第6話対戦相手は『氷像料理の鉄人』雪女の雪目①

 かな子がほとんどヤケになりながら青葉の後に続くと、先ほどまでは姿形も見えなかった大きなお屋敷が見えて来た。

 昨日と同じ瓦屋根で木造建築の日本家屋。


「よかった! かな子の料理を食べたら、きっと父上も元気になる!」


 そう言って、かな子の右手を掴んで意気揚々と歩くのは青葉だった。


「けど、私、お医者様というわけではないからなぁ……」


 と自信なく呟くかな子。

 管理栄養士の資格を取っているため、病人食に関する知識もあるにはあるが、あくまで食についてのみ。治療行為は行えない。


 それに相手は、鬼だ。

 人間の常識とは違う可能性もある。

 なにせ、昨日のトゲとコゲだけの豪快すぎる料理を躊躇なく口に入れることができるのだ。


(とは言っても、その料理でお腹を壊してるんだもんね……。胃袋的には人と変わらないのかな)


 そう心の中で考えていたかな子は、青葉に引っ張られるまま屋敷に入る。


 外観通りの内装だった。家の枠組は焦げ茶の木柱、壁はベージュの土壁。大昔の日本家屋そのもの。


 土を平らかにした場所で靴を脱いで、木板の廊下に上がる。

 昨日もその古めかしさやそこから感じる厳かな雰囲気に目を奪われたものだが、今日も慣れない。


 きいきいと音のなる鶯張りに貼られた廊下を渡り、左右とクネクネといくつか曲がったところで、青葉は足を止めた。


「ここが父上の寝所だよ」


 と、青葉が言うとスパンと襖が空いた。


 自動ドアのように突然開いた扉の方に目を向ければ、畳に膝をつけ、まっすぐ伸びた指を綺麗に合わせて頭を下げる日本髪に結わえた女性がいた。

 白地に青い雪の結晶のようなものがたくさん描かれた着物を着ている。


「若様、ようおいでくださいました」

 たおやかな声で挨拶を口にすると、女は頭を上げた。


 白粉を塗った白い肌、切れ長な瞳に、麻呂眉。まぶたには赤いベニを引いて、頬にも同じようにうっすらとベニを差していた。


 日本人形のような白すぎる肌や麻呂眉は、現代の感覚だと違和感があるが、それを差し引いても美人と表現するには十分な容姿である。


 まあ、もちろん、例に漏れず口元に鋭すぎる牙を有しており、彼女が魔性のものであるということはかな子にもわかった。


「雪目、父上の具合はどう?」


 青葉に雪目と呼ばれた女鬼は、青葉の問いに悲しそうに眉尻を下げた。


「未だ本調子ではないようです。またどこからか呪いでももろうたのかもしれませぬ。私の料理もあまり喉を通らないようで……」


 そう言って、雪目は袖で溢れるなみだを拭き取る。


(いや、呪いじゃなくて、昨日の料理のせいだと思うけど……)


 かな子は心の中でそう突っ込んでみたが、口には出せそうになかった。

 なにせ 雪目というあやかしは、本気で心配してシクシクと涙を流しているのだから。


 袖をぬらしていた雪目がふと顔を上げる。

 かな子と目があった。


「おや、そちらの女は?」


 少し警戒するような声色だった。

 彼女の金色の目が、すっと細められる。


「僕の専属料理鬼になってもらったかな子だよ。父上を元気にしてもらうんだ」


「若の専属料理鬼……?そういえば、昨日料理鬼対決があったようですね。私は所用でその場におりませんでしたが、ほう、貴方が……ふーん……」


 そう言って、ジロジロとかな子を舐め回すように見る雪目。

 かな子は居心地の悪さを感じたが、ここで気後れして黙っているのも気が引けて思い切って口を開いた。


「桐生かな子といいます。その、昨日、料理鬼対決?というので、青葉君の専属料理鬼になったみたいで……」


 思い切って口を開けて見たものの、挨拶は歯切れの悪いものになった。


 しかしそれも仕方がない。

 名乗ってる間中、雪目は何か虫けらでも見るかのような冷たい目でかな子を見ているのだ。


「へえ、貴方が、若様の料理鬼ねぇ。いかにも弱そうな面構えをしておりますけれど……我らが鬼族を率いる御屋形様であられる黒元(こくげん)様のご病気を治すことが貴方にできると?」


 不信感を隠さない雪目の鋭い視線とかな子の弱腰の視線がぶつかった。


(え、こわ)


 内心怯えるかな子の語彙力も恐怖で貧弱になりつつある。


「とりあえず、父上の様子を見に行くから、雪目どいて」

「はっ、かしこまりて」

 青葉の言葉に雪目は素直に応じ、器用に手の力で畳の上を体を滑らせて道を開けた。


 青葉はそのまままっすぐ前に進み、かな子も後に続いたが雪目の睨む目が痛い。

 少し畳の上を歩くと、布団の上に寝転がる大鬼、黒元の姿が見えた。


 口の周りには立派な黒いヒゲを蓄えており、頭の上には、かな子の顔ほどもある立派なツノが生えている。

 肌の色は昨日と同じ赤色だったが、今日は今日は昨日にも増して黒みが強く出ており肌色が悪く感じた

 目にも隈のようなものがある。


 そして何より昨日と違うは、その大きさであった。


 昨日はでっぷりとしていて、腹回りに至っては、かな子の5、6倍はあろうかという迫力だった。しかし今はその膨らみがげっそりと削げ落ちていた。


「き、昨日と比べると体型が違いすぎませんか!?」

「人前に出る時、父上はお腹に詰め物をしてるんだ」

「えっ? なんで、詰め物を?」

「ちょっと前から父上はあまり食べ物を食べられなくなってきてて、どんどん細くなってきてたんだ。でも、鬼の長として弱ってるところを見せられないって言って……」

 それで詰め物をして誤魔化してきたのだと、悲しそうに語る青葉。


「ああ、おいたわしやお屋形様。今日に至っては私の料理にも手をつけようともなされないご様子。このままいけば、お屋形様は……」

 そう言って、いつのまにかとなりに来ていた雪目がよよよと泣いた。


「お医者様とかには見せてるの?」

「おいしゃさま……? というのはよくわからないけど、父上の料理鬼の第一席でもある治療師に頼んで生命力をもらってる。そうすると、とりあえずは動けるようにはなるんだけど……いつもすぐに倒れちゃうんだ」

「しかも今日に至っては、今までよりもひどい衰弱ぶり。第一席様に再び来ていただこうとお願いに参りましたが、遠出をされておるようでいらっしゃらず。ああ、それまでお屋形様の体が持てばいいのですが……」

 青葉と雪目がそれぞれ今の窮状を訴える。

 どうやら、こうやって黒元が倒れることは頻繁にあるらしい。


「……もしかして、青葉君のお父さんが倒れるタイミングって、ご飯を食べたあととかかな?」

 かな子が何気なく聞いた問いに、青葉は目を丸くした。


「そうだけど、よくわかったね。かな子お姉さんはやっぱりすごいや」

 青葉の無邪気な返事にかな子は頭がいたくなった。


(つまり、病み上がりにあんな刺激物を口にしてるから倒れてるってことだよね?)

 色々と現状を理解し始めたかな子は、小さなため息を吐いた。


「とりあえず、少しでも体力を回復させよう。そのためには栄養をつけなくちゃいけないから、ご飯を食べてもらわないと。胃に優しいものを私が作る」


「ありがとう、かな子お姉さん! ……昨日は父上がかな子に色々酷いこと言ったのに……」

 そう言って、青葉が感謝を伝えたところで雪目の目が鋭く光った。


「お倒れになったお屋形様の料理は、お屋形様専属料理鬼の第二席を務める私、雪目の務め。よくわからない軟弱者に任せるわけには参りません」

 雪目がそう言ってピシリと背筋を伸ばして、鋭くかな子を睨んでいる。


「けど、今回は雪目の料理も父上は食べなくなったって言ってたじゃないか!」

 ジロッと不満の色を乗せて青葉が指摘すると、分が悪いのか雪目は視線を逸らした。


「それは……。もう少しお休みなられたらきっと御屋形様も……」

「いいや、もうすこしも待っていられないよ! 母上もいなくなって、父上まで何かあったら……僕」

 そう言って、青葉は悲しそうに目を伏せた。


(青葉君のお母さんがいなくなってるって、どういうことだろう……。そういえば昨日も、母親らしい姿はみてない)


 青葉は、美味しいご飯を食べる時はすごく笑顔で食べてくれるが、時折、ほんの時折寂しそうな顔をする。

 そのことがずっと気になっていたかな子だったが、その事情が少し見えてきた。


 寂しそうな顔をした青葉はすぐにキッと顔をあげて雪目を見る。


「父上の体はもう限界だ! 料理はかな子お姉ちゃんに作ってもらう!」

 ピシャリと言い切った青葉を見て、雪目はむすっとしながらも口を閉じた。


 しかし諦めきれないのか、不満そうに眉根を寄せる。


「ならば、料理鬼対決で決着をつけてもらいとうございます。わたしにも料理鬼としての矜持があります故」

 射るような視線がかな子を捉えた。


 そうして、かな子にとって二回目の料理鬼対決が始まったのである。

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