第3話対戦相手は『黒炭料理の達人』大鬼の酒捨童子③
かな子は、ひき肉や細かく刻んだ玉ねぎ、それに薬味などをボールに入れて手で捏ね始めた。
味が均一になるよう丁寧に満遍なく混ぜる。
ボールに手を突っ込んでただ材料を混ぜるという行為をしているかな子に対して、周りからは辛辣な声が届いた。
「地味すぎるぜ! あんなので料理ができるかよ!」
「全く話にならないな。あんなものを若様に差し出すなんて、不敬にもほどがある」
「地味地味地味ー! あんなもの料理じゃねぇ!」
「ころせぇころせぇ!」
謂れのない罵詈雑言が飛んで来るが、かな子はそれを全て無視した。
(料理を作るには必ず下ごしらえが必要。その過程は確かに地味かもしれないけど、地味でいい。その地味で丁寧な作業で美味しいものができるのだから)
かな子の中には、観衆含めた周りの者たちへの怒りしかない。
食材を無駄にして平気でいられるその神経。
あんな小さな子供にあんな陰湿なイジメのようなことをしようとするその愚かさ。
全てがかな子の怒りの琴線に触れている。
その地味な作業にひと段落つけたかな子は、持ってきた荷物の中からカセットコンロを出した。
ホームパティーでコンロを借りれるかわからなかったかな子は、食材と一緒にカセットコンロも持ち込んでいた。
(持ってきていて正解。こんな状況の中でコンロ使いたいなんて言えないし)
かな子はコンロにフライパンを乗せて、火をつけて、油を垂らす。
料理を作る過程はたしかに地味だ。
だけど、料理によっては、調理中ですら人を魅了する場面もある。
例えば今まさにこの時。
成形したハンバーグのタネを、かな子はよく熱されたフライパンに投入した。
―――ジュゥゥウウウ!
響き渡る肉の焼ける音が、罵詈雑言ばかりが行きかう会場に響いた。
「な、なんだ、この音は……!?」
「焼いてる、音!? 焼くだけの料理でこんな音がなることがあるのか!?」
「なんてこった。頭に、ジーンと響いてきやがる」
かな子の近くでヤジを飛ばしていた者達は、ハンバーグを焼く音に敏感に反応した。
そして、気づく。その立ち上る香気に。
「なんだこの匂い! 口からよだれがトマらねぇ!」
「鼻がこの香りを求めて勝手ふんふん動く、だと……!?」
肉が焼ける音と香りが広がっていく。
先ほどまでのかな子に対する罵倒が、小さくなっていた。
観衆は気付き始めたのだ。
そこに、未知のものがあるということに。
しかし。それに気づけたのはまだ一部。
この広い会場で、その未知に気付けたのは運よくかな子の調理する側の観客席に座っている者達のみ。
だが、かな子の一番近くにいるはずの酒捨は、焦げた魚、生臭いウニの殻などの強烈な匂いに囲まれて、かな子の料理が奏でる匂いに気づけない。
彼自身が作る異臭に囲まれて、酒捨は鼻が効かなくなっていた。
「ふん! そのジュージューいう音は悪くないが、それだけだ。なんの面白みもねぇつまらねえ料理だぜ!」
酒捨はそういうと、仕上げとばかりに赤い唐辛子を刻んだり練ったりしたものをお湯で煮込んだだけの赤いスープに、青唐辛子を乗せた。
彼の前に並べられたのは見てるだけでこれは辛いと分かるほど真っ赤に染まったスープのようなものに、青唐辛子がちょこんと乗っただけという実に不気味な料理。
辛みが空気中にも飛んでいるのか、酒捨童子の目が充血している。
そしてその真っ赤な料理の隣には、鮭の黒炭焼き。
酒捨童子の周りには、唐辛子の辛そうな匂いと焦げた魚の臭いがただよっていた。
「さあ、俺の料理は全て完成した! ゴリゴリバリバリくらいついてくれよな!」
酒捨は、やり遂げたような笑顔を浮かべ、まるですでに勝利者であるかのように両手を掲げて料理の完成を宣言した。
観衆は、彼の料理の『強さ』に惜しみない拍手を送る。
そして酒捨の料理は、小鬼の仮装をした給仕によって、青葉とその家族の元へと運ばれたのだった。
ぬめぬめとした艶を放しつつも鋭く尖ったウニの棘、そしてそこから放たれる生くさい匂い。
その下には、まるで岩のように硬くなった黒焦げの鯛。
青い鬼の風体をした給仕はそれを丁寧に、ノコギリでゴリゴリと切り分けると、青葉の前に取り分ける。
目の前に、黒い炭の塊をサーブされた青葉は不満そうに眉根を寄せた。
「続けてこちらは汁物です」
青葉の不満そうな顔に気付かない酒捨が意気揚々とそういうと、先ほどまで火にかけられていた大きな鍋を鬼の仮装をした子供がえっこらえっこらと運ぶ。
その鍋からはゴポゴポと音を立てて泡を吹いていた。
「鮮やかな赤!他の料理との色合いを兼ねて、焼いた赤唐辛子を具材にしました。その名も、「真っ赤な情熱のマリアージュ~二人はアツアツ~」でございます」
料理の説明をする酒捨の顔には自信が満ち溢れていた。
給仕は、鍋からその赤い汁をお玉ですくうと軽く振ってペタッと音を鳴らしてスープ皿に盛っていく。
沸騰させすぎたのか、ほとんど水分が抜けているためドロドロ、というか緩めの赤い泥のようなものに成り果てている。
細かくすり潰された赤唐辛子と荒くすり潰された赤唐辛子、そしてすり潰さないそのままの形の赤唐辛子を一つの鍋にいれ、水を注ぎ沸騰させ、最後の仕上げて青唐辛子をのせた一品である。
汁物と紹介された赤い泥を見た青葉が、真っ赤な料理とは対照的に青い顔をさせたのをみて、かな子は急がねばと最後の仕上げに取り掛かる。
ハンバーグを焼いた後に残る肉汁で作るソース作りだ。
すでに、ある程度の調味は済んでおり、ソースからは醤油の焦げたいい匂いが漂う。
しかしこれで終わりというわけではない。
かな子は自分が持ってきていたマーマレードジャムの蓋を開けると、その中身をフライパンの中に投入した。
そしてヘラでゆっくりと動かして、ソースにジャムを溶かしつける。
隠し味のジャムに含まれる砂糖がソースにとろみをつけて行く。
柑橘系と醤油のソースの相性はよく、ジャムのようによく煮詰められたものはソースにアレンジしやすい。
甘辛く、ほんのりと爽やかな柑橘の香りがかな子の鼻孔をくすぐった。
かな子はよしと火を止めると、すでに皿に盛り付けていたハンバーグに手作りソースをかけて行く。
ソースの色は茶色。
しかし所々にマーマレードジャムに入っていた黄色の果肉が見える。
目で見ても鮮やかなソースが程よく焦げ目のついたハンバーグを彩った。
手早く、ハンバーグと一緒に炒めておいた付け合わせの人参とアスパラを添える。
本当はポテトサラダも作るつもりだったがもう時間がない。
酒捨の料理を食べた後では、かな子の料理を食べても味がわからないだろう。
酒捨の料理を食べたくないと青葉が渋っている今のうちに、かな子の料理を先に食べさせなくてはならない。
「私も料理ができました! 私のを先に食べってください!」
かな子は高らかにそう宣言した。
先ほどまで集中していたのもあって、頬にうっすらと汗がにじむ。
かな子の完成宣言に、酒捨に料理を食べるようせっつかれていた青葉は満面の笑みを見せた。
「かな子お姉さん!」
と喜色いっぱいの青葉の声にかな子は間に合ったとホッと胸をなでおろした。
そして給仕係をしていた小さい鬼の二人が料理を運ぶためにかな子のところにやってきた。
一人は妙に腕の長い小鬼で、もう一人は、妙に足が大きい。
おそらく仮装だろうとかな子は思ったが、それにしても体が骨みたいにガリガリな気がして妙にリアルだ。
やってきた二人の小鬼に首をかしげるかな子の前で、腕が異様に長い者が行儀悪くも舌打ちをしてきた。
「なんだよ。せっかく料理鬼対決の運び手の座をゲットしたっていうのに、こんなツマラネェ料理を運ぶ羽目になるとわよ」
と文句を垂れてきた。
腕が異様に長く、骨のようにガリガリで肌の色を薄い赤色の鬼の仮装をしている子供、にかな子には見えた。
そこにもう一人の、肌を青く塗り、足が異様に大きな鬼の仮装をした子供もかな子の料理をまじまじと見つめる。
「でも、なんかこれ、この匂いなんか、すごくない……?」
そう言って口から盛大によだれを垂らし始めた。
「お、おい!お前、口から何流してんだよ!きったね!」
「わ、わかんないけど……! でも、なんか勝手に! とまらないんだよぉ!」
「なーに言ってんだよ。そんな勝手によだれが出るわけが……ハッ! 俺もよだれが出てる!」
小鬼たち二人は、かな子の料理の近くにいくと勝手によだれが溢れて来るという不思議にわちゃわちゃとあわてだした。
初めて体験する香ばしくて甘辛いソースの匂いに、勝手に口の中のよだれが溢れかえって来たのだ。
(よだれすごいけど……大丈夫かなこの子達。それにまだ小さいけどこのハロウィンパーティーに参加してる親のお子さん? お手伝いしてるのかな)
かな子は料理を運んでくれようとしている二人の小鬼に笑顔を向けた。
「お手伝いありがとう」
かな子がそう言うと、未だに勝手によだれが垂れてくることに戸惑っていた二人はは、「お、おう」と慌てたように頷いた。
◆
鬼の仮装をした二人組は、涎を垂らしながら見事に青葉の前にハンバーグの盛られた皿を運びきった。
「青葉君、ごめんね待たせて。これ、青葉君の好きなハンバーグ。お弁当と違って冷めてないから、もっと美味しいと思うよ」
「わあ!本当に!?ありがとう!」
青葉の心底嬉しそうな顔を見てかな子は嬉しくなった、
しかしそんなかな子の横に大きな影が指す。
「おいおいおいおいおい、順番を間違えてもらっちゃ困るな。俺の料理が先だ」
酒捨が実に面白くなさそうな顔でかな子に絡んできたが、かな子は負けじとキッと睨みつける。
「こんな馬鹿げたものを子供に食べさせるなんて、正気じゃない。あなたの料理……とも言えない何かは下げてもらいますから」
「馬鹿げたものだと……!? てめえよくも!」
酒捨は声を荒げてそう言うと、爬虫類のような三白眼でかな子を見下ろした。
酒捨はゆうに身長155センチのかな子の1.5倍ぐらいはありそうな大男。しかも鬼の仮装をしているというのもあり強面だ。
だが、かな子は怯まない。
ピリピリとお互い譲らないというにらみ合いが続いたがーーー。
「わあ!すっごくいい香りがする!」
というはしゃぐような青葉の声が響いたことで二人のにらみ合いは中断された。
みれば、かな子が運んだハンバーグを前に青葉が満面の笑みを浮かべている。
純粋に喜ぶ青葉の姿を見て酒捨は情けないほどに眉を八の字に下げた。
「坊っちゃま! そんな……!」
とダダ下がりする眉尻以上に情けない声を出して酒捨はいうが、青葉は取り合わずに右手にフォークを持った。
「酒捨も、かな子の料理を食べればきっとわかるよ」
と青葉が言うと、ハンバーグにフォークを沈める。
ジュワ。
切断面からあふれんばかりの肉汁がこぼれるのを見て、青葉は歓声をあげた。
「わあ!なにこれ!お肉の塊を切っただけなのになんか汁ぽいものが出てきた!不思議だね!」
ハンバーグに肉汁が出ただけでこんなに喜でくれる青葉を純粋に可愛く思ったかな子だったが、少しだけ引っかかった。
(不思議……? ただの肉汁だけど、まさか 見るの初めてなのかな。お弁当に持っていくのは冷えているためたしかに肉汁は出ないものだったし……)
そしてかな子の隣にた酒捨ても、青葉のハンバーグをみて首を傾げた。
「た、確かに、ただの肉塊を割っただけで汁が出るのは不思議ですけど……。だ、だからって、別に、それだけだけですぜ、坊っちゃま! おれの料理の迫力に比べたらこんなもの……」
と、ブツブツ文句を言いいながらも、食い入るようにハンバーグを見る酒捨。
(この人までなにってるの? 青葉君も酒捨って人も、肉汁がこぼれるようなアツアツのハンバーグを食べたことないってこと……?)
料理中は怒りで真っ白になっていたかな子の頭が少しだけ冷静になってきた。
視線を下ろすと、ハンバーグを近くで見るため頭と腰を下げている酒捨がいて、ようく頭部を見下ろすことができる。
先ほどまで高い位置にあったので、よくわからなかったが、頭に付いている角みたいなものが妙にリアルだ。
まじまじと酒捨のツノの付け根を見てみるが、頭部から本当にツノが生えているように見える。
(この角、すごく、リアル……)
そう思った瞬間かな子はなにも考えずに、すっと手を伸ばし、酒捨の角を握った。
「おわっ!」
と酒捨ての絶叫とも言える大声を出しながら顔を背ける。
かな子はとっさに手を離した。
そして先ほど信じられないものを触ってしまった感触に戸惑い手をみる。
「お、おま、おま、おまえな、なにをして……!? 突然、ツノを触るとか、破廉恥すぎるだろ!?」
と心なしか顔を赤らめた酒捨がかな子を見たが、かな子は混乱のあまりツノを触った自分の手から目を離せないでいた。
「か、かな子お姉さん、どうしたの? 突然……」
突然の酒捨の大声に、ハンバーグをやっと一口サイズに切れたところだった青葉は、一瞬手を止めて、ぱちくりと瞬きをしてかな子を見た。
青葉の心配そうな声に反射的にかな子は顔を上げた。
「え、いや、その、ものすごくリアルだったから……」
ともごもごとかな子は口にすると、青葉は「リアル?」と言って首を傾げた。
「僕よくわからないけど、角は鬼の大事な部分だから慎重に扱ってあげてね」
と青葉は何事もなかったかのようににっこりほほ笑む。
そしてそのまま何事もなかったかのように、青葉は肉汁滴るハンバーグを口に運ぼうとして……。
「わわわ! ダメですよ! 坊っちゃま! こんな破廉恥女の作った軟弱料理なんか食べたら、弱くなっちまう!」
口に入る直前に、先ほどナイーブなところを触られて真っ赤になっていた酒捨が慌てて青葉の手を止めた。
「酒捨、止めないでよ」
美味しそうなハンバーグを目の前で止められて不満そうな声を出した青葉ぷくーと頬を膨らませる。
「しかし、これは高貴なる大鬼の一族の者が食すにはふさわしいものではありませんよ! ほら! 俺の料理をご覧くだせぇ! あれこそが、鬼の一族に相応しい迫力の『強い』料理というものです!」
酒捨はそう言って、青葉の手で端に追いやられていた黒々とした料理を示した。
「あんなの、嫌だ。僕はかな子の料理が好きなんだ」
「しかしですね……!」
と酒捨と青葉の間で言い合いのようなものが始まったが、かな子はかな子で、どうしようもない胸騒ぎがして戸惑いを隠せずにいた。
(さっきの角、めちゃくちゃ本当に、本当に、リアルだった……。もしかして青葉君のあのターバンの下にも、角があるの、かな……)
そう思った時、青葉が酒捨の制止を振り切って大きく頭を動かし、フォークに刺さったハンバーグに食らいついた。
青葉の試みは功をそうして、ハンバーグを口にほうばることには成功したが、無理な体勢で無理やり首を伸ばした勢いで青葉のターバンが乱れた。
するり。
布の擦れる軽やかな音と共に、ターバンが解けていく。
「あ……!」
かな子は思わず声を上げた。
青葉の頭部、白金の髪の中に時計周りにくるりと回る羊が持つような立派な角が生えていたのだ。
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