あやかし屋敷の料理鬼
唐澤和希
第1話対戦相手は『黒炭料理の達人』大鬼の酒捨童子①
桐生かな子は窮地に立たされていた。
目の前には大きな木製の調理台があり、そこにはかな子が買ってきた牛ひき肉のパックや玉ねぎなどの食材や料理道具が並べられている。
ここで料理をしろということだろうかとかな子は首をひねる。
そう、かな子は料理をするためにここにきたのだ。
そこまではいい。
管理栄養士の資格を持つかな子は、以前料理教室の講師などを行なっていたこともあり、人前で料理をすることには慣れている。
だが、今のこんな状況で料理をするのは初めてだった。
料理道具を前に固まるかな子の周りには、奇抜な格好をした者達が段々状になって取り囲んでいる。
頭にはツノをつけ、口からは牙が見え、赤や青といったカラフルな肌の色。
所謂、昔話にでてくる鬼と呼ばれるものに近いだろうか。服装に至っては大体が和服で、たまに何故か半裸のやつもいる。
他にも、頭に白いお皿を乗せ口には嘴のようなものが生えた全身緑色の格好をした者や全身毛でおおわれてるようなものに首が異様に長い和装の女性。
奇抜な恰好に仮装している様子の彼らはかな子を睨むように見下ろし、中にはコロセェコロセェと狂ったように叫んでいる者までいた。
「え、ちょっと待って!? ここにいるみんなのハロウィンにかける情熱、すご過ぎない……!?」
今置かれた現状を冷静に分析したかな子はそう小さく呟いたが、周りの変な仮装をした者達の罵倒で消されていった。
どうしてこんなことになったのか。
かな子は、真っ白になりそうな頭で数日前のことを思い出していた。
◆◆◆◆
緑の葉が茂る5月の暖かい日、小さな神社の近くの公園で最近仲良くなった十歳ぐらいの男の子と一緒にお弁当を食べつつ過ごしていると、その子が真剣な顔でかな子を見上げた。
「ニンゲンのお姉さん、お願いがあるんだけど……」
「お願い……?」
青葉の言葉にかな子は首を傾げた。
お弁当のおかずが口に合わなかったのだろうかと一瞬思ったが、青葉はすでに綺麗にかな子の作ったお弁当を平らげてくれてきる。
「あのね、実はね、僕の誕生日会にニンゲンのお姉さんの料理を出して欲しい。ダメかな?」
浅黒い肌の十歳ぐらいの男の子はそう言って目を潤ませた。
異国情緒あふれる堀の深い顔立ちに、きらりと光る明るいブルーの瞳。
ターバンのようなもので頭部をぐるぐると巻いていて、そこから少しばかりこぼれる髪の色は綺麗な白金色。
まるで物語から出て来た王子様みたいな男の子にこんなふうに頼まれて、断れる女子がいるだろうか、いやいない。
先日、十歳年上の男性相手に手痛い失恋をしたばかりのかな子も、例にもれずころりとときめいた。
(えーやだ、青葉君、本当に可愛い)
この前までは、年下なんてありえなーい、やっぱり男は包容力のある年上男よね!
なんて思っていた先日の誕生日でアラサーの仲間入りをしたかな子の価値観は簡単に崩れ去る。
年下。いいじゃないか。かわいいは正義だ。
でも、だからといってやましい気持ちはない。相手は10歳ぐらいの男の子。
このときめきは母性から来るものだ。
かな子はそう言い聞かせる。
青葉とは、かな子が神社の近くの公園でお弁当を食べているときに出会った。
物欲しそうにかな子の作った弁当を見ていたガリガリの男の子が青葉で、あまりにもじーっとみてくるので、塩昆布を混ぜこんだおにぎりをあげたのがきっかけだ。
それからかな子が就活をしている月、水、金曜日のお昼頃に、公園で一緒にランチをする仲になった。
青葉は家で出される料理は刺激が強すぎて口に合わないようで、常にお腹を空かせていた。
家族仲は良好なようなので、おそらくスパイスなどを使った料理が多いのだろう。
青葉の服装は和服ではあるのだが、浅黒い肌に青い目という風貌からみて異国の血筋の子だということは見て取れた。
国によっては、スパイスをたくさん使う系の料理が家庭料理であることも珍しくない。
スパイスは適量であれば料理を格段に美味しくするが、人によって合う合わないがどうしても出てくる。
青葉には家族に正直に口に合わないことを伝えるべきだと言ってはいるのだが、なかなかうまくいってないようだった。
一方で青葉とのランチはかな子にとっても僥倖だった。
かな子は現在就職活動中だ。
もともとかな子は、とある企業の社員に向け栄養相談の仕事と料理教室の講師の仕事を掛け持ちして生計を立てていた。
しかし、料理教室の講師の仕事の方は、恋愛のいざこざで居づらくなってやめたのである。
というのも、その料理教室のオーナーはかな子の恋人だったのだが、かな子よりも5歳も若い同じ職場で働いていた子と浮気をしていたらしく、その子が妊娠をしたのだ。
ということで、かな子は失恋して、ついでに職場にも居づらくなって辞めたという次第である。
元カレは、かな子が止めると大変だと色々言い訳めいたことを言って引き留めようとしたが、かな子は「うるせぇ黙れ」の一言とビンタで縁を断ち切った。
それについては実にせいせいしており後悔はしてないのだが、これからの生活のことを考えると余裕ぶってはいられない。
もう一つの掛け持ちの仕事である栄養相談員の仕事は週に2日しかないのである。
一人暮らしをしているかな子にとってそれだけでは金銭的にキツイので、新しく働けるところを探しているのだが、なかなか近場でよい仕事先が見つからない。
職安で仕事を探し、食費の節約と気分展開のために夕食の残りを詰め込んだお弁当を公園で一人食べる日々だった。
そこに天使のごとく現れたのが、青葉である。
用意するお弁当が二人分になるが、負担としては一人も二人もそう変わらない。
それになにより一人で食べるよりも、やはり誰かと食べるお弁当の方がおいしい。
それが可愛い子ならなおさらだ。
ただ、青葉がかな子の弁当を美味しい美味しいと食べてくれるのは嬉しかったが、おそらく親の預かり知らぬところで料理を食べさせてしまっている現状だ。
正直なところ、『うちの子に勝手に食べ物あげてどういうつもり!? この変態!』と青葉の親に訴えられてもおかしくない。
(青葉君の家にいけるということは、ご両親と挨拶できるってことだよね? 今までのことも説明できるし、あわよくば今後についてもご了承を頂けるかもしれない。そうしたら堂々と胸を張って青葉君と過ごせる。少し緊張するけど、いい機会かも)
かな子はそう思って頷いた。
「うんわかった。それじゃあ、青葉君のお誕生日会にお邪魔しようかな」
「本当に!? ありがとう! ニンゲンのお姉さん!」
(ふふ、かわいい。でも、ニンゲンのお姉さんという呼び方はどうにかならないかな。確かに私は人間だけども。間違ってはいないけれども)
かな子は青葉にそれとなく言って、かな子お姉さんと呼んでもらえることになった。
両親への挨拶はやっぱり緊張するが、「かな子お姉さん」と呼ぶ青葉の可愛さにかな子はにっこりほほ笑んだ。
そうして、軽い気持ちで引き受けたことをかな子は後でひどく後悔することになるのである。
◆◆◆◆◆
あの時どうしてもっと確認しなかったのだろうか。
青葉君の誕生日パーティーにお邪魔するつもりが、ハロウィンパーティーだったなんて、かな子に知る由もない。
そして自分が来ている場違いな紺のワンピースを見下ろす。
このワンピースは3年ほど前に『ちょっとしたパーティーでも着られる』という謳い文句につられて、パーティーにいく予定なんてなかったのに買ってみた服だ。
本日3年越しの初お目見えだったのだが、ハロウィンパーティーだとしたらこのワンピースは場違い以外の何者でもない。
青葉の誕生日にちょっと料理をするだけだという認識だった。
料理するときはエプロンを着ればいいし、ご両親とあいさつすることを考えて、きれいめな見た目をした方がいいだろうと踏んで選んだこのワンピースが憎らしい。
だって、周りの人たちは本気で仮装している。
かな子一人だけおしゃれしてしまった痛い女である。
長い黒髪も、浮かれて毛先だけ少々巻いてしまった。
周りがなぜかかな子に敵意むき出しなのは、ドレスコードを守っていないからだろう。
けど、誰が誕生日会だと言われて誘われたパーティーがハロウインパーティーだったなんて予想できよう。
だって、何も言われてない。ドレスコードのお知らせもなかった。
それに今は5月。
かな子の記憶では、ハロウィンと言えば10月。
イベントを大いに楽しむリア充達が、こんなに前からハロウィンに備えていたなんて。
かな子はリア充達のハロウィンにかける情熱を甘くみていたのだと、強く後悔した。
「静粛に~!」
というしわがれた声が響く。
声のした方に視線を向ければ、顎の下にタップリと白いひげを蓄えたひょろりとした赤い鬼の仮装をしている老人がいる。
老人は手に持っていた木槌を机にカンカンカンと打ち鳴らした。
先ほどまで、かな子の服装がハロウィンらしからぬことで怒りを覚えていたと思われる仮装をした者達が瞬時に口を閉じる。
その老人のいる場所の近くの席には青葉が座っていた。
頭にはいつものようにターバンのような白い布を巻いており、紺の袴に青空色の羽織を掛けていた。
かな子と目が合うと、青葉は無垢な笑顔を顔いっぱいに浮かべてひらひらと手を振った。
可愛い。
とても癒される。
それは確かなのだが、かな子を何の事前の言伝もなく本気の和風ハロウィンパーティーに陥れたのも彼の無垢で純粋な笑顔だと思うと、なんとも微妙な気持ちになった。
(まあ、まだ子供だし。ドレスコードとか、分からなかったのかもしれないけど……それにしても、青葉君がいる席、なんかすごいな。この部屋自体も異様に広いし、青葉君って結構いいところのお坊ちゃんなのか)
かな子はそう思いながら、青葉がいるVIP席のように小高いところに据えられた場所を見上げ、周りを見渡した。
全てにおいて木造ではあるようだが、ところどころ赤や金に彩られた柱はとても優美なものであり、天井近くには色鮮やかな絵がしたためられた掛け軸がずらりと並んでいる。
そしてその天井と言うのがものすごく高く、かな子を囲うように集まっている仮装した人達のこともあり、まるでどこかのコンサートホールのようだと思った。
「それでは、これより第32回青葉坊っちゃま専属の料理鬼対決を行う!」
家の内装をしげしげと見ていたかな子の耳に、予想していなかった言葉が聞こえてきた。
(青葉坊っちゃま専属料理鬼対決……? なにそれ……。鬼? ていうかもしかして対決するのって私……?)
目の前には料理をするために用意されたであろう台。
食材も買ってきている。
それに、さっきから微妙に気になっていたのだが、その料理台は少し離れた場所にこちらに向き合うような形でもう一つあるのだ。
「我らが期待の料理鬼! あの有名な酒呑童子様の子孫! 彼の迫力の料理は見るものを魅了するぞ!
老人から思いのほかに軽快な声が漏れ、かな子の場所の反対側の襖がパンと音を立てて開いた。
時代劇で見た事がある肩のところを尖らしたような形の赤い
髪の色も着物に負けずに真っ赤で、肌の色は象牙色。
周りの仮装してる者達の例に漏れず頭に大きな二本の角をつけていた。
長いズボンの裾を引きずるようにして、前に進む。かな子をにらみながら。
先ほどまでかな子に罵声をあびせていたものたちから、囃し立てるような声が聞こえてくる。
「酒捨さまー! 素敵ー!」
「お前の料理を見せてクレェー!」
「黒炭料理の第一人者の登場だ! フォーーーウ!」
「ころせぇ! ころせぇ!」
どうやらかなりの人気者のようだ。
固まるかな子を見て酒捨童子は、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「見た目からして雑魚の匂いしかねぇ。角も小さすぎて見えねぇじゃねえか。その貧相な角で、どうやって青葉坊っちゃまをたぶらかしたかしらねぇが、現実ってやつを教えてやるよ!」
酒捨はそういうと、ふんと偉そうに鼻を鳴らして腕を組んだところで銅鑼の音が響いた。
「料理開始じゃ!」
そうして老人の軽快な声で、青葉坊ちゃま専属料理鬼対決の火ぶたが切って落とされたのだった。
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