかっていた。


「なかなか度胸がおありになる。しかし、これはあなたの敗北がただ後回しになっただけだということをお忘れなく」

 かな子にしか聞こえないぐらいの小さな声で

 伊織がそう囁く。


 かな子はそんな伊織をキッと睨みあげた。


「私は負けません。私だって、あやかし達の料理鬼なんですから」

 ビリビリと二人の間に火柱のようなものが走るにらみ合い。

 しかしかな子はすぐに気持ちを切り上げて、かな子の作った料理を隠していた蓋を取り外した。


 そこに現れてのは……。


「い、石……!?」

 青葉がその料理をみてそう評した。

 白い不格好な楕円形の石が皿に載っている。

 その石のように見えるものは所々焦げて茶色に染まっていた。


 青葉はその料理を見て悲しそうに瞳をかげらせる。


 食べれそうにないものをかな子が料理として出したことがショックだったのだろう。


 そして反対に黒元は、「ほう」と感嘆のため息をついた。


「かな子の料理にしては、なかなかわしの心をくすぐる強そうな見た目の料理じゃないか。まさか石の焼き物を出そうとはな……」

 そう言って満足そうな顔を見せた黒元。

 伊織もかな子が出した料理に虚をつかれたらしく目を見開く。


「ええ、料理のテーマは『石』でしたので」

 かな子は堂々とそういって伊織は訝しげに眉根を寄せる。

 しかし、それでも伊織は自分の勝利を疑うことはなかった。

 かな子が鬼ウケのする料理を出したのは予想外だが、クオリティとしてはどうあがいても伊織の方が上。

 伊織はかな子の出した不格好な白い石の焼き物をみてそう断じた。


「しかし残念だ。焼き石はその固さに舌がひりつくような熱さも相待って強い料理の代表格だが……伊織の料理には劣る」

 伊織の考えを肯定するように、黒元はそう言って首を降った。


 この石庭にいるあやかしの誰もが、ここで伊織の勝利を確信した。

 それほどの実力差だった。


 だが、かな子の目はまだ諦めていない。


「これはただの石ではございません。この石の真の姿を……真の強さをお見せします」

 かな子はそう言って、サッと木槌を取り出した。

 そして木槌を持った右手を高々と持ち上げ強く振り下ろす。


 ――――ガシャ!


 何かが割れるような音がした。

 それは、先ほどかな子が出した白い石の割れる音。

 かな子は続けて木槌を振るう。


 ガシャグシャと、音を響かせて割れた白い石のようなものから、ぶわっと湯気が飛び出した。


 そしてそれとともに湧き上がったのは、香ばしい焼き魚と独特な爽やかな香。

 砕けた白い石の中に、緑の葉っぱが見えた。大葉だ。先ほどの独特な爽やかな香りは大場だった。

 かな子ははけで、石のように思われたものの破片を丁寧に払いのけ、大葉の葉をめくると、そこには程よく茜色に焼けた鯛の姿が現れた。


 かな子はそれを小皿に取り分け、オリーブオイルとレモン、ニンニクなどを合わせて作ったソースをかける。


 そう、石だと思われたその塊は、石ではなかったのだ。

 だが、鬼達の目には、石の中に現れたそれは、間違いなく石なのである。


「これが私の料理です!  題して、『弱い者に強さを押し付けるのは真の強さとはちがうんじゃないでしょうか風真鯛の塩釜焼きニンニクオイルがけ』です!」

 かな子は強さを求めすぎる鬼の里に向けてふんだんにメッセージを込めて料理を披露した。


 かな子のただの石を焼いただけの料理と思われたものは、石ではなく真鯛の塩釜焼きだった。

 真鯛の周りに卵白と塩を混ぜたもので覆って焼いたものである。


 ほどよく焼けた魚の匂いに大葉が混ざって、魚特有の生臭さを感じない。その上後がけのニンニクオイルの香りの破壊力は抜群だ。


 その香りは、一番近くにいた黒元と青葉の鼻腔をくすぐり、口の中を唾液で湿らせる。

 そう彼らは学習していたのだ。

 こういう匂いが出るかな子の料理は、最高に美味しいということを。


 黒元はほとんど無意識とも言える所作で、箸に手を伸ばし、かな子に取り分けてもらった鯛の塩釜焼にたっぷりとオイルを絡めて、口に入れた。


 しっとりとした魚の身は、口の中でホロリと解けた。

 そこから塩釜の中で凝縮された魚の旨味が広がる。大葉と一緒に焼いたことで、魚の生臭さは全く無い。

 その上、大葉が間に挟まることで、魚を覆った塩分がしみすぎずちょうど良い塩梅だ。

 そのちょうど良い塩味をまとった魚の身と、フルーティーなオリーブオイルとレモン、香りの良いニンニクの相性は抜群だった。

 強烈なニンニクソースが魚の旨味をより一層引き出している。


 隣で青葉も嬉々として魚に箸をつけた。


「美味しい……! やっぱり、かな子の料理は、美味しい……!」

 久しぶりのかな子の料理を食べて、青葉は嬉しそうにそう呟く。

 目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 パクパクと料理を口にする黒元達を、伊織は顔色をなくしながら見つめていた。


(そんな、バカな……!この私が、負ける!?あやかし達のことを最もわかっているこの、私が……!?)


 驚愕のあまり伊織の唇が微かに震えた。


 黒元から勝負の勝利者の宣言はまだなされていないが、黒元達の顔を見ればわかる。

 勝負は決まったも同然だった。


 かな子の料理は食べてその真価を発揮する。

 そして黒元はその料理を口にした。

 こうなれば、伊織に勝利の目はない。


 伊織はちらりと嬉しそうに微笑むかな子を見て、悔しそうに唇を噛む。


(やられた。この人は、あやかし達のことをよく学んでいる)


 ただの石焼き料理なら、黒元は食べないと伊織は踏んでいたのを、かな子は塩釜焼きという一風変わった調理方法で免れてみせた。


 初見で石のように見せかけて、中に美味しいものを隠す手法はあやかし達が好むものだ。


「よかったら、見にきてくれた他の皆さんも一緒に食べませんか? 実は、まだかまどの中にあるんです」


 そう言って、かな子はかまどから塩の塊を取り出した。


「よーし、今日は無礼講じゃぁ! 皆でかな子の料理を食べるぞ! かな子の料理はな、食べてからが本番じゃ!」

 料理鬼対決の結果も言わぬまま黒元がそう宣言すると、観客席のあやかし達がかな子が作った鯛の塩釜料理の周りに集まってくる。


 綺麗に塩を取り除き、鯛の身をほぐして、小皿に盛り付け、ニンニクソースをかけていくかな子。


 かな子の料理に慣れている雪目達は、躊躇なく受け取り、他のあやかし達は戸惑いながらもその料理から漂う香りにつられて受け取っていく。


 爽やかなレモンと大葉、そして食欲をそそるニンニクの香が広がり、次第にあやかし達の楽しげな声が庭に響き渡る。

 次第にあやかし達は、もう待てないとばかりに直接自分で箸をつついて鯛料理を食べ始める。


 まるで宴会のような騒ぎようだった。

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