第15話対戦相手は『お団子職人』砂かけ婆のお妙⑤


 泥団子の歪み一つない球体は、それが泥であったことを忘れさせるほどの艶。

 こんなに綺麗で丸い泥団子が作れたら子供達の英雄になれる、そうかな子に確信させるほどの輝きだった。


 今回の料理鬼の審査員は、周りの小鬼達の中からランダムで五鬼が選ばれた。


 お妙は、それぞれの皿に二つ泥団子を乗せ、その上に金箔を上品に乗せる。

 茶色の宝石、のような泥団子の上に金色の色が合わさることでより一層美しさが増した。


 審査員達はお妙が作った芸術的な球体―――泥団子を前に感嘆のため息を吐いた。


「さあ! 完成さね! 『お妙おばあちゃんのドロドロ団子~ジャリジャリ強い、さっぱりイチゴ味~』たんと召し上がり!」


 お妙の言葉に場内は湧き上がった。


「お、た、え! お、た、え! あ、それ! お、た、え!」


 の三拍子で盛りに盛り上がっている。


 まるで磨き上げられたチョコレートのような見た目の団子を前に、審査員に選ばれた幸運な鬼達は満面の笑みで泥団子を口に入れた。


 そして固まる鬼達。

 顔が険しい。


 二匹が早速食べた泥団子を吐き出した。

 どんなに磨き上げたとしても、それは泥。泥なのだ。


 次々と我慢ならないとばかりに泥団子を吐き出す。


「ちくちしょう! やっぱり食えねえ! 強すぎるぜ!」

「ああ、これは相当つぇえ料理だ」

「口いっぱいに広がる泥の風味が、どうしても喉を突っ返させる」

「この口内で暴れる抵抗感こそ、強さ!」

 と吐き出した鬼達は思い思いの感想を述べた。

 それぞれ先程食べて料理が口の中に残らないように口の中を水ですすぐ。


 作った料理を吐き出されたというのに、お妙は彼らの反応に満足そうでさえある。

 そう、ここまでのやり取りが彼らの食事風景なのだ。


 強い料理を作り、それを食し、強すぎて吐き出す。

 そしてその強い料理を作りあげた料理鬼を称え、強い料理を食べれなかった弱い自分を省みる。


 かな子は慣れたつもりではあったが、あらためて彼らの奇行を目の当たりにして眉間にしわを寄せた。


 料理とは強さ。料理や食事にはそれぞれの文化があり、料理の強さというものに彼らなりの思いがあるのだろう。しかし、鬼にとってこれが普通なのだとしても、かな子にはやはり受け入れがたい。


 料理は強さというおかしな概念によって、無駄にされる食材達、そしてやせ細っていく鬼達。


 かな子は、泥と一緒に吐き捨てられたイチゴと白玉、そして鬼達の骨のような腕を見てふつふつと怒りが沸いてきた。


 憤るかな子の周りは、お妙を讃える声の大合唱だ。

 完全にアウェーな状態で、かな子の戦いが始まった。


 でも、負けるわけにはいかない。


「私の料理も完成します!」

 かな子はそう声を張り上げると、先程までかな子の存在を忘れていたかのような鬼達は、目を剥いた。


「バカな! 食材も何もないのに料理など!」


 そんな言葉を尻目に、かな子は四角柱の氷をまな板の上に寝かせる。

 この氷の柱は、雪目に用意してもらったものだった。

 もともとは水。水はかな子でも用意できる。汲んできた水を雪目に凍らせてもらったのだ。


 かな子はその氷の柱のギリギリ端っこに包丁を当て、削るようにして包丁を下ろした。

 シャリ、シャリ、シャリ。


 氷の削れる涼しげな音があたりに響く。

 先ほどまで、わいのわいのとお妙の料理に騒いでいた鬼達は吸い寄せられるようにかな子の手元を見いていた。


 シャッシャッシャ。


 かな子は氷を素早く薄く削ると、静かでいて存在感のある音とともにまな板に細かい雪のような氷の欠片が積まれていく。


「雪だ……」

 とずっと見ていた青葉から感嘆の声が響く。


 一方で、

「ゆ、雪目様の雪像料理にくらべたらあんなもの……!」

 と悔しそうに声を出す子鬼もいる。


 確かに、雪目が雪像料理を作る時にも必ず氷の欠片はできる。削り方によっては雪のようにもなろう。

 だが、かな子の雪を作るためにひたすら氷塊を削るさまは鬼気迫るものがあった。


 まな板に、雪山が出来上がると、かな子はそれを素早くワイングラスに盛り付ける。


 ワイングラスに富士山のごとく均整の取れた美しさで雪を盛ると、かな子は氷塊の上に置いて良く冷やしていた片手鍋に目を向けた。

 その鍋の中には、初夏を匂わせるような薄黄緑色の液体がたっぷりと入っている。


 かな子はお匙でその鍋から黄緑の汁を救うと、ワイングラスの中で雄大さを誇る雪山に注いだ。


 白かった雪山が、薄黄緑に染まる。

 まるで、雪降りつもる冬から雪解けの春、そして緑茂り始める初夏の訪れを表すがごとく。


「お待たせしました! これが私の料理『春すぎて夏来(き)にけらし白雪の緑染めし甘い嗅ぐ山』です」

 かな子は料理名を宣言すると、審査員の鬼たちの前にワイングラスを置く。

 ティースプーンも一緒に。


 ワイングラスの中の初夏の訪れを彷彿をされる涼し気な料理となんだか雅な料理名に鬼達は目を見張ったようだったが、しかし、それだけ。すぐにいつも通りのようすで料理を見やり、嘲笑を浮かべる。


「ふん、思ったよりもきれいだがそれだけだな。ただ氷が盛られただけよ。雪目様の雪像料理の足音にも及ばぬ」

「料理名がちょっとばかし雅だが、それだけよ!」

「さよう、さよう」

「これなら、お妙婆の圧勝」

 鬼達は口々にそう口にした。


「さあ、それはどうでしょうか。匂いを嗅いでみてください。匂いを嗅ぐとその料理の強さが分かるはずです」

 かな子は静かにそういうと、小鬼達は怪訝な顔をしながらも、ワイングラスに鼻を近づけ匂いを嗅いだ。


「こ、これは……! 確かに強そうな、匂いが!」

 審査員の子鬼の一人が、唸るようにそう言った。


「なんだ、この鼻にスーッと入ってくる匂いは……」

 どの鬼もそう戸惑いの言葉を口にする。そして手にスプーンが握られた。

 どうやら、繊細で美しい見た目に加え、強そうな匂いを放つ料理に興味をそそられたらしい。


 その様子を見て、かな子は勝利の確信を得た。

 鬼の里で料理鬼対決で負けることがあるならば、それはきっと、弱そうだと言われて料理を口にしてもらえない時。

 食べてもらうことさえできれば、かな子の料理の『おいしさ』が伝わる。


「私の料理が及ばないかどうかは、召し上がったらわかります」

 かな子がそう言って、鬼達に迫る。

 彼らは、かな子の強気な態度に一様に困惑したような顔をしたが、結局は食べることにしたらしい。

 色付きの雪をスプーンで掬って、口の中にいれた。


 口の中にかき氷を口にいれた鬼達は、そのゴロゴロと大きな目をさらに大きく見開いた。


「こ、これは……!」

「す、すーってなんか、すごいスーって……! 冷たい氷が、より! 冷たく!」

「なんなんだ、これ。爽快さの中にも、確かな甘みが……?」

「強い……! この刺激、確かに強いとわかるのに、体が抵抗する前にしみこんできやがる!」

「甘い! けど、甘くない! とまらねぇ! とまらねぇぞ! この強さ、癖になる!」

 審査員は各々思いのたけを叫ぶ。


 かな子は鬼達の反応にほっと胸をなでおろした。

 以前、手長と足太が強い強い言いながらミントの匂いを嗅いでいたのをヒントに、かな子はかき氷のミントシロップがけを思いついたのだ。


 使う食材は、砂糖と水とミントの葉のみの甘味料理。

 食材を満足に用意できないかな子がどうにか自分で作れるものを考えた料理である。


 調理手順としてはたっぷりの砂糖と水を火にかけ、甘い白蜜を作る。そして火を止めてから、とれたてのミントの葉を入れる。

 ミントを煮込み過ぎると渋みが出る上に、色も茶色に近くなる。

 そのため火を止めた状態で、数分、葉を浸すだけ。そうすると色も綺麗な黄緑色を保てる上に、きちんとミントの風味が白蜜に染みる。

 最後にざるで越して、綺麗なミントシロップの完成だ。


 ミントは勿論、屋敷の中庭に雑草のごとく生えているミントを使った。

 手長、足太が手伝ってくれてあっという間に必要な量が手に入ったのだ。


 かな子がちらりと視線を横に向けて、誇らしげに鼻をかく手長と足太に口パクで感謝を伝える。


 本来なら、練乳やらフルーツやらと色々他の甘味も載せたいところだが、ミントの葉の爽快な味は、鬼達のいう「強い」概念と相性がいい。そのままシンプルに勝負したほうが、その味の爽快さという「強さ」が伝わりやすい。


 名残惜しそうに最後の氷の欠片をなめとるようにして食べた審査員たちは、ふうと満足そうに息を吐いた。


 そして気づいた。

 近くで憤怒の表情をするお妙婆の存在に。


「お前たち、それはどういう了見だね……! まさか、わしの料理がこんなちんまい氷を削っただけの料理に負けるとでもいうのかね!?」


 地響きのようなお妙婆の声はこの場にいる小鬼達の身を竦めさせた。

 審査員に選ばれた鬼達も、その恐ろしい般若の顔におろおろと戸惑いを見せた。

 だが……。

 一人の鬼がお妙婆に向き合った。


「けど、お妙婆。この料理、強いんだ。スーって辛くて……。でも、それだけじゃない……甘くて……食べれる。俺達でも、食べれるんだ!」


 ゆっくりを言い聞かせるようにしてその鬼は言った。


 その言葉にお妙は不快そうに眉を竦めさせ、何か怒鳴ろうと口を開いたが―――。


「お妙、この勝負、かな子の勝ちだよ。料理は食べれてこそ。そうでしょう?」

 青葉がいつの間にかお妙の側にいた。その顔はいつもの無邪気さはなくて、真面目な顔。

 流石のお妙も青葉には、強く当たれない。

 しかしこらえきれなかったお妙は、キッと睨むようにしてかな子の方に向き合う。


「小娘、私にもその料理をお出し! そうじゃないと納得できないね!」


 そのセリフ待ってましたとばかりにかな子は笑みを浮かべると、調理台に戻って氷を削りはじめたのだった。


 ◆


 お妙はかな子が用意したミントシロップがけのかき氷を奪うようにして受け取ると、スプーンで掬って口に含む。


 そしてそのまま口をへの字に曲げた。

 顔は険しかったが……お妙は、その後一口二口スプーンを運び、そのまま無言でかな子のかき氷を食べきったのだった。


「お妙、分かったでしょ? かな子の料理のすごさ。これをね、『おいしい』っていうんだ」

「これが、おいしい……」

 お妙は険しい顔でそう呟くと、スーッと皺皺の目から涙を一筋流した。


(な、泣かれた……!?)

 泣かれたことに戸惑うかな子だが、お妙はそれには気づかず、小さく鼻をすすった。


「……酒捨坊ちゃまは、優しい大鬼様じゃった。私めのような弱い鬼のことも気遣ってくださる。坊ちゃまはな、弱い鬼でも食べられるような強い料理を作りたいとおっしゃって、料理鬼の道を選ばれたのじゃ」

 お妙のその言葉に、周りの鬼達も急にシンミリし始めて、酒捨童子の思い出話を口々に語り始める。


「酒捨のアニキはよう、霞しか口にできない俺たちのことを常に心配してくださったんだ」

「だなぁ。お館様の料理鬼の第一席である伊織様のお弟子になって、日々料理の修行に明け暮れる毎日だった」

「よく、黒炭料理を俺達にも与えてくださったな。俺達が弱いばかりにあんまり食べれなかったけどよう。酒捨様のお優しさはほんものだった」


 酒捨童子の思い出話に花が咲く。

 かな子は、本当に慕われているのだなぁとしみじみとあたりを見渡すと、ちょうどお妙と目があった。


 お妙の顔には、今まで見せていた険しさがなくなっていた。


「かな子様の料理は、酒捨て坊ちゃまの目指した料理の姿なのかもしれぬな……。私の負けだ」

 そう、しんみりと言葉をこぼし、お妙はどこか寂し気に微笑んだ。


 そうして見つめ合う二人の近くで、青葉も「そうだね」と言って笑うとさらに口を開く。

「それに、お妙婆の泥団子はピカピカですごいけど、でも、泥団子は、泥団子だから」

 無邪気な青葉が身も蓋もないことを言って、料理鬼対決はかな子の勝利に終わったのだった。


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