第22話エピローグ


「今更ですけど、私、責任を取るとか言ってたのに、今まで通りの週三勤務で大丈夫なんですか?」


 あやかし屋敷の調理台の前に立ったかな子は、隣の伊織に視線を向けてそう尋ねた。


 今日のあやかし達の料理は何を作ろうかと悩む午前中の、調理室での出来事である。


 かな子が青葉の料理人兼あやかし屋敷の料理鬼第一席となった祝いに黒元からとても広い調理室を与えられた。

 今では黒元達大鬼だけでなく、ほかの屋敷に住まうあやかし達にも料理を作るようになった。


「構いません。毎日かな子さんの料理を食べてたら、流石に力をつけすぎてしまうと思うので」

 と言って、伊織は難しい顔で調理台の前の小窓に視線を向ける。


 そこには、小鬼達が追いかけっこで遊んでいた。

 今までガリガリだった彼らは、今ではすっかりふくよかになって元気に駆け回っている。

 ちゃんとした食事をとるようになったあやかし達の体の変化は著しかった。


 手長や足太、黒元の変化を知っているかな子だったが、それでも料理を食べるようになってからというものあやかし屋敷の全員が急激に変化していく様は、信じがたい光景だった。


 お妙婆のシワシワだったはずの肌にはハリと艶が出てきて、パサパサだった髪にも天使の輪っかが現れた。あまりにも輝くので白髪が銀髪に見えるほどだ。

 多少のシワはあるものの、今にもポックリいってしまいそうな老婆であったお妙婆に昔の面影はなく、どこからどう見ても美魔女である。


 酒捨童子に至っても、さらに筋骨隆々な体つきとなり、赤髪もより鮮やかに輝きだした。


 ほかのあやかしも背が高くなったり、ひとまわり大きくなったり、肌の色が変化したりといった塩梅で、変化というかむしろ進化という感じである。

 正直かな子には過去の姿と今の姿が違いすぎて誰が誰だかわからないものもいる。


「確かに、料理食べるようになってからちょっと皆さん元気になったというか、なんというか……」

「あやかし達にとっては、今でも食事は娯楽の一つです。必ず必要というわけではない。長命な分気も長いので、二、三日に一回、料理という楽しみがあるという程度の方が丁度良いのでしょう」

 伊織はそう言ったあと心なしか青ざめた顔で「それに」と続けた。


「毎回彼らを満足させる料理を作るのは至難の技ですから……。流石に毎日作っていたらネタがなくなります」

「確かに……」

 かな子は深く頷いた。

 今でもギリギリのところでなんとなかなっている。


 あやかし達にとって、食事とは今でも娯楽だ。しかも最大級の娯楽。

 彼らにとって面白くも強くもない料理は、意地でも口にしないことは変わらないのだ。


 再びあやかし屋敷の料理鬼となって一ヶ月経過しているが、実は何回か「ちょっとつまらない」とか「弱そう」という意味の分からない烙印をおされて、かな子の料理を受け付けてくれなかったことがある。


 あやかし達は、わがままだった。

 料理に妥協しないのだ。娯楽だからこそ。

 そんなあやかし達に毎日料理を作っていたらそのうちかな子の料理のネタも尽きて、飽きられてしまう恐れがある。

 今でも毎日の献立を考えるのが厳しい。

 ただ、その点については、長年あやかし達と共にいた伊織の存在は大いに助かっている。

 鬼達の喜ぶツボを彼は良くわかっていた。


 伊織とかな子で苦笑いを浮かべていると、ドタドタと大きな足音が聞こえてきた。

 そして、バンとお大きな音を鳴らして扉が開く。


 そこには赤髪の振り乱して慌てたような顔をしている酒捨童子がいた。


「師匠! 料理を作るときは、俺も誘ってくださいといつも言ってるじゃないですか!! おれ、弟子なんですから!」

 そう言って、酒捨童子は大きすぎる体をかがめて入り口をくぐると、牙の生えた白い歯を見せてニカッと笑った。


「あ、ごめんなさい、酒捨童子さん。つい、うっかり」

 と言ってかな子は苦笑いを浮かべる。

 ついうっかりとは言ったが、本当はただ誘ってないだけだ。

 酒捨童子はかな子を師匠と勝手に仰ぎだし、かな子としても今後のことを思って少し料理を教えようと、最初は思っていたのだが……。


(酒捨童子さんがいると、調理台がめちゃくちゃになる上に、料理もたまにダメにするからなぁ……)

 と思いながら遠い目をする。


 酒捨童子の大きすぎる体と大きすぎる手と、力強すぎる腕は、かな子の料理を伝授するには、なんというか、少々厳しかった。

 それに加えて火を使う料理を作る時、嬉々として口から炎を吐き出して火を提供してくれるのだが、火力の調整が難しいらしく大方黒焦げにしてしまう。


 かな子の隣に立っていた伊織が「酒捨君は、鬼ウケのする料理を作る分には、本当に天才だったんですけどね」と小さく呟いた。


 ハハハと思わずかな子から乾いた笑いが出たところで、酒捨童子の後ろにヒョッっこりと銀髪を揺らして顔をだした存在にかな子は目を輝かせる。


「あ! 青葉君! きてくれたの?」

「うん! 母上がね、今日もでざーとがほしいっていってたから伝えにきたんだ。僕も甘いもの大好き!」

 とニパァと柔らかそうな頬を薔薇色に染めて青葉が微笑んだ。

 最初こそ羊の角のような巻角に驚いたかな子だが、今ではそれも青葉のチャームポイントとして可愛らしさの象徴の一つに感じていた。


(なんてかわいさ……尊い。尊すぎる)

 かな子は青葉の果てしない可愛さに悶絶した。


 今の青葉は、出会った頃のガリガリな面影はなく、年相応の子供のような体型だ。

 それに、青葉はお母さんが戻ってきてくれたことで寂しそうな顔は見せなくなった。


「そうなんだー。白糸さんはどんなデザートが食べたいっていってたかな?」

「えーっとね、生クリームを使った甘いものが良いって言ってたよ」


(生クリームか。前、生クリームをちょっと乗せた白玉あんみつをだしたときに気に入ったのかな。もう体調も調子いいみたいだし、ケーキとかシュークリームとか結構重めのものを用意しようかな……)


 と、かな子は献立を考える。

 青葉の母である女郎蜘蛛の白糸は随分と弱っていたが、青葉と黒元の必死の看病とかな子の手料理を食べたことでずいぶんと回復をした。


 まだ、人の世で吸った瘴気が抜けきってなくて部屋にいる時間の方が多いが、日常生活を送る上では問題ないようで、おしゃべりやちょっとした散歩もしているし、食事はしっかり食べてくれる。というか、かなり食べる。


「生クリームね、わかった。生クリームを使ったお菓子を作ってみるね」

「うん! ありがとう! かな子お姉さん! 大好き!」

 青葉の大好きの破壊力にかな子はガクッと打ちのめされようとしたがどうにか堪えた。


 そしてあまりの青葉の笑顔の眩さにかな子は目を細める。

(はぁーかわいい。ありがとうだって! むしろ尊い笑顔を見せてくれこちらこそありがとう!)


 内心大興奮しているかな子を伊織が呆れた目でみた。

 それに気づいたかな子は、首を振る。


「ち、違いますから! 母性! 母性ですから!」

 必死に弁明をしたがその必死さがこそが怪しいのだということにかな子は気づいてない。


 伊織ははあとため息をこぼすと口を開いた。


「とりあえず、料理を作りましょうか。あやかし達みんなお待ちかねみたいですから」

 そう言って、伊織は微かに口元を緩めて笑顔を見せる。


 最初は神経質そうだと感じた伊織の顔だったが、最近はいくらか打ち解けてきたようで笑顔をかな子にも見せてくれる。


 かな子もつられて微笑んだ。


「そうですね。最高に強くて、美味しい料理を作りましょうか」

 とても晴れやかな気持ちでかな子はそう言った。


 青葉と公園で出会って、奇想天外なあやかし達の料理対決に巻き込まれたかな子だったが……。

 今はこの現状をとても気に入っている。




 ◆



 陰陽師に封じられたあやかしの世界で、末永くかな子という料理鬼の物語が語られることになる。

 そして、これからもあやかし達の騒動に巻き込まれたかな子は右往左往することになるのだが、このときのかな子に知る由はない。

「美味しさの伝道師かな子」の物語は、まだ始まったばかりなのである。



Fin

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あやかし屋敷の料理鬼 唐澤和希 @karasawakazuki

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