Episode:11 迫る学園祭

(ごく一部に波乱が起きつつも)ゴールデンウィークも過ぎた時、四季咲学園の生徒達は活気づき始める。

 それは、今月末に三日間に渡る学園祭を控えているからだ。


 放課後のロングホームルームで、各クラスから実行委員を男女で一人ずつ選抜、そこから催し物をどうするかを決め、行動の早いクラスはその日の放課後から準備に掛かる。


 蓮達2年A組もまた、その活気づく空気の中でロングホームルームが行われていた。


「よーし、それじゃぁ我が2年A組の出し物を決めていくとしますか!」


「今年はこれをやりたいって意見があったら、遠慮なく挙げてねー!」


 彼らのクラスの実行委員は男女共に立候補、それぞれ芝山駿河と松前静香が名乗りを上げ、他に立候補者が出なかったために滞りなく実行委員が決定、早速催し物の意見が求められる。


 ジャンクフードの屋台がいくつか、お化け屋敷、作品展示会など、比較的無難かつポピュラーな催し物が粗方挙げられ、もう挙がりそうにないか、それではここから候補を絞ろうかと言う時だった。


「……さて、もうみんな意見は出し終わった感じだな」


 確かめるように、駿河がクラスメートの面々を見渡す。


「それじゃぁ、この中から候補をいくつか……」


 絞っていこう、と静香が言いかけるが、「ちょっと待ってくれ」と駿河に止められる。


「まだ、定番の"アレ"が出てないだろ!」


「"アレ"って?」


 駿河の言う"アレ"を聞いて、クラスの半分以上の男子が目の色を変えた。


「"アレ"って言うと……アレか!」


「おぉっ、誰も挙げないのかと思ったけど、ここで芝山が挙げるのか!」


「そうだよな!そうじゃなきゃ学園祭じゃねぇもんな!」


 ざわつき始める中、残り半分の男子と女子が何のことかと疑問符を浮かべている。


「おっと、静粛に、静粛にな。これから俺が、みんなの意見を代弁したいと思う……」


 駿河がざわめきを止めると、チョークを手に取り、黒板一面にデカデカとある五文字を書いた。




『 メ イ ド 喫 茶 』 と。




 この瞬間、2年A組の(半数以上の男子による)熱気は最高潮を迎えた。


「はいはいー、お黙りくださいやがれよー、ケダモノどもー」


 パンパン、と静香が手を鳴らせば、途端に教室が静まり返る。眼前の欲望の前には、誰もが忠実になるものだ。


「メイド喫茶にするのはいいけど……芝山くん、男子は裏方とかでいいの?」


 メイド喫茶と言えば、女子が可愛らしい服装で接客することをウリにする(催し物)商売だ。

 当然、女子が前面に立つのは間違いないのだが、その代わりに男子の役割はどうするのかと、静香は駿河に問う。


「さすがにそれじゃ女子の負担が掛かり過ぎるし、それも分かってる」


 そう問われることは、駿河も承知していた。

 そこでだ、と駿河は予め仕込んでいた意見を挙げる。


「男子もメイドをするってのはどうだ!」


 この意見によって、「えぇっ!?」と言う驚愕の声が上がる。


「あ、メイド喫茶だからって、"必ずしも女子がやる必要は無い"と。なるほどねぇ」


 芝山くんやるね、と静香はその意見に納得している。


 メイド喫茶をするのなら男子もメイドをやることになると言う、予想の斜め上を行く意見が上がったことにより、教室のざわめきが大きくなる。


 半数以上の男子達の興奮とざわめきが冷めやらぬ中、一人ずつ紙にやりたい催し物を書き、それを集計して候補を三つほど纏める、と言う手法が執られる。

 蓮も当然その一人であり、メモ帳程度の大きさの紙が前の席から配られる。


「(やけに駿河が実行委員になりたがってたけど……)」


 昨日の晩から、駿河は今回の学園祭実行委員に対して並々ならぬ熱意を見せていた。

 わざわざ「もし多数決になりそうだったら、俺を指名してくれよ!」と蓮や鞍馬、他の男友達にもRINEで根回ししていたくらいだ。

 よほどやる気があるのかと思っていたが、蓋を開けてみればなんの事はない、大義名分の元に堂々と欲望を口にしているだけだった。 

 とは言え、親友が強く強く推している催し物なのだし、わざわざ無為にすることもないだろう、と思い、とりあえず紙面には「メイド喫茶」と書き、四つ折りにしておく。


「(しかし……男子もメイドをやるって、本気か?)」


「はーい、みんな書いた?んじゃ集めるよー、後ろから回してってねー」


 静香が事を進めて、今度は後ろから前へと集められていく。


 駿河による不正が無いように、静香が開票を担当し、その駿河は黒板で票数を『正』の字でカウントしていく。


 結果は予想通りと言うべきか、メイド喫茶が圧倒的な票数を誇り、残りの催し物はごく少数、と言う形となった。


「はいっと言うわけで、我がクラスの出し物は暫定で『メイド喫茶』となりましたー!」


 静香による決定が告げられ、主に男子からの拍手喝采が轟く。


「おっと、喜ぶのはまだ早いぞ。メイド喫茶は人気があるからな、間違いなくどこかと被る。生徒会にこれを提出して、同業者がいたら、抽選で決められちまう……」


 駿河の補足を聞いて、拍手喝采を挙げていた男子連中が「あぁ、そうか……」と言う落胆の声が漏れる。


「だが、安心しろお前ら!この俺芝山駿河が、必ず抽選を引き当ててやるからな!」


 根拠の無い、しかしサムズアップを決める駿河の姿は実にイキイキとしており、男子連中を不思議と大丈夫だと思わせていく。


「おぉっ、頼むぜ特攻隊長!」


「俺達のために先陣切ってく芝山マジリスペクト!」


「さすが駿河だ、何ともないぜ」


 まだ決定されたわけでも無いに関わらず、既に勝利ムードの2年A組。

 ともかく、メイド喫茶を第一希望、お化け屋敷を第二、作品展示会を第三として、無事に生徒会へ提出された。






 翌日。

 駿河の根拠の無い自信が功を奏したのか、昼休みに行われた実行委員の集会で、見事抽選を勝ち取ったらしい。


 その日の放課後、実行委員たる駿河と静香は、早速自分達の友人……蓮、鞍馬、美姫、雛菊を巻き込んで教室で話し合っていた。


 開口一番に、駿河が懸念を挙げた。


「まぁアレだよな。冷静に考えてみりゃぁ、その場のノリで女装するならまだしも、最初から女装したくて女装する男子はおらんわな」


 そう言う趣味嗜好があるのなら話は別だろうが、少なくともこのクラスにそのような男子は見当たらない。

 次に静香も懸念を挙げる。


「それに、あぁ言うメイド服のレンタル代って結構高いから、それなりの売上が無いと返せないしねぇ」


 接客担当の生徒の数だけのメイド服を縫製するのは、さすがに今からでは時間が足りないし、そのためのコストも馬鹿にならない。

 となれば、必然的にレンタル衣装屋から借りる他に手立てはない。


「あくまでも喫茶店だもの。商品として出すものだって、良い物じゃないといけないわ」


 そこに、雛菊が最もたる意見を挙げた。

 メイド喫茶とは、メイドが接客するよりも以前に"喫茶店"なのだ。

 三日間行われる学園祭の中でも、"リピーター"が売上の底上げに繋がるのだと、雛菊は言う。


「さすが、実際に喫茶店で働いている人は、よく分かるんだな」


 彼女のバイト先『フルール・ド・スリジェ』の、それこそリピーターである蓮は、雛菊の経営眼に頷く。


「そっか。ヒナちゃんの経験とかが、そのまま活かせるんだよね」


 それなら安心かも、と美姫は言うものの、その雛菊は表情を固くする。


「そうは言ってもね、実際の喫茶店と、私達学生が展開するモノとじゃ、内容も形態も全然変わるわ。参考にはなるかもしれないけど、どこまでがアテになるかは……」


 当然と言えば当然だが、従業するのは資格を持ったプロではなく、あくまでも素人の一学生であり、学園祭の中ともなれば人の出入りも激しくなるだろう。時間の限られた中で、一箇所に留まりたがる生徒など、そうそういるものではない。


「誰にでも簡単に用意出来て、なおかつ、そこそこのクオリティか。意外と難しいラインだな」


 つまるところの要約を鞍馬が纏める。

 長時間や複雑な行程を必要とせず、子供から大人にまで幅広く受け入れられるメニュー。

 この六人の中でなら、雛菊の次に喫茶店に詳しい蓮が意見を出した。


「……とりあえず、バタートーストはどうだ?トースターで焼いた食パンに、ブロックのバターを乗せるだけだし」


「まぁ、それなら作り方の説明も要らんし、ひとまずはそれだな」


 駿河はスマートフォンのメモ帳アプリで『バタートースト』と書き足す。


「他に簡単に作れるものって言ったら……パンケーキとか?あれも、生地を焼いて、決まった時間でひっくり返してもう一度焼くだけだし、生地も作り置きが出来るし」


 次に静香が意見を挙げる。

 

「おぉ、それもそれもっ」


 すぐさま書き足す駿河。

 その次に、美姫が遠慮がちに挙手する。


「えっと、パフェとかは?」


「パフェは難しいと思うわ。ただ材料を容器に放り込むだけじゃなくて、見栄えにも気を付けないといけないし、果物やアイスクリーム、ソースのコストもかかるし……学園祭向けではないわね」


「そっかぁ。でも、生地作りか……ちゃんと出来るかな」


 しかし、雛菊の至極現実的な指摘によって、パフェ案は引っ込めることになる。


 ふと、スマートフォンで何か検索していた鞍馬が意見を挙げた。


「ふむ、サンドイッチ……いや、ホットドッグかな。行程そのものはバタートーストと大差ないし、ソーセージやマスタードケチャップも、業務用なら安く済む」


「……ホットドッグね。昼食にも向いてるし、いいと思う、うん」


 彼の意見はまともなものであるはずだが、"何故か"静香は声を濁らせながら頷く。


「(やっぱ有明くん、苦手だわぁ……)」


 ゴールデンウィークの一件以来、静香の中で鞍馬に対する苦手意識が芽生えていた。

 彼の前で下手なことを言えば、何をどう論破されるか分からない……そんな、予防線を張られたような気になるのだ。


「(完全に僕を避けてるな。やっぱり少し"やり過ぎた"か……)」


 鞍馬は鞍馬で、ゴールデンウィークが明けてからすぐに静香へ向けて「ケジメは付けたんだから、それ以上何か言う理由は無いさ」とは言ったものの、やはり脅かし過ぎたのだろう。

 まぁ何もやらかさないに越したことは無いか、と鞍馬はそう結論づけた。


 バタートースト、パンケーキ、ホットドッグと言う三案が挙がったところで、静香が次へ進める。


「食べ物に関しては、この三種類があれば回せると思う。後は、飲み物かな」


「コーヒーと紅茶と、あとはジュースが何種類かか?」


 メモ帳アプリを忙しなく書き込んでいる駿河は、エンターキーを押して区切りをつけてから、飲み物についてメモをする準備を整える。


「気温のことも考えると、ホットよりもアイスの方が出そうだよな」


 もうすぐ衣替えだし、と蓮は雛菊の方に目を向ける。


「早咲さん、アイスコーヒーとアイスティーは、作り置きで回せるか?」


「ストックは前日でいくつかは作れるし、当日で足りなくなりそうでも、十分補充は効くから大丈夫よ。アイスティーはパックから、アイスコーヒーは水出しで。ジュースは、アップルとオレンジ、ミックスってところね」


 雛菊の説明を素早く駿河が打ち込んでいく。


「っとと……ホットコーヒーとかはどうするんだ?そっちはインスタントか?」


「インスタントはインスタントでも、ドリップ式が望ましいわね」


 粉末状のそれをお湯で溶かすものではなく、パックに包まれたそれをドリップするモノを指している。


「適正なお湯の量とか、蒸し時間もあるし、いくら学園祭と言っても、出来るところは上等にした方が、リピーターも増える」


「インスタントひとつでも、細かいんだね……」


 さすがヒナちゃん、と美姫はいつの間にか実行委員の二人以上に熱を入れて取り組んでいる親友に感服する。




 それからもう数十分ほど話し合いが続けられたところで、ひとまずの区切りが付けられる。


「案ばっか先走った感があるけどよ、試食や試飲はしなくていいのか?」


 そこで駿河がもうひとつ大切な懸念を挙げた。

 いくら保健所への提出を行うとは言え、赤の他人に提供するのだから、実際に飲食をして問題が無いかどうかを確かめなければならない。


「近い内に家庭科室を借りて、材料持ち寄って作ってみよっか」


 試食、試飲の機会を挙げる静香。


「えーと、バタートースト……とホットドッグはいいとして、パンケーキとコーヒーのドリップがメインかな」


 バタートーストとホットドッグは、それぞれ食パンとロールパンを焼くだけなので、必要なのはパンケーキの生地作りと、コーヒーのドリップの手順の確認だ。


「材料とドリップ式のコーヒーは、業務スーパーで揃うよな?俺が買ってくる」


 蓮は材料の買い出しを進んで買って出て、


「あ、私も買い出し手伝うね」


 美姫もそれに便乗する。


「んーじゃ、買い出しは若い二人に任せるとして……あ、レシートはちゃんと取っといてくれよ。あとでみんなで割り勘して代金は返すからな」


 忙しなくメモ帳アプリを書き込んでは、ファイル別に保存していく駿河。 


「あたしと芝山くんは、家庭科室の使用許可の申請ね。名目は正直に『学園祭の出し物の試食、試飲』っことで。実行委員からの申請なら、問題ないっしょ」


 実行委員たる駿河と静香は、そう言った職員を通す必要があるところの申請。


「家庭科室で試食、試飲をするのはいいとして。ちゃんとそれをやったのかどうかのレポートも要るんじゃないか?」


 学園の設備を借りる以上は、結果の如何に関わらず「こう言うことをしました」と言う記録はあった方が良いだろう、と鞍馬は意見を挙げた。


「あ、そうね。無くてもいいとは思うけど、レポートを提出した方が、先生方の覚えもいいかもだし」


「なら、そっちは僕が引き受けよう」


 義務のない自主的なレポートだ、過程と出来上がりの写真が何枚かと、調理行程や試食、試飲の結果と感想を書けば十分だろう。


「私は……」


 皆が皆、それぞれ役割分担していく中、雛菊だけが取り残されたような形になるが、


「ヒナは総監督でしょ?それと、調理のレクチャー。ほら、やることいっぱい」


 すかさずフォローに回る静香。


 日程はいつにするかは、明日の土曜日の半日授業が終わった放課後がいいだろう、と言う結論に至った。






 打ち合わせも終わったところで、材料買い出し担当である蓮と美姫は、大通りにある業務スーパーに訪れていた。

 今日に買った材料は一度、二手に分かれて持ち帰り、明日の登校の際に家庭科室の冷蔵庫に保管する、と言う手筈になっている。

 蓮は、駿河からのRINEのメッセージにある、明日に必要な材料を確認しつつ復唱する。


「……えーっと、とりあえずドリップコーヒーだな。10パック入りで、余ったぶんは誰かが持ち帰るってことでいいか」


「うん。10パック、10パック……これかな」


 コーヒーや紅茶のコーナーで、美姫はドリップ式コーヒーの袋を取り、蓮が持っている買い物かごの中へ入れる。


「あ、シュガーも買っていいかな。私、ブラックは飲めないし……」


「あぁ、そっか。駿河と鞍馬も何かしらは入れるし……メモには書かれてないけど、まぁそれなら必要経費ってことになるか」


 蓮が頷くのを確認してから、美姫はスティックシュガーの袋も買い物かごに入れる。


「……もしかして九重くんって、コーヒーは何も入れずに飲んでる人?」


「うん、いつもブラック無糖で飲んでる」


 やっぱりブラックで飲む学生って珍しいんだろうか、と蓮は『フルール・ド・スリジェ』で雛菊にも似たようなことを訊かれたことを思い出す。

 対する美姫は驚きに目を見開いていた。


「お、大人がここにいます……っ」


「いや、まだ未成年だから」


「……未成年だけど大人がいますっ」


「朝霧さん、それって『タバコが吸えたら大人の仲間入り』みたいな感じになってないか?」


 飲酒喫煙は二十歳になってから。

 だからと言って二十歳なった瞬間大人扱いされるわけでもないのだが。


「だって、あんなに苦いのをどうやって美味しく飲めるのか分からなくて……喫茶店でバイトしてるヒナちゃんだって、ブラックはさすがに飲めないって言ってるのに」


「単に嗜好の違いだと思うけどなぁ」


 まぁそれはいいだろ、と蓮は話の腰を戻す。


「コーヒーはこれでいいとして、次はパンケーキだな。……っと、卵と、牛乳、それとパンケーキミックス、あぁ、ケーキシロップもか」


「パンケーキミックスはこっちだね」


 ちょうど、紅茶とコーヒーの売り場の向かい側に、お菓子作りのコーナーが展開されており、パンケーキミックスとケーキシロップも同じ陳列棚に並んでいる。


「六人分だから……あ、これひとつでちょうど六人分だね」


 美姫は目当たったパンケーキミックスのパッケージを取る。内容量もちょうど六人分と表記されているそれも買い物かごに入れる。


「卵は六個入りでちょうどいいけど、牛乳は900mlが一本で足りるかな?コーヒーに入れる分とかもあるし……」


 パンケーキミックスのパッケージの裏側にある調理手順のみなら一本で事足りるが、コーヒーに混ぜる分も考えると、少し心もとないかもしれない。


「そうだな……一応二本買って、余った分は普通に飲めばいいんじゃないか?」


 無駄遣いをしているわけではないのだから、足りなくなるよりは、余るくらいでちょうどいい。駿河と静香も、それくらいは理解してくれるだろう。


「そっか」


 乳飲料のコーナーで900mlの牛乳を二本取り、卵は六個入りのものを取る。


 必要な材料も揃ったところで、再度確認。


「ドリップコーヒーよし、パンケーキミックスよし、ケーキシロップよし、卵よし、牛乳よし……」


「シュガーもちゃんと入ってます」


 メモの表記以外の必要なものも再度確認し、あとはレジを通しに行くだけだ。


「九重くん、お会計ってどのくらいになるかな?」


「そんなに高いものは選んでないし、2000円もいってないんじゃないか?」


 余裕で足りるよ、と蓮はセルフレジの台に買い物かごを持っていく。

 セルフレジが請求してきた金額も、どちらかと言えば安い方であったので、この場の会計は蓮が受け持ち、レシートも確保。


「あっ」


 しかし、ここに来てひとつ問題が発生した。


「ど、どうしたの?」


 何か起きたのかと美姫は心配そうに蓮の顔を覗き込む。


「……俺、買い物バッグなんて持ち歩いてないぞ?」


 そう。

 二人とも今日の登校からその足で業務スーパーに来ているのだ。

 下校のついでに買い物する、と最初から決めていれば鞄に折りたたみバッグを仕込んでいただろうが、生憎のところ買い物の予定が決まったのはつい数十分前だ。

 さすがに普段から買い物バッグを持ち歩いているほど、蓮も美姫も準備が良くなかった。


「レジ袋、買おっか?」


 買い物かご一つ分の大きさのビニール袋が一枚5円なので、それを買おうと美姫は財布を取り出そうとするが、「いや、大丈夫」と蓮に止められる。


「えーーーーーっ……と」


 蓮は学生鞄を荷台の上に下ろし、一旦中身を全て取り出して整頓していく。

 一応、幾分かのスペースは空いたものの、今買ったもの全ては入りそうにない。


「朝霧さん。悪いんだけど、コーヒーとケーキシロップ、それとケーキミックスだけ持って帰ってくれるか?」


「うん、それくらいなら私の鞄にも入るけど……」


 でも、と美姫は自分が担当(?)を頼まれた材料を見る。

 三つとも軽いものであり、残る牛乳二本と卵は蓮が持って帰るようだ。


「九重くん、明日に牛乳二本も持って登校するの?一本は私も持つよ」


 自分が楽をしていると思ったのか、美姫は二本ある牛乳の内、一本を手に取ろうとするが、蓮はパッと牛乳を二本とも手に取って鞄に入れてしまい、卵も入れてから鞄を閉じた。


「俺なら大丈夫。さ、帰るか」


「え、う、うん……」


 有無を言う間も無く、外へ出ようとする蓮の後に続く美姫。




 学園を出た時には既に西陽が掛かっていたので、業務スーパーを出た時には、日が落ちかけて微かに薄暗くなりつつあった。


「思ったより時間掛かったなぁ」


「業務スーパー自体も広かったから、材料探すのもちょっと大変だったしね」


 時刻的にはもうすぐ18時を回るだろう。


「あの、九重くん。やっぱり私、牛乳持った方がいい?」


 さすがに重いだろうと気遣った美姫だが、蓮は断固として首を横に振る。


「朝霧さんは、俺がそんなに頼り無さそうに見える?」


「そそ、そんなことないよっ?頼り無いわけじゃなくて、無理してないかどうか聞きたかっただけで……」


「無理はしてないよ。そんなに重いものでもないし」


 それに、さ……、と蓮は少し間を置いてから言葉を続けた。


「男って言うのは、自分の彼女からは頼られたいんだよ。……その、お金のことを頼られるのは困るけど、こう言う荷物持ちとかくらいは、カッコいい所を見せたいと言うか」


「そんなことしなくても、九重くんは十分……か、カッコいいと思う……」


「……あ、ありがとう」


 いくら彼氏彼女として付き合っていても、美姫から面と向かって言われると蓮も気恥ずかしい気分になる。


「「…………」」


 しかしそうなると、同時に気まずくもなるので、会話が途切れる。


 何をどう話題を変えるべきかを双方が悩んでいる内に、いつもの駅前広場にまで着いてしまった。


「えっと、じゃぁ朝霧さん、また明日」


「うん、また明日ね」


 互いに軽く手を振り合って、蓮は美姫の姿が見えなくなるまで見送る。


 蓮に見送られる中、美姫は小さく独り言を呟く。


「「頼られたい」かぁ……」


 先程の彼の発言を反芻する。



 

「頼られたいなら、『頼ってもいい』ってことだよね、九重くん」




 それならきっと大丈夫、と美姫は気を取り直して自宅への帰路を辿る――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る