第4話対戦相手は『黒炭料理の達人』大鬼の酒捨童子④
かな子が内心慄いていることに気づかない青葉は、そのまま口に含んだハンバーグをハフハフと咀嚼する。
「いつものお弁当のハンバーグも美味しいけど、アツアツなのすっごく美味しいねぇ! 肉を噛むとじゅうってね! なにかが弾けるように溢れてくるよ!」
青葉がニコニコと満面の笑みで、まるで押さえてないとほっぺたが落ちそうだと言わんばかりに頬に手を当ててそう言った。
「青葉坊っちゃま……!」
慌てたように口にする酒捨に青葉は満面の笑みを浮かべた。
「酒捨も食べてみなよ! すごいよ!」
青葉はそういうと、一口サイズに切り分けたハンバーグをあんぐりと口を開けた酒捨の口に放り込んだ。
「ん!?」
突然ハンバーグを放り込まれた酒捨はそう唸って、思わず口を閉じる。
すると自然と中のハンバーグをその鋭い牙で食む形となり、噛むと同時に溢れ出る肉汁に驚愕のあまり目を見開いた。
そして震えながらまたハンバーグを噛みしめる。
ゆっくりと味わうように咀嚼した酒捨は、咀嚼するごとに溢れ出る何かに心を奪われ、身動きができないでいた。
何度も何度も咀嚼し、口の中に広がった肉汁全てを舌で味わった酒捨は、隣のかな子をその獰猛そうな目で見下ろした。
「おい、破廉恥女、これは……どういうことだ……」
地響きのような酒捨の言葉に、青葉の角に釘づけだったかな子はハッと顔を上げる。
「ど、どういうことって……?」
「だから、この、この、この肉の汁から出てくるヤツはなんなんだって聞いてるんんだよッ!?」
そう言ってかな子に酒捨が顔をずいっと近づけた。
「噛めば噛むほど、何か舌の上で特別な何かを感じた。そう、熱さ以外の、痛み以外の何か。塩味だけじゃない。ただの肉の塊に見えるのに、舌の上を踊るこの特別な感覚は、なんなんだ! 鋭い棘の痛みも、思わずむせそうになる苦味もなく! ただただ、この舌の上を蹂躙するこの刺激はなんだ! 飲み込みたくないのに、飲み込みたい、そんな、そんなパラドックスを抱えさせる複雑なハーモニー!これは、一体……なんなんだ!」
脅すように酒捨がかな子に尋ねる。
あまりにも熱が入ってる酒捨を見て、どうしたものかとかな子は青葉を見るが、青葉は再びハンバーグを食べて始めておりご満悦の表情だった。
助けてくれそうにないと判断したかな子は目の前の酒捨の顔を見据える。
「な、何を言いたいのかよくわかってないけど、それが、つまり、美味しいってことじゃないの……?」
かな子は酒捨の疑問にそう答えを与えた。
「オ、オイシイ……?」
始めて聞いた単語、とばかりに酒捨が片言になって聞き返す。
なんか伝わってなさそうなのでかな子は再び口を開いた。
「だから、美味しいっていうのは、美味いっていう……」
「ウマイ?」
再び望遠とした顔で聞き返す酒捨てにかな子は首を傾げた。
(なんで、伝わらないのだろう……)
そして酒捨はハンバーグを頬張る青葉を見る。
「俺も、またあれを食べたい……。このきもちが、ウマイってことか……?」
そう言って、酒捨は何か記憶を手繰り寄せるかのように遠くをみる。
かな子の料理を運ぶ手伝いをしてくれた小鬼達も、とろんとした目でハンバーグを見ていた。
口元からはいまだによだれが垂れている。
青葉が食べるハンバーグを縋るようにみる酒捨。
仮装ではないのかもしれない。本物の鬼なのかもしれない。
そんなことが先ほどからぐるぐるとかな子の頭の中で回っていたが、酒捨の子供じみた態度をみて、かな子は少し冷静になってきた。
「一応、まだ材料はあるし、追加で作りましょうか……?」
なんだかものすごくかわいそうに見えて、かな子が思わずそう声をかけた、のだが―――。
「青葉! なんじゃその軟弱な食べ物は!!!」
という空を割るかのような大きな怒声が響き渡った。
かな子はその声量に思わず、耳を塞ぎ、先ほどまでとろんとした目でハンバーグを見ていた酒捨たちは、びくりと跳ねるように背筋を伸ばす。
先ほどから料理鬼対決のクライマックスにワイワイと騒いでいた観客席にいた者達が一瞬にして静まり返った。
この場にいるほとんどの者達の視線はすべて声のした扉のところに注がれる。そこには、3メートルはあろうかという大男、いや、大鬼が仁王立ちで立っていた。
顔の色はどす黒い赤。頭の角は、ナイフのように鋭く、長い。
突如登場した男は、眉間のしわをこれでもかとめり込ませ、分厚い唇はへの字に曲がり、怒りに燃える目は青葉に注がれている。
しかし当の青葉は、気にした様子もなく、かな子のハンバーグに舌鼓をうっていた。
そんな青葉の態度も癇に障ったのか、大男はどすどすと、それこそ本当に建物を震わせる勢いで踏み進む。
そうして、男は食事を楽しむ青葉の前でたち止まった。
改めてその近くで巨体を目の当たりにしたかな子の額に冷や汗が浮かぶ。
縦にしてかな子の2倍以上、横にしてかな子の5倍はありそうな巨体。
口元にはたっぷりとしたモジャモジャのヒゲを蓄えているが、そのヒゲに囲まれた口からは鋭い牙が見えていた。
(やっぱり、この人達、『人』じゃない……?)
おののくかな子の目の前で、青葉はやっと顔をあげて巨体に視線を向ける。
「父上、これは軟弱な食べ物ではありません!」
青葉の口から漏れるちょっと怒りを含んだ硬質な声を聞いて、かな子は目を丸くする。
(こ、この巨体が、青葉くんのお父さん……!?)
完全にカタギではない風貌。というか、人間ではない風貌だ。
「バカを言え! そんなちんちくりんで、面白みのかけらもなさそうなものが、軟弱でないというのならなんだというのだ! いいか!青葉!料理というのはだな……!」
そう言って青葉の父は、視線を彷徨わせそしてあるものを見つける指をさした。
「料理というのはまさしくこういうものをいうのだぞ!」
そう言って、青葉の父が示したのは、青葉によって脇に置いやられていた酒捨ての料理である。
魚の炭の周りにウニの殻を盛り付けたものだ。
「そんなの痛くて硬くて苦いだけじゃないか!」
と、青葉が尤もなことをいうが、父は聞く耳を持たなかった。
「何をいう! それが強い料理というものだろう!」
と怒鳴った男は、酒捨の料理を皿ごとさらい、
口をうえにむけた大きく開けると流し込むように皿を傾けた。
棘の鋭いウニの殻
そして炭になった鮭。
それらが速やかに男の口の中に入っていく。
男は口の中に酒捨の料理を全て入れると、ガリゴリジャリと、物を食べる時にはならないような鈍い音を響かせて咀嚼する。
一回一回噛むごとに、男の口から赤い液体が漏れ出す。
おそらくウニの殻で口内を傷つけてしまったのだろう。その赤い液体は血だ。
時折見える歯が血で赤く色づいている。
顔は険しい。何か拷問に耐えているかのような、厳しい形相だった。
それもそうだろう。今まさに男は、石のように硬くただただ苦いだけの鯛の炭を、ガリガリと削るようにして歯で噛み締め、鋭いウニの棘によって、口内を傷つけているのだから。
ガリゴリジャリゴリ。
しばらく男の咀嚼する音が静まり返った室内に響き渡る。
滴る血、工事現場で響いていそうな鈍い音。
そして最後にゴックンと男の喉がなる。
酒捨の料理を、咀嚼し嚥下した音だ。
その音を皮切りにして、周りから盛大な歓声が飛ぶ。
「さすがお屋形様だぜ! いい食べっぷりだー!」
「見たかよ、口から溢れ出しそうになってた血をよ! ありゃあ相当刺激がすごかったにちげぇねえや!」
「お屋形様! お屋形様! 鬼の中の鬼!」
「ころせぇころせぇ!」
周りからの賞賛の声をバックに、かな子は体を震わせた。
視界は、いまだに口の周りに自分の血をつけた男に注がれ目をそらすことができない。
最初から少しなんだかおかしいなと、かな子も思っていたのだ。
妙に凝り過ぎてる仮装。
本物にしか思えない頭から生えた角。
周りの異様なテンション。
かな子のことを最初ニンゲンのお姉さんと呼ぶ青葉。
あり得ない料理を自慢げに披露する酒捨。
そしてそのあり得ない料理に賞賛を送る者達。
そして最初に言われた言葉、青葉坊っちゃま専属料理『鬼』対決。
(もしかして、もしかしてだけど、これってハロウィンパーティーとかじゃなくて、本当に、本物の……鬼!?)
そう確信にも近いものを持ち始めたかな子は、腰が抜けてヘタリとお尻を床につけた。
そしてかな子が立てた音を聞いた青葉の父であり、このあやかし屋敷のお屋形様は、ゆっくりと首を動かしてその鋭い視線でかな子を捉えた。
思わず縮みあがりそうになるかな子。
だって、目の前の大男は、人ではない。
バリバリ炭を食べ、棘が刺さるのも気にせずウニの殻を食すものが人間であるはずがない。いや、人間であって欲しくない。
「なんだ、お前は……」
と男から声が漏れる。
鋭く睨まれて目を丸くするかな子の前にかな子を守るかのように青葉が間に立ってくれた。
「僕の専属料理鬼だよ」
かな子を守るように両手を広げた青葉が、自分の父親に向かってそう言い放つ。
父親はピクリと眉を動かして不快そうな顔をした。
「……ちゅーと、この軟弱な料理を作ったんはおぬしか!?」
想像以上の声量に怒鳴られて、かな子は蛇を前にした蛙のように固まった。
「軟弱なんかじゃないよ! むしろ僕を元気にしてくれた強い料理だよ! きっときっとこれで母上だって戻ってきてくれる……! 僕だって強くなれるって知ったら……!」
「母の……白糸の話はするな! あんな勝手に出ていった奴なんか……。だいたいこんな面白味も感じられない料理が、元気にしたなどと愚かしい! これが強い料理な訳あるか!」
そう言って青葉の父は皿にまだ残っていたハンバーグの残りを皿ごとさらって、口に流し込む。
残り物のハンバーグは彼の口と比べると小さ過ぎたのだろう。
咀嚼することなくそのまま飲み込んだ。
「あ! 僕のハンバーグ!」
「なんの強さも感じんぞ! なんの歯ごたえもない! それに味も血の味しかせんわ!」
嘆く青葉に、青葉の父はそう怒鳴った。
(そりゃ、今あなたの口の中ウニの棘で血だらけだからね!? そりゃ血の味しかしないからね!?)
かな子は、心中でツッコんだ。本当は口にしたかったが、さすがのかな子もこの場で突っ込めるほどの度胸はない。
そしてかな子の目の前で青葉とその父親の親子ゲンカが白熱し始めた。
「わしの言う通り酒捨童子を専属料理鬼にせい!」
「いやだよ! あんなの食べたくない! 苦いし!」
「苦いのがなんじゃい! その苦みこそ強さ。それに、こう火をブワーッとやって真っ黒になるのが面白いんじゃろ」
「見る分には確かにちょっと面白いけど、食べるとなると全然楽しくないよ!」
「かー! なんで、お主はわしの気持ちがわからんのじゃ! わしは、お前にいつでも最強の料理を食べてもらいたいだけだというのに! いいか、みておれ、青葉!」
青葉の父はそう言って
再び酒捨の料理に手を取った。
それは酒捨特製の唐辛子のスープ、とは名ばかりの刻んでこなにした唐辛子にお湯を入れただけのもの。
青葉の父はそのお椀ごと手に取ると、慣れた手つきで、真っ赤な唐辛子の水煮を口の中に流し込んんだ。
かな子はそのあまりにもいたそうな光景に自分のことではないというのに顔をしかめた。
だって、いま青葉の父の口内はウニの棘で傷ついている。
血だらけなのだ。
(唐辛子を流し込むなんて……!)
傷にしみる唐辛子の辛味、想像するだけでかな子は痛い。
かな子の心配をよそに、ごくごくごくと、青葉の父は唐辛子を勢いよく飲んでいく。
(普通の人じゃないから平気、なのかな?)
とかな子が思ったあたりで青葉の父はお椀から口を離し、顔を上げた。
顔が赤い。
目が充血している上に、虚ろだった。
そして、唇があり得ないほど真っ赤に腫れ上がっている。
口内の傷に唐辛子がしみているのだろう。
青葉の父はしばらく全身を痙攣してるかのようにプルプルと震わせていたが、ゆっくりとその腫れ上がった唇を動かした。
「よ、よいか、こ、これが、グ、ゲホ……つ、強い、りょ、料理と、いうもの……じゃ……」
青葉の父はそれだけいうと、白目を向いた。
そして……。
ダーーーーン
そのまま後ろに倒れたのだった。
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