第8話
「おお、きたか」
執務室に入ると父上が顔を上げて僕の方に顔を向ける。
「クライ。魔眼の制御は問題ないのだな?」
「魔眼……? 色眼のことですね。もちろん問題ありません」
「そうか、それでだが……」
父上が言うには、僕には色眼、父上には真偽眼を宿しているけど、他人に知られることを避けるため、知られても与える情報を最小限にするために、あえて抽象的な表現(魔眼)をしているらしい。
――なるほど。
「そういうことでしたか」
「うむ。それでだが、クライ、今日はお前も私と一緒に王宮に行ってもらう」
「僕が王宮に、ですか?」
「そうだ。長らく待たせていたからな、早速向かうとするぞ」
「え? は、はい」
詳しい理由は告げず、黙ってついて来いという父上の背中を追いネックラ家の馬車に乗る。
馬車の中では、父上と対面する形で腰掛けたけど、父上は腕を組んだまま俯き目を閉じている。何も話す気がないらしい。
仕方がないので、馬車の窓から見える街並みを眺めておこう。
それほど日も高くないのに活気があってとても賑やかだ。でも、この感じ……
――まるで通勤ラッシュ。イヤだな……通勤ラッシュ? なんだそれ……
ふと、意味の分からない言葉を思い浮かべてしまったが、それを僕は気にすることなく行き交う人々を眺める。というのも、夢の中の男を見てからというもの、このようなことは度々あるのだ。
さすがに何度も同じようなことがあれば慣れもするよね。
貴族街から三十分ほどで王宮に着く。父上は何やら証明書のようなモノを提示して裏口のようなところから入って行く。
王宮では従事する人に溢れているものだろうと勝手に想像していたけど、思ったよりも少ない。
それでも初めての王宮はとても興味深いので、僕はついきょろきょろしてしまう。
そんな僕に気づいていない父上はさっさと先に進んでいて、待機していた兵士の人と話をしていた。
――しまった。
今さら気づいた父上とその兵士が僕の方に視線を向けてくる。
慌てはするもののこれでも僕は貴族。貴族然とした立ち振る舞いをするよう教育されている。なので、はやる気持ちを押し殺しできるたけ早く歩くことを心がける。
その間に父上は、その兵士と話をつけていたようで、僕について来いと頷き、すぐ側にあった部屋の中へと入って行く。
僕もその兵士に軽く頭を下げてから、その部屋に入った。
そこは小さな応接室っぽい部屋だったが、中にはまだ父上しかいないようでちょっとホッとした。
「ここに座っていなさい」
「はい」
――誰かと会うんだろうな……
僕は父上の隣に座った。
——ん?
しばらく待っていると、父上とそう歳が変わらなさそうな人たちが中に入ってきた。
——誰だろう……
如何にも身分が高そう人が二人に、護衛っぽい騎士の人が一人、その護衛っぽい騎士の人も立派な白銀の鎧を身につけていたのですぐに地位が高い人なのだと分かった。
父上がスッと立ち上がったので僕も慌てて立ち上がる。
「よい。そのためにこの場所を選んだのだからな」
身分の高そうな人に手で制されたので素直に座り直すと、身分の高そうな人たちもテーブルを挟んだ席に腰掛けた。
護衛っぽい騎士の人はその後ろに立ったままだ。
「マクロよ。その子なのだな。新しい魔眼を宿したという倅は」
「はい陛下」
――陛下……!?
父上の言葉を聞いて驚いた僕は、思わず陛下と呼ばれた人物に視線を向けてから父上を見る。
どうして子供の僕がこの国で一番の権力者に会わなければならないのか。
「私の倅です」
僕の心情など知る由もない父上だが、その顔はどこか誇らしげで、僕の背中をポンと軽く叩いてくる。
「ほう」
陛下が笑みを深めて僕を見てくるが、僕は緊張してしまい顔が引きつるのを感じた。
貴族らしく笑顔で応えたかったのに、できなかった。なんて情けない。そんなことを思っていると、
「ワシはこの国の王をしておるセイドリック•レドランドと言うのだが……
ふむ、緊張しておるようだな……これは公式の場ではないからそう心配せずともよい。
ほらお前たちも、マクロの倅に自己紹介をせんか」
僕が思った以上に緊張していることを悟ったらしい陛下が、すこし砕けた口調でそう言った。
「では私が……」
そう言ってから自己紹介を始めたのは、陛下の隣に座っていたヘイゼル•エメラルドという人。
どうやらこの方はこの国の宰相らしい。
「次は私だな。私は……」
その後に護衛騎士のレオンド・アメジストという人が自己紹介してくれたが、この人は護衛っぽい騎士ではなくこの王国の軍部のトップで王国騎士団長だった。
――どういうこと……
とんでもないお偉いさんたちを前に僕はますます緊張してしまうが、相手が名乗ってくれたのに、子爵家の嫡子でしかない僕が何も言わないわけにはいかない。
「僕はマクロ・ネックラの嫡男でクライ・ネックラと申します。ネックラ家の長男になります」
でもこれが精一杯だった。それ以上は緊張して口の中がカラカラになっていて、言葉が続かなかったのだ。
少し不安になり父上の方をちらりと見るが何も言われないので大丈夫だと思いたい。
「では時間もないのでクライよ。ちとそのメガネを外してくれるか。例のやつも、ちゃんと制御できるようになって問題はないのだろう?」
「ほらクライ。そのメガネを外しなさい」
「は、はい」
父上に促されて僕はすぐにメガネを外す。外すと目の前の三人が何故かほう、と息を漏らす。
「マクロの若い頃にそっくりだな」
「「そうですな」無自覚マクロを思い出す」
「レオンド、それはどういう意味だ」
「ははは、今さらだよ。お前には一生分からぬ」
「くくく、違いない」
「うむ、うむ」
レオンドの言葉に陛下と宰相が頷き父上をからかうように笑う。
どうやら父上を含むこの四人は幼馴染で元々仲が良かったらしい。
そんな和やかな雰囲気に僕の緊張もすこしほぐれた気がする。
「……もういいでしょうよ。陛下もそろそろ」
「ふむ。そうだな」
そんな父上の疲れた声に頷いた陛下が僕に顔を向けてくる。
「ではクライよ。お主に宿った新たな魔眼を少し使って見せてくれるか? そうじゃのう……」
そう言ってから陛下がニヤリと笑い騎士団長に顔を向ける。
「レオンド。おぬし嫁さんのことを随分と溺愛しているらしいが、どんなところがいいのか少し聞かせてくれぬか?」
「なっ! なぜ私が。だダメです。絶対にダメです。話せるわけがない」
先ほどまで父上をからい愉快に笑っていた騎士団長が顔色を青くして首を振る。
「いいではないか。おぬしは娘のことは話すが、嫁さんのことはまったく語らぬからな。ワシは聞きたいのよ。くっくっくっ……」
「ダ、ダメだ。ダメですって……陛下っ!」
「レオンド諦めろ」
「クライ、陛下の許可はある。やっていいぞ」
「こらマクロ! 余計なこと……ちょ、待て。やめろ、やめてくれっ」
必死に首を振る騎士団長には申し訳ないが、話の流れからして陛下や宰相は僕の魔眼を確かめるために来たのはずだ。
やっていいと促され父上からも許可が出ている。僕に拒否権はないのだ。
「では失礼します」
「ダメだ。やめろ! やめてくれ……」
嫌がり後ずりさる騎士団長だったが、この場から逃げ出すことができない騎士団長はあっさりと僕の色眼の虜になった。
そして陛下の注文通り命令してみると騎士団長が素直に答える。
「ラナたんのいいところは数えきれないほどありますね。
私のラナたんは優しくて、私のラナたんは笑顔がかわいいくて、私のラナたんは小さくていつまでも若くて、私のラナたんは私にいいこいいこしてくれて、私のラナたんは……」
それから十分くらい? 僕が色眼を解除するまでの間、騎士団長は嫁さんのいいところや、大好きでとても大切な存在であることを嬉しそうに語っていた。
聞いているこちらが恥ずかしくて感じてしまうことまでもすらすらと。
――ラナたんですか……
けどその反動というか口にしたことは全て記憶に残っている騎士団長は、解除をした途端に、膝から崩れ落ち涙を流した。
「あ、ああ……」
「ぷくくく……私のラナたん」
「うわぁぁぁぁ……」
耳を塞いで頭を振り続ける騎士団長。陛下から揶揄われ続ける騎士団長に、宰相と父上は同情の視線を向けていたよ。
「ぷくくく……こほん。いやしかし、これはマクロの報告通りだな」
「はい」
項垂れたまま立ち直りそうにない騎士団長は放置されているが、次の瞬間には、陛下の表情が真剣なものへと変わっており、父上に向かって頷く。
――?
「クライよ、よく聞け」
すぐに父上がその説明をしてくれた。
父上曰く、魔眼や特殊能力を宿したものは王国に忠誠を誓う誓約書を提出しなければいけない。
そして、王国の表にはできない組織ウラドランドの存在を聞いた。
話したということは僕もここに属しなければいけないという事だろうね。もちろん、この組織の存在については口外禁止。
静かに話を聞いていると、国を動かしていれば、どうしても綺麗事ではすまない事態が発生する。
そんな時に必要となる組織で必要なことだから理解してほしいと言われた。
「では父上もなのですね」
「うむ」
父上は表では宰相補佐という肩書があるが、王国の裏組織ウラドランドに属していたらしい。
でも父上の魔眼の性質上宰相と陛下の側に控えている方が都合がいいそうで、ほとんど表の顔のまま役目を果たしているらしい。
「そういうことでしたら分かりました」
父上も属していることだし、これが決まり事だというのならば僕に拒む理由はない。
「ヘイゼルよろしく頼む」
父上の声に頷いた宰相が懐から一枚の紙を取り出す。
誓約書だった。これは王族に対して許可なく魔眼の使用を禁止するというもの。仮に王族に魔眼を使用してもその効力は無能となるように何らかの魔術が施されているらしい。
まあ、無効となると分かっていても王族に向かって魔眼を使用すれば国家反逆罪で捕まるだろうけど。
僕がそれにサインをして魔力を込めると誓約の紙が淡く光って反応した。
「うむ。よかろう。あとはだな……おいっ」
そう言った陛下が合図をすると。突然一つの人影がどこからともなく現れ陛下の背後に立つ。
――ぇ!? 忍者! ……あ、またか。忍者ってなんだろ。
また夢の中の俺の記憶から変な言葉が流れてきたが、目の前の男は黒装束で身を包み、見えているの目元だけだった。
「こやつは影の者で黒影と言う。この者もウラドランドに属する者よ。それで、クライ、お前の母親の弟だぞ」
陛下の声に黒装束の男が頭を少し下げる。
「え、母上の? ……え、でも母上の実家は流行り病で……」
そう母上の実家はネックラ家と同じ家格の子爵家だったけど法衣貴族で領地はなく、僕が生まれてからすぐの頃、流行り病で亡くなったと聞いていた。
「うむ。表向きはな。まあそこは後でマクロにでも尋ねるがよい」
陛下が何を言いたいのかといえば、僕の魔眼の性質上、影の者に所属させた方が良いだろうと判断した結果、影の者に声をかけていたそうだ。
「へ、陛下」
これには父上にも予想外だったらしく、ひどく狼狽しているように見えた。
しかし、陛下の考えが覆ることなく、僕はネックラ家から離れ、黒影さんの下で色々と勉強することになった。
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