第17話対戦相手は『鬼の料理を作りし一族』料理鬼第一席②

かな子は修羅場に立ち会っていた。


「というと、酒捨君は、僕ではなくて彼女の弟子になりたいと言いたいのかな?」

 涼やかな眼差しで、黒元の料理鬼第一席、またの名を『鬼料理の至宝』伊織が言った。


「伊織師匠! すみません! 師匠のおかげで、俺は黒炭料理の第一任者として料理鬼としての自信を持ちました! でも、でも俺の目指してる料理は……カナコー師匠の料理に近いところにある気がするんです! 今日、かな子師匠の作った『出でよ金龍!願いを叶える金龍の滝下り風たまご餡掛け粥』を食べて確信しました」


 酒捨童子は終始頭をさげながらも自分の思いを訴える。


 このやり取りは、伊織とともに部屋を出た少しあとから始まった。

 突然酒捨童子という赤髪の鬼がやってきて、「弟子にしてください!」とかな子に弟子入りを志願したのだ。


 もともと酒捨は伊織の弟子だったらしく、勝手に別の者の弟子になるのは筋が通らないと伊織が言って、小さなお座敷に連れてこられたのだ。


「とは言っても、突然師を変えるなど、義がとおりませんよ」

 と穏やかな声色にどこか冷たさを匂わせて伊織がいう。


 先ほどから、ずっとこんな調子で、伊織は酒捨がかな子を師に仰ぐことを許そうとはしなかった。

 それでも酒捨童子がどうしてもと訴えるのでこの話し合いはかなり長引いてしまっている。


 おそらく伊織がかな子を呼びつけたのは別の要件があるはずなのだが、その要件も未だに聞けずじまいだった。


 かな子はまだまだこれは時間がかかりそうだと小さなため息を吐くと、ちらりと伊織の頭についた紙製のツノを見やる。


(それにしてもまさか、あの時の神主さんが、黒元さんの料理鬼の第一席だったなんて……。私のこと見て見ぬ振りしてくれたのは、伊織さんも、人間であること隠してるから、だよね……?)


 かな子としては、あやかしとしてこの里の料理鬼になってお給金を頂いている身なので、人間であることは秘密にしてもらえることは嬉しい。

 でも、腑に落ちない。


(人間の世界で生きているのだから、この鬼の里にいる鬼達の食生活について疑問を感じてるはず。それなのに、どうして何も口出ししないのだろう……)


 かな子の疑問は、この鬼の里の歪んだ料理観のことだった。

 伊織ならばこの料理観に疑問を抱いてもおかしくないはずなのに何も言わない、どころか鬼ウケする料理、つまり食べられない料理の作成に精を出している節がある。


「……ふう。ここまで言ってもきかないんですね」

「申し訳ありません、伊織師匠」

 伊織がどう言い聞かせても、酒捨はかな子の弟子になりたいのだという。

 伊織はついとかな子の方に視線を向けた。


「貴方に、酒捨殿の師としてふさわしいかどうか確認させていただいてもいいですか。……その間、酒捨君は外に」


 そう言って伊織は酒捨童子を部屋から出ていくように促すと、酒捨童子はしぶしぶ頷いた。

「伊織師匠もきっとカナコー師匠のすごさに気付くはずです。カナコー師匠、頑張ってくだせぇ!」

 酒捨童子は最後にそうかな子を激励してから部屋から退出した。


(と言うか勝手に師匠呼びされてるし、何を頑張れというのだろうか……)

 かな子が何が何だか分からないでいると、伊織から呆れたような視線を感じた。


「どうして、あなたのような無関係の人がこんなところにいるんですか……?」

 疲れたとでも言いたげに伊織はそう言うと大きく息を吐き出す。


「私は、その、青葉君とあの神社の近くの公園であって、それで料理鬼になってほしいって言われて」

「それで料理鬼になるとか、頭大丈夫ですか? あいつら本物のあやかしですよ? 鬼ですよ?」

 呆れをふんだんに含んだ伊織の視線がなんだか痛い。口調も先ほどよりずいぶんと緩いし、バカなの? と暗に言われている気がする。


「わかってますけど、別にそんな悪いものじゃないのかなって、思って……」

 責めているかのうような伊織の口調に萎縮して、かな子はゴニョゴニョと口にした。


「まったく、貴方みたいな人がいるなんて……計画が丸つぶれだ。先ほどの酒捨の話を聞くかぎり、あなたはあやかし達に食事を提供しているようですね。しかも美味しい料理というやつを」


「は、はい。私、その青葉君の専属料理鬼というお仕事につきまして」

「私が白糸探しに奔走している間に、こんなことになっているなんて……。やはり封印が弱まってきている。まさか青葉まで外に出入りできるようになっているとは……」

 と言って伊織が眉間に深い皺を刻みながら、険しい顔で嘆き出した。

 その嘆きはどこかかな子を責めるようなものも感じるが、かな子は訳がわからない。

 訳もわからずなぜか責められているという状況にだんだんと腹が立ってきた。


「わ、私のことをとやかくいってますけど、い、伊織さんだって、ここで料理鬼をしてるじゃないですか! そんなハリボテのツノ付けてまで!」

 と憤慨したかな子は鋭い視線を紙製のツノに向けた。

 伊織はちょっと恥ずかしそうにその角を手で隠す。


「……私には理由がありますから」

「理由?」

 かな子が首をかしげると、伊織は少し考えこむように顔を下に向けたが、改まった様子で座り直して顔をあげた。


「まあ、ここまで関わってしまったので伝えておきます。少し長くなりますがよろしいですか?」


「も、もちろんです。わけもわからずこんな風に言いたい放題言われるなんて嫌ですから」

 ふんと鼻息荒くかな子が言うと伊織は頷いた。


「わかりました。さて、どこから話すべきか。やはり神社の成り立ちがいいでしょうかね。私が神主である封鬼神社は、大昔に大暴れした鬼や妖、魑魅魍魎を封印して奉った神社でして……」


 と言って伊織はここまで経緯について話し始めた。



 ◆



 時は、室町時代にまで遡る。

 鬼やあやかしというものがもっと人の生活に身近にあった時代。

 この世のあらゆる場所で、妖たちは大暴れしていたという。


 時の権力者は、人々の安寧のため妖退治に乗り出した。


 しかし、妖や鬼というものを完全に退治することは難しい。

 例えが体を失っても、魂だけになって生きながらえることができるのだ。

 故に、あやかし退治を任された陰陽師達は、退治ではなく封印という道を選んだ。

 そしてどうにか陰陽師達が、妖達を一気に封印することに成功したのだ

 それが、今いるあやかしの里。

 ここは鬼達を封印した場所だったのである。


 とはいえ封印というのは完璧ではない。


 大量に封印できたその弊害とでもいうべきか、封印されたあやかし達が多すぎて、万一封印したあやかし達が力を合わでもしたら封印が破られてしまう可能性があった。

 陰陽師達は、それを阻止するため、その地から出たくなくなるよう、封印の地をあやかし達にとって非常に居心地のいい場所として作った。


 そして、難点はもう一点。

 封印というものはいつまでも続くものではない。

 いつかはその封印が破られることを陰陽師達は懸念した。

 そこで、伊織の祖先である陰陽師が思いついたのが、あやかしの食事感覚を狂わせることだった。


 あやかしは、そう簡単には滅びない。

 ものを食べずとも、空気中に含まれる霊子を取り込むことで存在できる。

 だが、何も食べないでいると力が弱くなる。

 それは時を重ねるごとに、世代を重ねるごとにどんどん弱くなっていき、そのうち歩くことも喋る事も、ものを考える事もできなくなる。

 例えそこに形があったとしても、何もできぬのなら滅びたのと同じこと。

 大昔の陰陽師はそう考えた。


 そうして伊織の祖先の陰陽師はあやかし達を居心地の良い場所に封じ込めて、長い年月をかけて、料理に関する価値観を変えていったのだ。


 それが、今鬼の里で当たり前の価値観として育っている「料理とは強さ」という価値観だった。


「そ、それじゃあ、あやかしのみんなが、今まで変な料理観を持っていたのは……」

 かな子は伊織から聞いた話を信じられないとばかりに左右に首をふり目を見開く。


「そう、鬼を弱らせ、衰退させるためです。私たちの一族は、この数百年間、世代を変えながらずっと料理鬼の第一席として務めています。それは全てはあやかし達を緩やかに滅びの道へと導くため。料理は強さという価値観を変えないように」

「そ、そんな……!」


 かな子は思わず言葉を失った。


 そんな馬鹿げた話があるだろうかと。

 そんな気の長い計画で滅ぼそうとすることにもちょっと引くし、こんな杜撰そうな計画でオッケー出した当時の人達の正気を疑う。

 しかし、伊織の顔は真剣そのもので冗談には見えない。

 そして、それが真実だとしたらと考えて、かな子の頭に血が上った。


「そんなの、あんまり、ですよ! 青葉君なんて、あんなに小さな男の子なんですよ!? お母さんの痛ましい姿に心を痛めて、強い料理が食べれない自分を責めて……!」


「でも、彼らは鬼です。あやかしです。……すでに結界にほころびが出ていたのは予想外でした。そのせいで、女郎蜘蛛の白糸が現世に行ってしまった。……幸い、被害が出る前に引き戻せましたが……危ないところだったんです」


 伊織のその言葉に嘘はなさそうだった。

 それほど真っ直ぐにかな子を見ていうのだ。


 それに、かな子自身も、あの大きな蜘蛛のあやかしに襲われかけて、その恐ろしさを目の当たりにしたのも大きいだろう。


(あんなものが、もし現世で普通に暴れでもしたら……)


 ゾッっとした。

 今回については、致命的な被害はないとは行った。でも、次が大丈夫であるという保証はない。


「けど……だからって、滅ぶしかないなんて……! しかもそんなやり方で! そんなの、ひどいです!」


「酷くて結構。それが私の一族の務めです。そしてそれは人々が再びあやかしの脅威に晒されないためです」

 そう言われるとかな子は言葉に詰まった。

 たしかに、あやかし達が本来の力を取り戻したらどうなるだろうか。

 かな子の料理を少し食べただけで、手長と足太は随分と姿を変えた。


 あの大きな蜘蛛の姿をした白糸も、弱った状態であの姿なのだ。それがもっと力をつけたらどうなるのだろう。

 しかもすでに結界に亀裂ができている。

 あやかし達が人の世界に降りて、人を襲うようになったら……。


 それにあやかし達が人の世の空気を吸うと理性を失うことがあるという。

 仲が良いと思っている、手長や足太、それに青葉ですら、人を襲う化け物になってしまうのかもしれない


(私、どうしたら……。青葉君達を見捨てて、食べれないような変な料理を作る、しかないの?)


 迷えるかな子に、伊織はさらに口を開く。


「これは、あやかし達のためでもあります。彼らが現世におりて人を襲い始めたら、人とあやかしの間で争いが起きる。それによって傷つくあやかしも出てくる」


「私が料理を作らないことは、あやかし達のためでもあると言うこと、ですか?」

 すがるようにそう確認するかな子に伊織は頷いた。


「そうです。酒捨童子の弟子入りも断ってください。それにおいしい料理は作らないでください。いいえ、そもそも、ここは貴方がきていい場所じゃない。もうこないほうがいいでしょう」

 伊織から冷たい声でそう宣告された。

 かな子はどう答えるべき変わらなくて、ただただ呆然と顔を下に向けていた。

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