第22話

 僕が入学して一週間が経った。初日に登校していなかったリーディアとマリアは翌日にはちゃんと登校してきた。


 やはりというか、これもゲームの出来事の通りだったのでいよいよ僕も覚悟を決めないといけない。まだ心のどこかで、たまたま偶然が重なっただけだと思いたい、いや思い込もうとしていたのだ。


 僕がそう思いたかった理由はある。


 それは邪竜が必ず復活してしまうことだ。それだけじゃない、復活の余波で各地にあるダンジョンから溢れ出した魔物によって滅びてしまう街や村だってたくさんある。


 ルートによってはパーティーに加入していないヒロインに不幸が訪れ好感度がまったく上がらなくなったりもする。


 そのような先に起こる出来事を自分だけが知っているということが思いの外心の負担に感じていた。


 だから僕は、これからは邪竜に絶大な効果を発揮する竜の紋章を持つ王子を影からでもサポートした方がいいかもしれないと思ったわけだが、僕の心情としてはやりたくないというのが本音だ。


 というのも、その日、リーディアはゲームの中での出来事(イベント)通りにパジャマ姿のまま2体の召喚魔人に引きずられ登校してきた。ベッドから起きようしないリーディアに原因がある。


 もちろん、クラスのみんなは驚きちょっとした騒ぎになったが、でもこのシーンはゲームでいうところのチュートリアルにあたり、王子(主人公)が、制服に着替えてくるよう優しい言葉(一択しかない選択肢を選ぶ)をかけてあげることで、全ヒロインの好感度が少し上がる。こういうことやってヒロインの好感度を少しずつ上げていきましょうというものだった。


 それが現実のこの世界では、どのようになるかというと、実際に王子はその様な行動をとり騒ぎを収めていた。そこまではいい。でも彼のその行動はヒロインだけじゃなく、クラスの貴族令嬢や平民の一般女子にまで好印象を与えていた様なのだ。


 もともと眉目秀麗で女性から騒がれていた王子。その日から、王子は女子生徒から常に囲まれるようになり、王子もそれに満更でもない顔で過ごしたかと思えば、さらにその次の日には、王子の方から女子生徒に声をかける姿をよく見かけるようになった。


 それが男子生徒にも同じように声をかけているのなら身分関係なく親睦を深めたいだけなのだろうと思うことができたのだが……どうもそんな感じではない。


 ただそんな状況にはなっているが、王子の周囲にヒロインたちの姿はまだない。可能性としては入学したばかりで好感度が低いからなのだろうが、明らかにヒロインよりも周囲に群がる貴族令嬢と楽しく会話をしているので、先のことを考えると少し不安が残る。


 王子は品行方正で立派な方だと聞いていたのに。王宮で締め付けられていた反動なのだろうか? そう思いたくなるくらい王子に対する印象が僕の中で変わっていたのだ。悪い方に。


 そして、王子は、なぜか僕の側で控えていたトワにまで声をかけてきた。僕の専属メイド兼従者だと知っているはずなのに。


「君(トワ)もこちらで僕や彼女たちと交流を深めないか」と僕と見て鼻で笑い、次に周りに侍らせている女子生徒たちへと笑顔を向け、最後に女性ならば誰もが惚れそうな最高の笑顔をトワに向けてきたのだ。僕としては面白くなく、かなり腹立たしい出来事。


 でもトワは僕の従者だからお側を離れる訳にはいきません、とハッキリと否定してくれた。僕にとっては何よりもうれしい言葉。腹立たしかった気持ちもどこかに吹き飛んだ。


 ただ王子にはそれが気に入らなかったらしく、それからというもの、王子が僕に向けてくる視線には、侮蔑と共に悪意を感じるようになった。


 王子本人は隠せてるつもりかもしれないが僕にとっては素人も同然、その程度感じ取れなくて影の名を名乗ることなどできはしないし、トワもたぶん気付いている。それほどお粗末だった。


 だから他の女子生徒には肩や腰に手を回している姿をよく見かけるが、トワがそういったことをされた訳じゃないから、今のところどうこうするつもりはないけど。


 ただ、こんなことが何度も繰り返されるとトワ自身が王子に心変わりしないか少し気がかりになった。


 ゲームでのトワには好感度はなかったが展開によっては、王子の仲間になるサブキャラだったから……


 さらにその時は(マルク皇子が遅れていたから)授業という授業がなく親睦を深めるための時間に当てられていたから余計にそんなことを考えてしまっていた。


 そんな心配ばかりしていたからだろうか、僕にもよく分からないが、僕の魔眼が突然進化した、のだと思っている。


 というのも、突然右目(魔眼)にチクリとした軽い痛み走り、痛みがひいた時には男性、女性関係なく僕に対する好感度が右目の魔眼を通して分かるようになっていたのだ。


 これは魔眼を発動していなくても右目で相手の眼を捉えるだけでその効果を発揮し、魔眼発動とは関係ないから当然に魔力の消費もない。しかも、意識すれば好感度を見えなくすることもできる。


 この効果は自分の敵か味方かを判断する材料の一つとして使えそうなので、このタイミングで進化してくれて非常に助かったと思う。


 ちなみにトワの僕に対する好感度は限界突破(200)と表示されていて(アンナやレイナも同じく限界突破だった)不安が杞憂に終わってホッとしたうれしさから、その夜は朝まで仲良くしてしまったことは言うまでもない。


 ついでに言えばリーディアとマリア、平民の男子生徒と女子生徒、それに先生たちの好感度が0。僕が思うに、たぶん0が普通なのだろう。


 そして、予想通りというかなんというか、思わず笑ってしまったけど、僕に侮蔑まじりの視線や卑下た笑いを向けてくるようになった王子とその取り巻きの貴族、令息や令嬢は多少の違いはあれど軒並みマイナス表示だった。

 そう、これが王子をサポートしたくない理由だ。


 ただルイセが60でセシリアが61もあったことには驚いた。

 通常では100がMAX。しかもゲームの世界では、好感度が50に至るまでの変動が激しく上がりづらくなっていて、その分50を超えると逆に下がりづらくなるというものだった。これが今後どう影響してくるのか少し心配。


 あと、廊下ですれ違ったマイン先生が80と表示されていてびっくり。思わず二度見してしまってマイン先生に笑われてしまった。

そして、なぜか笑われた後なのに81に、なぜ増えたのだろう。


 そして入学式から一週間が経ったら本日、マルク皇子が二人の従者を連れて登校してきた。


 これもゲーム通りであり驚くことはなかったが、マルク皇子は僕が思っていたよりも線が細く中性的な美少年。従者の二人もそうだ。

 ゲームでのマルク皇子は最初から強かったが、この現実世界のマルク皇子にも当てはまりそうだ。立ち姿に隙がない。


 そんなマルク皇子たちは遅れたことを詫びると残っていた中央の席に座った。


 それから空席のない教室内を満足そうに見渡したロベルト先生が口を開く。


「これでクラメイトが揃ったわけだがき……ふむ。早速授業を始めるというのも味気ないか。

 よし、では今日は敷地内にある施設を見て回ることにしようか。ちょっとした仕掛けがあるから親睦を深めるにはちょうどいいだろう」


 そう言ってから六人ずつのグループを作るように先生が指示された。このクラスは30人なのでちょうど五班に分かれることができる。


「みんな早速班に分かれようではないか」


 先生の指示を引き継ぐように立ち上がった王子がクラスのみんなに声をかける。

 当然王子の周りに女子生徒がすぐに群がり、騒がしくなったが、「班は別でも一緒に行動するつもりだから安心して」というような王子の声が聞こえてからはわりとスムーズに班が決まった。


 王子と王子の護衛一人に貴族令嬢4人の班。


 王子の護衛2人にヒロイン4人の班。


 貴族男子4人、貴族女子2人の班


 平民男子3人と平民女子3人の班。


 僕とトワとぽつんと孤立していた平民でメガネをかけた地味目の女子生徒とマルク皇子にその従者2人の班。


「俺はマルク。こっちが俺の従者でもあり護衛騎士でもあるセシルとキーンだ。家名はあるがこの学園では身分は関係ないのだろ?」


「はい。そのようになってます」


「ならば問題ないな。これからよろしく頼む」


「はい。こちらこそ。名乗り遅れましたが、僕はクライと言います。こちらが僕の従者でもあるトワ。それで……君はたしかリンだったよね」


 そう言ってから僕が平民の女子生徒に視線を向けると、その女子生徒が驚いた表情をした後に何度もこくこくと頷く。僕が名前を覚えていたことに驚いたのだろう。

 普通の貴族は平民の名前なんて覚えることはないのだから。

 

 その理由はアンナたちの存在にある。アンナたちは平民だが、僕にとってアンナたちはすでに家族も同然だと思っているからね。


 だから僕は相手が平民だからと言って態度を変えたり名前を憶えなかったりするつもりはないのだ。


 それから僕は再び視線をマルク皇子たちに戻し「よろしくお願いします」と言って軽く頭を下げた。


 ――しかし、この王子は何を考えている。


 ゲームでは王子と護衛の3人に、好感度が高いヒロイン2人とパーティーを組むはずだった。

 それなのにヒロインが一人も王子のパーティーに入っていない。これはいいのだろうか。


 序盤の中でもぶっちぎりで好感度を稼げる出来事があるはずなのに……


 ――大丈夫なのか?


 僕は不安とストレスで心が押し潰されそうになるが、僕が心配することじゃないと思い直す。


「よーし、決まったようだな。ではみんな先生の後についてくるように」


 皆が教室が出て行ったあと、


「俺たちも行くか」


「「はい」」


 僕はマルク皇子の後に続いた。



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