第5話対戦相手は『黒炭料理の達人』大鬼の酒捨童子⑤
ピピピピピピピピ。
いつものスマホの目覚ましの音が鳴った。
かな子は布団から腕を伸ばして、スマホに手を伸ばす。
目覚ましアプリを止めて時計をみれば、朝の8時だった。
「……なんだ、夢か」
かなこは眠気まなこでそう口に出す。
先ほどまで奇妙な夢を見ていた気がする。
料理鬼対決とか言って、あり得ない調理法で料理する仮装の男との料理対決。
最後は青葉の父が出張ってきて、かな子の料理を軟弱と評価し、毒物を摂取して倒れたというオチだ。
「へんな夢……」
そう言って状態を起こしたかな子はベッドの上で伸びをする。
ふと、視線をローテーブルに移すと、カーテンの隙間からこぼれた朝日に反射して、キラリと光るものが見えた。
目を細めて凝視するとそこには、親指の先ぐらいの大きさの金の小石。
「あれ、これって……」
そう呟きながらかな子の顔色はみるみる青白くなる。
先ほど夢だと思って断じた話には続きがあった。
青葉の父が倒れて、周りが右往左往する中、青葉がこっそりかな子をいつもの公園のところまで返してくれたのだ。
そして最後に、「これ、お礼」と言って渡されたのが金色にかがやく小石だった。
そう、今ローテーブルに無造作に置かれたもののようなもので……。
「まさか、あれって夢じゃない!?」
光り輝く金色を見ながらかなこは朝から素っ頓狂な声をあげた。
◆◆◆
「こちら買い取り金額、55800円です。買取でよろしいでしょうか?」
質屋に例の金の小石を持って言ったら、受付のお姉さんにそう言われた。
(55800円……)
現在掛け持ちアルバイトを探し中のかな子にとっては大金だ。
(この石がなんなのか鑑定するだけのつもりだったのだが、まさか本物の金だったとは……)
「お客様? 買取をお辞めになりますか?」
呆然と立ち尽くすかな子に、買取窓口の女性が不思議そうに首をかしげる。
「あ、いえ。買い取りでおねがいします」
かなこは即決した。
手元にあっても困る。
早く手放して昨日のことは忘れたい。
と言う流れで、昨日の置き土産とも言うべきものを手放したはいいものの、やっぱり昨日のことが気がかりで、呆然とした気持ちで歩いていると、いつもの見慣れた神社にたどり着いてしまった。
「あ……封鬼神社……」
少し色あせた赤い鳥居を見上げながらかな子は神社の名称をつぶやく。
青葉とお弁当を食べる公園の隣にある神社。
(そういえば、青葉君の家に向かう時、この鳥居を通った気がする)
かな子はゆっくりと奥へと進む。
たしかに、ここを通って青葉の家に入った気がするのに、この先の道順が全く思い出せない。
それに青葉の屋敷はとても大きかったはずで、あれだけのお屋敷ならちょっとあたりを見渡せば見えそうなものなのに、どこにもそれらしいものはない。
かな子がきょろきょろと散策していると、賽銭箱の近くで木の看板を見つけた。
つらつらと筆で書かれたような文字が並ぶその看板の先頭行には、『起源』と書かれていた。
かなこはそれを食い入るようにして読む。
昔の聞き慣れない言葉で色々と小難しく書かれていたが……。
「つまり、この神社は大昔に暴れた妖怪を封じ込めて作られた神社ってこと……? 妖って鬼とかだよね……」
かな子はそうポツリと呟いて昨日のことを思い出す。
(まさか、昨日出会った仮装集団って封じられた妖怪? でも、まさか。なんだか、狐につままれたような気分。いや。狐っていうか鬼なんだけど……)
神社の起源を読み込みなが、昨日のことがぐるぐる頭を巡りああでもないこうでもないと思考が行ったり来たりする。
しかし、もちろん考えても考えても、答えは見えなくて、かなこは大きく息を吐き出した。
「どうかなさいましたか?」
突然声をかけられたかな子がびっくりして振り返ると、白い着物に紫の袴を着た男が立っていた。
黒い髪を綺麗に横に撫で付け、年の頃は30前半といったところだろうか。
切れ長の瞳が印象的な思わず息を呑むほど見目の整った男だった。
すこし神経質そうな細い眉が、眉間によっていて険しい表情を浮かべている。
(なんか怒ってる!?)
「す、すみません、少し考え事を……」
とかな子は慌てて言った。
「あ、いえいえ。こちらこそ突然話しかけてしまってすみません。こんな古びた神社に人が来るのが珍しいもので……あ、私はこの封妖神社の神職を務める伊織和正(いおりかずまさ)と申します」
そう言って、男の人は軽く頭を下げた。
険しい表情だったため怒っているのかと思ったが、どうやらこの表情が通常運転らしい。
「まあ、神主さんだったんですね。あ、あの、この神社って、何を祀ってるんですか?」
とかな子は尋ねると、伊織は嫌な顔せずに視線をすっと先ほどかな子が見ていた看板へと移した。
「その立て看板に書かれている通り、この神社には大昔のあやかし達が封じられています。神様としてお祀りすることに違和感を感じるかもしれませんが、神社の成り立ちと言うのはそう言うものもあるのです。一応無病息災の御利益があるということにはなってますが、効果はあるかどうか」
と言って、伊織は皮肉げに微かに笑った。
なんだか影のある男の物言いは、その相貌もあって妙に絵になった。
「そ、そうなんですか……」
とかな子が気の抜けたような返事をすると、伊織は再び軽く頭を下げる。
「すみません。せっかく足を運んでくださったのに、ご案内もできず。実はこれから予定があって外に出た次第で、申し訳ありませんがここで失礼します」
伊織は丁寧にそう言うと、そのまま振り返って鳥居の外へと歩いていった。
(な、なんか、すごく雰囲気のあるひとだったなぁ……)
と再び一人になった神社の境内でかな子が立ち尽くしていたが、気持ちを切り替えるためと頬を両手で叩いた。
「昨日の出来事は、確かに気になるけど、もう考えるのはやめよう。やっぱりあれは夢。夢に決まってる。忘れよう」
世の中には不思議なこともあるものだ、そう片付けよう。
かな子がそう決心をして、家に戻ろうと踵を返した時、その声は聞こえた。
「かな子お姉さん!」
弾むような息遣い、子供特有の可愛らしい声。
これは間違いなく、最近いつも一緒にランチを食べていた……。
「あ、青葉君……?」
かなこが名を呼ぶと、しっかりとターバンを頭に巻いた青葉が無邪気な笑顔を見せてくれた。
「良かった! 間に合った! 近くにかな子お姉さんがいる気配がして走ってきたんだ! 昨日は、美味しいハンバーグを作ってくれてありがとう!」
青葉の無邪気な顔から漏れた言葉に、夢ってことにしておわらせようとしていたかな子の計画に早速ひびが入った。
「えっと、昨日、私、青葉君にハンバーグ作ったんだっけ?」
「? 何言ってるの? 作ってくれたでしょ? アツアツでとっても美味しかったよ! 最後に父上に取られちゃったけど……」
そう言って、悲しそうに目を眇める。
(ああ、やっぱり昨日のことは夢じゃない……いや、まだ望みはある)
「あ、うん、覚えてるよ。昨日はすごかったよね、ほら、みんなして鬼みたいな格好して。和風ハロウィンパーティーだったの?」
「ん? ハロ……? よくわからないけど、僕たちはあやかしにとっては、いつも通りの格好だよ」
無垢な顔であっさりと衝撃的なことをおっしゃる青葉を見てかなこの笑顔が凍りつく。
しかしなんとか笑顔を保ったまま口を開いた。
「あー、やっぱり、あやかし、なんだ……」
「うん、あやかしだよ。僕は鬼なんだ。まだ小さいけど、大鬼なの。きっとかな子の料理を食べたら立派な大鬼になれると思う!」
その笑顔はあいも変わらず可愛らしいが、かな子の口から出たのは乾いた笑い声だった。
「あ、そっか、はは……」
最初から「僕鬼です」って言ってくれたらいいのに! とも思うが、実際言われたところで真には受けなかっただろう。
かな子は色々あきらめた。
かな子はもともと深く物事を考えるのは得意ではない。こうなったら受け入れてしまった方が楽なのである。
かなこが色々と受け入れ始めた頃、青葉がかな子の元まで歩いて来て、縋るよう手を握ると潤んだ瞳で見上げた。
「かな子お姉さん、また家に来てくれる?」
「え、また!?」
「うん、父上のお腹がおかしくなっちゃったみたいで、何も食べれないって……このままじゃどんどん弱っちゃうよ」
ウルウルとした瞳でそう言われてしまうとかな子は弱い。
しかし、さっき青葉は父上と言っていた。
父上というと、昨日、炭とウニの殻を食べたあとに唐辛子の粉をがぶ飲みしていた御仁だ。
(そりゃあ、あんなもの食べたら、胃を痛めるに決まってるよ)
当然の成り行きにかな子は遠い目をした。
唐辛子の辛味成分は、食欲を増進させる効果もあるが、どんなに美味しいものも過ぎれば毒だ。
スパイス系は特に、多量に使うと慣れてない人の場合は胃を痛める。
「ねえ、かな子お姉さん。来てくれるよね? 僕の専属料理鬼になってくれたもんね?」
青葉は首を傾げて潤んだ瞳でまっすぐかな子を見上げる。
本日の青葉もいつものように可愛らしい。
たとえそのターバンの下に立派なツノがあったとしても、そこに変わりはないのである。
(こんな顔をされたら! 断りにくいー!)
かなこは心中で悶絶した。
何も知らなかったら青葉の言うことに頷いてホイホイついていっただろう。
しかしかな子は知っている。
青葉についていくと、よくわからないテンションのあやかしの世界に連れて行かれることを。
「あー、ちょっと今日、予定が……」
「えっ……ダメ、なの?」
そう言って、ダメ押しとばかりに心細そうに眉尻を下げて見つめる青葉の愛らしさは反則の域に達した。
今にも青葉の大きな目から涙溢れそうで、かな子は白旗を上げざるを得なかった
「ううん! やっぱり大丈夫になった! いこっ!」
静かな神社の中で、何かが吹っ切れたかな子の声が響いたのだった。
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