第13話対戦相手は『お団子職人』砂かけ婆のお妙③
残念ながら昼餉のメインのほとんどを小鬼二匹に食べられてしまったが、かな子は残りの大根の浅漬けと豚汁でご飯をいただき昼餉を終えた。
量は少なくなったが、一人でもそもそと昼餉を取るよりも、今日は楽しい。
「兄貴を倒しただけあってお前の料理には何かがあると思ってたんだよ」
大根の浅漬けをボリボリ食べたながら、手長が言った。
隣には、美味しそうに豚汁をすする足太がいる。
小鬼達は、まだまだお腹が満たされてなかったらしく、かな子は台所に戻って残りの豚汁と大根の浅漬け、それに白米を二人分持ってきた。
小鬼達は見慣れぬ見た目の料理に戸惑いを見せていたが一口食べてその味を気に入ってくれたらしく、今ではばくばくと食べている。
「うんうん、おいしいって最高だよぉ。でもさ、手長のにいちゃんは、かな子ちゃんのこと酒捨の兄貴の敵だー! って毛嫌いしてたよねぇ……はあ、この豚汁っていうのもおいしい」
豚汁の温かなおいしさに、ほっこり笑顔を浮かべてそう言った足太に、すかさず手長がその長い腕を伸ばして頭を叩く。
「バ、バッカ! その話はするなよ!」
「いたいよぉ~」
「オメーが変なこと言うからだろ」
二匹の鬼のやり取りに思わずかな子はクスリと笑う。気の置けない仲の良さそうな二人の話は聞いていて飽きない。
「その、アニキって、酒捨童子さんっていう料理鬼のことだよね? どんな人、じゃなくて鬼なの?」
「はあ? おめえ酒捨のアニキを知らねぇなんて、やべぇぞ! 鬼の中の鬼! 酒捨のアニキは、努力の料理鬼だ!」
と、まるで自分のことのように誇らしげに手長は胸を張った。
「もともと高貴な身分のお方だったが、お屋形様のために料理鬼になる道を選んだんだ! そして数々の試練を乗り越え、黒炭料理の第一人者にまでなったんだよ。漢気溢れる酒捨様は、俺たち小鬼にも料理を振舞ってくれる!」
そう声高らかに宣言をした手長は握りこぶしを作る。
「だけど、酒捨様の料理は凄く強すぎておで達はあんまり食べられないんだよねぇ」
「ウルセェ! それは俺たちの未熟のせいだ! 酒捨のアニキは、いっつも俺らのことを考えてくれてる。俺らがもっと強くなるようにって、つえぇ料理を作ってくださるんだ!」
少しだけ鼻をすすって、手長は涙を堪えるように目頭を押さえた。
(確かに、酒捨さんの料理は胃袋が相当強くないと食べられない代物だった……。というか、酒捨さんの人気凄まじい。私って奴は初戦からなんていう鬼を敵に回してしまったのだろうか……)
かな子はほかの小鬼達から疎まれている自分の立場を改めて理解した。
みんなのアニキ的存在の酒捨を負かし、青葉の料理鬼に収まったかな子を認めたくない鬼は結構多いのだ。
「まあ、お前も色々大変だとは思うけどよ。頑張れよ。見た目はビックリしたが、お前の料理、俺たちは好きだ。弱そうだけどな」
へへ、と鼻を書いて笑う手長。どうやら慰めてくれているようだった。
かな子が置かれている状況には気づいているらしい。
「おでも好きだぁ。……けど、ここでの料理鬼対決は気をつけないとだよぉ」
足太の話に手長が「あー確かにな」と唸るように同意した。
「え、なになに。何を気を付けるの?」
首をかしげるかな子に訳知り顔の手長がうんうんと頷いた。
「なあ、かな子、食材の調達って誰がしてると思う?」
手長に問われてかな子は目を見開いた。
(確かに、誰が用意してるのだろう)
青葉の料理を作るとき、いつも、高級食材も含めてしれっと調理台に用意されてる。
かな子はその置かれているものの中から使いたいものを使ってきた。
「食材は料理鬼の見習い達が、大鬼様のために毎日もののけ池から釣り上げてる」
「池から釣り、あげてる? 魚とかのこと?」
「魚だけじゃねぇよ。野菜も肉も卵も粉類も全部、池から釣ってる」
「い、池から釣ってるの……?」
あまりにも今まで人間界の常識と違いすぎて、かな子は何かの冗談なのかと思ったが―――。
「おうよ、一本釣りよ」
と言ってた長は竿を持つように両手を前に出して釣り上げるような動作をした。
どう見ても嘘や冗談を言ってるようには見えなかった。
「まあ、鬼の里だもんね……」
もう何も言うまい、と言う気持ちでかな子はそれを受け入れた。
「そこで料理鬼対決だ! 料理鬼対決に使う調味料以外の食材は基本的に自分自身、もしくは自分についた料理鬼見習いに調達してもらう必要がある」
鬼の里の食材調達方法をやっと受け入れたばかりのかな子に、料理鬼対決について説明が始まった。
かな子はその話を聞いて、少し気になることがあった。
「あれ、けど私、雪目さんと料理鬼対決した時は、黒元様の調理場に置かれた食材使ったけど……?」
「それとこれとは別だ。黒元様の調理室に置かれた食材は黒元様のために用意したもの。それを料理鬼が使うのは問題ない。ていうか、雪目様とも対決してたのかよ……?」
「まあ、成り行きで……」
「オメェ本当に弱そうな見た目なのに、すげぇな。勝ったのか?」
「まあ、一応」
勝ったというか、雪目は最終的にお屋形様の体調を思ってかな子に協力した形だが、それでも勝ったのはかな子ではあった。
「まじかよ。雪目様といや、鬼界で三百年に一度の天才料理鬼だって話だぜ?」
「うん、まあ、確かに雪目さんの雪像の出来栄えは素晴らしかったです。芸術品でした」
ただ料理ではなかった。それだけの大きな違いだった。
「って、悪りぃ話が脱線したな。問題がここからだ。料理鬼見習いの多くは酒捨兄貴の味方だ。もし、もしもだ酒捨の兄貴が不意打ちで料理鬼対決を挑んできたらどうなると思う?」
「ふ、不意打ちで?」
「おおよ、例えばこの何もない中庭で挑まれたら、かな子は食材を用意するすべがない」
「ええ!? いつもの料理場から食材を持ってくればいいんじゃないの!?」
あそこには使い切れないほどの食材が積まれている。
「ダメだね。それはあくまで青葉坊っちゃまのための食材だ! 野良の料理鬼対決で使うことはできない」
「野良の料理鬼対決って、なに!? というかそうすると私、食材用意できないってこと!?」
「そういうことだ。ま、酒捨の兄貴がそんな卑怯なことはしねぇと思うけどな。それに、かな子に負けてから、姿を見なくなったし……」
立て続けに新たな情報が流れてきて、かな子は目を見開いた。
「え、酒捨童子さんの姿を見なくなったって……屋敷から出て行ったってこと?」
「まあ、な」
「えっと、それってもしかして、私のせい?」
「わかんねえ、けど、そう思ってる小鬼は多い」
眉根を寄せた手長が心配そうな顔でそう呟いて、かな子は目を瞬かせる。
まさか自分が料理をしたことによって誰かがそんな風になるとは思ってもみなかった。
「けど、あんま気にするな。かな子の料理を食べて、俺はだいたい分かったつもりだ。お前の美味しい料理はなかなかのもんだよ」
慰めるように手長は言う。
「そうそう!本当にこの美味しい料理最高!」
そう言ったのは足太だ。口の周りに米粒が付いている。そしてお椀はすでに空だ。
かな子と手長が話し込んでいた間ずっと食べていたらしい。
それを見て手長が慌てるように箸を握り直す。
「いけねぇ! 仕事に遅れる! おれも早く食べねぇと!」
手長が、自分のお椀にかぶりついた。
◆
手長、足太と出会ってからというもの、かな子は休憩時間にその二人と過ごすことが多くなった。
二人はこの屋敷に仕える庭師で、大体この庭園で仕事をしている。
今日も昼餉を一緒にした後、二人は庭で草むしりをはじめ、かな子が食後のお茶をゆっくりと飲んでいた。
「お、まーた、こいつが茂り始めたか! とってもとっても生えてきやがる」
という手長が言って、長く立派になった腕を動かし雑草をむしっている。
「ほんとだぁ」
と足太ののんびりした声を出して、立派な腹を揺らしてしゃがみ込むと一緒にむしり始めた。
彼らがむしっているのは、綺麗な若緑色の草だった。
なんとなしに見ていたかな子だったがその草の葉っぱの形が見たことがあるような気がして、つっかけを履いて二人のそばに行く。
そして、二人がむしった雑草を手に取った。
ふっくらとした小さな柔らかい葉っぱ。先のところがキュッと尖っている。
そしてかな子はその草の匂いを嗅いだ。
スーッと鼻の中にはいるこの爽快感。間違いない。
「これ、ミントだ! 薄荷ともいうかな。知ってる? スーッとした匂いがするハーブなんだけど。料理の付け合わせとか飾りにも使える」
そう言いながら、かな子はミントの葉を少しだけもんで、二匹の小鬼の鼻先に持っていく。
「お、おお! 確かに、なんかすげぇ強そうな匂いするな!」
「本当だぁ、とっても強そう! なんか久しぶりに強そうな匂いかいだよぉ」
「かな子のうまい匂いもいいが、やっぱりこういう強い感じも、強くていいな!」
そう言って手長も足太も、自分でむしったミントを鼻にあててくんくんと嗅ぎ始めた。
「まさかミントでここまで盛り上がれるとは」
かな子が随分たくましい体格になった二人のはしゃぐ姿を見て、そうこぼす。
(鬼にとっての強い味って、ミントの刺激も含むのかも。それにしてもこのはしゃぎようをみると、何かいけない薬でも嗅いでるかのよう。というか、さっきから見て見ぬふりしてたけど……もう我慢の限界)
かな子は、ミントを堪能する二人にキッと視線を向けた。
「いや、というか、君たちちょっと変わりすぎじゃない!? 体格!」
かな子は、そう叫んだ。
さっきからちょいちょち思っていたのだが、二人の体格が出会ったころと違いすぎるのである。
「あ、やっぱり気づいた? いやー、なんか気づいたら、こんなんになってよぉ!」
と、にやけた顔で長い腕を折り曲げて頭をかいたのは、手長。
で、あるのだが、今までの骨のように細い手長の姿はそこにはなかった。
甚兵衛の袖の先から見える手長の腕は、筋骨隆々とはまでは言わなくても、脚や腕にしっかりと肉がつき、ドクロのようだった顔もふっくらと丸くなっている。
「だなぁ。手長のアニキ変わりすぎだなぁ」
と言っていつものだらしない顔で笑うのは、足太だった。
「いや、おめぇにいわれたかねぇよ! おめえの方がすげぇだろうが! 何だよその腹!」
といつものごとくの手長のツッコミが入る。
足太にしても、手長と同じように、いやそれ以上に劇的に変化していた。
もともと妙にでかかった足太の足も一回り大きくなったが、それ以上に周りの肉がついた。
骨と見まごう細すぎる腕や足は、プニプニとした肉がついて重力に従って垂れている。
胴回りも立派な丸太のようになっており、まるで小さな相撲取りのような姿にになっていた。
「……え、ちょっと、まって。本当にどうしたの? いや、確かに徐々にふっくらしてきたなって思ってたけど」
「朝起きたらこうよ」
と言って、手長は自慢げに親指を立てた。
(朝起きたらこうよって、まじか……鬼ってすごい)
かな子は色々と目の前の光景がショックだったが、鬼ってすごいの言葉で気にするのは止めることにした。
鬼のことを気にし始めたらかな子はなにも手につかないことになるだろう。今更だ。
「それにしても、やっぱりそれってご飯を食べるようになったからってこと?」
月水金の週3日、手長足太の小鬼とかな子は昼食時に一緒にすることが多くなった。
そうなると、かな子の食べる昼餉を手長足太も食べることになる。
「だろうな! 見た目が弱そうな料理だから期待してなかったんだが、強くなったみてぇだ。オメェの料理、すげえぞ!」
尊敬のキラキラした眼差しで見られてかな子は苦笑いを浮かべた。
自分の料理が料理がすごいというか、ただ単に栄養が足りなかっただけなのではと思ったが、口にはせずに飲み込む。
「というか、私はてっきり、あのひょろっとした姿が、小鬼としてのあるべき姿的なものかと思ってた。もしかして他の鬼達も、ちゃんとご飯を食べたらそんな風になるの?」
「かもしれないねぇ。他の小鬼も、今までのおで達みたいにきっと霞しか口に入れてないだろうし。料理は強くないと食べられないから」
足太の答えにかな子は眉根を寄せた。
「強くないと食べられないってどう言う意味?」
「かな子ちゃんの料理は、弱そうだから食べれるけどぉ、基本的に料理って硬くて刺激がすげくて、おでたちみたいな弱い小鬼は食べれねえよぉ。飲み込めないし、食べた後お腹痛くするし」
足太の言葉に、最初に見た酒捨童子の料理を思い出して色々納得した。
鬼の料理の基本がアレだとしたら、普通は食べられない。黒元ほどの人間離れした大きな鬼なら別だが、子供サイズな彼らにあの料理は辛いだろう。
「つまり、かな子の料理は、弱そうだけど、強かったってことだよな? つええ料理を食べたら強くなる! それが鬼ってもんだ!」
「そ、そうですか……」
自信満々にそう答える手長であるが、料理を強弱で判断する鬼の感覚をかな子はまだ理解できてない。
(料理の強弱ではなくて、普通にご飯を食べたのが良かったってことかな? となると、他のヒョロヒョロの小鬼達も、ちゃんとご飯を食べれば、手長さん達みたいになるのかな……)
そう思いながら、屋敷にいる他の子鬼の姿を思い出す。
みんなして骸骨みたいにガリガリで、顔色も悪くて不健康そうな姿をしていた。
見ているといたたまれない気持ちになる。
「……他のみんなにも、食べてもらえたらいいなぁ」
思わず口にしたつぶやきだったが、手長は首を横に振った。
「いや、今の状態じゃ無理だなぁ。俺たちはあれだけど、屋敷にいる小鬼達はだいたいかな子のこと、嫌いだからな!」
ニカッと牙を見せて笑う手長。
「そ、そんなにはっきり嫌われてるっていわなくてもいいのでは!?」
と声を荒げたが、実際事実は事実。
折り合いが悪いのは確かなのである
かな子はがっくりとうなだれた。
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