第14話対戦相手は『お団子職人』砂かけ婆のお妙④

 小鬼達と縁側で一緒に昼餉を取るのが日課になりつつあったのだが、いつもの時間にお昼を持っていつもの縁側に二人の姿がなかった。


 遅れてくるかもしれないと一人で昼餉を食べ始めたが、結局二人は来なかった。


「もしかして、体調不良……? 他の子鬼達に聞いたら何か知っているかな」

 いつもいる二人の不在が心配過ぎて、かな子は他の子鬼達とは折り合いが悪いことをすっかり忘れ、使用人達の休憩室に向かうことにしたのだった。


 ◆


「手長と足太がどうしてるかですか? そんなことを聞いてどうなさるおつもりで?」

 渋色の着物を着た老婆姿のあやかしがかな子にそう言った。以前、かな子と少しだけ言い合いに、いや一方的に敵意を向けてきた酒捨童子の乳母だというあやかしである。

 名前は、お妙。

 白い髪を後ろに一本で束ねたお妙はいつも通りの鋭い目でかな子を見やる。

 周りの小鬼からも警戒するような視線が飛ぶ。


「あ、あの、いつも、外で中庭の手入れをしてるのに、今日はいないので……体調でも悪くしたのかと思いまして……」

 お妙の必殺の睨みに戸惑いながらもかな子はそう言い募る。


「さあ、手長と足太のことはわかりませぬ。ご用が以上のようでしたら、私は失礼しますが、よろしいか?」

 口調は丁寧ではあるが明らかに敵意がある態度。

 手長と足太とうまくいっていたので、かな子はすっかり他の子鬼がかな子を疎んでいるということを忘れていた。


 手長と足太のことは気になるが、彼らから聞くのは諦めようと思ったその時、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「かな子!大変だ!」

「かな子ちゃん、助けてー!」

 そう言って襖を開けたのは、手長と足太だった。

 骨のようにガリガリな小鬼達があつまる部屋にいると二人の体格の良さが際立った。

 その違いに気づいた幾人かの小鬼達が目を見開く。


「お前たち、手長と足太か! なんだその立派な体躯は!?」

 と老婆のあやかしも二人の姿に目を白黒させる。


「お妙婆さん、そんなことは後だ! かな子、きてくれねぇか! 酒捨の兄貴が帰ってきたんだ!」

 興奮したような声で手長がいうと、かな子のところにきて手を握る。


「え!? 酒捨さんが!? それに大変って……!?」

 とかな子が声を上げた時には、周りの小鬼達からも嬉しそうな声が溢れかえる。


「まあ! 酒捨様が!?」

「酒捨様がお戻りだと!」

「ご無事だったのだわ!」

 とキーキーと小鬼達が歓喜の声に湧く。


「戻ってきてくれたのは良かったけど、無茶な修行をしてきたみてえで……ボロボロなんだよぉ!」

 足太がが補足すると、やあり周りの小鬼達の方がショッキングな顔で驚く。


「なんとおいたわしい!」

「酒捨童子様は大丈夫なか!?」


「かな子の料理を食べれば、きっと元気になる!だからかな子きてくれ!」

 そう言って手長がはかな子の手を引っ張るが……。


「今、なんと言った手長!」

 とお妙から鋭い声が飛んだ。

 眉をめいっぱいつりあげて、憤怒の表情であった。


「酒捨童子坊っちゃまに、こんな得体の知れない弱い鬼の料理を食べさせようというのか! 我慢ならんわ!」


 と唾を吐き出しながらその細い体でどこからそんな大声が出るのかという声量で手長に怒鳴る。

 これには気の強い手長もたじろいだ。


「け、けど、酒捨の兄貴が!」

「だまらっしゃい! 弱った酒捨坊っちゃまに弱い料理をだすなど……! このお妙の目が黒いうちは、そんなことさせるものか!」

 お妙の毅然たる声に、手長も足太もたじろぎ、逆に周りの小鬼からは「そうだそうだ」と声が湧く。


 そして―――。


「なんの騒ぎですか」

 静かな声が辺りに響く。

 声の主は白い着物を凛と着こなす雪目だった。

 雪目の後ろにはなんと青葉もいた。


 その場は一瞬で静まり、鬼達は一斉に二人に向かって膝を落として頭を下げた。


「かな子、手長達から聞いたかもしれないけど、酒捨のために料理を作ってもらいたいんだ」

 青葉が柔らかくもしっかりした声でそう言った。


「あ、はい。わかり」

 ましたと答えようとしたが……。


「青葉坊っちゃまのご命令であろうと! 酒捨坊っちゃまにこの女の弱い料理を食べさせることを許すつもりはありませぬ!」

 お妙は、頭を上げてそう言い切った。

 顔も険しい表情で、青葉に対するお妙の態度に周りの小鬼からどよめきが起きる。


 しかし、次第にそうだそうだと幾人かの鬼達も顔を上げた。


「お前たち、青葉坊っちゃまの御前で……!」

 と雪目が絶対零度の眼差しで睨み据えるが、青葉が片手を上げて止めた。


「でも、かな子の料理じゃないと意味がない。それともかな子以上の料理がつくれるものがここにいる?」

 挑発するような青葉の言葉に、すっとお妙が立ち上がった。

 そして、かな子の方をみる。


「この弱そうな鬼の料理以上のものなら私で十分じゃ! かな子! お主に、料理鬼対決を申し込む!」

「えっ! 料理鬼、対決!?」

「そうじゃ! 勝者が、酒捨童子坊っちゃまの料理を用意する。審査員はここに居る小鬼たちじゃ!」


 そう宣言すると、お妙はしゃがみこんで畳をバンッ! と勢いよく叩いた。

 すると畳がひっくり返り、畳の上に調理台が立った。


(え!?この畳の裏、調理台になってたの!?)


 かな子にはその原理がよくわからないが、どうやら畳の裏側が調理台のようになっているらしい。

 現に裏返された畳に、調理台がくっついている。


「おい! お妙の婆! これは流石にずるくねぇか!? こいつには食材を調達する小鬼がいねえんだぞ」


「食材調達ができる小鬼を引き入れられるかどうかも、料理鬼の仕事の一つじゃ! それさえもできぬお主に、料理鬼は勤まらぬ!」

 頭に血が上って顔が真っ赤なお妙は牙をむき出しにしてそう言った。


 ◆


 お妙の怒髪天をつく勢いの啖呵をを切られて、かな子は料理鬼勝負をすることになった。


 例の酒捨童子は今は寝ているらしく、起きた時に食べられるよう夕餉を用意してもらいたいという打診だったため、時間の猶予はある。

 この料理鬼対決の勝者が、酒捨のための料理を振る舞うのだ。


 青葉の希望で料理の題材は「甘味」。

 青葉はちょうど甘いものが食べたかったからちょうどいいや! と喜んでいた。


「かな子お姉ちゃんなら、絶対勝てるもんね!」


 と言って無邪気に笑う青葉の笑顔はだいたいいつもかな子を追い詰めてる気がするが、かな子は気づかぬふりをした。


(それにしても大変なことになってしまった……)


 砂糖、塩、胡椒などの基本的な調味料のみが置かれた調理台に立ったかな子は途方にくれた。

 甘味を作ると言っても、食材がなければ何もできない。


 顔を上げると、向かい側の調理台には、魚、肉、野菜と言った沢山の食材がせっせと運び込まれている。


 お妙はすでに勝利を確信した顔でかな子を見ていた。


「ゆ、雪目さんは、食材を調達するとき、どうしてるんですか?」


「氷は自分で用意できるけど、他の食材はもちろん自分の小鬼に調達してもらうわよ。」

「そ、それを貸してもらうってことは……?」

「それはできないわね。それが料理鬼対決のルールだもの」

「何そのルール……食材が何もないなら、何も……」

 作れないと言おうとしたが、かな子はひらめいた。


(そもそも別に勝てなくてもいいのでは……?)


 お妙は酒捨の乳母だという。

 きっと酒捨の好みも把握した上で身を案じた料理を提供してくれるのではないか。


 それなら身を引いて任せてしまってもいいのではという思いで、かな子はお妙を見た。

 お妙は集まった食材を使って料理を始めているところだった。


 お妙はボウルに白い粉を入れていた。


(あれは、白玉粉……?)

 白玉粉に適量の水を入れて、丁寧にしっかりとこねるお妙。

 そしてよく練ったものを親指の先ほどの大きさの楕円にして整形していく。


(手際もいい……)

 かな子が感心していると、お妙はあらかじめ沸かしていた湯に白玉を投入した。


 沸騰したお湯の中に白玉粉が沈んでいく。

 この白玉が浮き上がった時が出来上がりのサインだ。

 お妙は、白玉を茹でている間にイチゴを半分に切っていた。


「酒捨坊っちゃまは、イチゴが好きでねぇ」

 お妙はイチゴを切りながら、そう声を出した。

 どうやらかな子が見ていたことには気づいていたらしい。酒捨童子の好みは私の方が熟知しているというアピールである。


 馴れた手つきでイチゴを切り分け、白玉を茹でるお妙。

 かな子はこれを見て、酒捨さんへの料理は、お妙に任せてもいいのではと、思ったその時―――。


 お妙が、「どっこいしょ」と言って、調理台に大きな桶を二つ置いた。

 そして、お妙はそのタイルに入っているものを手で掬う。


 黒く細かいものがお妙の手の間からサラサラと落ちていく。

 それを見ていたかな子は目を見開いた。


(あれは……もしかして……砂!?)


 料理台に砂と言う組み合わせに嫌な予感がしてかな子が固まる間も、お妙は桶一杯に盛られた砂をいじり始めた。


 水を入れて砂の固さを調整し、手でいじる様はまさに泥遊び。

 かな子の方にまで、泥特有の土の湿った匂いが漂ってくる。


 言葉にならない驚きに包まれたかな子を見て、お妙は鼻で渡った。


「わたしゃ、砂かけ一族のお妙。この砂も私が丹精込めて生み出した砂よ。酒捨坊っちゃまは、私の砂で遊ぶのが大層好きじゃった」

 どうだと言わんばかりのドヤ顔でお妙はかな子に言う。

 そして、再び泥に目を落とした。


「よし、こんなものかのう」

 泥の固さ具合に満足したらしく、お妙は手を止めた。

 そして茹で上がった白子と半分に切ったイチゴを片手で掴むと、それをなんと、泥で覆った。


 かな子は最初、何が起きたかわからなかった。


(一体私は目の前で何を見せられているのだろうか)


 さっきまで、美味しい白玉とイチゴで、あんみつでも作るのかなとか思っていた。

 それがどうして泥に覆われ、今では見るも無残な泥団子と化している。


 呆然とするかな子を置いて、なれたてつきで泥団子を作り始めるお妙。


 もう一つの大きなタライには、細かいサラサラな砂が入っているらしく、ある程度泥団子の形が整うと、そっちのたらいにいれて泥団子を乾燥させる。


(いや、違う。あれは、乾燥させてるんじゃない。磨いてる……!)


 お妙が、泥団子を細かい砂で磨いている様を見たかな子は己の幼稚園時代を思い出していた。

 幼児だったかな子とその友人たちは、誰が一番綺麗な泥団子を作れるかで競ったものだ。


 少し水で湿らせた泥を丸め、そしてそのあと細かい砂で丁寧に丁寧に磨き上げるようにするとまあるい石のようになる。

 残念ながらかな子は綺麗に整形することはできなかったが、泥団子チャンピオンと呼ばれた男の子は、ただの泥団子をまるで宝石のようピカピカに輝かせることができた。


 お妙は、職人の手つきでピカピカ泥団子を作っている。


「すげぇぜ! さすが婆様だ! 宝石みたいにきらきらしてらぁ! まさしく職人技!」

「あれを食べたら、きっとジャリっと今まで食べたことないような食感がするにちげぇねぇ!」

「ころせぇ! ころせぇ!」

 などと周りはお妙応援モードに突入している。


 周りの小鬼達の感嘆の声を受け、お妙はニヤリと笑った。


「お主、手が止まっておるが平気かのう? まあ、この婆の料理をみて言葉をなくすのもわかるがの。わしが料理対決で勝利したら、この泥団子を酒捨坊っちゃまに献上するつもりじゃ。キラキラと輝かんばかりの泥団子の山を見て、わしの勝負を受けたことを後悔すると良い!」

 お妙は威勢良くそう言った。

 お妙は、白玉とイチゴ入り泥団子を山盛り作るつもりのようだ。

 それがお妙の料理なのだという。そしてそれをそのまま酒捨童子に食べさせるつもりらしい。


 そう自信満々に答えるお妙に、かな子は目を見開き愕然とした。

 そして、お妙の言うように悔いた。

 しかし悔いたのは、勝負を受けたことではなく、鬼の料理に対する認識の甘さだったが。


(私が勝たなきゃ……酒捨童子さんが、ボロボロの体に泥団子を食べさせられる!)


 かな子は覚悟した。

 この勝負、勝たなくてはいけない。

 酒捨童子という鬼とは、料理鬼対決で顔を合わせたのみだが、見捨てることはできなかった。


 そして勝つためには食材が必要だ。

 何もない状態では流石にかな子も料理はできない。

 鬼の里では池から食材を釣り上げるらしいが、かな子には自分で釣り上げる方法も釣り上げてくれる鬼もいない。


(でも、あの食材なら用意できる)


 かな子は、作る料理の目星がつくと良しと頷いた。


 そしてちらりとかな子はお妙の横に積まれた食材達をみた。

 そこにはフルーツを始め、小豆やかぼちゃなどの甘めの野菜も用意されている。

 材料を自由に使っていいのなら、本当はもっと違う甘味を作りたいところではあったが……。


「というか、白玉粉とイチゴと泥しか使わないなら、あんなに食材らないんじゃなかろうか……」


 思わず呟いたかな子の言葉は、周りの鬼達の「お妙婆様さすがだせ!」というお妙を讃える声でかき消されたのだった。

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