第9話対戦相手は『氷像料理の鉄人』雪女の雪目④

 どうやらうまくいったらしいと、黒元がお粥をバクバクと食べたのを見て、かな子はホッと胸をなでおろした。


(一瞬、あんなに怒鳴るから、もうダメかと思ったし、こんな子供騙しでうまくいくのか不安だったけど……)


 そう思いながら、今から数十分前のことをかな子は思い出した。


 ◆



「でも、この白い貧弱な料理では御屋形様は決して口にはしませんよ」

 雪目と青葉に黒元のために料理を作って欲しいと言われたかな子だったが、早速雪目からダメ出しをくらった。

 青葉も同じ意見のようで、「そうだね」と雪目の意見に頷く。


「うーん、一応これから卵の餡を作って餡掛け粥にしようかとは思ってるけど。それだけじゃ、きっとだめそうだよね……」

 かな子もどうしたものかと腕を組んだ。


 雪目や青葉の話を聞く限り、鬼というのは料理にエンターテイメント性を求める習性があるのはなんとなくわかってきた。

 しかし、わかったからといって、かな子に雪目のようなあっという間に氷像を作ってしまうような技術はないし、昨日の酒捨童子のように火を吹き出すような奇術も習得していない。


(なんの準備もなしに、派手な料理なんて今は思いつかないし、それに作る料理は黒元さんの体調を考えるとお粥がベストだし……)


「あ、でも、特別な技術と言えば、父上の一番のお気に入りの料理鬼は、たまに作り方自体は地味な料理を作ることもあるよね?」

 青葉がそう言うと雪目が頷いた。


「そうですね。強いていうならば、第一席殿は、その知識の深さが武器というところでしょうか」

「知識の深さ……?」

 雪目の話にかな子も興味を持った。


「ええ、伊織殿は、様々な国の逸話などを知っておりまして、お屋形様にお出しする料理のほとんどは逸話にあやかった一品なのです。この前などは、死んだ者を蘇らせる料理だとおっしゃって、『世界樹の葉』という大きな葉っぱをお屋形様にお出ししてました」

「ええ!? 葉っぱ!? 葉っぱそのままですか!?」

「基本的には、葉っぱそのままでしたね」

「そ、それ、食べたのですか1?」

「ええ、もちろん、召し上がっておりましたよ。ぱくぱくと」

「葉っぱを、ぱくぱくと……」

「でも、その方法なら、私も真似できるかもしれない……」


 氷像を作ることも、火をふくこともかな子はできないが、逸話に絡めて料理を出すというやり方ならやれなくはなさそうだ。

 しかし、咄嗟には出てこない。


「特に父上は、最強とか、力とか、戦士とかの単語に弱いんだ」

 うーん、と悩むかな子に、青葉がなんてことないように補足を入れた。


(最強……力……戦士……。あ、そういうの、昔見たアニメであったような)


 青葉のヒントにかな子は、昔見たとある戦闘民族の冒険活劇アニメを思い出した。

 とある宝玉を集めると願いを叶える龍が出てくるのだ。

 死んだ人を蘇らせることもできるし、女子の下着も手に入ることができるし、殆どの願いを叶えられる。


 そして物語の主人公達は、強敵とのバトルを繰り返して最強の戦士になっていくのだ。


「これなら……」


 かな子は、小さく呟いて頷くと、肝心要の卵の餡を作るために調理台に向かい合った。


 成功するかはわからないけど、やれることはやってみる。

 かな子は卵を手に取った。



 ◆


 昔のアニメの内容を拝借して、演出を効果的に見せるために『金龍の滝下り』という内容にした。

 運良く思いついた感じではあったし、正直子供騙しレベルなので、ハラハラしたが……すでに黒元に出した粥は空である。


 成功したのだ。


「暖かい……」


 食べ終わった黒元は、空になった土鍋を前にしてそう呟いた。


「身体中から、力が湧いてくるようだ……」


 そう言って自分の両の手ひらを見つめる黒元。


「ああ、お屋形様、ようございました! ようございました! しっかりと最後まで、お召し上がりになって……!」

 と言って雪目は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 目には喜びの涙が薄っすら浮かんでいる。


「父上、具合はどう? かな子お姉さんの料理食べたら元気が出たでしょう?」

 布団に乗り出すようにして青葉が黒元に問いかける。

 そんな青葉に黒元は視線を向けて優しく微笑むと、キリッとした鋭い視線をかな子に向けた。


「カナコーネイサンといったか……」

「あ、かな子です」

 ネイサンまでが名前っぽい発音で言われたので、かな子は素早く訂正した。


「そうか、カナコー=ネイサンか。なかなかに面白味のある料理だった」

「あ、はい」

 結局ネイサンとかいうのが苗字みたいになったがかな子は訂正は諦めた。

 特別こだわりはない。


「のう、カナコー、わしはな、未だにわしが先ほど何を食べたのが理解できていないのだ。わしは、先ほど、何を食べた?」

 思いの他に真剣な目でそう言われて、かな子は少々戸惑いつつも口お開く。


「卵餡掛けのお粥です」

「違う違う。料理名のことではないのだ。わしが食べたもの、『出でよ、金龍!願いを叶える金龍の滝下り卵餡掛け粥』であることは理解しておる。わしが言いたいのは、一口食べた時に感じた、あの、感覚のことじゃ」

 そう言って、黒元は遠くを見つめるような、夢見心地な顔をした。


「口に含めば、得も言われぬ優しい味わいが口いっぱいに広がり、噛む前に舌の上をとろけていく。普段ならば、その歯ごたえのなさに腹立たしくなったものだが……先程は違った。ただただ、幸福感、のようなものが押し寄せたのだ……。これは、一体なんなのだ?」

 目を開けた黒元が再びかな子を見据えた。

 かな子は黒元の話を聞きながら、

 昨日の酒捨童子という鬼のことを思い出した。

 彼も同じようなこと言っていた。

 そしてその時、かな子が答えたのは……。


「それはおそらく、『美味しい』ということでは、ないでしょうか?」

「オ、オイシイ、だと……?」

「美味しい味とか、うまい! とか、そういう……」

「オイシイ味?」

 それほど衝撃だったのか、黒元は目を見開きかな子を見る。

 思いのほか驚くそぶりを見せる黒元に、かな子は首をひねった。


(昨日の酒捨童子とかいう鬼の人も、こんな反応してたけど、まさか鬼の世界って『美味しい』って言葉、ないの!?)

 新しい概念に驚く黒元、その黒元の反応に戸惑うかな子。二人の視線が交錯する。


「そうなんだよ! かな子の料理はね、美味しいんだよ! 美味しいって、すごいんだから! 元気になる!」

 しばし見つめ合う二人の間に青葉の無邪気な声が入ってきた。

 黒元は明るく笑う息子を見てふっと優しい笑みをこぼした。


「これが、オイシイか……。なかなかに、良きものであるな。……わしはな、強くなければならないのだ。そのためには強い食事を摂らなければならない。強さとは、なんだと思う?」

「え、強さ、ですか?  料理の強さ、となると……ちょっと私には分からなくて……」

 かな子は料理を強弱で考えたことはない。しかしかな子の答えに黒元は残念なものを見るような目でみて軽く首を振る。


「カナコーは、見るからに弱そうだからなあ、分からないのも無理はないか。いいか、強さとはな……固さだ。そして、尖ってたり、刺激があったほうが強い。そうだろう?」

 さも当然のことのように黒元はかな子に同意を求めてきた。

 正直かな子は、料理に強さなるものを求めたことがないので、全く意味がわからない。

 苦し紛れにかな子は曖昧な笑みを浮かべた。


「しかしカナコーが作った食事は柔らかくナヨナヨで強さとは無縁。なのだが……口にした瞬間、腹のそこから熱い力を感じたのだ」

「暖かい料理なので、そうでしょうね」

 かな子は冷静にことの分析を行ったが黒元の耳には入らなかった。


「そしてわしは気づいたのだ……強さの本質を」

「は、はあ」

 かな子は、なんか話が料理の話とは違う方向に行っていることに気づき始めたが、なんとか相槌だけは打った。気の抜けたため息みたいな相槌だったが。


「強さとは固さだけではないのだ。そういうことなのだな、カナコーよ?」

 どういうことなんだろうとかな子は思ったが、なんて声をかけるべきか迷っている間に、黒元は話を続けた。


「カナコーは知らないかもしれぬが、柔道という武術が世の中にはある。字面が弱そうだと勝手に断じて倦厭していたが、それもまた強さの一つなのかもしれん。カナコー、お前はそれをわしに教えようとしてくれたのだな?」

 なんだか、色々と勘違いをしている気がする。

 そもそもかな子は料理を作っただけで、強さとか柔道の話は全くしていない。

 かな子は、これはきちんと否定した方が良いかもしれないと口を開いた。


「いえ、別にそういう」

「よいよい、みなまで言うな。お主の心意気、きちんと受け取ったぞ」

 そう、かな子の言葉を遮って黒元は親指を立てて、ニカッと歯を見せて黒元は笑う。


「いえ、そういうことではなく」

「おお、さすがはお屋形様! かな子の料理からそこまで深く物事をご推察されるなんて! この雪目、お屋形様のご慧眼にかんぷくいたしました」

 心底敬愛してるんだろうなと思われる心酔し切った目で黒元をみる雪目が歓声でかな子の言葉は遮られた。


「そうなんだ! かな子お姉さんも、父上もすごいね! 僕なんか、ただ体に良くて食べやすいから柔らかい料理を出したのかなって思ったのに! 柔道っていう武術の話のことを指してたなんて!」

 青葉も続いて、尊敬の眼差しでかな子と黒元を見やる。


 そのキラキラした青葉の瞳が、『かな子おねえさんすごいや! 尊敬しちゃう!』と言わんばかりだったのでかな子は口をつぐんだ。


 この空気の中、『青葉くんのいう通り、消化にいいものを作っただけだよ』なんて言える度胸がかな子にはない。


 かな子はにっこりと目を細めて笑みを作った。


「わかっていただけて、何よりでした」


 かな子の言葉に黒元は満足そうに何度も頷いた。

 そして、黒元は少し改まった様子で背筋を伸ばす。


「そなたに伝えたいことがある」


 黒元はそういうと、色素の薄い瞳をかな子に向けた。

 ふつうの人間と比べると、瞳孔が小さく、どこか爬虫類じみた鋭さのある瞳である。

 その鋭い瞳に見つめられてかな子に思わず緊張が走った。


「カナコーよ、先日はお前の料理を罵倒してすまなかった。改めてこの鬼の里の長黒元が認めよう。そなたは、我が息子青葉の専属料理鬼だ」

 黒元は改めてそう宣言した。


 そばにいた雪目が、「おお」と言葉にならない歓声をあげる。

 青葉も青葉で、やったーと可愛く喜んだ。


 何が何だかわからなかったが、かな子は日本人特有の曖昧な笑顔でその場を凌ぎ切った。


 そうしてかな子は、あやかし屋敷の料理鬼に就任した。

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