Episode:02 甘酸っぱいランチタイム

 九重家の平日の朝は規則正しい。

 特別な予定でも無ければ、家人の誰もが決まった時間に起床し、決まった時間に朝食を摂り、決まった時間に出勤、登校する。

 その九重家の一人っ子である蓮も例外ではない。

 両親が厳しいと言うわけではなく、ただ規則正しいことが生活習慣になっているだけである。

 制服に着替え終えて、鞄の中に必要な荷物を詰め込んでいく中で、ふと蓮はその手を止める。


「……早咲さんは何も用意しないでいいとは言ってたけど」


 そう。

 今日は美姫のお詫びとして、彼女が弁当を作ってきてくれる日なのだ。

 そのための準備として昨日に、鞍馬からは「作ってきてくれる側を手間取らせないこと」と、雛菊からは「何も用意しなくても良いが万が一の備えはあるといい」と言われた。


 とりあえず、まずは自分用の箸とそのケース。


 人数分のお手拭きは、昨日と同じ男子一人と女子三人と言う形なら四人分は必要か。


「あとは……」


 万が一を考えると……


 ………………


 …………


 ……


「よし、行ってきます」


 今日の蓮の鞄には、限界まで荷物が詰め込まれ……否、押し込まれていた。






「学園に花見でもしに来たんかお前は」


 教室に着くなり、荷物がいつもより多いことを駿河に訊ねられたので、その理由を話した時の開口一番がコレである。

 そんな駿河のツッコミを聞いて、鞍馬は苦笑と溜め息が入り混じった、如何とも言えない反応を見せた。


「蓮。確かに僕は「作ってきてくれる側を手間取らせるな」とは言ったけども……」


 結局のところ、蓮がどれだけの準備をしたのと言うと……


 ・自分用の箸だけでなくスプーンとフォーク、さらに三人分の割り箸も追加。


 ・お手拭きは人数分とその予備、新品のアルコール除菌シートを一袋。


 ・中庭のベンチが満席になることを考えると、レジャーシートも。


 ・蓮の懸念通り、小さい弁当を持ってくるか、あるいは美姫の都合で弁当が作れなくなるかもしれない、と言うことを考慮して、登校中にコンビニに寄ってカロリーメイトを購入。


 完璧である。


「いや、万が一って考えだしたら、これくらいはあった方がいいかなって……ほら、『石橋を叩いて渡る』って言うし」


 自分なりに考えた結果だよ、と蓮は言うものの、それに応える駿河は脱力したように"訂正"した。


「お前なぁ……それ石橋を叩くどころか、『石橋を爆破して新しく橋を架け直す』って言うんじゃねぇか?」


 用心深いどころではない。

 むしろ"用心"と言う概念を根底から覆さんレベルだ。


「そ、そこまで言うか……」


 石橋を叩き過ぎて壊してしまうならまだしも、(最初から破壊する前提で)爆破した上で新しく架け直すとまできたものだ。


「誠に不本意ながら、僕も駿河の言う通りだと思うぞ。万が一にしたって、これは明らかに"やり過ぎ"だ」


「おいコラ鞍馬っ、誠に不本意ながらってなんだ!誠に不本意ながらって!」


「ん?「駿河と同じことを考えていたなんて自分に虫唾が走る」って言った方が良かったかな?」


「オーケーファッキュー、ならばファイトだ」


 互いに取っ掴み合い、いつもの喧嘩を始める二人を尻目に、蓮は自分の鞄の中身を見直す。


 雛菊も言っていたが、これはあくまでも『美姫のお詫び』なのだ。

 万が一のことも考慮してとは言うものの、これでは逆に美姫が申し訳なくなるのではないか?

 これだけの準備はむしろ逆効果かもしれない、と思いかけたところで、

  

「おはよう、九重くん」


「はよはよー」


 雛菊と静香の二人が話しかけてきた。


「あぁ、おはよう。早咲さん、昨日はありがとう」


「どういたしまして。……ところで、美姫を見てない?」


 蓮の後ろで取っ掴みあいをしている男子二人はスルーしながら、雛菊は話を進める。


「ん、そう言えばまだ来てないか。そろそろホームルーム始まるけど、大丈夫か?」


 教室内を見渡すと、ほとんどのクラスメイトが来ている中、彼女の姿は見えない。

 時計を見上げてみれば、時刻は8時35分。

 後五分もすればチャイムが鳴る頃合いだ。


「まぁ、遅れてる理由は、何となく分かるけど?」


 モテる男は辛いねぇ、と静香はニヤニヤした笑みを浮かべる。


「?」


 それはどんな理由かと蓮が訊ねようとした時、教室のドアが開けられた。


「はふぅ……間に合って良かったぁ」


 安堵に溜め息をつきながら、美姫が教室に入って来た。


「あ、来た来た。美姫おはよー」


 静香に手を振られ、美姫は挨拶を返しながら蓮の席に歩み寄ってくる。


「……お、おはよう、朝霧さん」


「あ、うん。おはよう、九重くん……」


 蓮と美姫、何故かお互いにペコペコ謝るような会釈を取ってしまう。


「今日はちょっと遅かったみたいだけど、どうし……」


 遅れてきた理由を訊ねようとした蓮だが、美姫の手にぶら下がっている紙袋を見て、その理由を察し取った。


「あっ、そうか。弁当……」 


 蓮へのお詫びの弁当を作っていたから、いつもより遅い時間に登校せざるを得なかった、と言うことだろう。

 遅れた理由は自分にあったことに謝ろうとする蓮だが、それよりも先に美姫が遮った。


「ち、違うの!これは九重くんのせいとかじゃなくてっ、お弁当を作るのは大変だったけど、ちょっと楽しかったし、だからっ……」


「美姫、落ち着いて深呼吸」


 慌てている美姫に、雛菊が落ちいて深呼吸をするように諭す。


「えっ?えぇとえとっ……すぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜、はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜……けふん」


 大きく吸って、長く吐いて、咳払いをひとつ。


「……うん。遅刻にはならなかったから、大丈夫。だから、気にしないで」


「あ、うん……ありがとう?」


 このタイミングで礼を言うのもおかしな話だが、蓮は無意識の内にそれを口に出していた。


「ところで……」


 ふと、美姫の視線が蓮の背後へ向けられる。


「芝山くんと有明くんは、何してるの?」


 今まで蓮も雛菊も静香も意に介していなかったことを、美姫の発言によって、ようやくそれに気付く。


 一瞬の隙を突いたのか、鞍馬は駿河の背後に組み付いて首を締め上げており、対する駿河は顔を真っ青にしながら腕を叩いてギブアップしている。


 どうにかホームルームが始まるまでに決着は着いたようだ。






 本格的に始まった授業も滞りなく進み、昼休みになる。


 蓮は昨日に交わした約束通り、今日は美姫がお詫びとして作ってきてくれた弁当をいただくことになり、静香と共に中庭へ連れられる。

 雛菊は、バイト先の『フルール・ド・スリジェ』に連絡を入れるようで、今回は席を外している。

 中庭へ向かう蓮を見て、「同席するくらいはいいよな!?」と駿河がついていこうとしたが、それは静香によって止められた。

 曰く、「これは美姫の九重くんへのお詫びのお食事会だから、関係者以外は入席禁止」とのこと。

 血涙を流しながら悔しがる駿河を慰めるのは鞍馬に任せることにして、中庭へ到着する蓮、美姫、静香の三人。


 ちなみに、蓮が用意してきた"レジャーセット"は、持って行けば美姫がまた申し訳なくなるだろうと判断して、自分用の箸だけ抜き取って教室に置いていった。


「その、あんまり大したお弁当じゃないけど……」


 美姫は恥ずかしそうに声量を落としながら、恐らく鞄に入らなかったのだろう紙袋を開けようとしている。


「……ちょっと待って朝霧さん。よく見たらそれ、かなり大きくないか?」


 今朝の教室では一瞬しか見れなかったために、正確な大きさまでは分からなかったが、いざこうして間近で見るとそのサイズがかなり大きい物であるように見える。


「うん、男子ってどのくらい食べるか分からなかったし、私はあんまり難しいものは作れないし……」


 ズドン、と言う重低音が聞こえそうなくらいの響きと共にベンチに置かれたのは、赤と黒を基調に雅やかに彩られた、横幅20cmはありそうな深底な木箱。


「ねぇ美姫、これ作り過ぎなんじゃ……ってか、重箱ぉ!?」


 その大きさを目の当たりにした静香は驚愕に目を見開く。

 それは、おせち料理を詰め込むために使われる重箱だ。

 さすがに二重で用意されてはいないが、一重だけでもかなりの量はあるだろう。


「こ、これは……ッ」


 これには蓮も驚きを隠せない。

「もしかしたら美姫の弁当箱と同じくらいの大きさではないか?」と言う懸念は杞憂に終わったのは良い。

 むしろ、全くの逆。

 まさか、一人に対して3〜4人分用の重箱のひとつを用意してくるとは誰か予想出来るものか。

 少なくとも普段の蓮の食事量の2倍、美姫で換算すれば軽く4、5倍はありそうだ。


「だ、大丈夫かな?九重くん、これくらいで足りそう?」


 これほどまでの量を作っておきながら、美姫はまだ少ないのではないかと問うてくるではないか。


 激しいスポーツの運動部ならこれくらいは余裕で食べられそうだが、生憎のところ蓮は帰宅部。


「こ、九重くん……もし無理だったら、あたしも手伝うから」


 蓮を気遣ってか、静香はそう耳打ちしてくれるが、彼女の顔も引き攣っている。


「いや、大丈夫。問題はあるけど、大丈夫」


 耳打ちに合わせて小声で返す蓮。

 意を決して、この重箱に向き直る。

 蓋を開けられたその中身は卵焼きを始めとした、タコさんウインナー、唐揚げ、ミニハンバーグ、小骨を取り除いた焼鮭の切り身、プチトマト、ポテトサラダ、ブロッコリー、もやし炒め、ほうれん草の胡麻和えと言った、『お弁当の定番』をこれでもかと詰め込んだおかず群。

 重箱の半分を埋め尽くす、一合はあるだろう白米にはのりたまごのふりかけが振られ、一目見ただけで蓮の食欲を否応なしに刺激する。


「その、九重くんのお口に合えばいいんだけど……」


「こんなに美味しそうなのに合わないはずないよ。ありがとう、朝霧さん」


「じゃ、じゃぁ、改めて……」


 美姫は姿勢を正して、深々と蓮に頭を下げた。


「ハンカチを拾ってくれたのに、引ったくって逃げたりして、ごめんなさい!」


「あぁ、それはもう全然気にしてないよ。って言うか、俺だけが得してるようなものだし」


 わざわざそんな大々的に謝罪しなくても、と言いかけたところで、静香は苦笑しながら補足してくれた。


「お詫びの品を用意して、もう一回ちゃんと誤りたかったんだって。律儀よねぇ。まぁそれはもういいでしょ、食べよ食べよ!」


 それを境に、美姫と静香も自分の弁当を取り出し、三人揃って「いただきます」を告げた。

 自分の箸を取り出して、蓮はこの重箱の"攻略"を開始する。

 まずは、真っ先に目がついた卵焼きから一口。

 味付けは甘めのようだが、それでいて甘過ぎず、しっかりと卵の味も活かされている。


「……」


 蓮が卵焼きを咀嚼していると、美姫が不安そうに見つめてくる。


「……んく、何、どうしたの?」


 どうしたのかと訊ねる蓮だが、その不安そうな理由を察した静香が代弁した。


「九重くん、食べてみた感想言ってほしいんだってさ」


「……ハッ」


 そう言われて蓮は我に返った。

 食べた感想は必ず言うのだと、昨日に鞍馬から教えてもらったばかりでないか。

 用意してきてくれた物のインパクトが強過ぎて、肝心なことが頭から抜け落ちてしまったようだ。


「うん、美味しい。甘過ぎないし、俺の好きなタイプかも」


「すっ、好きなタイプ!?」


 蓮は正直な感想を言ったのだが、対する美姫は「好きなタイプ」と聞いて、何故か驚愕に声を裏返した。


「わぉっ、九重くん大胆!」


 その美姫の反対側にいる静香は目を輝かせているではないか。


「九重くんって、美姫みたいなのがタイプなんだねぇ〜、むふふ」


「え?……あ」


 自分の発言を思い起こし……た瞬間、「好きなタイプ」と言う言葉を『女の子の好みのタイプ』と捉えられたのだと気付く。


「いやっ、そうじゃなくて!今、俺が言いたかったのは、卵焼きの話であって……っ」


「そそっ、そうだよね!?卵焼きのことだよねっ!うんっ、うんっ」


「そうそうっ、そうだそうだっ」


 お互いに顔が赤くなりながらも、言い訳がましく何度も頷き合う。

 そんな様子を静香がニヤニヤしながら見ているのを尻目に、気を取り直して、と蓮は他のおかずにも箸をつけていく。


「……この唐揚げ、衣がちゃんとカリカリしてるってことは、もしかして手作り?」


 その中で唐揚げを口にして、食感が冷凍食品のそれではないことに気付く。


「うん、そうだよ」


 作った美姫本人がそう言うのなら、やはりそうらしい。

 それを聞いてか、静香が話に混ざってくる。


「じゃぁさ美姫、ミニハンバーグは挽肉から焼いてたりするの?」


「うん」


「と言うことは、タコさんウインナーはまさか腸詰めの段階から……」


「そ、そこまではしてないよ?」


 一般的に、腸詰めからウインナーソーセージを用意する家庭は極々稀かもしれない。

 それは置いておくにしても、美姫がこの弁当を作るに当たってかなりの手間暇を掛けていることは間違いない。

 そうなると、副菜のブロッコリーやほうれん草なども、生野菜の状態から調理しているだろう。


「これは……うん、どれもこれも美味しいし、ご飯が進むな」


 ふりかけご飯も見る内に減っていくのが分かる。

 順調な食べっぷりを見せる蓮を見つつ、静香は美姫に向き直る。


「美姫がお弁当作るのって久し振りだよね?半年くらい前?」


「うーん、確かそのくらいだったと思う。ちゃんと出来てるか不安だったけど、良かったぁ」


 美姫から見ても、蓮が無理してまで食べている様子には見えないため、ホッと息を吐いた。


 食を進めるために、少しの間だけ静かな時間が流れる。


 しかし、不意に静香が「あっ」と何かに気付いたような声を上げた。


「飲み物教室に忘れた……ちょっと取ってくるから、荷物見といて!」


 一度弁当の蓋を閉じると、そのままパッと駆け出して行ってしまった。


「あっ、ちょっと、静香ちゃん!?」


 美姫が何か言いたげに引き留めようと腰を浮かすが、既に彼女は校舎に姿を消してしまった。


「……行っちゃった」


 すとん、と元の位置に座り直す美姫。


「あれ?松前さん……今飲み物を取りに行ったんだよな?」


 蓮は、静香が見ていて欲しいと言った荷物に目を向けて、それに気付く。


「ペットボトルが鞄にあるけど、これのことじゃないのか?」


「あ、ほんと」


 忘れたと勘違いしたのかもしれないが、しかし端から見た蓮ですら気付くことに気付かないものだろうか。

 教室に無ければ戻ってくるか、と結論付けておくことにした。


「………………」


「…………」


「「……」」


 二人になった途端、会話が止まってしまった。


「(……な、なんて声を掛ければいいんだ?)」


 蓮は箸を止めて、どうにかこの沈黙から抜け出せないかと思考を回す。

 何か共通の話題を……と思っても、昨日今日に知り合ったばかりの相手のことなど分かるはずもない。

 こう言う時、駿河がいてくれれば例え馬鹿みたいな内容だとしても、その場を盛り上げてくれるのだが、彼は今泣く泣く鞍馬と食事をしていることだろう。

 故に、この状況を切り抜けられるのは自分しかいない。


 しかしどうすれば、と蓮の思考が行き詰まった時。


「あ、あの……!」


「うぇっ、な、何っ!?」


 不意に美姫の方から口を開いてきたので、蓮は思わず変な反応をしてしまった。


「……ごめんなさい」


「え、何で謝る?」


 もう謝罪は終わったんじゃないのかと蓮は頭に疑問符を浮かべる。


「その、何を話せばいいのか分からなくて……」


 美姫が謝るのはお詫びの品のことではなく、今のこの沈黙の状況を作ってしまったことのようだ。


「あぁ、俺の方こそごめん。気の利いた話のひとつも出来なくて。なんか緊張しちゃって……」


「……九重くんも、緊張してるの?」


 蓮が緊張していると聞いて、美姫は意外そうな顔をして目を丸くする。


「それに、朝霧さんみたいに可愛い女の子が相手だと、余計に緊張するし……」


「かっ、かわっ……!?わたっ、私が……?」


 すると、美姫はまた顔を赤くして声を裏返した。


「あれ、言われたことない?」


「ないないっ!静香ちゃんはよくからかい半分でそう言うけど、男子から「可愛い」なんて言われたの、九重くんが初めて……」


「そ、そうなのか……」


 ……と言うよりも、周囲の男子からそう思われこそすれど、面と向かって言われるようなケースを、他ならぬ美姫自身が避けていたからではないだろうか。


「九重くんだって……か、かっこいいと思う」


「えっ?……お、俺だって、女の子から「かっこいい」なんて言われたの、朝霧さんが初めてだよ」


「そ、そうなの?背とか高くてスラッとしてるし、それに、優しいし……」


「……女の子からそんなに褒め言葉を言われたのも初めてだよ」


 美姫からの言葉ひとつひとつを受ける度に、蓮は自分の顔が熱を帯びるのを自覚する。


「って、さっきまで何の話をしてたんだっけ?」


「え?えっと……九重くんがかっこいいって話?」


「もうちょっと前」


「九重くんが私のことを、か、可愛いって言ってくれたこと……?」


「そっちでもなくて……あ、そうそう。緊張するって話」


 そこまで話を巻き戻したところで、ようやく思い出す蓮。


「友達と一緒ならそんなに緊張しないんだけど、いざ一人で見知らぬ人と話せって言われたら、やっぱり緊張する」


 普段であれば、蓮が何も言わなくても駿河が勝手に話題を振ってくれるし、その勝手に振ってきた話題を切り返すのは鞍馬がよくやってくれる。

 その二人と一緒にいることに慣れ過ぎてしまったせいなのか、駿河も鞍馬もいないと言うケースに戸惑うからだ。


「わっ、私もっ……私もね、ヒナちゃんとか静香ちゃんとかと一緒なら大丈夫だけど、一人で、それも男子が相手だと尚更緊張しちゃって……」


「……なんか、変なところで似てるなぁ」


 蓮は何気なくそう呟いた。


「似てるって……私と、九重くんが?」


 目の前の異性と似ている、と言われて美姫は目を丸くする。


「俺も朝霧さんも、こうして異性相手に緊張したりとか、可愛いとかかっこいいって感じ方とか、なんかこう、根本的に似てる気がするんだよ。……こんなことを言われたら、朝霧さん的には嫌かもしれないけど」


「い、嫌じゃないよっ!」


 ふと美姫は声量を上げて『蓮と似ている』ことを肯定した。

 突然力強く肯定されて、蓮は「う、うんっ」と思わず頷く。


「九重くんは、私が失礼なことをしても怒らなかったし、こうしてお詫びに付き合ってくれるし、……か、可愛いって言ってくれたのも嬉しかったし、えっと、えと……」


 言葉に詰まる美姫を前に、蓮は急かすこともせず、途中で遮ることもせず、ただ待つだけ。


「私、男の子とかよく分からなくて、分からないからって避けてたんだけど……九重くんは優しいし、もしかしたら避けなくても良いんじゃないかなって思ったし、だから……、……」


 だが、その先を美姫の口から紡がれない。


「(これは……俺が汲み取ってやるべきなのか?)」


 だから……、の続きを答えるのかと蓮は読み取る。

 少なくとも、美姫は蓮のことを否定する様子は無い。

 先程までのやり取りから、次に美姫が何を言うつもりなのか……

 僅かな思考の末に、蓮は「これだ」と思う言葉を読み抜いた。


「あ、朝霧さんっ!」


「へっ、ふぁいっ!なにゃ、なゃんでしょぇッ!?」


 相当慌てているのか、美姫の呂律が思いっ切り狂っているが、蓮は構わず続ける。




「今度は、俺が朝霧さんに弁当を作って来たらいいんだよな!?」




「…………………………え?」


 中庭に、春先とは思えない冷たく乾いた風が吹き抜けた。


「そうだよな、せっかく朝霧さんに作ってもらったんだ。だったら次は俺が朝霧さんのために……」


「ちょ、ちょっと待って、私そんなこと……」


 言おうとしたわけじゃないよ、と続けようとしたところで、


「な・ん・で!そこで自分からムードをぶち壊しちゃうのかなぁッ!?」


 校舎の陰からそんな声が聞こえてきたと思えば、そこから静香が猛ダッシュで戻って来た。


「あ、静香ちゃんおかえり。飲み物のボトル、鞄に入っ……」


「美姫ぃ!あんたはあんたで何しれっと流してるのよ!?」


 蓮と美姫には何が起きているのか分からないが、どうにも静香はご立腹のようだ。


「せぇぇぇぇぇっかく二人きりにしてあげたのに、いい感じに場の空気が高まって来たと言うのに……全っ部台無しッ!天然!?あんた達二人天然か!?」


 弁当箱の蓋を開け直すなり、乱雑に口に放り込んでいく静香。

 放り込んだそれを飲み込んでから、静香は美姫に向かって凄む。


「そこはさぁ!「友達になってください」って言えば済むのに、なんでそこで詰まるの!」


「えぇ……だ、だって、「友達になってほしい」って、言うの何か恥ずかしいし……」


 もじもじと言い澱む美姫の「友達になってほしい」と言う言葉を聞いて、 


『自分は今とんでもなく空気の読めないことをやらかした』のだと気付いた。


「えっ……俺にも弁当作って来てほしいって話じゃなかったのか!?」


「九重くん!あんたは黙って弁当食べてなさいッ!」


「……アッハイ」


 静香の剣幕に押し負けて、まだ半分も残っている重箱の"攻略"を続行する蓮。


「……って静香ちゃん、飲み物忘れたって勘違いして教室に戻ったんじゃなかったの?」


「んーーーーーなわけないでしょ!何のためにあたしが大根臭い芝居打ってまで席を外したと思ってるのよ!?」


「し、静香ちゃ、落ち着いて……」


「これが落ち着いていられるかぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」






 まだ満開を見せない桜が舞う中庭の中で、静香の咆哮が木霊した……

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