Episode:15 大盛況なのも考え物
初日からあまりの大盛況に終了時間まで保たなかった、2年A組のメイド喫茶。
初日からこれだ、二日目、最終日ともなればそれ以上のお客が押し寄せてくることは、火を見るよりも明らか。
その日のオーダーストップから、2年A組は二日目からの傾向予測とその対策を、下校時間ギリギリまで話し合い、練り込んでいた。
波乱から始まった学園祭、二日目。
生徒会長による開催宣言と同時に、2年A組の教室前に長蛇の列が出来上がる。
その中には女子生徒も数多く入り混じっているのは、メイド目当てだけでなく、単純に飲食を楽しみたいと言う生徒もいるからだ。
特に、パンケーキとコーヒーが美味しいとのことで、昨晩の内に情報が回っていたらしい。
いきなりの混雑ラッシュに、2年A組は初っ端から窮地に陥る……ことはなかった。
そうなるだろうことは、昨日の内に対策済みだ。
「お待ちのお客様ー、こちらの整理券をお持ちになってお待ちくださいませー!」
行列を並ぶお客に、番号のかかれたカードが手渡されていく。
彼らが真っ先に考慮したのは、行列のことだ。
列の整理を行うにあたって、昨日は特に人員を必要としたため、少人数でも混乱なく列が整理出来るようにと、予め考案された。
対策はこれだけではない。
教室内に配置された、テーブルのレイアウトも大きく変化している。
昨日の時点では、机を六つ並べたものにテーブルクロスを敷いたものを四つほどであった。
しかし今回は、机の数を二つに減らすことで席の数を増やし、さらには調理スペースのすぐ正面にも横長く机を繋げた『カウンター席』も設けている。
これによって、お客の待ち時間を大幅に短縮しつつ、カウンター席の追加によって、調理スペースから席まで運ぶまでの時間も短縮。
団体客への備えも抜かりなく、その場で空いている席を複数繋げて広いテーブルを作ることで対応する。
極めつけは、テイクアウトも可能にしたことだ。
メイド目当てではなく、単純に品物欲しさに来店したお客には、昨日の内に仕込んでいた"お持ち帰りセット"を手渡すことで、よりスムーズに列を進めさせる、と言うものだ。
これだけの対策を施して、ようやく人員の入れ替えが効くかどうかである。
結論から述べると、二日目も14時でオーダーストップとなったが、売上は初日のおよそ1.5倍と言う、下手なファミレスよりも繁盛しているのではないかと思えるほどだ。
これだけの売上を見せている2年A組には、何かしらの形で表彰すべきだ、と担任教師は校長や教頭に嘆願しているのだとか。
初日と同じような光景の中、蓮はテーブルクロスの上に突っ伏した。
「さ、さすがに疲れた……」
お客の回転を早めた結果、より大勢の人数が押し寄せてくるようになり、時間は昨日と同じでも、売上の底上げがそのまま疲労となって返ってくるのだ。
「九重くん、お疲れ様」
初日に着続けていたためか、メイド服にも慣れてきた美姫は、今だけは制服に着替えずにメイド服のままで、机に突っ伏して力尽きている彼氏に労いの言葉とペットボトルのジュースを差し出し、自分もその隣に座る。
「うん、ありがとう」
蓮は上体を起こし、美姫からのジュースを受け取るなり、すぐに蓋を開けてぐびぐびと喉を鳴らす。
美姫もペットボトルの蓋を開けて、蓮ほど勢いよくではなく、ちびちびと少しずつ飲む。
すると、メイド服を着たまま教室の外に出ていた駿河が戻ってくる。
「オーダーストップの貼り紙、貼っといたからなー」
それだけ告げると、駿河は荷物を持ってすぐに、臨時の更衣室として使わせてもらっている隣の教室へ駆け込んでいく。
「芝山くん、何だか急いでたみたいだけど、何か予定があったのかな」
小首を傾げる美姫に、後片付けをしている静香がその理由を答える。
「芝山くんね、今日は妹ちゃんが遊びに来るらしくて、付いてあげないといけないんだって、昨日も言ってたっしょ?」
ちょっと失礼ー、とテーブルクロスにアルコール消毒液を吹き付け、クラフレックスで拭き伸ばしていく。
「あぁ、そう言えば鞍馬も昨日に彼女さんが来るって言ってたな」
蓮はもう一口ジュースを呷ると、昨日の打ち合わせを思い出す。
全員の自由時間を返上しなければ上手く回転しないほどに、このクラスのメイド喫茶は盛況だ。
だからといって、せっかくの学園祭だと言うのに、全く自由時間が無いのでは不満も出る。
そこでまず雛菊が挙げたのは、『最初にオーダーストップの時間を決めておくこと』だった。
――どの道途中でオーダーストップしなければならないなら、最初から決めておきましょう――
初日からいきなり途中でオーダーストップが必要なほどだ。
もっと在庫を増やせば良いのではないか、と言う意見もあったが、それは鞍馬によって遮られた。
――増やしたくも増やせそうにないな。注文していたぶんはとっくに使い切っているんだ。さっき業者に問い合わせて、「明日までにもっとください」って頼んでも、無理だって言われたよ――
仕入先である業務スーパーとて、品物が無限にあるわけではない。
事前にこれだけの分を発注しておいて、いきなり「足りなくなったからもっとください」と言われても、残っている分しかありませんとしか言えないわけだ。
鞍馬が具体的にどのくらいを要求したと言えば、当初の予定数の三倍近い量だったため、受話器の向こうで何秒か沈黙があったらしい。
明日までに用意できない物は仕方がないとして、二日目は一応オーダーストップの時間だけ決めて、どうしようもないなら最悪門前払いもしなくてはならない。
その指定したオーダーストップが14時だったわけだが、本当にギリギリだった。
何せ、パンケーキに必要な卵が残り6個しか無かったのだ、あともう数人並んでいたら、本当に足りなかった所である。
加えて、静香からも懸念が一つ挙げられた。
――一応みんなに聞いておきたいんだけど、明日にどうしても抜けたいって希望はある?友達とか家族が来るとかってヤツ――。
これに真っ先に挙手したのは駿河だった。
――悪ぃ松前さん。明日、小学生の妹が来るから、ついてあげなきゃなんねぇんだわ。一応、午後からなら大丈夫だとは言ってるけど……――
彼の意見を皮切りに、鞍馬を始めとする何人かが挙手し、ひとまずは要求を聞き集め、何とか妥協出来るところまで各人の都合を擦り合わせることに成功。
それからは下校時間ギリギリまで、明日の傾向とその対策について話し込み合った。
「とは言っても、明日の朝に追加の発注が届くんだよな?……松前さん、それってどのくらいかって鞍馬から聞いてるか?」
蓮は静香に、鞍馬が追加発注した食品がどれくらい届くのか訊ねてみる。
「詳しく数までは聞いてないけど……んっとねぇ、テイクアウトも前提に入れて、少なくとも500人は対応出来るくらいって言ってたかな?」
「ご、ごひゃく!?」
それを聞いた美姫は驚愕に声を裏返す。
この学園の全校生徒人数はおよそ350人ほどだが、教師陣や外来客のことも考慮すると、軽く500人は超える。
「これでもヒナとかと一緒に考えて、切り詰めた方だって言ってたよ?最初とか700人くらいを相手にするつもりだったみたいだし……」
最終日は、終了時間まで営業するつもりである。
ピークを過ぎた後でも、かなりの客数が来ることは想像するに容易い。
「……明日は、ちょっと覚悟した方がいいかもしれないな」
蓮は神妙な声でそう呟くと、ペットボトルの中身を全て飲み干した。
「と言うわけで、ハイ美姫。早いところ着替えて、九重くんと行ってらっしゃい。後片付けはあたしらでやっとくからさ」
テーブルクロスを拭き終えた静香は、美姫を教室の外へと追いやる。
「えっえっ、私、後片付けしなくていいの?それはちょっと……」
さすがにそれは他のクラスメートに悪い。
遠慮しようとする美姫だが、そこで有無を言わせないのが静香である。
「何言ってるの。明日はもう後夜祭くらいしか、九重くんとイチャイチャ出来ないんだよ?今の内にほら、遊んで遊んで!」
「い、イチャイチャまではしないけど……わわっ、押さないで……っ」
そのまま教室を追い出される美姫。
更衣室に向かった、と思いきや静香が頭だけ出して蓮へ視線を向ける。
「ねぇ九重くん、今なら美姫の生着替えが合法的に見られるけど、どうする?ついてくる?」
「………………つ、ついていきませんっ」
「分かりやすいくらい間を置いた答えだねぇ?」
ニヤニヤしながら顔を引っ込める静香。
それを聞いていた男子達は一斉に席を立つと、蓮の後ろに回り込み、その彼の座っている椅子を蹴り飛ばしだした。
「羨ましいんだよこいつ!」
「リア充爆裂しろ!」
「そこは嘘でもいいから「ついていく」って答えろよ!」
「後片付けは俺らに押し付けて、思いっきりイチャついとけちくしょう!」
「もういっそ窓から放り出してもいいよな!?」
ガタンガタンと椅子が浮いたりズレたりするのを押さえつつ、蓮は「ちょっ、何だよやめろって……!」と必死に抵抗するのだった。
クラスの男子達に、椅子ごと窓から放り出されそうになりつつも、蓮と美姫は廊下を歩く。
「さて、と。朝霧さん、どこから回る?」
「うーん、お昼ごはんとかまだだし、何か食べたいかな」
ピーク時に入ってからは休む間も無かったので、当然食事の時間など取れるはずもない。
まずは腹ごしらえだ。
校舎の外に出ればそこかしこに屋台が並んでおり、とりあえず食べるには困らないだろう。
「俺、焼きそばと焼きおにぎりにするけど、朝霧さんは?」
「んー、私も焼きおにぎりと……あっ、綿飴食べたい」
美姫の視線が、綿飴の屋台に向けられる。
「じゃぁ、俺が朝霧さんの分の焼きおにぎりも買ってくるな」
「え?あ、ありがと……」
制服のポケットから財布を取り出しつつ、焼きおにぎりの屋台へ向かう蓮。
二人前、焼きおにぎりを四つほど購入して、今度は焼きそばの屋台で一人分を購入。
元の場所まで戻ってくると、既に綿飴の袋を抱えて美姫が待ってくれていたので、中庭まで移動、そこのベンチに座る。
焼きおにぎりの詰まったトレイを広げてベンチに置き、焼きそばのトレイは自分の膝の上に乗せて、早速食べ始める。
「んく……こう言うお祭りの屋台ごはんって、何だかいつもより美味しそうに見えるよね」
焼きおにぎりを頬張っていた美姫は、そう蓮に話し掛ける。
「アレだよな、海の家のラーメンと一緒だ。出来は大したことないのに、何故か美味しく感じられるってやつ。その場の雰囲気に騙されてる感じもするんだけど」
「ふふ、なんか分かるかも」
実際、美姫が食べている焼きおにぎりも、米が硬かったり柔らか過ぎたりと、バラつきが酷いものだが、それでも美味しいと思えるのが不思議なところである。
ふと、蓮は美姫の顔を見て気付いた。
彼女の口元に、焼きおにぎりの米粒が付いている。
「朝霧さん、口に米粒付いてる」
「えっ、どこ?」
とは言え美姫自身も、それがどこかは気付いていなかったようだが、しかし自分の口元は自分で見れない。鏡でもあれば良かったのだが、二人とも手鏡など持ち歩いていない。
「ほら、ここ」
蓮は美姫に少し近付いて、米粒を掬い取ろうと指先を伸ばす。
「ッ……!」
彼に口元を指先で撫でられ、美姫は身を竦める。
「ん、取れた」
そのまま、『美姫の口元に付いていた』米粒を前歯で挟んで口にする蓮。
「こっ、ここの、えっ、く……ッ!?」
それを見た美姫は、思わず自分の口元を両手で隠した。
「え?朝霧さん、どうし……、あ」
口元を隠し、隠しきれない頬は真っ赤になっている美姫の様子を見て……蓮は自分が何をしたのか理解する。
「いやっ、その、ご、ごめんっ。俺、そんなつもりじゃなくて……っ」
「そ、そうだよねっ?九重くんはっ、米粒を取ろうとしてくれただけだよねっ?わ、私とっ……か、か、間接、キス……したかった、わけじゃ、な、いよ、ね……っ?」
間接キス、と言うワードを聞いて、蓮の頬も真っ赤になってしまい、自分でそれを口にした美姫もさらに真っ赤になる。
「そ、それに、……九重くんに、口元触られた時……間接じゃない、方の……キス、されるかもって、思っちゃって……」
美姫のそれを聞き、蓮は……羞恥のあまり両手で顔を覆って俯いてしまった。
「お、俺は、なんてことを……ッ」
「い、嫌じゃなかったんだよっ?ででも、やっぱり、キスされるかもって思ったら……変にドキドキしちゃって……そしたら次は間接の方のキスをされて……わ、わた、し、なに言ってるんだろ……」
二人して両手で顔を覆い、互いに背を向けてしまう。
幸い、このベンチの近くに誰もいなかったから良かったものの、この光景を第三者が見ていたらと思うと、
「「…………………………」」
やはり同時に黙りこくってしまった。
誰もいないとはいえこの状況は恥ずかし過ぎる。
何とか別の話題を持ってこようと、美姫は火照りの残る顔で蓮に向き直る。
「そ、そう言えばっ。芝山くんは妹さんを迎えに行って、有明くんは彼女さんを迎えに行ったんだよね?」
「あ、あぁっ、そう言ってたな、うんっ」
急に美姫の方から話題を変えてきたので、すぐに取り繕うように反応する蓮。
「有明くんに彼女さんがいるって言うのは聞いてたけど、芝山くんに妹さんがいるって初めて聞いたなーって。九重くんは、どんな子か知ってるの?」
「うーん、鞍馬の彼女さんは他所の女子校にいるらしいけど、本人は見たことは……ついこの間に、遠目からなら一度だけあったけど、デートの邪魔しちゃ悪いからってすぐに立ち去ったかな。駿河の妹さんは一年の文化祭の時に一度会ったけど、なんて言うか、兄離れがまだ出来てない感じかなーって」
きっと今頃は、兄を振り回して出し物をあちこち回っているんだろうな、と蓮はその様子を想像して苦笑する。
「ぶぇっきしっ」
どこかで自分のことを噂されていたのか、駿河はくしゃみをした。
「お兄どうしたの?誰かに噂でもされた?」
頭一つ分ほど身長差がある妹が、チョコバナナを頬張りながら訊ねる。
「おぅ、多分な」
「そっか。それでさっ、次はどこ行こっか?」
自分の兄が、つい先程まで鉄火場の中で働いていて疲れていることなど知る筈もない妹は、遠慮なく連れ回してくれる。
「次なぁ、次……ん?」
駿河は学園祭の栞を開こうとして、ふと視界の中に映った光景に意識を向ける。
昇降口の片隅に、雛菊が姿勢を低くして誰かと話している様子が見えた。
よく見れば、その相手は幼稚園児くらいの男の子だ。
近くに親がいないところ、迷子かもしれない。
「お兄?」
「悪ぃ、ちょっと待ってろ」
それだけ妹に言い付けると、駿河は小走りで昇降口へ向かう。
「おーい、早咲さん!」
駿河の声に気付いて、雛菊は立ち上がって彼の方に視線を向ける。
「芝山くん?」
「どうした、迷子でも拾ったみてぇだけど」
「この子、お母さんとはぐれたみたいで……放送室に連れて行って迷子のお知らせを流してもらおう思ってるんだけど、怖がって動かないの」
泣きじゃくりながらも、雛菊と後からやって来た駿河を警戒しているのか、一定の距離を保っている。
「ふーむ……よっしゃ」
こう言う時は、と駿河は踵を返して近くにあったかき氷の屋台へ駆け込み、すぐ戻って来た。
いちごのシロップが掛けられたそれをスプーンで掬い、男の子の口元に差し出す。
「ほいっ、とりあえずかき氷でも食べるか?」
「…………ぅん」
素直に食いついてくれた。
それを4、5回ほど繰り返すと、ようやく落ちついたようで、駿河や雛菊を怖がらなくなり、母親を呼ぶために放送室に連れて行こうとして、嫌がったりもしなくなった。
迷子のお知らせが放送で流れれば、母親がすぐに駆け付けて来てくれたので、迷子騒動はすぐに収まった。
親子共々手を振りながらも、廊下の曲がり角を曲がるのを見送る、駿河と雛菊の二人。
「すぐに見つかって良かったな」
「……ありがとうね、芝山くん」
一件落着、と頷く駿河に、雛菊は礼の言葉を口にした。
「私一人だけだったら、あの子を怖がらせてばかりだったと思う」
「まぁ……あぁ言うのは、妹の相手してる内に慣れたようなもんだから、お礼を言われるほどのことじゃねぇけどな」
「それでも、芝山くんが来てくれなかったら、私があの子を泣かせたみたいに見られたかもしれないし……」
ふと、雛菊は何かを思い出した。
「そう言えば芝山くん、妹さんが来てるのよね?もう帰ったの?」
「……あ、やべぇ忘れてた!」
妹を待たせていることに気付き、駿河は慌てて放送室を出ようとして、
ドアを開けたすぐ目の前に、見るからに不機嫌そうな妹が待ってくれていた。
「お兄〜?ちょっと待ってろって言われてから、どれくらい待ったと思ってんの?」
「いや、スマン。迷子がいたから、ほっとくわけにもいかねぇって言うか……」
「そうじゃないって」
すると、妹の視線が駿河の背後にいる雛菊に向けられる。
「お兄、"彼女"さんと約束してたんでしょ?何も無理にあたしに合わせてくれなくても良かったのに」
この場合の"彼女"さんとは、当然雛菊のことだ。
「ちっ、違ぇって!早咲さんはクラスメートだけど、別に付き合ってるわけじゃ……」
それは嘘ではないし、むしろ事実だ。
今回、たまたまそこに雛菊が居合わせただけで、何も待ちあわせしていたわけではない。
しかし、兄の態度が照れ隠しだと誤解した妹は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「はいはい〜、お兄の恋路を邪魔するつもりはないから、あとはごゆっくりー」
軽く手を振ると、すぐに駆け出していってしまった。
「あ、おい待てコラ!……ったく、逃げ足だけは速ぇヤツだ」
完全に『駿河と雛菊は恋人同士』だと誤解されている。
後でめんどくせぇ、と駿河は溜息をついてから、雛菊に向き直る。
「あーその、悪ぃ、早咲さん。ウチのアホ妹が変なこと言っちまって」
頭を下げる駿河だが、それを見て雛菊は慌てて頭を上げさせる。
「あ、頭下げなくてもいいから。端から見れば、そう見えてもおかしくはないし、何も芝山くんが謝らなくても」
「いや、何か奢るからなかった事にしてくれ」
「そこまでは要求しないわよ……さっきのかき氷だって、あの子にあげちゃったんだし」
いくら人助けのためとはいえ、損得勘定だけで見れば駿河は損しかしていないのだ。
そんな彼が謝るのは筋違いだ、と言いかけた雛菊だが、少しだけ考え直す。
「……妹さんはもう帰ったのよね。じゃぁ、芝山くんは今から一人?」
「まぁ……そうなるわな?」
「じゃぁ、これから私と一緒に回る?」
それは、思いがけない雛菊からのお誘いだった。
「え?あー、んーと……良いのか?」
駿河の中では、これは全く予想していなかった展開だった。
生真面目な雛菊からすれば、ちゃらんぽらんな自分など迷惑ではないか、と思っていた節があったのだから尚更だ。
「良いのかって、ダメな理由でも作ってほしかったの?」
「いや、そうじゃねぇけど……」
深く考えるだけ無駄だろう。
それに、向こうから誘ってきたのだから、こちらは「YES」か「NO」で答えればいいだけだ。
「んじゃ、一緒に行くか」
「うん」
今日の終了時間までそれほど時間があるわけでは無かったが、駿河と雛菊は残った時間を二人で楽しむことが出来た。
明日は最終日。
昨日と今日以上の激戦になるだろう――。
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