第21話

「ここがアークトーク男爵の屋敷だな」


 アークトーク男爵の屋敷はすぐに見つかった。


 王都は王城を中心に貴族区域、商業区域、平民区域とあり不測の事態を考慮して複数の内壁で区切られている。


 でもその内壁は元々は外壁。人口が増えて発展していくと共に外壁がどんどん増えていったのだ。

 むろん区画整理なども同時に行われた。


 だから王都にある内壁一つ一つが堅牢なのに見た目が立派なので景観もいい。


 だがしかしこの王都は端から端まで馬車で移動しようものなら約六時間はかかるから不便ではある。

 それでいて今でもまだまだ発展し続けているらしいからどこまで大きくなるのやら。


 そして、我がネックラ家の屋敷はもちろん貴族区域にあるが、この貴族区域も広い。


 子爵家であるウチの敷地でさえ僕たちが鍛錬で使えるスペースがあるくらいだしね。


 ウチよりも家格が上の貴族の敷地はもっと広いのだ。

 それに貴族街にある貴族向けの商店も一つ一つの店舗が大きく、馬車での乗り付け可能なほど敷地が広い。


 僕が何を言いたいのかというと、これだけ広い貴族区域。当然、案内掲示板みたいなものが複数箇所に立ててある。


 そして、その案内掲示板には男爵家のみを示す案内掲示板もあって、僕はそれを頼りにアークトーク男爵家に辿りついたというわけだ。


「見た感じでは普通の屋敷ですねクライ様」


「そうだね」


 今は深夜。アークトーク男爵の屋敷は静まり返り真っ暗だった。

 幸い僕たちは訓練の賜物で夜目がきく。そしてありがたいことに月が出ているのでその明るさだけでも十分な活動ができる。


「今回は調査依頼なので隠密行動をとる。見張りがいても見過ごす。

 それが無理な場合はできる限り殺さず気絶させるだけにとどめること。

 ただし、それができないほどの手練れと遭遇した場合は速やかに撤退する」


「「「了解」」」


 アンナたちにはアークトーク男爵家の調査依頼を受けたと伝えている。

 証拠がなくただ疑いがあるだけだから調査に入るとね。


 実際にはそんな依頼なんて受けてないのだけれど、犯罪に手を染めている夢を見たって言ったところで僕の頭を心配されるだけだろう。みんな騙してごめんね。


 ただ本当に何もなければただの不法侵入になってしまうから、今の僕たちはまさに忍のような格好をしている。


 これなら仮に見られたとしても暗部として活動している時の姿とも少し違うし、目元しか出ていないので正体がバレることはないだろう。


 外壁を軽く跳び越え僕たちはアークトーク男爵の敷地内を音を殺して走った。


 目的地は屋敷内ではなく庭にある物置小屋。

 そこに地下へと続く階段が隠してある、はずだ。これはゲームの知識からだ。


 ――あれだな。


 幸い屋敷以外に目につく建物は一つしかなく目的の物置小屋はすぐに見つかった。

 ありがたいことに見張りはいない。


 でもあっさりと見つけ見張りもいないとなると逆にハズレなのではという気持ちが生まれてくるが、かと言って調べないという選択肢はない。


 僕はみんなに影話を使い周りの警戒を頼む。

 ちなみに影話とは糸電話のようなものだ。影術を使える者同士じゃないと使えないが、かなり便利。特に隠密時、口を開かなくても意思の伝達ができる。


 しかも夜だと影と闇との境が曖昧になるため影話の範囲はかなり広がる。


 遠くなればなるほど消費する魔力は増えるはし、お互いが影回線を開いてないと送受信できないという欠点はあるんだけどね。


「「「……」」」


 皆が頷いたのを確認してから僕はゆっくりとドアに手をかける。


 ガチャガチャ。


 ドアのカギは閉まっていた。当然だな。なので影術の影具を使い完全に具現化していない状態の影を鍵穴に押し込みそこで具現化を完了させる。


 後はその具現化させた影具をクルリと回せば、


 ガチャリ


 物置小屋のカギはあっさりと外れた。


 このような影具の使い方は暗部ならばみんなできると師匠から聞いている。

 闇壱(アンナ)、闇弐(レイナ)、闇参(トワ)である彼女たちも当然できることなので別に自慢するほどのことでもない。


 闇壱と闇弐が先に小屋の中に入り周囲を確保してから僕と闇参が後ろを警戒しつつ中に入りドアをゆっくりと閉める。


 ここまでは順調。後は本当に地下への階段が見つかるかどうかだが……


 物置小屋の中は結構広く肥料か何かの臭いが充満していてかなり臭い。


 鼻や口元を覆っているのに臭い。匂いに1番敏感な闇参が涙目になっているのが少し可愛いけど。


 それから手分けして階段を探す、ということはしない。


 ここでも影術を使い地下への空間があるかどうかを探る、これは影察知の応用だ。


 僕はその場に手をつき影察知の範囲を少しずつ広げていく。すると影の入り込めない空間が、


 ――!? あった……


 僕は地下空間らしいものを見つけた。その事実が自分でも信じられなくて軽く動揺してしまう。


 ――ふぅ。落ち着け……まだそうと決まったわけじゃない。


 冷静さを取り戻すために一度息を吐き、皆に影話を送る。

 それから音を殺して歩きつつ地下空間がある場所まで向かうと、その場所は酷く臭う肥料らしき山の奥にあることがわかった。


 その肥料の山の周囲を回り込むように裏の方に向かって歩けば仕切りみたいに薪が積み上げてある。正直かなり不自然。


 その薪の横に狭い通路があり、人が一人、詰めればギリギリ二人並んで歩くのがやっと、そして、その先に目的の階段を発見した。


 でも本来ならその階段は可動式の衝立によって見えないようにしていたのかもしれない。

 その衝立が開いていたことから、これは地下に誰かしら人が出入りした可能性が出てきてしまった。


 皆に警戒を強めるよう影話してから僕たちはゆっくりと階段を降りた。


 僕が階段を降りるにつれ眉間にシワがよる。臭うのだ。薬品のような何かの匂い。肥料とは違うツーンと鼻につくような異臭が。


 これはアタリかもという思いがしないでもないが、奥まで降りるとドアがありその隙間から光の漏れていた。


 僕を中の様子を探るべく気配察知をする。影察知が使えるなら影察知の方が僕は慣れているのでいいのだが、この先には灯りがある。

 灯りのある部屋では影察知が使いづらいのだ。


 ――っ!?


 気配察知で感じ取った人数はかなりの人数だった。

 大きな気配が一つに小さな気配が十数、小さな気配が捕まっている子どもたちだとすると大きな気配がアークトーク男爵なのではと思わずにはいられないが、ここからでは確証はない。


 ――そういえば。


 たしかゲームでのアークトーク男爵は独身で常に一人で行動していた。

 よく思い出せば見張りなんて者も居なかった。屋敷内でも今は亡き父の世代から働いている老執事と数名のメイドのみ。


 戦闘でも一人。薬品でドーピングしてかなり強くなっていた。

 まるでバーサーカーの様で、力だけでなくダメージを与えた後の再生スピードもかなりのものだった。


 ――ドーピングされると危険だな。


 もうここはいっそのこと魔眼を使い無力化してしまった方がいいような気がしてきた。それが一番安全で被害も少ないだろう。


 僕は皆にその旨つたえてから少しだけドアを開ける。すると、


「どうだもっと薬が欲しいか? ん? ん? 欲しいだろう……ちっ、反応が薄いな、この薬は失敗か? くそっ、もっと依存性の高い薬を開発しないとな」


 そんな声が漏れてきた。どうやら誰かに薬を使ってその反応を見ている風にとれる。


 ――くっ。


 認めたくないが、過去の記憶にある出来事(ゲームでのイベント)はこれから起こる出来事でもあると確信してしまった。


 そこから僕の行動は早かった。


「そこまでだ」


「誰だっ!」


 ドアをバーンと勢いよく開け、驚きこちらを見た白髪の男に向かって魔眼を使う。


 相手と赤い魔力の糸で繋がったような感覚がした。


 ――よし、成功だ。


 白髪の男から表情が抜け落ち目の光がフッと消える。


「あ、ああ……」


「名を名乗れ、ここで何をしていた」


「……はい。私はゲロス・アークトーク。ここでは依存性の高い薬物を開発していました」


 そこで、周りを見渡せば鎖で繋がれた十二人の痩せた子どもがぐったりとして倒れているのを発見する。

 ゲームでは二、三人だったのに、と僅かに動揺してしまったが、すぐに気持ちを落ち着かせる。


 僕の配下の彼女たちもそうだ。子どもたちの酷い有り様にみるからに狼狽している様子だった。


「その依存性の強い薬物を作って何をするつもりだった」


「はい……」


 そこから語るアークトーク男爵の話をまとめると、


 食堂を開きそこでこの開発した薬物を食べ物に少しずつ混ぜて固定客を掴み荒稼ぎをする。


 次に稼いだ資金で酒蔵を造り、その酒に薬を混ぜて自分を馬鹿にした貴族どもに贈りつけ薬漬けにする。

 ゆくゆくは自分がこの国の王になるとまで語り、なんとも自分本位のバカげた話だった。


 でも食堂での荒稼ぎはできそうなのでこんな奴野放しにしていいはずがない。


 でもゲームでもそんな話だったのか? と首を傾げずにはいられなかった。


 僕はそれからアークトーク男爵に王城にある衛兵の詰め所まで向かい、自分が行ってきたこと、その目的を全て洗いざらい自白するよう命令付与した。


 命令付与の場合、その命令を終えると魔眼の効果がきれてしまうけどね。


「闇壱大丈夫か? ちょっと頼みたいことがあるんだ」


「はい、お任せを」


 まだ子どもたちを悲痛な眼で見ていた闇壱だったが闇壱には念のため師匠の元まで手紙を届けてもらう。


 たぶん闇壱の方が師匠の元に早く辿りつくと思うので、様子のおかしい男爵が詰め所に来てもいつもの様に対応してくれるだろう。暗部の活躍はそんなもんだ。


 ゲームではいつもうろついているスラム街の子どもを見なくなった、という町の人の話を聞いて起こる出来事(イベント)だったので、それを利用して、師匠にはそんな噂を聞いたからちょっと調べてみたとだけ簡潔に。


 師匠もトワがスラム出身であることを知っているし、そのトワを僕が大切にしていることも知っている。


 だからスラム街の子どものことで僕が動いたことも不思議には思わないはずだ。


 それから意識のない子どもたちに回復魔法を使い僕は寮に戻った。


 僕たちの回復魔法では完全に治療できなかったが、王城には優秀な回復魔法使いがいるので任せておけばいい。


 後日子どもたちは無事に保護されアークトーク男爵家は取り潰しになったという連絡を師匠からもらい、僕は無言でトワを抱きしめた。


 トワは首を傾げていたけど、いいんだ。その後トワを抱きしめる僕にアンナとレイナが抱きついてきてベッドに押し倒されてしまったけど、トワが不幸になる未来は完全になくなった。

 そのことがうれしくて僕はいつも以上に彼女たちと仲良くするのだった。

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