第28話
—ゴール地点(休憩地点)—
僕たちは三番目に到着したようだが、課題のキュアリーフを確認してもらい問題がなかったので、その到着順位が僕たちの成績となった。
ちなみに王子たちのパーティーが一位でクガーナのパーティーが二位だ。
王子たちが不正しているのが分かっているから、取り巻きのクガーナたちまで疑ってしまうよ。
「はい、次はクライくんね」
「マイン先生、僕は大丈夫ですから」
「ダメよ」
今回の遠征には保健室のマイン先生も付き添っていた。
マイン先生はゴール地点の簡易テントの中で待機していて、課題を終えて戻ってきた生徒たちの健康状態をチェックしているんだ。
虫に刺されたり怪我を負ったり体調を崩した生徒がいれば治療の必要があるからだ。
でも僕の場合は自分で治療できてしまうから本当に必要がないのだが、
「マイン先生……?」
マイン先生が僕の身体をぺたぺたと触ったかと思えば、
「クライくんはどこも悪いところがないようですから……ハグして終わりです」
突然、両手を広げて抱きついてくる。
「ありがとうございます……って、え? マイン先生。それはまずいですって」
マイン先生の動きは緩やかなので避けようと思えば避けれたんだけど、大したことないように話してくるから、ついそれに応えてしまった。
でもすぐにハッとする。先に診察を終えたはずのルイセ様たちがこのテントの中をこっそり覗き込んでいるからだ。
それに絶倫スキルもまずい。絶倫スキルは僕たちにとってすごく優秀でいつも助けられているスキルなのだが、こういう時はちょっと困る。
先ほど処理してもらったばかりなのに僕の一部がもう反応している。
マイン先生にはすぐにバレてしまったと思うけど、何事もなかったようにマイン先生の両肩に手を添えてその身体をゆっくりと引き離してみる、のだが……
「ダメ」
抱きついたマイン先生が腕に力を入れて離れてくれない。
——おかしいな。こんな反応初めて。いつものマイン先生とは違うような……
必死というか、なんだろう余裕がないように感じるのだ。
「待ってもう少しこのままで、お願い」
——やはり……。いつもの先生と様子が違う。
「えっと、マイン先生? 何やら事情があるようにみえるのですが、僕でよければ相談に乗りますよ?」
「……」
マイン先生は迷っているのだろう。それでも、しばらくするとこくりと頷いてくれた。
「マイン先生?」
頷いてくれたけど、マイン先生は抱きつく腕に力を入れていて離れてくれる様子がない。
仕方がないので、このまま話してもらうことにする。
しかし、話を聞こうとしている僕の一部が反応しているのは気恥ずかしい。
なので、少しでもマイン先生に触れないように、腰を少し引いてみるが、少し引いたくらいではマイン先生から離すことができなかった。
気まずいと思いつつも、僕は諦めてそのまま耳を傾ける。
「実はね……」
ようやく話し出したマイン先生によると、つい先ほど、皆と同じように王子の診察をしたらしいが、その時に、私の妾(女)になれと迫られたそうだ。
——なるほどね。
アイナたちも覗いていたようで、本当だと影話がきた。
レイナなんて、マインのお胸、もみもみしてたクズ王子、ゲス王子、もげればいいとか、いっその事もいどく? とか物騒な言葉が次々と出てくるくらい嫌悪感を顕にしていた。
マイン先生は綺麗な美人さんでお胸も大きいからな……そうか、お胸が大きいから。しかも胸まで揉んで……
マイン先生、そのことに触れないけどなんか腹が立ってきた。
まあ、王族がそう望めば、平民のマイン先生ではよほどの理由がない限り決まったも同然。普通ならば断れない。というか評判が良く容姿も優れている王子の妾ならば泣いて喜ぶ案件だろう。
特に平民にとっては夢物語のような(白馬の王子様的な)展開。
しかし、そんことを望んでいないマイン先生にとっては苦痛でしかなく、咄嗟に貴族の婚約者がいると事実でないことを告げその場を乗り切ったそうだ。
これは学園に勤めていて貴族子女との交流があったからこそ咄嗟に出てきた言葉。
いくら平民でも貴族との間で婚約関係にあれば王族とはいえど簡単に手を出すことができない。
その時の王子は、それなら仕方ないねと素直に引き下がったらしいけど、出て行く際に向けられた笑顔が、マイン先生にとってはとても恐ろしく感じたそうだ。
マイン先生の言葉どおり、気持ち悪くねちっこい笑みだったとレイナとアンナも言っているので先生のその感覚はあながち間違っていないのだろう。
「そういうことでしたか。王子には困ったものですね。
マイン先生にはいつもお世話になっていますし、僕でよければいくらでも力になりますよ」
僕の胸に頭を押しつけて俯いているからマイン先生の表情は分からないが、マイン先生は平民で貴族のようなしがらみはない。
両親には事後報告になるけど、事情を話せばきっと分かってくれるはず。
それに1番は王子のゲスっぽいやり方が僕は気に入らない。
——アンナ、レイナ、トワ……悪いけど。
常に影話を繋いでいる彼女たちからも反対の意見はなかった……
だけど、いつもの行為については一言あり、今後もよほどの理由がない限りは、今までと同じく、みんなで一緒にすることと念を押された。
マイン先生とそんな関係になるかも分からないのに気が早い彼女たち。ちょっと笑っちゃったよ。
——しかし……
あの王子は、外面が良く皆からの評判もいいが、なんてことはない。
裏の顔は真っ黒。自分の思い通りにならなければ気がすまないクソ王子だからね。
これはトワの件を含めて色々とお世話になった、いや、今もだけど、だからそのような結論に至っているわけなんだけど。
というのもトワは一度王子の手のものに狙われている。
闇ギルドではなかったが、王子の従者の兄弟がスラムの素行の悪い少年少女たちにトワを攫うように依頼したのだ。
その少年少女たちは学園の制服を着て人目を誤魔化し侵入してくると、僕たちが寮に戻る時に襲ってきた。
もちろん軽く返り討ちにしてやったが。
襲ってきた少年少女から監視していた従者の兄弟(食材を運ぶ業者に扮していた)を締め上げ、王子直属の従者(王城に居た)をこっそり拉致。
魔眼を使って情報を一つ一つ抜いていけば簡単に王子に辿り着いたというわけだ。
僕たち相手に素人を差し向けるなんて、お粗末すぎるよね。
一応、そいつらは師匠に引き渡したけど、魔眼の効果が効き過ぎて、僕への態度が一変。好意的になってしまったのはちょっと反省しないといけない。
情報を抜く僅かな時間しか使ってないのに、男女問わず、やたらと僕に気に入られようとしてくるようになったんだ。
師匠は呆れていたけど、後のことは任せろと言ってもらえたので遠慮なくお願いした。
そんな王子だがら、簡単に手を引くとは思えなかった。
逆に私の誘いを断った愚かな女だと必要以上に執着するかもしれない。トワの時のように。
一応、今回のことを報告するついでに二度目は手加減できないと師匠に伝えておこうかな。
師匠の呆れ顔が目に浮かぶが、師匠なら今回のことも陛下に伝えるだろうし、仮に師匠が動けなくても状況確認のために部下を使うくらいはするだろう。
「本当、信じてくれるの!」
あの王子、やはり外面はいいようだ。マイン先生は僕から信じてもらえないとでも思っていたのだろう。
マイン先生は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにとてもうれしそうな顔に変わった。
そうだった、マイン先生は、僕に対する好感度は何故かMAXなのだ。
上限を軽く突破しているアンナとレイナとトワを除けば学園で1番高い。
廊下でたまにすれ違えばお茶に誘われ、次の日、お茶のお礼にと保健室までお茶菓子を届ければ、そのままお茶をいただくことになったりもした。
僕だけではなく、トワやお茶菓子を作ったアンナやレイナだって一緒にいたのに、なぜここまで高くなったんだよね。
——だからこそ僕に相談してくれたと考えれば結果的にはよかったのかもしれないか……
「もちろんですよ。僕はマイン先生のことを信じていますので」
「クライくん、あなたって子は、うれしい。でも、先生は22歳でクライくんよりも歳上なのは知ってるよね、それでも婚約してくれるの?」
「えっと、はい」
王子が諦めるだろうと思われる期間。つまり王子と僕がこの学園を卒業するまでの間、僕がマイン先生と婚約して王子から守ると提案した。
もちろん好きな人が出来たらすぐに破棄することもね。
好感度がいくら高くても下がることもあるんだ。
僕は今のところ見たことないけど、夢の中の男がそんなこと言ってた。すると、
「そっか。でも、クライくんたちが卒業する3年後だと先生は25歳になっているわ。
もう貰い手なんていないから、そのままクライくんが先生を貰ってくれるとうれしいのだけれど……ダメかな?」
少しホッとした部分もあるのだろう。いつもの調子に戻ってきたマイン先生が、両手を合わせて明るくそんなことを言った。
マイン先生は綺麗な人だけどお茶目さんだから可愛いんだよね。
でもね、僕にはすでにアンナやレイナやトワがいる。
それに、まだ増えるかもしれない(卒業後、男爵位を賜ることが決まっているから正室を迎え入れる可能性がある。でも今はまだ話せない)。
他にも、平民は貴族と違って一夫一妻の家庭の方が多いから、先生には辛いんじゃないかなと思っていることを正直に伝えた。
「うーん。私は多分大丈夫、それに私はやっぱりクライくんがいいな。実は一目惚れなのよ……
お相手がまだまだ増えることについては(勘違いされている)、それだけクライくんが魅力的なわけだし、私もその気持ちがよく分かるから、逆に仲良くしたいと思うのよ。
あ、でも、たまにでいいから私の相手も忘れずにしてほしいかな……なんて」
そう言ってからバチリっとウィンクするマイン先生。カラ元気ってわけでもなさそう。本当に大丈夫そうだけど、一目惚れだったのか。だから好感度もぐんぐん上がっていっていたのか。
「そ、そうですか……」
そこまで正直に話してくれたマイン先生だからこそ、絶倫スキルについて話しておいた方がいいと思ってしまった。
絶倫スキルに対する世間一般的な認識は悪い印象しかないのだから。
保持していれば軽蔑されることの方が多い。
聞いてなかったと後で悲しませるよりは、早めに言っておいた方が傷が浅いだろうと思ったのだ。
ただ一つ懸念があるとすればルイセ様たちがまだ覗いているということ。
マイン先生は気づいていないようだけど、もう時間もないし、ここはしょうがないと諦めよう。
そもそも高位貴族であるルイセ様たちは身分が違う。
それに僕は特殊な業務に就いているから、最悪嫌われることになったとしても影響は少ないだろう。
「えっと、非常に言いにくいのですが、僕は……絶倫スキル持ちなんですよ」
マイン先生の顔色を窺いながら言葉にしてみたが、マイン先生の好感度に変化はない。
ならばと思い僕の性事情も軽く伝えておく。
「……だから夜はたまにではなく毎日凄いことになります。逆に初めは身体が辛いかなと……あはは」
そう言うことだったのねと一人納得した様子のマイン先生の視線が僕の一部に向けられる。
それからすぐににこりと笑顔を向けられた。
「ふふ。それなら何も問題ないわね。私も頑張るわ。あ、でも私は経験がないから初めは手加減してほしいかな」
遠征中なので婚約の証となるものはないが、婚約魔法(エンゲージ)だけでもつかっておこうか。
王子に勘づかれる前に打てる手は打っておきたいのだ。
「はい。これでもう大丈夫です」
これでマイン先生の左手の薬指に小さなハートの魔法印がついている筈だ。
普段は見えないが魔力を込めた時だけ浮かび上がる。なかなか可愛らしい魔法印。
これは聖職者が扱う魔法だが、回復魔法を鍛えていたら僕も使えるようになったのだ。
もちろん僕がこの魔法を使えるようになってすぐにアンナとレイナとトワにも使っている。
闇影の刻印が入った指輪を左手の薬指に嵌めているが、その下にはエンゲージ(小さなハート)の印がしっかりとあり、魔力を込めれば指輪の上に浮かんで見えるから何気にすごい。
これで僕の薬指には3つだった魔法印が4つになってしまったが。これでいい。
ちなみに婚約魔法(エンゲージ)は夢の中の男の記憶にない魔法だった。
「ありがとうクライくん」
左手の薬指の表面に浮かぶハート印をうっとりとした瞳で見つめるマイン先生。
マイン先生がうれしそうにしてくれるから僕までうれしくなるが……
——そろそろか。
「マイン先生、僕は行きますね」
簡易テントに近づいてくる気配があるので僕は慌てて外に出た。
「ふぅ」
間一髪。課題を終えた他の生徒たちが僕と入れ違いに中へと入って行く。
僕はすぐにその場(簡易テント)から離れた。
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