第30話
マルク皇子が警戒を強めながら皆に指示を出す。
「俺たちはダンジョン化現象に巻き込まれて出来たばかりのダンジョンの中にいる……疑問は残るだろうがどうか信じてくれ」
マルク皇子がちらりと視線を向けたその先にはマルク皇子が手にしている剣の柄頭。その柄頭が赤く光っている。
一瞬だけ向けたマルク皇子の視線に気づいたのは俺とトワくらいだろうけど、たしかアレス王子の持つ王家の剣にも……ゲーム内の彼の場合は剣の鍔の部分に魔物とのエンカウント率を表す魔法石がハマっていた。
ダンジョン内を歩くとその魔法石が青から黄そして赤に変わると魔物とエンカウントする。
ただここは現実世界だ。赤になった途端に魔物が突然現れて戦闘になるということはなさそうだ。
あるとすれば、近くに魔物が徘徊しているくらいのものだろう。
そしてマルク皇子がここはダンジョンの中だと言っている根拠も、あの石が赤く反応しているからだろう。魔物はダンジョンにしかいないからね。
「ダンジョンの中、ですか」
「この肌にピリつく感はそういうことか」
「ふーん。ま、あんな事があった後ですからね、そんな事もあるでしょう」
「そうです〜でも、それは困りましたね〜」
ルイセ様、セシリア様、リーディアス様、アリア様が三者三様の反応をするが、ありがたいことに彼女たちは取り乱すことはなく現実を冷静に受けとめていた。
「ええ」
「そう、なんですね」
一方、リンとマイン先生は驚き顔を真っ青にしていた。
もっともマイン先生はリンと違い教育者の立場にあるからその責任の重さに顔を青くしている感じかな。他の先生方と離れてしまっている訳だし。落ち着いているのは俺の隣にいるトワくらいのものだ。
「そうだ。それで皆には魔物の姿を確認するまでは迂闊な行動を控えていただきたい。
そうだな、その魔物が俺たちで対処できるようであれば出口を探す。
対処できないような魔物であれば戦闘を避け、安全な場所で救援を待とうと思うが、どうだろう?」
「承知いたしました」
「問題ありません」
「分かりましたわ」
「いいと思いますよ〜」
皆がマルク皇子の意見を受け入れている中、ひとり俯き気味で顔色のよくないマイン先生に近づき耳元で囁く。
(マイン先生大丈夫ですよ。いざとなったら僕がみんなを守りますから。これでも僕結構強いんですよ)
婚約者になったことだし少しずつ秘密を共有するのもいいかもって思ったのもあるが、一番は顔色の悪いマイン先生が心配だったんだよね。
「ありがとうクライくん……すき」
マイン先生の顔色が戻ったのはいいけど、身体を寄せてくるのはやめようね。今は色々とまずいから。
それに、僕はなんの根拠もなくそんな事を言ったわけじゃない。
マルク皇子が皆と話をしている間に、影鼠からダンジョン内に現れた魔物の情報が次々と入ってきていたからだ。
知性のありそうな人型の魔物はおらず獣型の魔物の情報が。
ツノの生えたウサギ(ホーンラビット)に、ツノの生えたヘビ(ホーンスネイク)、ツノの生えた野犬(ワイルドドックホーン)といったゲームの中では1番弱い魔物だった。
ただゲームとの違いは、ここの魔物には真っ赤なツノが生えていた。
いや、よくよく考えると師匠との鍛錬で使ったダンジョンの中にいた魔物にも真っ赤なツノは生えていた事を思い出す。
この世界の魔物には全て真っ赤なツノが生えているのかもしれないが、ここは現実の世界でレベルという不思議な力も働かない。ゲームとの違いがあれは慎重にもなる。
ゲームでは1番弱い魔物だったけど、ひょっとしたらとんでもなく強い魔物かもしれない。そう思い影鼠に攻撃をするように指示をだしてみたら、あっさりと倒してくれて正直ホッとしたんだよね。
影鼠は僕が『影取り』した獣の中でも最弱。その分、情報収集の能力に長けているので重宝している。
そんな影鼠でもあっさり倒せる魔物であれば、油断さえしなければ学園の生徒でも十分に対処できるだろう。
「たあ」
「はっ」
そんな事を考えている間にセシルさんとキインさんが前方に現れたホーンスネイクとワイルドドックホーンを一振りで倒していた。
ホーンスネイクとワイルドドックホーンは倒れ小さな魔石のみを残してダンジョンに吸い込まれるように消えていく。
そのドロップした魔石も今回は荷物になるので捨てていくんだけどね。
それからのマルク皇子の行動は早かった。前衛をマルク皇子、セシル様、キイン様が務め、魔法職のルイセ様、リーディアス様、アリア様、マイン先生、リンを中衛に、僕とトワとセシリア様が後衛で背後を警戒する。
そのあとはトラブルもなく順調そのもの。ではなかった。なんかマルク皇子って方向音痴なのか、同じ場所を行ったりきたりしている。
「ふむ。こっちだろうか……」
——いや、そっちはさっき行きました。
意外な事実を知ってしまった。でも大丈夫、そろそろセシル様とキイン様がフォローに動いてくれるはずだ。
「はい、いいと思います」
「行ってみましょう」
——え!?
違った、セシル様とキイン様もマルク皇子と同じくらい方向音痴だったようだ。
誰かそろそろ……と思っていたらルイセ様を含めたみんなから困ったような視線が僕に向けられているよ。仕方ない。
「マルク皇子、ちょっとよろしいですか?」
「ん、クライくん、どうしたんだい?」
マルク皇子からも最近ではくん付けで呼ばれるくらいには信を置いてもらっている。たぶん同じクラス(この王国の生徒)の中では僕が1番マルク皇子と接していると思う。
「マルク皇子ばかり魔物の処理を任せて申し訳ないと思いまして、僕たちにも任せてもらえませんか?」
「なんだそんなことか。大した魔物ではなかったからな。気にしなくてもいいぞ」
そう言って僕の肩をポンポンも叩くマルク皇子。その際フワッと良い香りが鼻腔をくすぐる。
たぶん香水だと思うけど、マルク皇子からは何気に女性っぽい良い香りがしてくるからドキッとするんだよね。あとセシル様とキイン様も。そっちにはまったく興味がないはずなのに、なぜか3人には……中性的な顔立ちをしているから? …って僕は何を考えているだよ。
「そういわれましても」
そう、これまで現れた魔物の処理はすべてマルク皇子とセシル様とキイン様の3人で楽に片付けていた。後方から襲われるということもない。
さてどうしたものかと考えていればみんなから縋るような目を向けられていることに気づく。諦めるなってことだろう。僕は内心苦笑しながら言葉を続ける。
「すみません。正直に話ます。マルク皇子たちが戦ってくれている姿に刺激されたというかなんていいますか、僕たちもこの機会に魔物と戦闘経験を積みたくなっただけなんです。自分勝手な事を言ってすみません」
「なんだ、そういうことか。そう、だな。幸い魔物もそれほど脅威ではない。いい経験にらなるだろう」
マルク皇子がそう言うとセシル様とキイン様に合図を送る。
「いえ、そのようなことは」
「クライくん。俺たちの仲ではないか次からは遠慮することなくもっと早く言うんだぞ。では、あとは任せるぞ」
「はい」
陰ながら支えていこうと思っている相手からそう言われてうれしくなるが……
——おかしいな、まだ、それほど深い仲ではないのに……あ、好感度がちょっと増えてる。
でもこれは色眼があるから高感度が上がりやすくなっているって思っても不思議ではないレベルだな。いや、でも他のクラスメイトはマイナスだし……そうでもないのか。
そんな事を思っている間に前衛のマルク皇子たちと後衛の僕たちが入れ替わった。
「クライ殿、頑張ろうな」
セシリア様もよほど魔物を狩りたかったらしく僕の肩に手を置き嬉しそうにする。
「はい。セシリア様」
トワ? トワは無表情で僕の隣にいるんだけどね。今は余裕があるが、時間が経てば経つほど疲れが出てきて余裕がなくなる。
なるべく早くダンジョンから抜け出したいと思っていた僕は、出入り口になっている空間の歪みは影鼠からの情報ですでに分かっているから一気に進んでしまおうと思っていた。
僕とセシリア様とトワで魔物を狩っていく。
こっそり間引きしてくれている影狼がいるので魔物との遭遇は極端に少ない。
これもみんなが疲れないように配慮してのもの。弱い魔物でもいざ目の前に姿を表せば緊張はするだろうからね。
——え……
問題は王子たちの方だ。先生と合流していた王子たちが、逆方向に進んで来たらしく、今俺たちの目の前にいる。
「なぜお前たちがそちらから来る」
前衛を務める護衛騎士の隙間から顔を出す王子たち。しかも驚いている。
無理もない。影鼠からの情報によると、王子は開けた場所にいない生徒はダンジョン化現象に巻き込まれて死んだと思っていたんだよね。
途中で合流した先生たちに会った時にも驚いていたようだしね。
——ん?
王子を庇ったアルジェ嬢の制服がボロボロのままで所々肌着が見えているのに誰からも上着を貸してもらっていない様子。
いや、アルジェ嬢は王子の婚約者っぽく振る舞っていたから、周囲の人たちは、気になっていたとしても目を背けるだけでどうすることもできなかったんだ。チラチラとアルジェ嬢を見て鼻の下を伸ばしている王子以外は。
見られているアルジェ嬢もまんざらでもない……こともない? 顔を真っ赤にして羞恥に耐えている様だった。
僕のせいでもあるし、さすがにあれは気の毒だ。
僕は影分身を使ってから飛び上がると、バレないようにアンジェ嬢に僕の上着をかけてやる。
影分身を消すと同時に元の位置に戻ればバレずに一仕事終えた気分。
もちろん自分の上着がないとバレてしまうので影具を使い誤魔化すのだった。
「むぅ……」
隣のトワはそれが気に入らなかったらしく頬をぷくっと膨らませていたよ。こんな日のトワは甘えてくるはずだから、今夜は激しくなる予感がするよ。
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