第6話
〈アンナ視点〉
クライ様と野鳥が停まっている庭木に向かって歩いていると、
「あ、そうだ」
クライ様が突然立ち止まりました。どうしたのでしょう。
というのもクライ様はあまり感情を表に出す方ではなかった。貴族の嫡子なのだから当然といえば当然なのだけれど……
けれども、クライ様はあの日、魔眼を宿した日を境に感情が豊かになりました。それがとても嬉しく思うのです。
それに……ふふ、私もやっと本当の意味でクライ様の専属になれましたし。今私とても幸せです。
もちろん以前の貴族然としたクライ様も好きでしたよ。
ただ、今のクライ様はもっと好きだということです。
「クライ様、どうかなされましたか……?」
「ああ。ちょっと試したいことを思い付いた」
クライ様がかけていたメガネをスッと外して笑顔を浮かべています。
――はうっ。
何という破壊力。クライ様素敵です。以前はこうも頻繁に笑顔を向けてくれることはなかったのですが、ああ……クライ様が愛おしいすぎる〜。
でもでもクライ様は自覚がないので気づいていないと思いますが、そんな笑顔を向けられた女性はたぶんイチコロです。
現に私の胸はずっとドキドキしていて治まりそうにありません。
――ふふ、そうだわ。
私はクライ様に抱きつき胸を押しつけてみる。
この胸のドキドキに気づいてください。というのは建前でクライ様がメガネを外されたのが悪いのです。いけないと思いつつも、気持ちの抑えが効きません。
「ちょ、ちょっとアンナ。なぜ抱きつくの」
「私の胸、ドキドキしてませんか?」
はぅ。クライ様が私のお胸をさわさわと撫でるように触れてる……
クライ様が大胆になられて私はうれしいです。願わくばもっと触っててください。
「たしかにかなりドキドキなっているな。うーん。これは、まだ色眼の効果が残っているのかも」
あう。色々といたした仲ですが、クライ様にはまだ早かったみたいですね。お胸の大きさには自信があったのですが……残念です。私、もっと頑張ります。
「私は元々クライ様が大好きですから……ちょっと笑顔を向けられるだけで抑えも効かなくなるというものです」
私がクライ様を好きだという気持ちはすでに伝えているので、思った時に遠慮なく私は気持ちを伝えている。だってクライ様にはもっともっと私を意識してほしいから。
それに私はきっとクライ様の専属メイドを外されたら生きていけないと思う。
今回、私の不注意でクライ様からの信頼を失いかけたから余計にそう思うのだ。
「そうなのか?」
「はい。クライ様はとても素敵です」
クライ様は如何に自身が美しい存在であるのか、もっと自覚して慎重に行動してほしいところなのですが、
「あはは、そんなまさか。アンナは僕のことを色眼で見過ぎてるんだよ」
抱きついたままの私の背中をクライ様がぽんぽんと優しく叩いてくる。
そう、クライ様のご家族も揃ってお美しいから私が何を言っても理解されないのだ。歯痒い。けど、これはもう仕方がないことだと諦めている。
「本当ですよ」
「ははは、そういうことにしておくよ」
ほんとクライ様の笑顔は反則ですね。でも、クライ様が色眼を宿してから私たちの関係は変わった。もちろんいい意味で。
「もう。えい」
私もお返しとばかりにぎゅっとお胸をおしつける。このお胸はクライ様のものです。もっと興味を持ってくださいって意味を込めて。
「アンナ苦しい。苦しいって」
そんな思いも気づいてもらえないんですけど、それでもいいのです。
「ダメです。離しませんよ」
私は今、クライ様の専属メイドだったことに感謝しているのだから。
そして、そんな立場を与えてくれた旦那様や奥様にも感謝している。
クライ様は私より六つも歳下なのに背が高く美しい顔立ちのせいか大人っぽく見える。
しかも、聡明で性格も良く最近ではクライ様の方が年上なのではと錯覚してしまうほどしっかりとしていて頼り甲斐も出てきた。
そんかクライ様と私とは肉体関係にもある(ここ重要)。
色眼を制御する、という目的はあるけど、大好きなクライ様からたくさんお相手をしていただいた後には、夢ではないのかとこっそり自分の頬を何度も摘んだものです。ふふ。
だからこそクライ様には幸せになってほしい。私がそれをできればいいのですが、生憎と私は平民。
どう足掻いてもクライ様の正室はおろか側室だって無理でしょう。
可能性があるもすれば妾かな。ううん。妾でもなんでもいい。私は愛するクライ様のお側にいたい。一生お世話したいし、支えたいのです。
ただ、最近不安もでてきました。というのもクライ様は優秀です。
あともう少しで色眼を制御できそうなのです。そうなれば身体を求められる回数だって減るかもしれない。そんなの嫌です。
けど希望もある。それはクライ様がまだ十二歳ということ。これから思春期に入ります。
きっと性欲を持て余す時期が来るに違いないのです。
その時は私が毎日のように処理をしてあげたい。いや私が絶対に処理して見せる。
でも、クライ様は魅力的すぎるから、それまで私が堪えられるかが心配。現に今だってクライ様からいい匂いが漂ってくるし、抱きしめるだけじゃ我慢でそうにありません。
もう、いっそのこと今のうちから毎朝晩お世話をして習慣化するという手も。うん、そうよ。それがいいです。私、頑張りますよ。
「アンナ? ボーッとしているけど大丈夫か?」
――はっ。そうだった。
クライ様のそんな声に、私はクライ様に抱きついていることを思い出した。
どおりでクライ様のいい匂いを感じるはずだ。
「失礼しました。クライ様を堪能していたもので……」
「あはは、女性のアンナがそんなことを言うの? 本当、アンナは面白くなったよね。あ、もちろんいい意味でだよ。アンナはそれでいいと思う」
「クライ様には恥ずかしい姿もそうですが、身体の隅々まで色々と知られてますからね。今さらですよ」
「あはは、そうかもね。でもそれはお互い様でもあるんだよ」
それからクライ様の隣を並んで歩き、いつも野鳥が停まっている庭木に近づいてみると、小さな野鳥を見つけた。
「おっ」
紅すずめだ。紅い模様が入った小さくて可愛いらしい小鳥。果樹園の果実を勝手に食べていくいたずら好きの野鳥だ。
その可愛らしさから飼い慣らそうとする人は多いけど、絶対に人には懐かない。野鳥とはそういうものだ。
「アンナはそこで待ってて」
「はい」
逃げられたら困るので私はクライ様の指示に従いその場で待機する。
クライ様がゆっくりと野鳥に近いていく。この位置からクライ様の背中しか見えないけど、たぶん、クライ様は今、色眼を使っているに違いない。
――あっ……
不意に野鳥がクライ様の方に顔を向けた。私は野鳥が飛び立って逃げる未来を想像したが、そうはならなかった。
「おっ、成功した!」
すぐにクライ様から嬉しそうな声が耳に届き、私まで嬉しくなった。
野鳥までの距離は三十メートル(開発者が現代日本人だったため、距離の単位も同じ)だった。それなのに成功させたクライ様の色眼の範囲はかなり広いことが分かる。
でもクライ様ならきっとその距離もまだまた伸ばせるんじゃないかなと、私は思っている。
ピピッ
小さな野鳥が飛び上がりクライ様の左肩に停まった。人に懐かない野鳥がです。
「クライ様すごいです」
私は思わず小さく拍手をした。普通では絶対にありえないことだったから。
「うん、本当すごいよね色眼って。まさか野鳥にも有効だなんてね」
それから、クライ様はしばらく野鳥を思うように飛ばしたり、自身の両肩を左右に行き来させたり、手のひらに乗せてみたりして楽しんだ。
私はそんな楽しそうにするクライ様を妄想と現実の狭間で眺めていたんですけど、
――クライ様の笑顔が素敵。ぎゅっと抱きしめたいです。
「ほら、アンナも触ってみて」
突然クライ様から声をかけられてハッとする。
「うえっ!? いいんですか。まあ、羽がふわふわですね」
変な声が出てしまったけど、クライ様はそんな私を見てくすくすと笑っていたけど、気づかないフリをして野鳥に触れる。
「あはは」
クライ様が笑っていると私まで嬉しくなるな……
でもそんな楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気がつけば一時間余り経っていた。
そろそろ解放してあげないと小さな野鳥の身体では負荷に堪えられず弱ってしまうかもしれない。
「そろそろ放してやらないとな」
どうやらクライ様も同じことを考えていたようです。
すぐにクライ様の赤い瞳が黒い瞳へと変わった。クライ様が色眼を解除したようです。
「付き合わせて悪かったな。ありがとう。もう行っていいぞ……? あれ?」
「……逃げま、せんね?」
クライ様が色眼を解除しても操っていた野鳥が逃げていかない。
野鳥は絶対に人には懐かないはずなのに。それどころかクライ様の指に顔をすりすりと擦り付けている。
そんな小さな野鳥の姿は可愛いけれどクライ様も困っている様子。
「うーん。ごめんな。僕は君を捕まえる気はなかったんだよ。ほら飛んで行くんだ」
クライ様が何度か両手で包み込み空へと向けて飛び立たせようとしているが、懐いた様子の野鳥は一向に飛び立つ気配がない。
「飛んだ!?」
やっと飛んだかと思えば、クライ様の頭上をくるりと旋回した後、再びクライ様の左肩に停まり、すりすりと頬ずりしている。
「これは、完全に懐かれたみたいですね」
「……そうみたいだね」
こうまで懐かれると無碍にもできない。困った顔のクライ様。そんな困り顔もまた愛しい、って今はそうじゃないのです。
「クライ様、懐かれてしまったものはしょうがありません。
旦那様に報告してクライ様の部屋で飼うのはどうでしょう。もちろんお世話は私がいたします」
私はクライ様の左肩に停まる野鳥にクリーン魔法をかけた。
島から島、国から国へと、自由に飛び回る野鳥は病気を持っていることがあると聞いたことがあるからだ。
これは屋敷に病気を持ち込ませないための当然の処置です。
「ううん。それだとアンナに悪いから僕も手伝うよ。二人でお世話をしよう」
「クライ様も? いいのですか?」
二人で飼う。クライ様と二人でお世話。ふふふ、共同作業ですか。子育てするみたいでアンナはとても嬉しいです。
「ああ。でもまずは父上に報告だな」
「はい」
野鳥を左肩に乗せたまま歩き出したクライ様。
私は素早くクライ様の右腕に腕を絡ませてから胸を押しつけ何事もなかったようにクライ様の歩幅に合わせて歩くのです。
「アンナ? なぜ腕を絡めるの?」
「クライ様は色眼制御を頑張りました。そのご褒美です」
「ご褒美……」
「私のお胸。こうすると柔らかいから気持ちよくないですか?」
ぽよん。ぽよん。
「ん……たしかに気持ちがいいかも」
私がそう言うとクライ様は納得してくれたらしく、私の腕を振り払うことはしなかった。私は心の中で小躍りする。やったね。
クライ様には私の身体を求めるようになってほしいから、ちょっとずつ私にの身体に触れることへの抵抗をなくもらう予定なのです。
「それでは屋敷に戻りましょう」
「そうだね」
クライはまだ知らなかった。色眼を使われたものは種族性別関係なく好意を抱くということにを。
色眼で操られている時間が長ければ長いほどその好意が大きくなっていくということを……
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