第9話

 一か月後


「はっ、はっ、はっ……」


 僕は走っていた。


 アンナも走っている。とにかく走っている。この一か月はずっとこんな感じだ。


「クライ様……」


 並走していたアンナが、空を見上げると、肩からかけていたカバンから美味しそうなおにぎりを取り出した。

 アンナは太陽の位置を確認していたのだ。


「いつもありがとう。アンナも食べような……はむ、もぐもぐ……」


 僕はそのおにぎりを受け取り口に頬張る。


「はい、私もいただきますね」


 アンナも走りながらおにぎりを口にする。


 走り始めて一週間は少し走るだけでヘトヘトになっていたけど、体力がつき慣れてきた今では、食事を摂りながらでも走れるし、一昼夜走り通すことだってできるようになっている。


「よ、よし、今日から少しペースを上げるぞ……ぼそぼそ(おかしい。この段階に至るまでが早すぎる。早い者でも最低一年はかかるはずだが……)」


「「はい師匠っ」」


 僕とアンナの少し前を走っているのが師匠の黒影さん。忍者みたいな黒装束姿をしているけど実は母上の弟さんなんだ。


 師匠が走るペースを少し上げたので、置いていかれないように僕とアンナもペースを上げる。


「はむ、はむ」


 師匠も懐から取り出した(走る前にアンナから受け取った)おにぎりを口に入れている。

 さすが師匠、少しペースを上げたところで、なんの影響もないらしい。


 師匠の黒影さんの表での名はゲイリー・ブラインド。ブラインド子爵家の次期当主らしい。


 そのブラインド家はアップル公爵家に連なる血筋らしく公爵領の一部領を任されている。


 本来、僕はその領地で鍛錬を行うはずだったが、そうはならなかった。


 その理由は僕が、その鍛錬に堪えれるほどの体力がないと判断されたからだ。


 子供の頃から剣術の鍛錬をして、それなりに自信があったから軽くショックを受けたんだよね。


 師匠曰く、暗部での鍛錬は、最低でも魔力補助なしの状態でも一昼夜をかるく走り通すくらいの体力がないとついていけないらしいのだ。

 行っても恥をかくだけだとも。


 それで僕は、ネックラ家の敷地内で体力作りに励んでいるんだ。


 それでこの走り。僕の体力を徹底的に鍛えようとしてくれているのだ。ありがたい。


 ちなみに僕の母上はブラインド子爵家の長女であり元暗部所属だった。それを聞いた時は正直驚いたよ。


 きっかけは父方の祖父母が早くに他界してしまい、若くしてネックラ子爵家の当主になった父上を、たまたま護衛していた暗部の中の一人だったらしい。


 それ以上の事は詳しくは教えてくれなかったけど、暗部が護衛に付いていたくらいだから、父方の祖父母はたぶん魔眼絡みで暗殺されたのでないかと勝手に考えている。


 それで母上と父上は出逢ったわけだけど、当時の事を話す父上は少し寂しそうな顔をしていたよ。

 聞かない方がよかったかな……そんな事を考えていると、


「師匠?」


 少し先を走る師匠がいつもと違うコースを走り出した。


「着いてこい。今日からコースを変えるぞ」


 師匠が、背中越しにそう言うと庭園のある方に向かい、膝ぐらいの小さな植木をピョンピョンと飛び越えていく。


「なるほど」


 ただ走るだけじゃないってことか。これはまたきつくなりそうだね。


「ええ……」


 アンナもそれを感じたのか、あからさまに嫌な顔をしていたが、その顔が面白い。


 そんなアンナに癒されながら、僕たちは師から引き離されないよう気をつけながら植木を飛び越えていくのだった。



 〈朝の一コマ・アンナ視点〉


「アンナいつもありがとう。すっきりしたよ」


「ふふ。クライ様、私もですから気にしないでください」


 私は上体を起こすとすぐに部屋中にクリーン魔法を展開する。

 すると、部屋中が一瞬にしてきれいになった。


 ――これでよしっと。


「クライ様。すぐにお着替えを準備いたします」


「ありがとう」


 私はベッドから降りると、側に置いていたクライ様のお召し物を手に振り返る。するとクライ様もベッドから降りていて両手を軽く広げて待ってくれている。


 ――はぁ、すごく幸せです……


 ふふ、そうなのです。うれしいことに今でもクライ様と身体の関係は続いているのです。


 もちろん、専属メイドですから、旦那様と奥様の許可は必要ないのですけど、さすがに毎晩となるとそれなりの理由を求められたりもします。


 でも私の場合、クライ様と共に絶倫スキルを宿しました。だから必要な行為だとね。


 その事を正直に申し上げたところ、申し訳なさそうな顔をした旦那様と奥様から、逆に身体は大丈夫かと気遣ってもらっているくらいです。


 ただ、クライ様に私が絶倫スキルを宿したことを伝えた時は「僕のせいかも……」と申し訳なさそうな顔をしていましたから、私にとってはクライ様との触れ合いはご褒美です、クライ様もどうか楽しんでください、と何度もお伝えしたところ少し吹っ切れた様に思えます。よかった。


 それに身体の関係を続けていたからこそのうれしい誤算もありました。


 それは私とクライ様の魔力がぐんぐん増え続けているのです。


 行為をすればするほど増え続けているということは、たぶん、絶倫スキルの恩恵ではないでしょうか。そうに違いありません(願望)。


 それについ最近では、私が裸になってクライ様のベッドに潜り込むと少しうれしそうな表情で迎えてくれるようにもなりました。かわいいですね。私もうれしいです。


 もっとも暗部の鍛錬が始まり四日に一度は一昼夜走り通さないといけないハードな日がありますので、その分行為の回数は減ってしまったけど、それでも、その日以外は毎晩お相手してくれるので私に不満はないどころか大満足です。


「はい、できましたよ」


「うん。じゃあ次はアンナの番だね」


 着替えを終えたクライ様がサラシを手に持ち私の背中の方に回る。


「アンナ、両手を広げて……」


「いつもすみません」


「ううん、気にしないで。アンナは僕の為に頑張ってくれているからな」


 クライ様が私のお胸をじーっと眺めたあとにサラシを巻き始めました。


 サラシを巻くのは、私もクライ様と一緒に走るため。


 私のお胸は大きいから走ると大きく揺れるのです。揺れると服に擦れたお胸の先っちょが真っ赤に腫れて痛くなるのです。

 でも、サラシを巻くと全然違うのですよ。


 本当なら私は走らなくてもいいのだけれども、クライ様に基礎体力がつくと、ブラインド家の領地まで走って向かうのではないかと思っている。

 そうなればクライ様は当分は帰って来るはずなく、私はこの屋敷で居残りすることになる。私はそれが嫌だったのです。


 私はクライ様の専属メイド。他の誰にも譲りたくないですし、クライ様のお側を離れたくありませんから。


 私は藁にもすがる思いで旦那様と奥様に掛け合った。


 少し困った顔の旦那様は奥様の顔を見てから頷き、私がクライ様に付いていける体力があると認められたのならば、付いて行っても構わない、なんなら一緒に鍛錬してもいいと、お許しをもらえた。嬉しかった。頑張ろうと思った。


「アンナに言われた通りにぎゅと締めると、胸がすごいことになってるけど、苦しくない? 大丈夫?」


「大丈夫ですよ。ズレる方が後々痛くなるので、そのくらいぎゅっとやってもらった方がいいのです」


「そっか、分かった」


 ずれないよう少しキツめにサラシを巻いてくれるクライ様を見て少し気になった。


 クライ様はお胸が大きな方と小さな方どちらが好みなのかと。


 私のお胸はよく男性の視線を集めてしまう、けど、クライ様からそんな視線を感じることは……少しだけ? そんなことを今更ながら考えてしまった。


 できれば大きいが好きだと言ってほしいとも。


「あのクライ様は。その……お胸は大きな方が好みですか、それとも小さな方が好みですか?」


「突然そんなこと聞いてきてどうしたの?」


 ――うっ。


 それもそうなのですが、一度気にしだすと気になって落ちつかなくなってしまったのです。


「いえ、あの、わ私は胸が大きいから……クライ様には好かれたいですし……ちょっと気になったというか……あ、でも小さな方だと言われたらそれはそれで困るというか……ああ、言わなきゃよかったかも」


「あはは……」


 背後からクライ様の笑う声が聞こえてくる。


「クライ様?」


「大丈夫。僕はアンナのことが好きだから大きさなんて気にしてなかったよ。はいっ、できたぞ」


 サラシを巻き終えたクライ様が、私の身体を、特にお胸の辺りを眺めてから満足そうに頷く。


「そうそう。これは(アンナの胸にサラシを巻く)僕の仕事だからね。必要な時は僕が巻くから、自分で巻いたり他の人に任せたらダメだよ」


 そう言ったクライ様が悪戯っぽい笑みを浮かべてからウインクした。


 ――はうっ。


 そんなお茶目なクライ様もステキです。


「はいっ、ありがとうございます。私のお胸はクライ様のモノですからね」


 うれしさのあまりつい大きな声で返事をしてしまったけど、


「あはは。それはうれしいな」


 そんな私でも、笑って許してくれるクライ様が大好きです。


 クライ様に元気をもらった私は無敵です。今日も鍛錬を頑張りますよ。

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