Episode:10 腹黒い奴を敵にして良いことはない
5月4日。
ゴールデンウィークの中盤。
4日であるこの日に、蓮、駿河、鞍馬、美姫、雛菊、静香の男女六人は一同に集まって遊ぶ予定を立てていた。
春の到来を祝福していた桜の花々は全て舞い落ち、それらは新緑の葉桜へと姿を替えている。
その様相を見上げながら、美姫は隣にいる蓮に声を掛けた。
「すっかり葉桜に変わったね」
彼女の視線の先にあるものに気付き、蓮も同じ方向に目を向ける。
「今年は長く咲いた方じゃないかな。去年はもっと早かったし」
いつもの登校と同じ、駅前広場で待ち合わせていた二人はその足で、いつもの通学路とは別方向にあるセンター街、その中心部に点在するアミューズメントスポット『ラウンドイチ』、通称『ラウイチ』へ向かっている。
「そう言えば……ねぇ九重くん」
「ん?」
「芝山くんと、有明くんって、どんな感じの友達?なんか、二人ともいつも喧嘩してそうに見えるんだけど……」
何を訊ねるのかと思えば、駿河と鞍馬のことについてだった。
いつも喧嘩してそうに見える、と言うのは、傍から見ればそのように映るのだろう。
「あぁ、あの二人のアレは喧嘩じゃないよ。一種のコミュニケーションだ」
「こ、コミュニケーションなの?たまに芝山くんが有明くんに首締められてるけど……」
「そうそう。それもコミュニケーション」
他人からは喧嘩に見えるだろうが、当人達三人からすればただの恒例行事、挨拶代わりのようなものだ。
「男子のコミュニケーションって、そんな感じなんだ……」
「いや、アレは参考にしない方がいいと思う」
少なくとも、どつき合ったり首を締め合うことを挨拶代わりとするのはおかしいだろう。
友人二人に関する話題で談笑している内に、待ち合わせ場所であるラウイチの出入り口前に到着。
その出入り口前には、既に駿河が待ってくれていた。
「よーっす、お二人さん!こっちこっち!」
駿河も二人の姿を発見し、呼びながら手を振ってくれる。
彼の誘導に従って、通行の邪魔にならない場所まで動く。
「おっす駿河」
「芝山くん、こんにちは」
「おぅこんちは。二人仲良く来やがって、全くもって羨まけしらんな!」
蓮と美姫と言う恋人同士が二人きりで来たことに、駿河は茶化しを入れつつ笑う。
「う、羨まけしからんて……」
しかし分からなくもない、と蓮は心中で呟く。
始業式の帰りのラーメン屋で、駿河は彼女がいるかいないかで悩んでいたし、その時の蓮も同じような心境だった。
同じ悩みを共有していたにも関わらず、蓮は一足先に美姫と言う彼女が出来た。
だから、蓮が彼女を作ったことが"羨ましい"し、自分を置いて先に行くなど"けしからん"……つまり「羨まけしからん」のだ。
「他のみんなはまだかな?」
美姫は辺りを見回してみるが、静香や雛菊、鞍馬はまだ来ていないようだ。
「まぁ、まだ待ち合わせ時間の10分前だし、駿河の気が早過ぎるんだよ」
スマートフォンを起動させて時刻を確認する蓮。
「気が早くもなるって!だってよ、いつものダチに加えて、カワイイ女の子三人とも一緒に遊べるんだぞ!?リア充気分を味わえる絶好の機会ってわけだ!」
テンションを上げる駿河に、蓮は目を細め、声のトーンをひとつ落とす。
「……駿河、分かってるとは思うけど。朝霧さんは俺の彼女だからな?」
「お、……おぅっ、もちろんだっ。だだだ、誰が人の彼女さんに手を出すってんだっ。はっ、はっ、はっ」
元より鋭い目付きである蓮が目を細めて、トーンを低くした声で話すそれは、調子に乗っていた駿河に釘を刺す……否、杭を叩き込むには十分な破壊力を持っていた。
「……あっ、静香ちゃんとヒナちゃんも来たみたいだよ」
ふと明後日の方向に目を向けた美姫は、見慣れた二人が自分達の反対側からやって来るのを見つける。
「やっほー、三人とも早いね」
「これで後は……有明くんだけ?」
静香は挨拶を返し、雛菊は残る一人の名を挙げる。
駿河、蓮、美姫、静香、雛菊と来て、あとは鞍馬だけだが、それを聞いた駿河は頭に疑問符を浮かべた。
「お?そういや鞍馬のヤツはまだだな。あいつも結構早めに来るはずなんだけど……」
「あぁ、俺よりも後に来るって言うのは、珍しいな」
駿河の言葉に、蓮も頷いた。
いつもの男子三人なら、大抵は駿河、鞍馬、蓮の順番に来るのが定番だった。
尤も、その程度なら僅かな時間差によって起こり得るものであると済まされるのだが。
「……あと三分で13時になるわね」
雛菊がスマートフォンの時刻を確認する。
刻々と待ち合わせ時間が迫っている。
「急用とかって連絡なら、鞍馬が欠かすとは思えないし……一度電話してみるか?」
蓮は取り出していたスマートフォンを起動させ、RINEの無料通話を選択しようとするが、駿河にそれを止められる。
彼の方向に視線を向けると、確かに鞍馬が歩いて来るのが見えた。
「ふぁ……ん、皆さんお元気なこって」
欠伸を噛み殺しながら歩み寄って来る鞍馬。
ひとまず六人揃ったところで、早速ラウイチへ入店、予め駿河が予約してくれていたおかげで、スムーズに事が運ばれていく。
「ラウイチって言ったら、やっぱボウリングだよな!」
カカカコォーンッ、とボールがピンを弾き倒して小気味良い音が響く中、駿河は慣れた手付きでボールを拭く。
「だよねー!芝山くんってば分かってる!」
駿河と同じように慣れているのか、自分に合った重量のボールを手に取る静香。
グループの盛り上げ役二人が率先して場所を確保していく中、美姫はどのボールにするか迷っている。
「ねぇ九重くん。ボールって、重い方がいいの?」
「まぁ、重い方がピンを倒しやすかったり、ボールの軌道が安定したりするんだけど、だからって自分の腕に合わない重量だと、腕を痛めたりするし……慣れてないなら、比較的軽いボールから始めるといいと思う」
そう答える蓮も、駿河が使っている物よりも軽いボールを取りつつ、「これくらいがいいか」と、自分が持っているボールよりもさらに軽い、女性向けのそれを取ってやる。
「うん、ありがと」
蓮と美姫が和気藹々としている傍らで、雛菊は黙々と準備を整え、既に準備を終えている鞍馬はベンチに座って待っている。
全員の準備が完了したところで、早速ゲームが開始される。
「受けてみろぉ!ボォウリングゥッ、フィンガァァァァァー!!」
やたらと気合の入った投球を放つ駿河。
果たしてその気合によるものか、いきなりストライクを決めて見せた。
「わぉっ、やるぅ!」
静香はパチパチと手を鳴らしつつ、「んじゃー次はあたしだね」と、勢いよく立ち上がる。
ピンが立ち直されるのを確認してから、構えに入り――
「チェストォッ!」
鋭い投球はピンの群れの中央を貫き――ストライクだ。
「やたっ!今日はあたし調子イイよ!」
ガッツポーズを決める静香を見て、美姫は慌て始める。
「えっえっ、どうしよう、芝山くんも静香ちゃんも凄い上手い……」
次は私なのに、と美姫は覚束ない手付きでボールを取る。
「朝霧さん、気にしないで思いきり行けばいいよ」
緊張で足が震えている美姫に、蓮は声を掛けてやる。
彼に後押しされたおかげか、美姫は「……よしっ」と彼女なりに気合を入れて立つ。
「え、えいっ!」
静香の投球を見様見真似でやってみて、
コン……と一番後ろに並んでいる内の一本を倒すだけに留まる。
「し、失敗しちゃった……」
ベルトコンベアからボールが戻って来てから、二投目。
今度は静香の真似ではなく自分なりに放つものの、
今度はボールの勢いが無さ過ぎて、途中でガターに落っこちた。
「ぜ、全然ダメ……」
美姫はあからさまに気落ちしながらベンチに戻って来る。
「ま、まぁまぁ、まだ一回目だから」
真っ青な顔をしている美姫を慰めつつ、次は蓮のターン。
特に身構えることもなく、普通に投球。
一度目は5本、二度目は3本、合計で8本。
「……ま、こんなところか」
悪くない出だしだな、と蓮は一息ついてからベンチに戻る。
「次、私ね」
雛菊も特に緊張せず、自然体のままに投球。
本数の違いはあれど、蓮と同じような結果に。
「…………ん、僕か」
最後は鞍馬のターン。
眠そうな表情で頬杖を着いていた彼は、のっそりと立ち上がり、ゆったりとした歩みでボールを取る。
その後ろ姿を見ていた蓮は、駿河に耳打ちする。
「なぁ、今日の鞍馬……なんか様子が変じゃないか?」
「んー……「なんかあった」って顔に書いてるが、昨日になんかあったっけか……?」
蓮と駿河が二人とも同じことを捉えているのだ。
今日の鞍馬は心ここにあらず、と。
しかし、それらしい兆候は見られなかった。
鞍馬が隠している可能性も高いが、だとしても蓮と駿河にも相談出来ないようなことを抱えているのだろうか。
鞍馬のターンが終わると同時に二人は離れる。
「さってと、二度目の正直と行くかぁ……」
コキコキと首を鳴らしながら、駿河は自分のボールを取った。
一連の流れが終わり、ゲームセット。
順位としては上から、駿河、静香、鞍馬、雛菊、蓮、美姫と言う結果となった。
「さぁっ、ボウリングの次はカラオケだオラァ!」
ボールとシューズを返却し、次はカラオケルームへと雪崩れ込んでいく六人。
ドリンクバーで汲んできた飲み物を片手に、思い思いの形で席に着いていく。もちろん蓮と美姫は隣同士で。
「ボウリングが全然ダメだったのに、カラオケなんて大丈夫かな……」
先のボウリングはとんでもなく散々な結果だった美姫は、カラオケも散々な結果になるのでは、と不安になるが、
「大丈夫大丈夫、歌うだけなんだし」
ボウリングよりはマシだよ、と蓮は頑張って元気付けようとする。
その一方で、
「(鞍馬の様子がおかしいとは思ったけど、これと言って何か行動に出るわけでもない……至ってポーカーフェイスだ)」
蓮は鞍馬のことを案じていた。
鞍馬自身は何事も無かったような顔をしてはいるが、やはりどこか不自然なのだ。
しかし、それはいつからなのか?
今日の待ち合わせにも、いつもならもっと早く来るはずなのに、何故か遅かった。
とは言えこれは偶然の範疇に収まるものであり、ここから不自然さを覚えるのは筋違いだ、と蓮の冷静な部分が自身をそう指摘する。
何かあったと思う兆候……時間を一昨日まで遡ったところで、蓮はそこで遡りを止める。
「(一昨日の晩……まさか、アレか?)」
そう、どこか端切れの悪さを感じていた、一昨日の夜の無料通話。
あの日の日中から何かあったのだろうか。
しかしその日は、昼休みに男子三人で集まって昼食を食べつつ、ゴールデンウィークをどうするか、としか話していなかった。
どこか、蓮や駿河も知らない時間帯で"何かあった"のかもしれない。
蓮の思推を他所に、早速曲を入力していた、駿河の歌唱が始まる。
彼の十八番曲は、意外にもジャニーズ系だったりする。曰く、妹が聞いている曲を勝手に聞いてる内に覚えたのだとか。
駿河から始まる時計回りで入力端末が回され、場の空気が良い具合に暖まり始めた頃――事態が動いた。
「ふー……あたしちょっとお手洗い行くね」
自分の曲を歌い終えてから、静香は一旦部屋を出る。
それを見送ってから数秒後、鞍馬も「今の内に僕も行っておくか」と立ち上がって、後を追うように部屋を出た。
何食わぬ顔で通路を歩き、その通りトイレのある方へ向かう。
静香が女性用のトイレに入るのを確認してから、そこから少し離れた位置で壁に背もたれにして立つ。
傍から見れば、彼女を待っていると思われるように。
しばらくそこで待っていると、ハンドドライヤーの風音が聞こえ、それが止まってから静香が戻ってきた。
「あれ、有明くん?待ってたの?」
別に待たなくていいのに、と静香は気楽に声を掛けるが、鞍馬はポーカーフェイスを崩さないままに応じる。
「いいや、ちょっと松前さんと話したいことがあってね……」
――さり気無く、壁との間に静香を挟むように、監視カメラからも死角になるように、位置を変えて、
ドンッ、と壁を殴るように音を立てる。
「何のつもりだ」
ついにポーカーフェイスを脱ぎ、敵意に満ちた目で静香を睨みつける鞍馬。
「ちょっ、なに……?」
明らかに自分の知っている鞍馬とは異なる様子に、静香は思わず後退ろうとして、背中に壁があることに気付く。
自分は今、袋の鼠だと。
「"あんた"は何を企んでるんだって聞いてる」
「た、企んでるってそんな、人聞きの悪い……」
どうにかいつもの自分を装うとする静香だが、その程度で引き下がるほど鞍馬も甘くはない。
彼にとって今は、ようやく訪れたタイミングなのだから。
「企みじゃないなら何だ?ただの悪ふざけか?」
「ま、待って有明くん、話が見えないって……」
「当たり前だ。話が見えたら気持ち悪くて仕方ない」
鞍馬は自分の靴と静香の靴を当ててやる。
「本当は全部知ってるんだろ?知らないなんて言わせるか。嘘か本当かはどっちでもいいが、僕を納得させるだけの答えを出せ。い・ま・こ・こ・で・な」
トン、トン、トン、トン、トン、トン、と指先で壁を突く。
「ちょっ……タンマ。あたしが何を企んでて、何を知ってると思ってるの?」
「ネタは既に上がってるのに白を切るつもりか。限りなく黒に近いグレーは白ってのは本当らしいな。……それとも、善悪の区別すらついてないのか」
時間も無いし仕方ない、と鞍馬は手の内を出すことにした。
「「朝霧さんが本当は蓮に告白するつもりじゃなかった」って、どう言うことだ?」
「ッ!?」
鞍馬の言葉を耳にして、静香は背筋に鳥肌が立ったのを感じた。
「それに、「告白するように仕向けたのは松前さん」ってどう言う意味だ?額面通りに捉えていいのか?」
何故鞍馬がそれを知っている!?
そのことは自分と美姫、雛菊の三人だけの中のことのはずなのに。
美姫が蓮にそれを自分から伝えた……とは思えない、そうであればあの二人が昨日までと同じように付き合っているはずがない。
ならば雛菊の方が鞍馬に話した……とも思えない、それなら彼が自分に当たってくる理由がない。
「そ、それ、どこ情報?あたし、身に覚えが無……」
「誤魔化そうなんて思うなよ、無駄だ。『ちょっと気になる書き込みを見つけてね』、ただの勘違いだと思いたかった。とは言えハッキリさせたくもあってね。匿名さんのハンドルネームで、書き込みの裏を引きずり出すのは、思いの外苦労したぞ?おかげで昨日丸一晩掛かったよ……ハハッ」
そのせいで今日は遅刻しそうになった、と鞍馬は戯けたような仕草を見せるが、目は一切笑っていない。それどころか、殺意すらある。
「で?頭に嘘を付けた人の恋路を、初心な二人を見ているのは愉しいんだって?……ちょーーーーーっと、あまりいい趣味してるとは言えない、なァッ!」
もう一度、音を立てるように壁を殴る鞍馬。
「っ……」
自分の知らないところで、情報が漏れている。
そのことに悪寒が走るのを必死に押し隠しながら、静香はカラカラになる喉から声を絞り出す。
「……そうよ。あたしが、美姫を唆したの。「九重くんが気になるなら告白しちゃえば?」って。美姫が告白に関して乗り気じゃ無かったのも嘘じゃない」
伏せていたカードを全て明かした。
鞍馬が、自分の何をどこまで知っているのか分からないからだ。下手に誤魔化して不信感を上乗せさせるよりは幾分かマシだろうと。
「初心な二人を見て愉しんでたって言うのは……」
「あぁ、あんたの悪趣味について興じるつもりは無いよ、そんなムナクソ悪いことなんざどうだっていい」
そんな"ついで"のことはそれこそ二の次、三の次。
副産物などどうでもいい、そんなものより事の真偽についてだ。
「朝霧さんは付き合うつもりも無いのに、無理をして蓮と付き合っている"フリ"をしている。つまり、『朝霧さんはあんたの機嫌を取るために自分の人生を棒に振っている』わけか。……あんた、友達をなんだと思ってるんだ」
「なっ、そんな言い方……ッ」
「もっとあんたにとって"恋バナのネタになるような"言い方も出来るけど、それはさすがに『蓮が』かわいそうだからな」
鞍馬はあえて『蓮が』と言う部分を強調した。
蓮だけが一方的な被害者だ、と暗に告げるように。
「少なくとも、
「美姫が九重くんのことを騙してるって言うの!?」
静香にとって、それこそ心外だった。
しかし鞍馬の耳には戯言にしか聞こえない。
「付き合うつもりも無いのに「付き合ってください」って"嘘をついた"んだろ?その"嘘"を蓮は信じた……これを"騙している"以外の何だって言うつもりだ?」
「そ、れは……」
言い返せなかった。
蓮と美姫、それを見守る静香と雛菊。
それ以外の"第三者"からすれば、『静香が唆したせいで美姫は望まぬお付き合いを強いられ、そんな望まぬお付き合いを好意的に受け止めている蓮が憐れで仕方ない』と見えるのだと、鞍馬は言うのだ。
そろそろ頃合いだな、と心中で呟いてから鞍馬は溜息をついて状況を入れ替えるために、壁から手を離して静香から一歩距離を置いた。
「まぁ、朝霧さんにそんな器用な演技が出来るとは思っちゃいないし、蓮はその"嘘"を信じて疑っていないし、結果オーライで落着してるから良しとしよう……」
「……美姫を唆した以上、あたしは「あの二人にはちゃんと恋人同士として付き合ってほしい」って思っ……」
「今のところはな」
静香に何かを言わせる前に、鞍馬はそれを遮る。
「前後状況を見れば、朝霧さん自身は「蓮に嘘をついている」と抱えたまま付き合ってるんだ。……今のままじゃ、いずれどこかで"破綻"する」
破綻。
それは、美姫の方に限界が訪れることを指している。
二人は『嘘』と言う名の爆弾で繋がれており、その導火線と、着火するための火種は美姫が握っている。
彼女の意志ひとつで導火線は点火され、爆弾は爆発、そうなれば二人とも無事ではすまない……この場合は、"別れる"と言うことだ。
「そうなったら……あんたはこの始末、どうするつもりだ?」
「……」
静香に答えられるはずがない。
答える資格も権利も、全て鞍馬が取り上げてしまったのだから。
「今すぐ答えろとは言わないよ。「ちょっと気になる書き込みがあった」なんて『カマを掛けたら』すぐに白状してくれたし、少なくとも松前さんに悪意は無いってことは分かった」
「か、カマって……!?」
「このためにわざと遅刻しそうになったんだよ。いやはや、無駄にならなくてなりよりだ」
けらけらと笑う鞍馬に、静香は思わず声を上げそうになった。
彼はこの状況に持っていくために、前段階の前段階まで計算し尽くしていたのだ。
眠そうな顔をしていたのも「夜遅くまで情報を探っていたんだから、隠そうとしても無駄だ」と思わせるために。
「白々しい態度を取り続けるようなら、まぁ……口を割らせる手段はいくつかあったんだけど」
それはもういい、と鞍馬は踵を返した。
「早く戻ろうか。あんまり遅くなって、僕と松前さんが下世話なことをしてると思われるのは、癪に障るからね」
「……う、うん」
静香も彼の一歩後ろを追う……が、不意に鞍馬は足を止めて、首と目線だけ振り返る。
「とは言え、やっぱり"ケジメ"はつけた方がいいんじゃないかねぇ?」
スッ……と鞍馬の右手の『親指と人差し指が円を作った』。
鞍馬と静香が戻って来た頃には、ちょうど雛菊が歌い終わり、次は鞍馬の曲の番が回ってくるところだった。
「おぅ、次鞍馬だぞ、ほれっ」
駿河はスイッチを切っている状態にしてから、マイクを鞍馬に投げ渡す。
それに対して慌てることなく、鞍馬は放られたマイクをキャッチ、同時にスイッチを入れた。
「ん、さんきゅ」
何事も無く歌い始めた鞍馬の横顔を盗み見つつ、駿河は安堵に息をついた。
「(……何かしらの解決はしたみてぇだな)」
何かを押し隠していた鞍馬のその表情からは、"暗さ"が抜け落ちた……と駿河には感じられた。
さっきの間に静香と何かあったのかもしれないし、何も無かったのかもしれない。
その辺りは分からないが、少なくとも幾分かはマシになったのだろう。
ボウリングとカラオケを六人で回せば、結構な時間が経ち、カラオケが終わった時点でもう夕方になりかけていた。
「いやー、遊んだ遊んだ!投げた歌った!リア充気分を満喫出来て、俺は満足!」
会計を終えて「またのお越しお待ちしておりまーす」と言う店員の声に送られながら、駿河は背伸びする。
「腕も喉も疲れたなぁ……朝霧さんは大丈夫?」
蓮も背伸びして、自分よりずっと疲れただろう美姫を案じる。
「うん。ボウリングはダメダメさんだったけど、久しぶりにたくさん歌って、私も喉がちょっと痛いかな」
軽く咳き込んでいる美姫。
その彼女一歩後ろにいる雛菊は、少し足取りの重くなっている静香を見やる。
「静香……本当に今日のお会計、全部払ってもらって良かったの?」
「いーのいーの。どうせもうすぐお小遣い貰えるし、九重くんと美姫の前祝いと思えば、さ。……後数日は質素に過ごすことになるけど」
渇き切った笑みで応じる静香。
そう。
何を思ったのか、静香は今日の六人分の金額を全て請け負ったのだ。
さすがにそれは悪い、と全員が止めようとしたが、有無を言わせないままに払ってしまった。
静香は、視線は雛菊に向けたまま、意識は自分の背後に向けていた。
「(有明くんって、意外とお腹真っ黒だわ……)」
最後に出てきた鞍馬は、さきほどのような敵意に満ちた様子など微塵も無さそうに背伸びしている。
結局のところ、静香は自分の情報がどこから漏れたのかを知ることが出来なかった。
分かったことはただひとつ。
「有明鞍馬は絶対に敵に回してはならない」と言うことだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます