第20話
――しかし……なんだろう、この感覚、じゃなくて感情は……僕はうれしい、のか?
過去の記憶の中での彼女たちは、好感度をMAXまで上げたヒロインたち。というか夢の中の俺(過去の記憶)は、すべてのヒロインの好感度をMAXにしていた。
ふと、彼女たちと乗り越えた色んな出来事(イベント)が脳裏を過ぎる。
――なるほど。
たぶんこの感情は記憶が鮮明になったためなのだろうと思う。
これは懐かしいくてうれしくもある、なんて言い表せばいいのか自分でもよく分かっていない不思議な感情。
――キャラへの愛着?
ふとそんなことを思うが、そもそも彼女たちはキャラじゃない。ここは現実なのだ。
そんな感情を抱いた自分に驚きつつも深く反省する。
――しっかりしろ僕。
勘違いしていてはダメだ。彼女たちは高位貴族で侯爵令嬢なのだ。
気軽に接していい人物ではない。
「ルイセ様、セシリア様。お久しぶりです」
だから僕はどうにか平静を装い、彼女たちに向かって深く頭を下げた。
これが下位貴族が高位貴族にとるごく当たり前の姿勢だ。
「えっとクライ様? ここは学園ですよ。そうかしこまらないで下さい」
「そうだぞクライ殿。今日から共に学ぶ学友になるのだ。
ここでは身分のことなど気にせず、普通に接して欲しい」
そう言ったルイセ様は少し悲しげに、逆にセシリア様はハリのある声と共に元気よく右手を差し出してくる。
女性から握手を求められたことに驚くが、よく考えれば彼女のアメジスト家は剣術の才能に溢れた家系で、彼女自身も男勝りな性格だったことに気づく。
「普通に……ですか。分かりました」
どうにか、そう答えたものの、セシリア様からは右手を差し出されたままだ。
高位貴族である彼女から手を差し出されて、それに応えないというのも失礼になる。
だから僕はその握手に両手で応えた。
――剣ダコ……?
セシリア様のその手は剣術の鍛錬に励む者の手をしていた。一日や二日でなるものではない。
彼女は女性ながらかなり努力していることが窺える。アンナやレイナ、トワの手もそうだ。
淑女としてはあまり褒められた者の手ではないが、僕はこの努力している者の手が好きだ。思わず笑みが溢れそうになる。
だがしかし、
「「!」」
――!? やってしまった。
またしても僕の身体の一部が反応して大きくなっていくのが分かる。
それほど長く触れていたワケではないので、普通の状態ならば何事もなく終えていたはずなのに。
今の僕は普通の状態じゃなかった。マイン先生に抱きつかれて反応していた。少しは収まっていたが一度も処理できていない中途半端な状態。だからすぐに反応してしまったのだ。
でも彼女たちもさすがは高位の貴族令嬢といったところ。気づかないはずがないのに、表情一つ変えることなく微笑んでいる。
でも僕は彼女たちが一瞬だけ驚き息を呑んだその瞬間をちゃんと捉えている。
僕の評価は間違いなく地に落ちただろう。
――……まあいいさ。
なんともいえない寂しさはあるが。彼女たちはヒロインであり高位貴族令嬢。
ゲーム云々以前に下位貴族である僕とは、今後それほど深く関わることはないだろう。
それに絶倫スキルを宿している僕なのだ、このようなケースはいつでも起こりえること。
今回はいい経験ができたと思うことにして諦めよう。そう思っていた僕なのだが、
――……おかしい。
社交辞令としては十分だというのに、彼女たちが僕の前にから動く気配がない。
――教室に入らないのか?
すぐすぐ治らない絶倫スキルの効果。未だに僕の身体の一部が反応して大きくなっている。
気づいているはずなのに、彼女たちはまだ僕と会話を続けるつもりなのか?
――いや違う。
逆だ。気づかないフリをしてくれているからこそ僕に気を遣って離れられないのだ。
ただ、彼女たちの耳が僅かに赤くなっているから無理をさせていることには変わりないか。
――これは申し訳ないな。
「じ、実はな……」
結局彼女たちは僕がこんな状態で不愉快な思いをしているはずなのに「お父様がクライ様と会いたがっていましたよ」と、ルイセ様が気を遣ってくれれば、セシリア様も「祖父が首を長くして待っているようだぞ、私がクライ殿を連れてくるようにとまで言われてる」同じように僕を気遣うような言葉をくれた。
その後もこのような言葉を2、3度投げかけられ「それでは、また後ほど……」そう言い残してから彼女たちは教室に入っていった。
やはり彼女たちはできた女性で、淑女の鏡だと思った。
「ふぅ……トワすまないが、あとでお願いしてもいい?」
何をとは言わなくてもトワはすぐに察してくれる。
「もちろんだよ」
トワの明るい笑みにはいつも心が救われる。もちろんアンナとレイナにもね。いつも側にいてくれる彼女たちには感謝しかない。
教室に入ると、室内はまだちょっとざわついていた。
というのも、教室内は基本的に自由席だからどこに座ってもいいことになっている。
ただし王族や高位貴族は例外で、先に王子や高位貴たちが席を決めた後に先生の合図で他の生徒たちが席を決める。
でも王子たちは一度席を決めたら、その席から変わることがないので、ゴタゴタするのは今日だけだろう。
――王子はあそこか……
どうやらちょうど王子の席が決まったらしい。
王子は後ろから二番目、窓側から二列目の席でその周りに側近たちが座った。
それから、その周りには高位の貴族子女がさも当然といった様子で座っているけど、生憎と僕は社交場に出たことのないので、家名は覚えていても顔は知らない。
つまり顔と家名が一致していない。
けれどルイセ様とセシリア様が隣の席ではないものの割と近い位置に座っているので、そう外れてもいないだろう。
いや、侯爵令嬢なのだからもう少し近い位置に座っていてもおかしくない気もしないでもないが、僕が気にしても仕方ない。
そんなことを考えていると、トワの手が僕の肩を叩く。
「クライ様っ、あそこが空いてる」
貴族らしき子女が席を決め終えたのを見計らっていたトワが、二つ並んで空いている席を見つけた。
トワが指差した場所は廊下側の一番前とその隣の席。誰も近寄ろうとしていなかったので、あまり人気がない席なのだろう。
「じゃあ、そこに座ろう」
「はい」
みんなが席に着いても5つほど席が空いている。
過去の知識では、2つがまだ来てないヒロインの席で、残りの3つの席が、隣国のブルドランド帝国の第二皇子マルク・ブルドランドとその従者の席だ。
アレス王子とマルク皇子はライバル関係だった。
王子の英雄譚だけあってアレス王子はレドラの紋章を宿していて、いずれ封印が解けてこの世界を破壊しようとする邪神竜を倒せる勇者的な存在だった。
ただ、マルク皇子もブルドラの紋章を宿していて邪神竜を倒すことができる。
元を辿るとアレス王子もマルク皇子も神龍の紋章を宿していた英雄の血筋。つまりレドランド王国とブルドランド帝国はもともと一つの国だったのだと思う。
それで話はもどるけど、マルク皇子は邪神竜の封印を解こうとしている暗黒教団に襲われて入学式に間に合わなかった。と過去の知識にはある。マルク皇子の護衛は精鋭中の精鋭で被害らしい被害はなかったらしいけど、到着は警戒を強めての進行となり一週間ほど遅れることになるんだ。
襲われたマルク皇子には悪いが、僕としてはこれが当たっているか、いないかで今後の行動が変わる。
でもまずはトワからだ。トワの件は一週間も待てない。不確かでも僕は動くと決めている。
トワは僕にとって大切な存在だ。動かずに後悔はしたくない。
早速今夜からアークトーク男爵の屋敷を探るつもりだ。
それで2つ空いているヒロインの席は、マルク皇子ほど大変な目に遭っている訳ではない。
1人はシスター見習いのマリア・ダイヤモンドで、王都にあるセイント教会で司祭を務めているが伯爵位も賜っているアローン・ダイヤモンド伯爵の娘だ。
回復魔法が得意だが、かなりのおっちょこちょいで方向音痴。
今日は道に迷っていて到着するのが夕方くらいだったはずだ。
明日からは普通に登校するだろうが、学園内でもよく迷っていて遅刻の常習犯となる。
そしてもう1人が、魔法士団長オールド・サファイア侯爵の娘で、リーディア・サファイアだ。
彼女は召喚魔法が得意で本来、召喚対象者とは1人一体しか契約できないことになっているが彼女は三体も契約できる召喚魔法の天才。
ただし出不精の面倒くさがりで、今も寮のベッドで気持ち良さそうに寝ていたはずだ。
明日からは初日に出席していなかったことの報告を受けた彼女の父、オールド・サファイアが、召喚魔法を使う。
彼女の父であるオールドも召喚魔人二体と契約者しており、その召喚魔人を従者として送り込み彼女はパジャマ姿で登校してくることになる。
まあ、どちらも過去の記憶の中での出来事なので確証はないけど。
席が決まれば自己紹介が始まった。
まずは担任のマックス・ロベルト先生が軽く自己紹介をしたのだが、次が僕。
一番前の廊下側に座った僕から自己紹介することになった。
――なるほど、人気がないはずだ。
僕は立ち上がりみんなの方に身体を向ける。
「僕はクライ・ネックラです。よろしくお願いします」
深く語るつもりはないのですぐに席に座った。
「アイツ長男だけど、弟の方が優秀で家督を継げない落ちこぼれなんだとよ」
「あはは、じゃあアイツは、ここで頑張らないと平民になるんだな」
何処にでも人をバカにする貴族はいる。そんな声がチラホラ聞こえてくるあたり、あまりよい環境ではなさそうだ。
でも弟が優秀で次期当主ということは事実なので、反論したくてもできないんだよね。
なぜなら、卒業と同時に男爵位を賜ることも暗部の闇影と名乗っていることも魔眼持ちであることも全てが伏せられているから。
「あなたたは恥ずか……」
「君たちは……」
パンパンッ
背中越しにルイセ様とセシリア様の声が聞こえてきたが、すぐに、その声は先生が両手を叩く音に遮られた。
「おーい。そこまでだ。いらんことは言う必要はないぞ。俺は自己紹介をしろと言ったんだ。ほら次だ、次」
それからは無駄口を開く者はおらず思いのほかスムーズに終わり、明日の予定を聞いた後に下校となった。
「クライ様〜」
「僕が気にしてないのにトワが気にしてどうする」
「う、うん。でも」
自室に戻ってからもトワは僕が自己紹介の時に高位貴族子女から小馬鹿にされていたのを気にしていた。
いつも元気なトワがさっきから元気がない。
これは、もとを辿れば王子のせいなのだが。王子自身には悪気があったわけでもないし、他の貴族と拘つもりもないので正直どうでもいい。
そう説明するが、トワはずっと気にしているのだよな。
すぐ隣に居ただけに余計に思うところがあるのかも。
「ありがとうトワ。クラスではトワがずっと側にいてくれるから僕は気にしないし、気にならない」
そう言ってからトワを優しく包み込む。
「これからもよろしく頼む」
「クライ様……もちろんだよ」
トワも僕の背中に両手を回してきた。このままベッドまで抱えて行こうかと思ったけど、
「あの〜クライ様。私たちもおりますよ」
「レイナを忘れたら困る」
「もちろんアンナと、レイナもだよ」
二人が抱きついてきたので、予定変更、三人をベッドに押し倒す形で僕たちはベッドに転がった。
「今日はずっと我慢してたから……お願いしてもいい?」
「はい」
「任せて」
「もちろんだよ」
それから僕たちは夜中まで励んでスッキリすると影具を纏った。
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