第12話対戦相手は『お団子職人』砂かけ婆のお妙②
青葉の昼餉を用意ししっかりと食べてもらったのを見届けたかな子は、昼餉の残り物をお椀や皿に盛って運んでいた
二日前に漬けた大根の浅漬けのぶつ切り。
ネギと桜えびの入っただし巻き卵。人参、大根、ごぼう、程よく味が染み歯ごたえが残るように煮込まれた豚汁。
そしてメインは、甘辛く煮つけた鶏の手羽先。
少し遅いが、今日のかな子の昼食だ。
いつもの使用人用の休憩室に足を向けていたが、途中で立ち止まる。
今までの居たたまれない空気感を思い出したのだ。
結局、かな子は少し迷って、休憩室ではなく屋敷の西側の縁側に腰をおろすことにした。
「うん、まあそんなに仕事に支障もないし、彼らとの良好な関係はあきらめよう」
かな子はすっぱりとあきらめた。思い切りの良さはかな子の美徳の一つである。
気持ちもスッキリしたところで腹ごしらえ。昼餉の準備は終わったが、しばらくしたら夕餉の準備をしなくてはいけない。
かな子はいただきますと言って、昼食に手を出した。
まずは豚汁。個人的には、具をほろほろになるまで煮込んだものが好みだが、歯ごたえがあるものもおいしい。
自分の作った豚汁を口に流し込んで満足そうに息をつくと、甘辛く煮込んだ手羽先に目を向ける。
油の含んだ手羽先の柔らかい肉が、口の中で解けていく。
生姜をアクセントに入れたことで味もしっかりした。
「それにしても、立派な庭園を見ながらの食事なんて、贅沢といえば贅沢よね」
そう言って目の前の庭に目を向ける。
良く整えられた芝生、壁際に生えた立派な松の木は龍のように大きくうねり、他にも椿の木かと思われる低木には、青々とした葉っぱが日に照らされて光り輝くようだった。
他にもかな子の名前の知らない木や植物が陽の光を一身に浴びて茂っていた。
「うーん。絶景!」
なんてことを口にしたちょうどその時、チョキン、チョキンという金属音が聞こえてきた。
続けて声も。
「今日は、おめぇ、松の木を整えるぞ」
「えーそれこの前もやった気がするよ?」
「ばっか! 前はおめえがいなかったから、上の方ができなかったんだよ、ばっか」
声のした方を見れば、肩車をして歩いてくる二匹の小鬼がいた。
肩車の下の小鬼は、困り眉でなんだか気の弱そうな顔をしており、足の部分が妙に大きい。一歩進むごとにドスンドスンと地面が少し響くほど大きく太い足だった。
上に乗っている小鬼は枝切りバサミを持って四方八方に向けてチョキン、チョキンと周りの木の枝や葉っぱを切りそろえていた。そしてその腕がすこぶる長い。おそらくまっすぐ立って腕を垂らしたら地面に着くほどの長さだ。
その二人の鬼をみて、かな子は思い出した。
(あの小鬼達、前に見たことがある。確か、酒捨童子さんとの対決の時、料理を運んでくれた小鬼だ……)
小ぶりな二本のツノ、薄紅色の肌、ジャガイモのような輪郭の顔に、鋭い目。
そして何より、あの妙に長い腕と、妙に大きな足だ。
料理対決の時、完成したハンバーグを運ぶのを手伝ってくれた鬼に間違いない。
「うーん、アニキー。重えよぉ。力がでねぇよぉ。何か食べてえよぉ」
「ばっか! 降ろそうとするな! 高いところが切れねぇだろ! ほらいっぱい空気吸っとけ! それで腹を満たせとけば問題ないだろ」
「霞だけじゃダメだよぉ。……はあ、あのときのさぁ、料理鬼対決の時嗅いだ空気だったら別だけどさぁ……。ああ、思い出すだけで無味の霞が何杯でも吸えるよぉ……ん? なんか想像したら、ちょっと似たような匂いが……」
そう言って、下の小鬼がクンクンと鼻を鳴らし始めた。
鼻を鳴らしながら辺りを見渡す下の小鬼は、縁側で昼餉を食べているかな子に気づいた。
目をパチクリとさせる子鬼と目があって、かな子も目をパチクリさせる。
そして小鬼はかな子の横に置いてある昼餉を見て目を輝かせた
「匂いのもとはあそこからだよぉー!」
満面の笑みでそういうと、下の小鬼は上に乗っていた小鬼の足を支えることを忘れて、かな子の方に向かってドスンドスンと大股で走ってきた。
「は!? おま!? 何言って……うぁあああ」
上の鬼は慣性の法則に煽られて後ろから地面に落下。
いててて、というかわいそうな声が聞こえてきたが、下の鬼はかな子の昼餉に夢中で気づかない。
「にいちゃん、これだヨォ! ここからあの時と似たようなにおいがするヨォ!」
はしゃぐような声で下の鬼がいうと顔をあげた。しかし上にいるはずの兄の姿がなくて目を丸くさせた。
「あれぇ? 手長のにいちゃん、どこいったんだろう?」
「足太おめー、俺を落とすとはどういう領分だ!」
地面に尻餅をついた小鬼、手長は目を釣り上げて怒鳴ると、落とした足太はクリクリとした目をさらに丸くさせた。
「あれ、なんでそこにいるの?」
「おめぇのせいで、落ちたんだろうが! こんにゃろ! あーいててて」
そう言ってどうにか立ち上がった手長が尻をさする。
そしてまだ不思議そうな顔をしている足太の頭を手長はスパンと長い腕で叩いた。
「いてえよ、にいちゃんー」
「うるせぇ! オメーが悪いだよ! 一体オメーは何をいきなり……」
そう言って手長は初めてかな子の方に目を向けた。
そして、むむと眉間にしわを寄せる。
オメーは確か……そう言って怪訝そうな声を出す手長とは反対に、かな子の料理をみてよだれを垂らした足太が惚けた顔をした。
「あにきーこれだよー。よだれが出る匂いだよー」
ウキウキとした声に、再び手長は足太の頭を叩く。
「バッカお前! こいつと関わるなって! 酒捨童子の兄貴に恥かかせたやつだぞ!」
「そんなこといったってぇ……」
じゅるり。そう音を立てて口から溢れるよだれを飲み込む足太。
あまりにももの欲しそうな顔をするのでかな子は思わず口を開いた。
「そんなにお腹空いてるのなら、少し食べてみる?」
「ええ!? いいのぉ!? おで、食べていいのぉ?」
「うん、そんなに量は無いけど、良ければ……」
そう言って、かなこは手羽先の煮物の盛られた器を足太の前に差し出した。
かなこは一本食べたが、皿には残り四本残っている。
よだれの出る香りを感じて、喜色満面の足太は素手で手羽先を掴み上げ、かぶりついた。
「あ、それ骨あるから! 気を付けてね!」
かな子は骨もろとも砕いて食べそうな足太を慌てて止めた。
足太は、ウンウン頷いて、手羽先の柔らかくにられた肉の部分だけ口に含むと、幸せそうに目を細めた。
「ひゅ、ひゅごい!」
口の周りに茶色のたれをべったりつけた足太はそういうと、相当おいしかたったらしく踊るようにしてドスンドスンとステップを踏む。
「おめぇ! なんて奴の料理食べてやがるっ! はけ! 吐き出せ!」
手長は慌てて怒鳴るが、踊る足太はごっくんと喉を鳴らして飲み込んだ。
「だって。これなんかすげえよぉ! にいちゃんも食べてみなよー!」
足太はそう言って、たれのついた手で再び皿に手を伸ばすと手羽先をひょいと掴み、わあわあと抗議の声を上げる手長の口の中につっこんだ。
「おま、何を……ング! ひょんなの、いれひゃって……ん? ムグ、ング」
最初の方はなんやかんやと文句を言っていた手長の口数が減っていき、最後はムグムグと手羽先を咀嚼する音だけになった。
そしてごっくんと飲み込む音がしたかと思うと指を突っ込んで骨だけを取り出した。
「なんじゃこりゃ……」
手長は呆然とした様子で先ほど手の中に吐き出した骨を見ながら、先ほどまで自分の口の中を蹂躙していた衝撃がなんであるかを探る。
「ほら、なんかすっごいよねぇ?」
足太は幸せそうな顔で、手に持っていた手羽先にふたたびかぶりつこうとした。
甘辛い醤油の味と鳥の旨味を堪能するはずだったが―――。
ガチンと歯が音を立てる。今から口の中に頬張ろうとした手羽先が消えたので、空振ったのだ。
目を白黒させて足太が顔を上げると、先ほどまで自分の手の中に会った手羽先は、手長が持っていた。
「ああ! おでの! おでのなのにー!」
と抗議の声を上げて、手長の手の先につままれた手羽先取るためぴょんぴょんと飛び跳ねるが手長の腕の長さに届くはずもない。
手長は一番高いところから自分の口めがけて、手羽先を落として、見事に手羽先は手長の口の中に。
「わあああああ! おでのがー!!!!」
手長がもぐもぐと手羽先を食べるのと見た悲しい足太の絶叫が響く。
あまりの嘆きっぷりにかな子は思わず肩をたたいた。
「ま、まだあるから、元気を出して? ね?」
そう言ってかな子が持つ皿の中には残り二本の照り輝く手羽先があった。
足太は笑顔を浮かべると手羽先をとって、今度こそ取られまいと大きな口に骨ごとむしゃぶった。
「ゆっくり食べてね。あと、骨、間違って噛まないようにね」
ハフハフ美味しそうに食べる足太にかな子は微笑ましいものを見るようにして注意した。
自分が作ったものがおいしそうに食べられてるところを見るのは、かな子の趣味の一つである。なんとも嬉しい気持ちでそれを眺めていたが、鋭い視線を感じて顔を上げると、手長と目があった。
その顔はとても不機嫌そうなものである。
「あ、貴方も食べる……?」
かな子が難しい顔をする手長にそう声をかけると、手長は警戒するようにじりじりとかな子の方に詰め寄った。
「……この料理はなんだ。迫力も皆無だし、刺激もないし、それなのに口の中になんとも言えない感覚が広がる。そしてきわめつけは唯一強そうな素材である骨を食べるなという、なんでだ?」
「いや、だって、骨は硬いし、万が一砕いて喉に刺さったら大変でしょう?」
「大変!? ちょっと喉に骨が刺さるぐらいが料理なんじゃねぇのか!? それが刺激的な料理ってぇもんだろ!?」
手長は目を向いた怒鳴った。
(ええ!? なんで怒ってるの!?)
言葉荒くかな子に訴える手長にかなこが戸惑っていると、手長は怪訝そうな顔で下を向いた。
「けど……おめぇの料理は、後を引くっていうか、また食べたくなる。おめぇの料理のこの感じ……なんなんだ」
「あー、うん。えっと、それ多分『美味しい』ってこと、かな?」
「お、美味しい……!?」
驚愕の表情で目を見開く手長。
かな子は最近慣れてしまった問答に困り笑顔で頷いた。
青葉、黒元、雪目。
かな子の料理を食べるまで彼らは「おいしい」という言葉自体を知らなかった。
小鬼達も例に漏れず初めて聞いた単語だったようだ。
しかしかな子としてはこのやり取りはなんとなく恥ずかしい。
自分が作った料理を食べさせて、それがおいしいってことよ!! と主張する恥ずかしさは何とも言えないものがあった。
「おいしいってすごいねぇ!」
足太は呑気な声でそういうと、残っていた最後の手羽先を口の中に入れた。
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