第31話

「何! ではこの僕が間違っているというのか!?」


「そうだ、進むべき道はこちらではない」


 僕が話しても王子が素直に信じることはないから、この場はマルク皇子に任せている。が、そのマルク皇子の話すら信じていない様子。訝しげは視線をマルク皇子に向けている。


 ——言われてみれば……


 僕は影鼠から得た情報で、先に進んでもボス部屋らしき魔素の濃い空間にたどり着くだけだと知っている。


 マルク皇子はどうだ? 何を以て出入り口の逆に進んでいると言い切れた。柄頭の魔法石? 魔法石にそんな効果は……僕が不思議に思っていると……


「君は……のか。まあいい。俺のは勘だよ」


「ふん、何を言うかと思えばなんの根拠もない君の勘だときた、バカバカしい。ならば、断言しよう。僕の勘だとこの先に出口があるとな」


 なんとなくこうなるとは思っていたが、マルク皇子は他国の王族。もう少し意見を聞き入れてもよさそうだけど、自分を信じて疑わない今の王子には何を言っても無駄なようだね。


 それよりも、マルク皇子は勘だと言ったが何らかの手段で情報を得ているのはたしかだろう。

 もしかしたら剣の柄頭にある魔法石には僕の知らないような機能が備わっているのかもしれないな。ちょっと見せて欲しいところだけど公にしたくない情報のようだし無理だろうな……


 しかし、ボス部屋らしき魔素の濃い空間は、夢の中の男の知識にもなかった空間……いや、もしかしてそこが僕がいた場所なのか? 夢の中の男の知識では、全てのダンジョンはほとんど一本道。

 現実との違いにすぐにピンとこなかったが、一度クリアしてからでないと、木々が茂っていて先に進めない場所がたしかにあった。

 そこがそうだとすれば……今はボス部屋らしき空間には入れないかもしれない。それとも、魔素が濃いだけで何もいない空間の可能性も……できたばかりのダンジョンだし。


 このダンジョンから脱出する事を優先していたから探らせていなかったけど、こうなっては仕方ない。影鼠に探せるか。


「みな、私に続けっ!」


 そんな事を僕が考えているうちにマルク皇子との会話を強引に終わらせたアレス王子たちが出口とは逆方向に進み始めた。

 もちろん、他の生徒は王子の後に続く。


 ——ん?


 いつもはアルジェ嬢と他の令嬢が王子と腕を組んでいるが、婚約者然としていたアルジェ嬢が王子から少し距離をとり後ろを歩いている。


 僕がかけた上着のボタン辺りをぎゅっと握り締めているところをみると羞恥に耐えているってところかな。今の姿は王子には見られたくないのだろう。淑女は大変だ。


 代わりに、バーナナ侯爵家長女のシリル嬢と平民のアーラと腕を組み、彼女たちの隣をキューイ侯爵家三女のリビラ嬢とピーチィ侯爵家長女のヒルデ嬢が当然のように歩いているよ。


 よく見ると、平民のアーラには王子の方から腰の辺りまで手を回していたりする。

 あのニヤけた顔にいやらしく動かしいる彼の手、たぶん、貴族令嬢にはそう簡単に手を出せないが、平民の娘相手ならば問題が起こっても簡単に揉み消せるとでも思ってそうだね。

 まあ、平民のアーラも満ざらでもなさそうなのでマイン先生の時のように僕がどうこうするつもりはない。


 王国騎士たちが前方の安全を確保しながら進み、その後を護衛騎士と王子たち、生徒、先生と続く。


「ふん」


 僕たちの側を横ぎる際、王子がマルク皇子と僕を見て鼻で笑った。

 僕だけならまだしも、マルク皇子まで下にみているあの態度は気に入らないな。


「マルク皇子。申し訳ないが、何の情報もない今の状況。ここはアレス王子に従ってもらってもいいだろうか。

 多少ケガをした生徒はいるが(合流してすぐにマイン先生が治療した)、私でも経験したことない現象に巻き込まれて、みな無事に生き延びた。よほど運が良かったのだろう。

 だが、今後もそううまく事が運ぶとも思えない。

 何があるか分からない以上、別行動は避けてもらいたい。君たちもだ」


「はい」


 学年主任のマートマリ先生にそう言われて、ルイセ様を含めたみんなが頷き僕も頷く。

 マルク皇子は最後まで迷っていたが僕たちが頷くのを見て最後には頷いてみせた。


 魔物の強さ(対処できる弱さ)と学園での今後の事を考えて頷いたのだろう。

 ここの魔物は油断さえしなければ楽に狩れる事が分かっているからね。


 分からないのはボス部屋っぽい広場に何かいた場合だ。


 先ほどから影鼠に探らせているのだが、木々が生い茂っていて影鼠でも先に進めなかったのだ。


 ——ふむ。


 これだと入れないまま(行き止まりと判断されて)引き返す事になる可能性が高い。

 それはそれで王子がどう言い訳するか楽しみが増えるんだけど。


 このダンジョンに出現する魔物は油断さえしなければ生徒でも狩れるほど弱い上に鍛えられた王国騎士が先頭を進んでいる。


 集団なので進みは遅いが、一度も魔物に進行を妨げられることなく1時間ほどで木々が不自然に生い茂った突き当たりに到着した。


「行き止まり、だと!?」


 出口がなかった事に困惑している騎士たち。

 人数が多いので最後尾にいる僕の位置からでは王子の様子は見えないけど、影鼠がしっかりとその辺りの様子を伝えてくれる。


 それは王子が苛立ちで肩を震わせていることも。


「いや、この僕に限ってそんなはずない。おい、そこ! その辺りが不自然だろ。ちゃんと調べろっ!?」


「はっ」


 自分の誤ちを認めたくないのか、立ち尽くしていた王国騎士たちに八つ当たりする王子。かなりの無茶振りだと思ったが、騎士たちが不自然に生い茂った木々を調べ始めると同時に木々が左右に動き通路を作った。


「ほら見ろ。先に進めるではないか」


 通路が現れて得意げな顔をする王子に、


「王子危険です。このようなギミックはダンジョンボスの前でよく見られるギミックです」


「お前はここがダンジョンだとでも言うのか?」


「はい。現に魔物も……」


「それは、狼やうさぎの事を言っているのか? あれは少し大きく育っただけのただの獣だろ? そんなことで僕が騙されるとでも……ふん、もういい。お前たちが行かなというのであれば僕が行く。

 ただし、覚えておけ、肝心な時に役に立たない騎士など不要だということを。城に戻ったら即刻解雇だ」


「王子!?」


 止めようとする騎士たちを無視して、肩で風を切りながらずんずん進んで行く王子。


「王子お待ちを!」

「王子危険です!」

「王子!」


 それを慌てて追いかける騎士たち。生徒たちは巻き添えになりたくないのか、静かに見送るだけなんだけど、すぐに王子だけが慌てた様子で引き返してきた。


「お、お前たちはそこで時間を稼げ、僕はみんな(生徒たち)を避難させる。分かったか!?」


「王子!?」


 そんな言葉を残して。

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