第4話
身支度を整えた後にアンナから色眼の影響を受けた時のことを思い出す限り聞いた。
その内容に僕は驚く。アンナはあんな暴走にも近い状況下でもアンナの意識はハッキリとしていたというのだ。
それが自分の抱いていた想いと重なり本能のまま欲望のままに流されてしまい、止めることができなかった、いや止めなければならないという思いは全くなく、ただただ一つになれたことが嬉しくてたまらなかったのだとアンナは素直に口にする。
そんなアンナの顔は終始真っ赤っかだったけど。
僕もアンナことが気になっているのでそんな事を言われて嬉しくないわけない、というかどうも変な夢を見てからというもの年上のアンナが可愛くてたまらない。
ただアンナの話を聞いて気をつけなけれならないことにも気づく。
それは、仮に色眼を上手く制御するようになり、相手を意のままに操ったとしても、操られた本人はその時の記憶をハッキリと覚えているってことだ。悪いことはできない……って何考えているんだ僕は。
夢を見てからというもの、なんだか違う自分が混ざり合っているかのように感じてちょっと落ち着かない。そんなはずないのに。
「……右目、まだ赤いや」
気持ちを切り替えるために姿見に目を向けるが、僕の右目はまだ赤いままだった。
「もうそろそろかな」
僕は今、父上からの指示を待っていた。というのもアンナから色眼の影響を受けていた時のことを聞き終えた時にはすでに朝日が昇り始めていたのだ。
この時にはアンナの心の声も聞こえなくなっており少し残念に思ったが、って何を考えているんだ僕は。
いつもならば朝食を摂るために食堂へと向かう時間だが今の僕は色眼が制御できていない。だからアンナを使いに出している。
ほら、こんな状態で部屋の外を歩くのは危険だからね。
「クライ様、お待たせしました」
「父上は何と、ん? それは何?」
父上のところまで報告に行ったアンナは小さな小箱を抱えて戻ってきた。
「これは旦那様からお預かりしたものです。魔眼の力を抑える道具らしいですよ」
「へぇ、そんな道具があったんだ」
そんな便利な道具があるのならば、早くに教えてくれていてもいいのに、そう思いつつ僕はアンナから小箱を受け取る。
「うわ……」
小箱を開けてみるとお酒のビンの底ほどに厚いレンズのハマった黒縁メガネが入っていた。
しかも、そのレンズは分厚過ぎるのか、横から見ると黒縁からはみ出していて、すごく不格好だった。
「変なメガネ」
正直格好悪い、かけたくないと生理的に思ってしまうが、それよりも色眼を抑えるほう大事だと気づき、諦めてその変なメガネをかけた。
――はぁ。カッコ悪い。
一応、姿見で自分の姿を確認してみたが、すごく似合っていなかった。
俺はすぐにそう思ったが……
「クライ様よくお似合いですよ」
アンナはなぜかとても嬉しそうだった。今日一番の笑顔だ。僕には意味が分からなかったが、うれしそうなアンナ顔を見て僕の気持ちも少し穏やかになる。
「アンナが言うなら、そう悪くないのかもな」
「はい。それはもう、ずっとおかけになっておくべきだと思いますよ」
笑顔のアンナが両手に拳を作ってこくこくと頷く。
僕のことを一番に考えてくれるアンナが言うのならばと納得していたが、そのアンナ自身が僕の制御し損ねた色眼の影響が残っており、僕がどんな格好をしようともカッコよく見えていたのだと知る由もなかった。
「いや、さすがにそれは遠慮したいけど、今の僕はこのメガネを拒むことができないんだよね」
このメガネ、僕の方からはメガネをかけている前と同じように視界がハッキリとしているけど、鏡に映る僕の姿は、分厚いレンズ(不透明)により僕の黒眼は遮られている。なんとも不思議なメガネだった。
「それで父上はなんと」
「はい、そのメガネをかければ出歩いても問題ないはずだから朝食の前に執務室に来るようとおっしゃってました」
「分かった。すぐに行こう」
僕はすぐに執務室へと向かった。
執務室の前でノックをし、父上からの返事を待ち中に入る。
アンナは執務室の中までは入らず外で待機する。
執務室に入ると執務席に腰掛けた父上と、その後方には執事のセバスが控えているが……
――ぇ!? 母上までいる。
いつもならいないはずの母上までいて僕は驚く。
母上は執務室にあるソファーに腰掛けていた。
――なんで母上までいるんだ。
アンナと行為をした後だ。同性の父上には話せても異性の母上にはちょっと話しづらいと思ってしまう。
だからどんな顔を向けていいのか戸惑うし、焦りもする。
「ち、父上、朝早くから申し訳ございません」
それでも目の前にいる父上に向かって何も口にしないという訳にはいかない。
僕は意識を父上に向ることでどうにか口を開いた。
「気にするな。それよりアンナから報告を受けた時には半信半疑だったが、その姿、どうやら聞き違いではなかったようだな」
メガネ姿の僕を父上が物珍しい者を見るかのように見ている。
それは母上やセバスも同じだった。
――ち、沈黙がつらい。
メガネをかけ慣れていない恥ずかしさに、十二歳で大人の階段を上ってしまった後ろめたさ、色々と複雑な感情が重なり居心地が悪いが、言うべきことを決めていた僕はすぐに口を開く。
「父上、ネックラ家が魔眼を宿す家系だということは、もうすこし早くに教えていただきたかったです。僕は危うく大切な人を失うところでした」
そう、それはアンナの事だ。あの夢の中の男の記憶がなければ、僕はトラウマを抱えて、アンナを失うことになっていた。
「!? それは、そうだな。すまなかった。謝る。ただ、いや、今さらだとクライには言い訳にしか聞こえないだろうがどうか聞いてほしい」
父上が言うには、魔眼を宿す一族(ネックラ家)だからといって必ずしも魔眼を宿すとは限らないため、心身ともに成長し役割を理解できる年齢までに伝えれば良いと判断していたそうだ。
代々魔眼を宿す者は十六歳の年齢で宿しており僕が特別早かったのだとか。
「アンナには……元々専属メイドになってもらう過程ではそのようなら役目もあることは伝えていた。
もちろんクロイ(弟)の専属メイドにも伝えている。だが、今回のことを踏まえ、クロイ(弟)にはお前と同じ年齢、十二歳になったら伝えることにしよう」
「そういうことでしたか、すみません。ありがとうございます」
理由が分かり納得もできた。弟についても考えてくれた。あとは……
「それで、僕の宿した魔眼なのですが、色眼と言うらしいです」
僕は宿した色眼について、夢の中の男の記憶と、アンナから聞いた内容を説明できる範囲で伝えた。
「なんとっ! 相手を意のままに操るということは、本音をも吐かせることができるのではないのか!?」
「はい。たぶん可能ですね。でも、相手はその時の言動をハッキリと記憶しているみたいですけど」
「いや、それでも十分だろう……」
「ええ。十分だわ」
「クライ坊ちゃん」
驚く父上と母上、セバスはなぜかうれしそうに涙まで流す。一体どうしたというのだ。
「ネックラ家が宿す魔眼はな」
父上の話では、ネックラ家は代々魔眼を宿す家系であるが、その魔眼は真偽眼というものだった。
真偽眼は相手の言葉が虚偽か真実かを見抜くだけのもの。それだけでも十分にすごいことなのだが、手練れの諜報員になると、虚偽は見抜けても、十分な情報を引き出すまでには至らなかったのだとか。
ちなみに父マクロは真偽眼を宿していて、宰相の補佐をしている宮廷貴族。もちろん領地はなく、王都の貴族街の屋敷に住んでいる。
「クライは、今日からしばらく剣術と勉学を休み、色眼の制御を優先する方がいいな」
「そうね。それがいいと思うわ」
父上が機嫌良くそう言えば、同じようにうれしそうな笑みを浮かべた母上がソファーから立ち上がる。
「ありがとうございます。僕もその方がいいです」
「うむ。では、少し遅くなったが皆で朝食にしよう。クロイが腹を空かせて待っているだろうからな」
「ふふ、そうね」
そのあと少しご機嫌斜めになっていた弟のクロイを宥めはしたものの、ネックラ家の朝食はとても賑やかなものとなった。
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