Episode︰16 睡魔は決意すらも呑み込む

 三日間に渡る学園祭も、今日が最終日。

 終了時間後は、後夜祭として校庭にはキャンプファイヤーが焚かれる予定であり、祭りは閉校時間まで続く。


 そんな中、初日、二日目と絶大な売上を誇った2年A組のメイド喫茶は、開始時間の一時間前からてんやわんやとなっていた。

 今朝、校門の前に一台のトラックが停車したと思えば、番重が載せられたカートが多数降ろされ、次々に校舎内へ運ばれていく。

 届先は全て、2年A組の教室。


「来たぞー!」


「これ卵入ってるから、気をつけろよー!」


「こっちはダンボールだ、もうひとり誰か来てくれー!」


 階段に差し掛かるところで2年A組の生徒達――それも運動部の男子が、番重を受け取るや否や教室へ運んではまたすぐに番重を取りに戻ると言うことを繰り返している。


 教室内に運ばれれば、すぐに残っている者達が検品していく。


「ジュースとコーヒー、紅茶は奥の冷蔵庫!卵と牛乳、バター、ソーセージは手前の方ね!」


「こっちロールパンの袋15しかないけど、他にあるー!?」


「あ、こっちにあったぞー!」


 そして、検品した物から随時調理スペースへ運ばれ、早速使用されていく。


「パンケーキの生地20人前出来てるからねー!」


「アイスコーヒーは濃いめに作って、それからブロックアイスで冷やすぞー!」


「電気ポットは全部98℃だぞ!保温の温度、間違えんなよー!」


 そんな修羅場とも言える中、駿河は次々に指示を飛ばしていく。

 メイド服を着ている彼だが、もはやその姿は馴染んでおり、すっかり仕切り屋として板についている。


「開始時間まで30分切ったぞー!それまでに全部完璧にすんぞー!休憩時間が欲しけりゃ急げー!」




 校門前にいる静香は、スマートフォンを片手に業者のドライバーと対応する。


「はい、はい、これとこれ、これもオッケーです。えーとこれで全部大丈夫です。えーと、サインサイン……」


 ボールペンで複数枚の伝票にサインを書き込みながらも、スマートフォン越しにいる駿河に向かって声を飛ばす。


「芝山くん、こっちは全部オッケーよ!」


『おぅ、サンキューな!戻ってきたら、松前さんは調理班を手伝ってくれー!』


「はいはいー。……あ、はい、ありがとうございました!」


 全ての積み下ろしが終わり、「納品、以上になりまーす」と告げるドライバーに会釈する静香。

 トラックを見送ると、すぐに踵を返して教室へ駆け戻る。




 クラスメート総員の尽力により、開催の10分前には全ての準備が整い、少しだけの休憩時間が訪れる。

 教室の端の方で、蓮と美姫は隣り合って飲み物を傾けている。


「始まる前から大忙しだな」


「うん、でも始まったらもっと忙しくなるよね」


「今日は終了時間までやるって言うしなぁ……」


 昨日、一昨日は14時にオーダーストップを掛けなければならなかったが、今日は最終日と言うことで終了時間まで営業する方針が決められている。

 そのための準備は、つい先程に済んだところだ。


「松前さんが昨日も言ってたけど、今日は一緒に回る時間とか無さそうだし……」


 昨日にオーダーストップが掛けられてから、静香に「明日はもう後夜祭くらいしかイチャイチャ出来ないんだから」と言われたことを思い出す蓮。


「……あ、あのね、九重くん」


 ふと、緊張した面持ちになって美姫が向き直る。


「ん?」


「今日の後夜祭……九重くんは、どうするの?」


 後夜祭に参加するかどうかを訊ねたいらしい、と読み取った蓮は「あぁ」と頷く。


「一応、参加しようかなとは思ってる。朝霧さんが早く帰りたいって言うなら、そっちに合わせるけど」


 その答えを聞いて、美姫はホッと息をつく。


「……じ、じゃぁ、一緒に参加しよっか」


「そっか。んじゃぁ、そうするか」


 何気無く頷いた蓮だが、対する美姫の内心は、あまり穏やかとは言えなかった。


「(今まで先延ばしにしてたけど……ちゃんと言わないと。九重くんに、「本当は告白するつもりじゃなかった」って……)」


 学園祭の最終日。

 ひとつの区切りだ。

 伝えようと思って伝えられるタイミングは、今日しかない。

 美姫は静かに、しかし確たる決意を胸に、今宵を待つ。



 一方、女子用の更衣所でメイド服に着替えている雛菊は、静香に"問い詰められていた"。


「で、実際のところ、どうなの?」


「何が「どうなの」か、主語を置いてから話してくれる?」


 前触れ無くそのように話を振られても、冷静に切り返す雛菊。

 

「だからさぁ、芝山くんのことだって」


 静香が差し出している手鏡を見つつ、ヘッドドレスがズレていないかを確認しつつ、手櫛で自身の黒髪を梳く。


「芝山くんがどうなのって?どうもしないけど」


 一体何を問うてるのか、多分何でもないことだろう、もっと言えばくだらないことだ、と高を括っている雛菊だが、


「そんなこと言っちゃってぇ、あたし昨日見てたよ?ヒナが芝山くんと一緒にいたこと」


 静香の目は好奇心に溢れている。

 以前にもどこかで――そう、美姫に「九重くんに告白したら?」と唆した時と同じそれだ。


「ねねっ、どう言う風の吹き回し?あのヒナが芝山くんとツーショットとか、あたし思わず自分の目を疑ったよ?詳しく詳しくっ」


「あのね静香……期待してるところ悪いけど、私と芝山くんは付き合ってるわけじゃないから」


「そりゃ"今は"でしょ?昨日、何があって一緒に回ってたのっ?」


「……ありのままを話すけど」


 このネコのように好奇心溢れる静香を止めるには、事実を話して「期待外れ」だと思わせるしかない。

 そう思って静香は、昨日に駿河と一緒にいた件を話した。

 しかし……


「迷子の面倒を見てあげて、彼の妹ちゃんに付き合ってるって思われるとか……キャーッ、少女マンガー!」


 雛菊の予想は外れ、どう言うわけか静香のテンションを上げるだけだった。


「いや、だから……」


「いいねいいね!芝山くんの隠れた魅力を知っちゃったわけだ!その勢いで、好きになっちゃったりしたわけで!」


「……今、「そんなに気になるなら思い切って告白しちゃえば?」って言おうとしたでしょう」


 これは既視感。

 美姫は静香の勢いに押し負けて蓮に告白するハメになったが、自分が屈する理由はない、と雛菊はあくまでも自然体で答える。


「バカなこと言ってないで、もうすぐ開催時間なんだから急いでスタンバイしましょう」


「ぶーぶー、つまんなーい」


「人の色恋沙汰を娯楽にするのはやめなさい」


 全く……と、雛菊は手櫛を鞄の中に入れて、席を立つ。


「(まぁ確かに、昨日で芝山くんへの印象が変わったのは、間違いないけど)」


 妹と接している内に慣れた、と駿河本人は言っていたが、それでも見知らぬ子供を相手に同じことが出来る人間は、そうそういるものではない。

 大抵は、見て見ぬ振りをすると言うのに。


「(そう言う意味では、私も同じ穴の狢?)」


 否、それとこれとはまた別か、と雛菊は静香と一緒に更衣所を出て、すぐ隣の教室に入る。


 すると、たまたま近くにいた駿河と目が合った。


「早咲さん、今日が最終日だ。気合い入れていこうぜ」


「……そうね、頑張りましょう。芝山くんもね」


「おぅよ!」


 一拍を置いて、校内放送が開催を宣言する。


『ご来校の皆様、全校生徒の皆さん、大変長らくお待たせしました。これより、四季咲学園祭、最終日を開催致します。最後まで、お楽しみくださいませ』






 当然と言えば当然と言うべきか、2年A組のメイド喫茶の営業は、まさに熾烈を極めた。

 お客の長蛇の列は短くなるどころか、時間が経てば立つほどにその列は長くなる。

 店内飲食のみならず、テイクアウトを駆使しても、お客が全く減らない。

 開始直後からこの調子だ、ピークの時間を迎えればこの勢いはさらに増すだろう。

 しかし――事態は彼らの予測とは異なり、ピークの時間が近付くと、テイクアウトを希望するお客が突然増え始めた。

 その割合は、全体の八割近くにまで到達する。


 メイド喫茶の噂を知った外来客の中に、美少女メイドを眺めつつ、あわよくばボディタッチのひとつでも……と企む輩もいるのだが、このテイクアウトのラッシュの行列の中でそんなことをすれば、一斉に批難を浴びるだろう。最悪、そのままつまみ出されて出禁にされるかもしれない。


 そうなると、誰かが言うまでもなく『ここはテイクアウトが当たり前、店内飲食は厚顔無恥の輩、あるいはメイド目当てのゲスの類』と言う風潮が流れ始める。


 もはや2年A組はメイド喫茶ではなく、一種のコンビニエンスストアとなりつつあった。






『ただいまを持ちまして、四季咲学園祭は終了時刻を迎えました。全校生徒の皆さん、三日間お疲れ様でした』


 日か傾き始めた頃、生徒会長の校内放送により、学園祭は終了を告げられた。

 校内のそこかしこで後片付けが始まる中、2年A組の面々は教室内で憔悴していた。


「終わったな……」


 蓮はぐったりと机の上に上半身を倒す。


「燃え尽きたぜ……カッスカスの、消し炭だぜ……」


 駿河は教室の壁を背に、床に腰を下ろし、力なく首を傾ける。


「空腹もピークが過ぎると感じられなくなるって言うのは、本当らしいな……」


 さすがの鞍馬も、疲労感を隠せずに椅子の背もたれに体重を預ける。


「私、途中からここがメイド喫茶だってこと忘れそうになってたよ……」


 美姫も蓮の隣で突っ伏す。


「あたし頑張ったよね……うん、頑張った……」


 静香はぼそぼそとエクトプラズムが抜けそうになっている。


「……今日の内に、片付けられるものは片付けておきたかったけど、これじゃ無理ね……」


 気力を振り絞ってメイド服から制服に着替えて戻って来た雛菊は、クラスメート達の疲労具合を見て、後片付けは全て明日に回すべきだと判断する。




 最低限の後片付けだけ済ませて、今日はこの場で解散。

 後夜祭に参加する者はこのまま学園に残り、参加しない者は下校。


 駿河、鞍馬、雛菊の三人は下校。

 静香はよそのクラスの友人達と、後夜祭を楽しむために残るらしい。


 蓮と美姫は、もちろん後夜祭に参加だ。

 後夜祭に参加……と言うよりは、『美姫が蓮に伝えなくてはならないことがあるから』残るようなものだが。


 西陽が沈み行くその間際、グラウンドに積み上げられた木材に灯火が点けられ、朱々とした炎が学生達を照らす。


 キャンプファイヤーを中心に、その周りを数組の男女がフォークダンスを披露する中、蓮と美姫は隣り合って座り、そんな様子を遠巻きから眺めている。


「やってるなぁ……」


 ただぼんやりと、他人事のように炎の周りでフォークダンスを躍るペア達を見て呟く蓮。


「あの人達は元気だね……ふあぁ……」


 美姫は手で口元を隠しながら欠伸をした。

 もう自分達は、気を抜けば立ったまま眠れるのではないかと思うほど疲れているのに、フォークダンスまで踊る気は起きない。


「朝霧さんも、さすがに疲れた?」


 欠伸を噛み殺している美姫を見て、蓮は何気無く話し掛ける。


「ぁ、あ、うん、疲れたかな。三日間もあんな調子だったからね……」


 慌てて欠伸をやめて、姿勢を正す美姫。


「後半なんて、もうほとんどテイクアウトばっかりだったもんなぁ……」


「うんうん、お客さんの回転がすごいことになって、もう何がなんだかって感じだったよね……」


 お互い遠い目をしながら、この怒涛の三日間を思い返す。


 まさか初日の午前中、ピークにすらなっていない時間帯だけでその日の販売予定分を使い切るなど、誰か予想できるものか。

 二日目も開催からいきなり長蛇の列が押し寄せて来て、なんとかかんとか対処は出来たが、それでも限界が見えていた。

 その三日目という今日は……限界突破など生温いレベルの体力と集中力を強いられたのだ。


 だが、美姫としてはこんなことが話したくて、今ここにいるわけではない。


 今ここにいる蓮に伝えなくてはならないのだ。

 本当はあなたに告白するつもりじゃなかった、と。


 伝えるタイミングは、今が絶好。

 なのに、


「(眠い……座った瞬間から、もう……)」


 美姫の意識は、もう限界を超えてから何時間も経っている。

 立っている間は一種のランナーズ・ハイのように眠気を意識せずにいられたが、腰を下ろした瞬間、何かの催眠術を掛けられたかのように意識が微睡む。


「(言わなくちゃ、せめて、これを言ってから、言っ、…………)」


 ぽと。


 キャンプファイヤーを眺めていた蓮は、右肩に何かが触れたのを認識し、視線をそちらへ向けた。


「朝霧さん?」


「すぅ……くー……すー……くぅ……」


 蓮の肩に頭を乗せるように、美姫が寄り掛かっているではないか。

 しかも、転寝うたたねまでしている。


「もしもし?朝霧さん?……まさか、寝てるのか?」


 名字を呼んでみても反応がない所、どうやら本当に眠っているらしい。


「(まぁ、疲れてるしなぁ……)」


 無理もない、と蓮はキャンプファイヤーから今度は美姫の寝顔を見つめる。

 今思えば、彼女の寝顔と言うものは初めて見た。


「(って言うか、いくらなんでも無防備過ぎないか……?)」


 確かに男女のお付き合いをしているとは言え、こうにも堂々とノーガード。

 これでは何をされても文句は言えない……


「(……じゃないっ。朝霧さんは俺を信用してるから、こうしてるんだ。その俺が信用を裏切ってどうする!)」


 いかんいかん、と蓮は自意識を戒める。

 ……恐らく、これが普通の男子ならば自己を戒めることは出来なかったかもしれない。


「(とは言え、起きるまでずっとこのままってわけにもなぁ。どうしたものか……)」


 美姫がいつ起きるか分からない以上、下手をすれば閉校時間までここにいる可能性も有り得る。

 少しの思考の末、蓮は懐からスマートフォンを取り出し、RINEを開いた。




 幾度かの送受信を繰り返してから、ものの数分で蓮が求めた相手はやって来た。


「お待たせ、九重くん」


 その相手とは、静香だった。


「急に呼び出して悪い松前さん。ご覧の通り、朝霧さんが寝ちゃってさ……」


「あーぁ、美姫ったら。これじゃ九重くんに何か"イタズラ"されてもしょうがないよ?……何もしてないから、あたしを呼んだんでしょうけど」


「その通り過ぎて何と言えばいいのやら」


 微妙な顔をする蓮に、静香は真面目に耳打ちする。


「……黙っててあげるから、美姫のおっぱいくらい触ってあげたら?」


「……な・ん・で、俺が『してあげる』側なんだよっ?」


 静香がそんなことを言おうものなら、否応なく蓮の視線が美姫の豊かに育った"ソレ"に向いてしまう。


「いやだってさぁ、九重くんだって触ってみたいでしょ?こんなに素晴らしいの、そうそう無いよ?」


「………………触りたいのは否定しない。でもそれは今じゃなくてもいいはずだ」


「やせ我慢しちゃって」


 ニヤニヤといやらしく口元を歪める静香。

 このまま彼女のペースに引き込まれては、そろそろ理性が瓦解するかもしれない、と危機感を覚えた蓮は、静香を呼んだ本来の目的を進めさせる。


「信用を裏切らないためなら我慢でもやせ我慢でもいくらでもしてやる。……それより、朝霧さんを送ってあげないと」


「はいはい、九重くんが人畜無害なのはよーく分かりました。美姫の家まで案内すればいいんでしょ?」


 美姫がいつ起きるか分からないため、蓮が彼女の自宅まで送り帰す必要があるのだが、その肝心の住所が分からない。駅前広場でいつも別れているので、そこから先だ。

 そこで、美姫の住所を知っている静香か、もしくは雛菊に案内してもらう必要があり、まだ学園内にいるだろう静香に白羽の矢を立てたのだ。


「そうそう……さて、と。起こさないように、失礼します、っと……」


 蓮は身体の向きを変えて、背中に美姫の頭を持ってこさせる。

 位置を確認して、一息に美姫をおぶさる。


「美姫が眠ってる間に、お尻や太腿を触りたい放だ……」


「……やっぱり無理言ってでも早咲さんに来てもらった方がいいな。帰ってくれ松前さん」


「冗談冗談。三割くらいは」


 つまり残りの七割は本気で言ってるのか、と蓮は頭を抱えたくなった。その抱えるための腕は両方とも塞がっているのだが。




 街灯が照らす夜道を、美姫を背負った蓮と静香は歩く。


「そう言えばさ、九重くん」


 ひとまずは駅前広場を目指す途中、ふと静香は蓮に話し掛けた。


「もうすぐ美姫の誕生日だってこと、知ってる?」


「いや、知らなかった。そっか、もうすぐなのか」


 本当に知らなかったため、取り繕うこともなく蓮は首を横に振る。


「ちょっと、彼氏なのに彼女の誕生日も知らないとか、ダメだって」


 訊いといて良かった、と静香は溜め息をつく。


「美姫の誕生日は、6月17日。もう二週間前だからね」


「6月17日か。うん、覚えておく。教えてくれてありがとう」


 誕生日について話している内に、駅前広場に到着した。


「美姫とは、いつもここで待ち合わせ?」


「あぁ、ここなら分かりやすいし。ここからどっちの方に向かったかは分かるけど、その後が分からない」


 いつも美姫との別れ間際に、姿が見えなくなるまで見送っているため、方角だけなら分かる。

 ここから先は、静香の案内に頼ることになるのだ。


「あっ、ちょっと待って。美姫のおばさんに連絡しとかないと。娘の彼氏がいきなり来たらびっくりしちゃうと思うし」


 せめてもの心遣いか、静香はスマートフォンを取り出して通話を行う。


「あ、もしもし、松前です。……えーっとですね、美姫が後夜祭の途中で寝ちゃいまして。今、彼氏の九重くんが運んであげてます。……はい、あたしは案内役で、もうすぐそこまで来てます。……はい、はーい、んじゃ失礼します」


 美姫の母親と電話していたようで、ふざけることなく事態を説明してくれた。




 駅前広場から、ほんの10分少しで美姫の自宅に到着した。

 玄関先で、美姫の母親らしき女性が待ってくれていたようで、手を振ってくれている。


「じゃ、あたしは後夜祭に戻るから、あとよろしくね」


 だが、目前にして静香はいきなり踵を返して元来た道を駆け足で戻って行ってしまった。


「ちょっ、この後どうしろと!?」


 静香が話を通してくれるのかと思っていた蓮だが、ここまで来て突然一人にされてしまった。

 美姫を背負っている以上、追い掛けることも出来ず、彼女の母親が見ている前で取り残されてしまう。


「(親御さん、厳しい人とかだったらどうしよう……)」


 ここで止まっているのも不自然なので、蓮は意を決して対面する。


「えーと……初めまして、朝ぎ……美姫さんとお付き合いさせていただいております、九重蓮です」


 美姫を背負ったまま深々とお辞儀する。


「美姫の母です。うちの娘が本当にお世話に……その前に、起こしてあげた方がいいかしらね?」


 すると、美姫の母親は娘に近付くと、肩を揺さぶる。


「ほら、美姫。起きなさい、彼氏タクシーが気持ちいいからって、のんきに寝てないの」


「ん、む……むぅ……?」


 母に起こされて、美姫は重い瞼をこじ開ける。


「あ、あれ……?お母さん?何で学園にいるの……?」


「学園じゃありません、ここはあなたのお家です。彼氏タクシーがここまで運んでくれたのよ?」


「かれし、たくしー……?」


 ぬぼぉぉぉぉぉ……としながらも現状を認識しようと、視線を下に向ける。


「おはよう、朝霧さん」


 今、自分は蓮に背負ってもらっていることに気付いた。


「…………あ、あぁぁぁぁぁっ!?ごごっ、ごめんなさいっ!私っ、思いっきり寝ちゃってたよね!?」


 あたふたするものの、蓮に運ばれている以上動けない。

 よっと、と蓮は腰を下げて美姫を降ろした。


「えーーーーーっと、送ってくれて、ありがと……」


 ペコペコと何度も頭を下げる美姫。


「どういたしまして」


「って言うか、九重くんってウチの住所知ってたっけ?」


「松前さんがここまで案内してくれたんだよ。本人は後夜祭があるからって、帰って行ったけど」


「そっか、後でお礼言っとかないと……」


 美姫はここまでに至る経緯を理解する。

 後夜祭の途中で寝てしまい、寝てしまった自分を蓮が自宅まで運んでくれて、その道案内を静香がしてくれた、というわけだ。


「じゃぁ、俺はこれで。朝霧さん、また明日」


「う、うん、また明日ね」


 無事に彼女を贈り届けたので、自分も帰るかと踵を返す。


 先程通ってきた道を覚えながら歩く。


「(しかし……誕生日、誕生日か……)」


 彼女への誕生日。

 当然、そのためのプレゼントも用意するべきだろう。

 ……尤も、美姫なら「無理にプレゼントを用意しなくても、一言くれるだけで十分だよ」と言ってくれそうな気もするが。


「(いやいや、そこで「おめでとう」の一言だけじゃ、俺が甲斐性なしみたいじゃないか)」


 何はともあれ、プレゼントの用意だ。

 そのことを念頭に置きつつ、暗くなって時間の過ぎた夜の帰り道を往く――。

 

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