Episode︰03 野郎どもと乙女達の秘密の会議

 美姫が静香に怒られている間に、重箱弁当の"攻略"を完了した蓮。

 予鈴のチャイムが鳴ったのは、「ごちそうさまでした」と告げてから僅か数秒だった。

 片付けを手早く済ませて、教室へ戻る三人。


「ど、どうだったかな、九重くん。その、私のお弁当……」


 廊下を渡る途中で、美姫がまた不安そうに弁当の感想を訊いて来る。

 完食してくれた事と、美味しかったかどうかはまた別問題だが、蓮は特に取り繕うこともなく頷いた。


「うんまぁ、予想を遥かに上回るボリュームの弁当だったけど、おかずはどれも美味しかったし、機会があったらまた食べてみたいな」


「……ホッ」


 前向きな感想だったことに、胸を撫で下ろす美姫。

 

「そう言えば朝霧さん、さっきは俺が思いっきり勘違いしたけど、本当は「友達になってほしい」って言いたかったんだよな?」


 さっきと言うのは、美姫の言葉の続きを汲み取るべきなのかと判断して、蓮が「今度は俺が弁当を作ってくればいいんだよな」と答えてしまった時だ。


「う、うん。九重くんは一緒にいて嫌じゃないし、九重くんさえ良かったら、後で『RINEライン』のアドレス交換してほしいな?」


「もちろん。俺も朝霧さんとは友達になれたらいいなって思ってたし。後で……五限が終わったあとか」


 二人で話しているところに、怒るだけ怒って気が済んだ静香も混ざってくる。


「あ、それあたしも混ぜて混ぜてー」


「うん、松前さんもだな」


 そうこうしている内にクラスの教室に到着、五限目の授業が始まる。






 五限の授業が終わって休み時間に入った途端、駿河は蓮の席にすっ飛んで来た。


「さて蓮……さっきの昼休みはどうだったのか、教えろぉ!」


「いきなりだな……」


 まだ教科書もノートも仕舞っていないのに、と言いながらも次の六限目の授業の用意と、それとは別にスマートフォンも取り出していく蓮。

 その駿河に一歩遅れてやって来るのは鞍馬。


「お前はがっつき過ぎたよ駿河……まぁ、事の顛末は僕も知りたいからな」


 血涙を流す駿河を慰めていただろう鞍馬も、蓮の動向が気になっていたようだ。


「どうだったって言われても、朝霧さんの弁当をいただきました、としか言えないんだけど」


「それだけじゃないだろ!「いただきます」と「ごちそうさまでした」の二言だけで昼休みが終わるわけが……終わっていいはずがない!」


 駿河の求める回答は、詳しい会話の内容のことらしい。

 そこまで問い詰めるようなことでもないのに、と思いつつ、蓮の視線は駿河とは別方向……美姫と静香の方に向けられる。

 その手にはスマートフォンが握られている。


「九重くん、RINE交換しよっか」


「うん」


 蓮もスマートフォンを起動してアプリを開くのを見て、駿河は「RINEを交換するくらい仲良くなってるのかよ!?」と嫉妬に狂いかけて、ふと疑問符を浮かべたような顔をする。


「ってか、昼休みの内に交換しなかったんか?」


「朝霧さんが作ってきてくれた弁当が、予想よりも大きくて、食べてるだけで昼休み終わってさ」


 駿河にはそう話す片手間に蓮は、美姫と静香とのアプリのIDを交換し合う。


「いいないいなー!俺も混ぜてくれよー!」


 すかさず懐からスマートフォンを取り出す駿河。


「なんでまた……朝霧さん、松前さん、悪いけど駿河の分も交換してやってもいいか?」


 突然駿河まで乱入してきたので、混ぜても良いかと一言断りを入れる蓮だが、女子二人の方は特に嫌がるような様子は見えない。


「うん。九重くんは良くて、芝山くんはダメって理由は無いし」


「そうそう、むしろフレンドが増えてラッキーだし?」


 それなら、と静香は駿河の一歩後ろにいる鞍馬にも声を掛けた。


「そっちのイケメン……有明くんだっけ?も、一緒にどう?」


 どうやら鞍馬も巻き込んだようだ。


「ん、損するものじゃないしな」


 そう言いながらも鞍馬もスマートフォンを取り出したところで、


「お取込み中悪いけど……静香、次の授業は英語なんだから、私のノート早く返してくれる?」


 雛菊もやって来る。

 英語のノートを静香に貸していたようで、次の授業が始まる前に返して貰いに来たようだが、


「あっ、せっかくだからヒナもこの三人とRINE交換したら?」


 この状況からさら雛菊まで巻き込んでいく静香。


「え、えぇ?別に私のは交換しなくてもいいんじゃ……」


 それよりノートを、と話題を逸らせないように釘を刺そうとする雛菊だが、静香の方が一枚上手だった。


「ヒナもRINE交換会に参加するなら、ノート返そっかなー」


「なんでそうなるの!?……あぁもう、仕方ないわね」


 雛菊も自分の机に掛けている鞄からスマートフォンを持ってくると、同様に男子三人とのIDを交換し、約束通り静香からノートを返してもらう。


 蓮、美姫、静香の三人の間だけで済ませるはずが、さらに駿河、鞍馬、雛菊まで巻き込む結果となった。






 放課後。

 今日は蓮、駿河、鞍馬の三人とも特に予定が無いと言うことで、駅前のバーガーショップで駄弁ることになった。


 蓮と鞍馬はそれぞれホットコーヒーとオレンジジュースだけを、駿河は食欲が余っているのかセットメニューを注文し、四人用の席に着く。


「単刀直入に訊く」


 駿河のこの一言が始まりの合図であった。


「蓮、お前朝霧さんのこと好きだろ?」


「んぐッ!?」


 蓮は啜っていたホットコーヒーを吹き戻しそうになって慌てて飲み込み、むせたので咳き込む。


「ゲホッ、……いきなり何だよ?」


「そのまんまの意味だっての。どうなんだ?」


 どうせいつものように他愛もないことを駄弁り合うのだとばかり思っていた蓮にとって、これは変化球によるデッドボールを喰らったも同然だった。

 呼吸を落ち着かせてから、蓮は話せるように言葉を選ぶ。


「そりゃまぁ、好きか嫌いかの二択で選べって言うなら、「好き」だよ。でも、それが恋愛感情かどうかって訊かれたら分からないし、……本気で誰かを好きになったことが無いから、恋愛感情そのものが分からないと言うか」


「ハッキリしねぇなぁ」


 蓮の答え方に腑に落ちないものを覚える駿河は、勢いよくハンバーガーに齧り付く。


「駿河は端的な答えを求め過ぎだな。好きか嫌いかで全部決まるんなら、世の中の男と女は苦労しないさ」


 一歩退いた視点から事の推移を見ていた鞍馬は、オレンジジュースを一口啜ってからその続きを口にする。


「まぁ確かに僕も、蓮と朝霧さんがいい感じにくっついたらいいなとは思ってるけど。少なくとも、朝霧さんは蓮に対して悪感情は抱いて無さそうだし、今回のお食事会で「男友達」として認めてもらえたんなら、あとはちょっとずつ距離を縮めていって……そこからは自分次第だな」


「自分次第……?」


 思わず鸚鵡返しになる蓮。

 今ひとつ的を射ていない彼を見兼ねてか、鞍馬はもう少し直接的な言葉を使った。


「『好きになるかどうか』だよ。好きになったんなら、頃合いを見て告白すればいいし、……あ、結果は自己責任だから、フラれたからって僕に当たるなよ?」


 好きになるかどうか。

 蓮は自分の中でその言葉を反芻してみて、「今はまだその時ではないのだろう」と言う考えに行き着いた。

 今すぐここで決める話ではない、ということだけは分かったとも言える。


「さすが、彼女持ちのリア充は言うことが違うな」 


 駿河は多分に妬みを含ませた反応を示したが、鞍馬は鞍馬で"らしくない"ことを言ったのか目線を逸しつつ「別に、僕は単なる一般論を言っただけだよ」と返す。

 その様子を尻目に、蓮はもう一度コーヒーを飲み直して、思考を整理する。


「(俺は、朝霧さんのことが好きなのか?)」


 自問自答。

 好きか嫌いかの二択ではなく、これが恋なのかどうか。

 世の中の恋する人達は、何を基準にして恋愛感情だと判断しているのだろうか。

 やはりそれはまだ時期尚早、答えは見えそうにない。






 駄弁るとは言えそれほど長時間居座るわけでもなく、早々に店を出た三人。

 鞍馬は帰り道が蓮や駿河とは逆方向なので店前で別れてから、野郎二人で家路への帰路を辿る。


「なぁ駿河」


 考え込む蓮は、気怠そうに背伸びをしている駿河に話しかけた。


「お?どうした」


「俺さっきさ、朝霧さんのことが好きなのかって訊かれて、それは恋愛感情なのかどうか分からないって答えたよな」


 さっきの話の続きか、と駿河は背伸びをやめて視線を彼の方へ向ける。

 その先を言おうとした蓮を遮るように、駿河はばつの悪そうに口を挟んだ。


「あー、その、なんだ。さっきは、デリケートな問題なのに、変に問い詰めたりして悪かった、スマン。朝霧さん達とRINE交換してテンション上がり過ぎちまった」


 先程の質問はやはり直接的過ぎたと思っていたらしく、頭を下げるとまではいかなくとも、悪いことをしたとは思っていたようだ。


「いいよ。立場が逆だったら、俺も気になってたかもしれないし、駿河の気持ちも分かるよ。さすがに少し困ったけどさ……」


「はー……お前ってほんといい奴だよな、蓮」


「そうか?駿河もいい奴だと思うぞ」


「そう言うところがいい奴なんだよ、お前は、なっ!」


 お互いに「いい奴」と呼び合って気を良くしたのか、駿河は顔を綻ばせて、蓮の背中をバシッと叩く。

 駿河の謝罪はそこまでにして、本題を戻す。


「けどまぁ……、朝霧さんのことを好きになるかどうかは別にして、気になるって言うんなら、実際に付き合ってみたらいいんじゃねぇか?」


「えぇっ、そんな気軽な感じでいいのか?軽薄な奴だって思われないか?」


 簡単に「付き合ってみればいい」と言う駿河に、蓮は「それでいいのか」と訊き返す。

 そんな簡単でいいとは思わないから、先程から考え込んでいると言うのに。


「いい……かどうかは分からんけど、考え方のひとつだって。『好きになったから付き合う』だけじゃなくて、『付き合う内に好きになる』って言うケースもあるって話だ」


「な、なるほど……駿河って意外と詳しいな?」


 蓮は率直にそう言ったつもりなのだが、それを聞いた駿河は何故か突然ガックリと肩を落とした。


「残念ながら、情報の出処は俺の経験談じゃなくてネットからだ……自分で言っててちょっと悲しいけどなっ!」


「う、うん?そうなの、か?」


 どう反応すればいいのか判断に困り、とりあえず頷く蓮。

 とは言え落としていた肩もすぐに元の位置に戻す。


「あとは……アレだ、『朝霧さんの方から告白してくる』ってレアケースもワンチャンあるな」


「いやいやっ、それこそワンチャンスも無いって。だって彼女、男子が苦手なんだぞ?ちょっと親切にしてくれたくらいで、そこまでに至るか?」


 今度は蓮が慌ててそれを否定する。

 確かに今回の件で、美姫の蓮に対する警戒心などは弱まり、"友達"にはなれたが、美姫からすれば蓮など『大勢の男子の中の一人』と言う認識だろう。

 そんな彼女が正面切って自分に告白してくる、という状況がイメージ出来ない。


「いや、どうだ?RINEの交換しようってなったのも、今回の食事会がきっかけなんだろ?それなら可能性は全くのゼロじゃない!」


「すごいポジティブシンキングだな……そこは素直に尊敬したい」


 ――今ここに鞍馬がいれば「随分と都合の良い誇大妄想だな」とツッコミが入ったかもしれないが。


「だろだろ!?もっと尊敬していいんだぜ!」


 今俺は良いことを言ったぜと言わんばかりにサムズアップする駿河。


「……そこで自分を見せたがるから、駿河はモテないんじゃないのか?」


 しかしそのサムズアップも、蓮からの言葉ですぐに引っ込むことになる。


「ぬぐっ……そう言われると、そうかもしれん……」

 

 痛いところを突かれたようで、駿河は口惜しそうに唸る。


「と、とにかくだ!」


 逸れてしまった話を戻して自分のことを遠ざけようとする駿河。


「朝霧さんから告白してくることもあるってことだ!」


「そりゃ可能性はゼロじゃないけどさ……」


 それはほんのゼロコンマ以下の確率だろう。

『全くのゼロではない』が、逆に言えば『限り無くゼロに近い』とも取れるのだ。

 蓮が捉えているのは後者の方。

 何かの奇跡でも起きなければ、限り無くゼロに近い確率など当たるわけがない。




「そんじゃ、また明日なー」


「うん、またなー」


 途中までのところで、駿河とも別れる。

 後は自宅へ帰るだけだが、その最中にも蓮の考え事は続く。


 結局のところ自分はどうしたいのか。

 美姫と付き合いたいから好きになるのか?

 付き合いたいかそうでないかと言うのなら、回答は当然「YES」ではあるのだが。

 だが、ただ「付き合いたいから」好きになるのなら、美姫で無くとも良いのではないか、と言う考えにも至る。


 次に思い浮かぶのは、美姫の友達である雛菊と静香。

 確かに二人とも可愛いとは思う。

 しかし、付き合いたいとまでは思わないのだ。


 視点を変えてみる。

 美姫、雛菊、静香の3人の中から誰かを選べと言われたなら。

 答えは当然、美姫だった。


 だとすれば、どうしてここまで美姫のことが気になっているのだろう?


「(なんだか……よくあるラブコメの主人公みたいじゃないか)」 


 一度に三人もの女子と仲良くなって、その中から一人を選ぼうとするなど、なんとも典型的なラブコメではないか。

 唯一違う点があるとすれば、選択肢はあっても選ぶ相手は最初から一人だと決まっているところか。


 ふと、難しく考え過ぎてはいないだろうか、結論を急ぎ過ぎてはいないだろうか、と思い直す。


「(そうだな、慌てて焦っても仕方ないよな、うん)」


 言い訳がましく自分にそう言い聞かせると、思考を一度棚上げすることにした。

 せっかくなのだから、後でRINEでメッセージを交わすのもいいかもしれない。

 無意識の内に美姫とのやり取りを楽しみにしつつ、蓮は帰路を辿る足を少しだけ速めた。






 蓮達三人がバーガーショップで駄弁っていた頃と時を同じくして。


 美姫、雛菊、静香の三人は、ケーキカフェで小さな女子会を開いていた。

 お題はもちろん、『美姫と九重くんについて』である。


「と言うわけで美姫さん、実際のところ、どうなんでしょうか?」


 各々、食べたいケーキや飲み物をオーダーしてから席について開口一番、静香が踏み入ってきた。


「ど、どうなんでしょうかって、えぇと……九重くんのこと、だよね?」


 戸惑いながらも、美姫は今回の女子会が開かれた理由から静香の質問の内容を読み取る。


「ぶっちゃけ、九重くんのこと、好き?」


「えぇっ!?」


 いきなり核心に触れようとする静香の問いかけに、美姫は自分の首から上が爆発したのを感じた。


「静香……いくらなんでも行程を飛ばし過ぎてない?」


 冷静に雛菊が静香を抑えに入る。

 美姫にいきなりそれを訊くのは、彼女の心臓に悪い、と。


「いや、こうでもしなきゃ美姫はもじもじしてばっかりで話進まないしさ?」


「無理に言わせることじゃないでしょう。……私も気にはなるけどね」


 静香で無くとも、他人の恋バナを知りたいと聞きたいと思うのは女の子の心理と言うべきか。

 数秒の躊躇いの後に、美姫の口が開かれる。


「……その、嫌いとかじゃないよ。優しいし、今日のことだって、私がお詫びする側なのに何かと気遣ってくれてたみたいだし、すごくいい人なんだと思う。ちょっと考えがズレてるところもあったけど」

 

「あー……、"アレ"はホント空気読んでなかったね。いやむしろ、空気を読んだ上での発言が"アレ"だったのかも?」


 静香の言う"アレ"とは、美姫が「友達になってください」と言おうとしたところを、蓮が勘違いして「俺にも弁当を作ってきてほしいんだよな?」と訊き返したことである。

 この事は当然、静香から雛菊にも伝えられている。


「でも、好きになるとか、お付き合いしたいとか……そこまでは思ってないよ。確かにね、九重くんみたいな優しい人が彼氏になってくれた人は、きっと幸せなんだろうなぁって思うけど……」


「は?そんなのもう"好きになってる"んじゃないの?」


 開け透けに言う静香に、美姫は「そ、そうなの!?」とまた顔を真っ赤にする。


「え、え、でも、告白したいとか、されたいとか、そんなの思ってないのに、「好きになってる」って言えるのっ?」


 慌てる美姫を見て、静香は心中で「これは好機」と意識が傾く。


「そう、言えるの!まだ美姫が自覚してないだけで、心の奥底では好きになっ……」


「待ちなさい静香」


 囃し立てようとする静香を、雛菊が歯止めをかける。


「美姫の反応が面白いからって、思考誘導させようとしてない?」


「思考誘導なんて人聞きが悪いなぁもう、あたしはただ美姫の恋路を応援してあげようとしてるだけなのに」


「それは、美姫がちゃんと自分で九重くんのことを好きになってから言うものでしょう。誰かの手で好きにさせようとするのは、恋路を応援するとは言えないわ」


「むっ、ヒナはいつだって正論で返してくるぅ……」


 美姫を焚き付けてその気にさせようとしていたことを見抜かれたのか、静香は恨めしく睨み返す。

 静香と雛菊の睨み合いが続く中、美姫はもくもくとケーキを頬張りながらも、自分の気持ちを落ち着けていた。


「(そうだよ。九重くんだって、せっかくの親切心を無碍にしちゃうような人なんて、好きになったりしないし……これは、そう!静香ちゃんが恋バナに飢えてるだけ!きっとそう!うん!)」


 そう思い込もうとしながらも、美味しそうに自分の弁当を食べてくれる彼の姿が思い浮かぶのは何故だろうか。

 生クリームに塗れた口の中を紅茶ですすぎ、動揺と共に飲み込む。

 ようやく幾分か気持ちが落ち着いた時、雛菊と静香の睨み合いも終局を迎えようとしていた。


 が、


「あっ、いいこと思いついちゃった」


 不意に静香が何かを思いついたように笑みを浮かべた。

 その笑みを見た瞬間、美姫と雛菊は同時に同じことを言外に呟いた。


 絶対に良くないことを考えているに違いない、と。


「美姫、ちょっと耳貸して」


「え、なになに……何言うつもりなの……?」


 聞いてはならないと心がストップを掛けるものの、思わず耳を傾けてしまう。


「ちょっと静香……変なこと吹き込んだらダメよ?」


 一応雛菊が釘を指すが、静香は「大丈夫大丈夫ー」と軽く返す。


「―――――」


「…………………………!?」


 この時、美姫はちょっとだけ後悔した。

 これはきっと、悪魔の囁きだったのだと。






 その日の晩。

 蓮はRINEのアプリで、美姫個人へ宛てた画面を開いていた。

 さて、何を書き込んで送信すべきか。

 相手は昨日今日知り合ったばかりの、それも異性だ。

 駿河や鞍馬に宛てる時と同じようなノリのメッセージが通じるとは限らない。

 初めてなのだし、少し固い感じの方がいいかもしれない。


「〈こんばんは。せっかくなのでメッセージを送ってみました〉……と」


 内容を見直してから、送信ボタンを押し込む。

 すると、送信完了と同時に、美姫の方からもメッセージが送られてきた。


「お?なんだなんだ……」


 ほんの数秒のタイムラグか、美姫のメッセージの方が上に書き込まれ、そのすぐ下に蓮のメッセージが置かれる。


〈こんばんは。突然でごめんなさい。明日、九重くんとお話ししたいことがあります。明日の朝、ホームルームが始まる前がいいです。いつもより少しでいいので、早めに登校して来てください〉


「……話したいこと?」


 何を話すつもりなのだろうか。

 今はそれを考えるよりも、美姫への返信が先だ。

 蓮は素早く指先を上下左右させて文字を書き込む。


〈分かりました。教室で待ち合わせですか?〉


 送信完了と同時に既読が表示され、すぐにメッセージが返ってくる。


〈教室じゃ恥ずかしいから、中庭でお願いします〉


「は、恥ずかしいこと……?」


 ますます分からなくなる。

 疑問が頭の中に積み重ねつつも、メッセージを書き込む指は止めない。


〈中庭ですね、了解です〉


〈よろしくお願いします。では、おやすみなさい〉


 すぐに返ってきた美姫からのメッセージを確認し、蓮はアプリを閉じた。


 彼女が自分に対する、恥ずかしい話を話したい。

 それはもしかすると……


「いや、まさかな」


 駿河の言っていた「朝霧さんの方から告白してくる」と言うケース。


 さすがにそれは無いだろう。

 きっと美姫のことなのだから、明日に改めて「友達になってください」と言ってくるのかもしれない。

 何せ、「友達になってほしい」と自分が勝手に判断しただけで、美姫もそれを否定していない。面と向かって言われてはいないのだから。

 わざわざお詫びをさせてほしいと嘆願してくる彼女のことだ、そう考えれば考えるほど、その線が濃いと思えてきた。

 ついでに考えれば、美姫自身は「友達になってくださいと言うのも何だか恥ずかしい」と言っていたのだし、やはりそうなのだろう。


 明日に中庭に向かい、美姫が「友達になってください」と言ってきたら、「うん、いいよ」と答えれば良いだけのこと。


 それなら気楽に構えた方がいい。

 変に緊張などしては、美姫も緊張するかもしれない。

 今晩はそのように思っていた蓮だったが―――――






 が、




「あ……あの、ねっ、九重、くんっ……わたっ、私、とっ、つ、付き合ってくださいッ!」




 その翌日に駿河の言う通りになってしまうなど、今の蓮に予想出来るはずもなかった―――――。

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