Episode︰17 ギフト・フォーユー

 蓮の"彼氏タクシー"によって、寝ている間に自宅へ送り届けられた美姫。

 その彼女はバスルームで湯槽に浸かりながら、学園祭の怒涛の三日間を思い返していた。


「(最初は、メイド喫茶なんて恥ずかしいなんて思ってたけど……うぅん、今もやっぱり恥ずかしいけど。でも、恥ずかしいなんて思ってる場合じゃないくらい、忙しかったなぁ……)」


 三日目のピーク直前以降に至っては、もはやメイド喫茶なのかどうか疑問に思うほどのテイクアウトラッシュだった。


「(ホントに、本当に忙しかったけど、楽しかっ……)……あっ」


 しかしそこで美姫は、『大事なこと』を思い出した。

 蓮の背中で熟睡している間に、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


「つ、伝え損ねたぁぁぁぁぁ……ッ」


 バシャッ、と湯槽の中に頭を沈めた。息苦しくなったのでほんの数秒で上げたが。


 そう。

 本当なら、後夜祭の時に蓮に「本当はあなたに告白するつもりじゃなかった」と伝えるつもりだった。

 にも関わらず、睡魔には抗えずにそのまま後夜祭の最中に寝てしまった。


「(わーんっ、ばかばかばかっ、私のばかっ!)」


 居た堪れなくなり、湯槽から上がるとシャワーを強めにして浴びる。


「(……なんか私、変なところでタイミングに嫌われてる気がする)」


 思い返してみれば、蓮と付き合い始めてから……もしかしたらそれよりも前、彼と知り合ってからだろうか。

 何かとタイミングが悪かったり、考えていることの擦れ違いが多発したりと、これまでに何度彼を煩わせたことか。

 それでも蓮は機嫌を損ねたりもせず、むしろ「自分に非があるのか」と謝ろうとする。


「(もしかして私……九重くんが優しいからって、無意識の内に甘え慣れてる!?)」


 蓮は、静香や雛菊のような『自分の意見を強く言える友達』とは違う。

 意志が弱いと言うわけではない、『相手のために何かを譲ってやれる』人だ。

 加えて言えば、譲ったからと言ってそれを恩を押し付けることもしない。

 彼にとって、誰かに何かを譲ることがそもそも当たり前、と言う認識があるのだろう。


 だからといって。


「(このままじゃ、九重くんの優しさにズルズル引き摺られちゃう)」


 この場合、蓮が優しさを餌に美姫を引き摺らせてているのではなく、彼が手を引いてくれるのに美姫が自分で歩くことをやめていることだ。


 一度大きく頷いて、美姫はシャワーを止めた。


「……誕生日。それまでには」


 6月17日。

 それまでに、しっかりけじめをつける。


 例え、彼との断絶がどれだけ怖かろうとも。






 ――しかし。


「そう言えば、朝霧さんの誕生日って、今月の17日なんだよな」


 翌朝、いつも通り駅前広場で蓮と待ち合わせをして、二人並んで登校している最中、蓮の口からその気にしていた誕生日の件が放たれた。


「え"っ」


 自分の誕生日のことは、彼にも教えていないはずなのに、どうして知っているのかと、美姫は思わず声を濁らせた。

 その美姫の反応を見て、「教えてもいない誕生日を当てられたら驚くよな」と読み取る蓮。


「昨日に松前さんが教えてくれたんだよ。彼氏なのに彼女の誕生日も知らないなんて、って言われてさ……」


「そ、そうなんだ……(もーーーーーっ、静香ちゃんのばかーーーーーっ!!)」


 完全に八つ当たりだと分かっていながらも、心の中で静香を呪った。

 何故にこうも自分の決意を揺るがすようなことをしてくれるのか。

 静香は善意で教えてやったのだろうが、だとしてもタイミングが悪いにも程がある。


 誕生日までにけじめをつけたいと言う信念と、彼に誕生日を祝ってもらいたいと言う私欲を、秤に掛けようとする。


 けじめをつけようとすれば、恐らく別れることになり、そうなれば誕生日も祝ってくれなくなる。


 そのような結果になることは、考えなくともありありと予想出来た。


 とりあえずの結論として、


「む、無理に誕生日プレゼントとか用意してくれなくても、いいからね?一言、おめでとうって言ってくれるだけで十分だからね?」


 とすることにしたが、それを聞いた蓮は小さく笑った。


「ふふっ……朝霧さんならきっとそう言うと思ってた。でもそれじゃ俺が甲斐性なしみたいだし、プレゼントはちゃんと用意するし、って言うか俺が用意したいから」


「あ、あ、えぇと……う、うん……」


 自分がプレゼントを用意したいからだと言われてしまっては、美姫はそれ以上食い下がることができない。

 まさか「プレゼントはいらない」とは言えない、仮に言ったとしたら、あらぬ心配をされるかもしれないからだ。


 誕生日の話題はそこまでにして、二人は学園へと向かう。

 今日は、学園祭の後片付けだ。






 テーブルクロスは折りたたまれ、机や椅子は元の並びに戻され、華やかな飾り付けは景気よく破り捨てられ、バラバラにされていく。


「ダンボールは出来るだけ高さが均一になるように畳んでくれよー、後で運ぶときに大変だからなー」


 最後まで実行委員としての役目を果たす駿河は、次々にクラスメート達に指示を飛ばしていく。

 その中で蓮は、黙々とダンボールを折り畳んでは、箱に組み立てているダンボール箱の中に押し込んでいく。


「(今朝の朝霧さん……誕生日プレゼントを用意するって言ったのに、あまり嬉しそうじゃなかったな……)」


 普通ならプレゼントを用意すると言われて、悪く思う人間はそういないだろう。あからさまな嫌がらせだと分かるようなそれは別にしても。

 少なくとも、蓮と美姫はそこまで倒錯的な関係ではない、至って健全なお付き合いのはずである。


「(それに……学園祭の前辺りからか、朝霧さんが時々思い詰めるような顔をする)」


 具体的にそれが分かったのは、以前に蓮が『キスのタイミング』について訊こうとした時だ。

 あの時の美姫は、何かを言おうとして、でも言えなかった……とても苦しそうだった。


「(悩み、だよな……?でも俺に言えないような悩みってことか?)」


 その悩みの正体が分からないようでは、解決の糸口を手繰り寄せようにも、その糸すらも見えない。


「(いや、まずはこの後片付けを終わらせよう。悩みについて考えるのは、その後だ)」


 ――その彼女の悩みが、蓮に直接関係することだとは気付くこともなく――。


 少しでも早く終わるように、蓮はせっせとダンボールを纏めていく。




 それから数時間後。

 無事に学園祭の後片付けも終わり、あれだけ派手に華々しく飾られていた教室は、すっかり元通りになった。


 最後に、実行委員会である駿河と静香の二人から挨拶だ。


「えー、無事に学園祭を終えることが出来まして、可愛いメイドさん達もたくさん拝めて、この芝山駿河、感無量です!」


 多分に本望の混じった言葉に、クラスメート達から「本音がダダ漏れだぞー」などと笑いが起こる。

 次に、静香。


「はーいみんな注目ー。我がクラス2年A組のメイド喫茶は、大変、それはもう大変好評だったおかげで、総額20万円以上と言う、四季咲学園史上最大の売上を見せました。と言っても、その売上のほとんどはレンタル代金とか、学園への寄付とかで無くなっちゃうんだけど……」


 すると、静香は懐から茶封筒を取り出してみせた。


「先生が学園側と交渉してくれた結果、一人につき、2000円分のキュオカードを用意してくれましたー!」


 一部とはいえ、自分達の売上がプリペイドとして返ってくることに、クラスメート達は湧き立つ。

 間違いや不正が無いように、静香と駿河の二人が一人ずつ順番にカードを手渡していく。


「はい、九重くん。ちょうど良かったね」


 静香は、蓮にカードを手渡した。


「え?……あぁ、そうか」


 ちょうど良かった、と言う言葉を聞いて蓮はその意味を察した。

 少なくとも現金として2000円は浮いた計算になるため、じきに控えている美姫の誕生日プレゼント代としてはちょうどいい、と言うことだ。

 2000円もあれば、何が買えるだろうか。

 これからの買い物を楽しみに思いつつ、蓮はカードを財布の中に仕舞い込んだ。


「んじゃぁ、本当に色々大変だったけど、みんなありがとな!解散!!」


 駿河の号令で締め括られ、今日のところは下校だ。




 時間帯はちょうど昼前くらいだったこともあって、下校する前に昼食にしようと考えていた蓮は、いつも通り美姫と一緒にいようと思ったのだが、女子三人――美姫、雛菊、静香の三人で、『学園祭お疲れ様会』をするらしい。


 そんなわけで、相談したいことも含めて駿河と鞍馬を誘い、食堂に来ていた。


 各々オーダーしたメニューを手に、席に着いていく。


「んーで、相談したいことってなんだ?」


 生姜焼き定食を乗せたトレイをテーブルに下ろしながら、駿河は『相談したいこと』を尋ねる。ちなみに蓮は日替わりランチ、鞍馬は讃岐うどんだ。

 人数分の箸を用意しつつ、蓮はその相談したいことを明かす。


「昨夜、松前さんが教えてくれたんだけど。朝霧さんの誕生日が6月17日……ほぼ二週間後に迫ってる」


 誕生日と聞いた時点で、鞍馬はその相談の内容を読んだ。


「彼女への誕生日プレゼントをどうしたらいいかって相談か」


 なるほど分かりやすい、と頷く鞍馬。


「おぉ、さっきキュオカードももらったし、まさにちょうどいいタイミングじゃねぇか!」


 いただきます、と駿河は早速生姜焼き定食に箸を伸ばす。

 ひとまず食を進めてから、再度相談。


「でも、ひとつ問題……じゃないかもしれないけど、思うところがあるんだ」


 蓮は、ついさっきに自分の中で後回しにしていた、今朝の美姫について説明する。

 誕生日プレゼントを贈ると聞いた美姫は、あまり嬉しそうで無かったことを。


「うーん……朝霧さんの普段とか考えると、あんまり施しを受けることに慣れてない感じかもなぁ。つい遠慮しがちと言うか」


 駿河は味噌汁を啜りながら、眉を寄せる。


「こう言うプレゼントは、指輪とかのアクセサリーが定番だけど、確かに遠慮しそう……と言うか、同じだけのお返しをしてくるだろうな」


 鞍馬も駿河に続いて、『自分から見た朝霧美姫』を想像しながら答えた。

 しかしその一方で


「("偽"のお付き合いの関係なのに"恋人"としてプレゼントを受け取るのも気が引ける、ってところか……?)」


 この三人の中で唯一、蓮と美姫の関係の"裏側"を知る鞍馬は、「(これはまた面倒なことになってるな……)」と心中で呟く。

 だが、鞍馬の意見を聞いた蓮は途端に険しい顔をする。


「指輪……、……まだ将来の明確な進路とか、安定した収入も無いのに、プロポーズなんてしていいんだろうか……?」


「「考え重すぎだろ!?」」


 指輪と聞いて、段階を完全にすっ飛ばして"結婚"と言う考えに行き着く蓮に、駿河と鞍馬は揃ってツッコミを入れる。


「落ち着け蓮。そもそも結婚指輪エンゲージリングは、2000円少しで買えるものじゃないからな?」


 安くても数十万円、高いものなら文字通り桁数が増えるソレは、例え一年間のアルバイト代を全て注ぎ込んだとしても普通の学生が手を出せる代物ではない。

 百歩譲ってそれを誕生日プレゼントとして用意出来たとしても、美姫は逆に困るだろう。


「そ、そっか。指輪って聞いて焦ったよ」


 仕切り直し仕切り直し、と蓮はお冷を喉に通す。


「すげぇ今更なこと訊くけどよ、朝霧さんってどんなものが好きなんだ?」


 指輪の話からその価格ついて逸れてしまったので、駿河は話の腰を戻す。

 無理にアクセサリーにこだわらずとも、それ以外にも美姫の好きな物があるだろう、と駿河は意見を挙げたわけだが、蓮からの返答は芳しくない。


「朝霧さんの好きなものか。服……は、サイズが分からないし、スイーツ……を誕生日プレゼントに贈るのも何だかなぁ。少女マンガとかも読んでるみたいだけど、どう言うジャンルを読んでるのか、そもそも贈ったものがもう持ってるのかどうかも分からないし……」


「……いきなり手詰まったな」


 こりゃどうしたもんか、と駿河は箸を止める。




「女子から贈る場合は楽だよな。自分にリボン巻いて、「私をプレゼント♡」ってすればいいんだし」




 ………………


 …………


 ……


 この十秒少し、三人の間に沈黙が流れた。

 沈黙の後に鞍馬が咳払いをしてから応じた。


「駿河。それ、その辺の女子に言ってみたらどうだ?」


 蓮も続いて追い打ちを掛ける。


「……近くにいる人には聞こえてたみたいだぞ」


 先程の駿河の発言を聞いてか、周囲にいた女子生徒達は駿河に侮蔑の視線を向けながら「おっさんの発想……」「引くわー……」「ワンチャンないわー……」とヒソヒソと言葉を交わしている。


「あ、あれ?もしかしなくても俺、フルボッコ……??」


 地雷を踏むどころか、ダイナマイトを抱えて頭から地雷のスイッチを押し込むに等しい発言だった。


 ……話を戻せば結局のところ、この昼食の間でどういったプレゼントにするかと言う答えは出なかった。






 昼食を終えた後はそのまま下校だ。

 鞍馬、駿河と別れた後、蓮はそのまま自宅には戻らずに繁華街の方へ向かった。


 先程の相談は、実物を目にしていない机上の空論でしかなかった。

 ならば次は、実物を目にしての熟考ならばどうだろうか。


 普段なら足を踏み入れることもない、ティーン向けの雑貨店に入店し、とにかく見て回る。

 店内にいる客は女性――それも若者ばかりで、何となく肩身が狭い。

 居心地の悪さを覚えながらも、ここは踏ん張る。

 美姫に喜んでもらうために。

 しかし、いかんせん数と種類が多い。

 何が美姫に似合うのか、しかし自分の予算に収まる値段か、そもそも使い方が分からないものを贈るわけにもいかない。


「(鞍馬に付いてきてもらうべきだったかな……)」


 こう言う時、鞍馬なら懇切丁寧に教えてくれるだろうし、無難なプレゼントとはどのようなものか、と言う選択肢を与えてくれたかもしれない。


 だが、鞍馬とは今日はもう既に別れており、今から呼び出すのも彼にとって二度手間になる。

 故に、ここは自分の判断を信じるしかない……そう腹積もりを決め込もうとした蓮だが、


「……九重くん?」


 ふと聞き覚えのある声が聞こえた。

 蓮はその声の方へ向き直ると、そこにいたのは私服姿の雛菊だった。プライベートなのか、いつものポニーテールを解いて下ろしている。


「早咲さん?ついさっきぶり」


「九重くんこそ、どうしてこんな所に……あ、美姫の誕生日プレゼント?」


 明らかに女性が客層だろう店に何故蓮がいるのかと一瞬疑問符を浮かべた雛菊だが、すぐに思い当たる理由があった。


「正解。鞍馬とかに相談に乗ってもらってるんだけど、なかなか決まらなくてさ。……そう言えば早咲さんは?」


 彼女がここにいるのも自分と同じ目的かと思った蓮だが、雛菊は首を横に振った。


「私はさっき、美姫と静香とお疲れ様会をしてから、普通に自分の買い物……と言うか品揃えを見に来たのだけど」


「そっか」


 買い物の邪魔して悪かった、と蓮は一言断ってから店を出ようとするが、不意に雛菊が彼を呼び止めた。


「私で良ければ、プレゼントの相談に乗るけど?」


「え?そりゃ俺からしたらありがたいけど……早咲さんは時間とか大丈夫か?」


「構わないわよ。学園祭中はバイトも入れてないから、そこまで時間を気にする必要もないし」


「あー、じゃぁ、お言葉に甘えようかな」


 ここで心強い相談役が来てくれた。

 雛菊なら、駿河や鞍馬よりも美姫のことを知っているし、女性目線の意見をくれるのもありがたいところだ。

 難航していたがこれなら何とかなる、と蓮は気を楽にした。




 それから、ほぼ一時間近くは店内にいただろうか。

「これは美姫に似合いそうか」「これはどのように使うのか」と繰り返し雛菊に訊ね、時には「これは美姫も持っている」と言われて……ここでも何も買わず終いだった。


 一時間近くも立っては話し込んでいたため、休憩も兼ねて繁華街の中にあるドーナツショップに立ち寄っていた。

 

「ごめんな。長々と付き合わせたのに、結局決められなくて」


「九重くんが謝ることじゃないでしょう。それに美姫の誕生日まで、まだ日にちはあるし、焦ることもないわ」


 二人とも、ドーナツが一つとアイスコーヒーをセットで購入し、店内の席に着く。

 雛菊はアイスコーヒーにガムシロップを注いでから、蓮はブラックのまま、それぞれ一口飲む。


「……いつもながら思うけど、九重くんが飲むものって大体何も入れてないわね。前にウチでアイスティーを頼んだ時も、ストレートで飲んでいたし」


 雛菊は、蓮の何も入れていないそのままのアイスコーヒーを見やる。


「ん?まぁ、アイスティーはレモンとかも好きだけど、ミルクとかは入れないかなぁ」


 よく冷えた苦味を喉に通して、蓮は一息つく。


「俺からすると、早咲さんこそがブラック無糖派の人間だと思ってた」


「喫茶店で働いているからって、皆が皆ブラックが好きとは限らないでしょう。……何も入れないからこそ、コーヒーの旨味が分かるって言うのは理解してるけど、無理して飲んでも、美味しく感じられないなら意味もないし」


「それもそうか」


 一度会話を区切り、ドーナツにありつく二人。


「朝霧さんは、何がほしいかな……」


 何気なくぼやく蓮。

 それを独り言としてではなく、自分に向けた言葉だと読み取った雛菊は反応する。


「美姫が今ほしいって思ってるものは……」


「待ってくれ早咲さん」


 雛菊が『今美姫がほしいと思っているもの』を言い掛けたが、蓮はそれを遮った。


「早咲さんがそれ教えてくれるなら、きっと朝霧さんにとってハズレじゃないと思う」


 でも、と蓮は自分の考えと意志を伝える。


「俺が自分で選んで、「これだ」って思うものを、朝霧さんに贈りたいから。せっかく教えようとしたところで、急に止めて悪いけど」


「……どうして、そう思ったのかしら?」


 蓮の意志は分かる。

 だが、敢えて雛菊はそれを問うた。

 もしかしたら、その選んだものが美姫にとって望ましくないものだったらどうするのかと。

 それに対する蓮の答えは、至ってシンプルだった。


「もし、俺と朝霧さんの立場が逆だったとして。彼女が俺のことを思って「これだ」って思って用意したものなら、俺は何だって嬉しいと思うから」


 その清々しいまでの答え方に、雛菊は「眩しい」と思うと同時に、ひどく"罪悪感"を覚えた。

 こんなにも純粋に美姫のことを想ってくれているのに、素直に「あなたが美姫の彼氏で良かった」と言えない。


 何故なら、美姫は状況に流されて蓮に告白させられて、その結果ただ付き合っているだけだ。


 まだ、お互いに本当のことを知らないのだから。


「……えっと、俺、変なこと言ったか?」


 不意に雛菊が黙ってしまったことで、蓮は「自分が何かおかしなことを言ったのか」と不安になっている。


「別に変なことではないでしょう。……ただ、今時珍しいくらい真っ直ぐな人なんだなって思っただけ」


「……褒め言葉、だよな?それ」


「褒め言葉よ。素直に受け取ってくれる方が、損しないから」


 まぁ何にせよ、と雛菊は話の内容と、自身の思考を合わせ直す。


「プレゼントって言うのは結局、気持ちの問題だと思うわ。美姫もきっと、自分のことを想って贈るものなら、何を貰っても嬉しいはずだから」


「そっか」


 自分のプレゼントの選び方は間違ってないことに安心したのか、蓮は内心で安堵したのだった。




 もうしばらく雑談を交わしてから、蓮と雛菊はドーナツショップを後にした。


「今日は付き合ってくれて、ありがとうな」


「参考になったのなら、何よりよ。美姫へのプレゼント選び、頑張ってね」


「うん。それじゃぁ、また学校で」


「またね、九重くん」


 蓮は踵を返して自宅への帰路を取る。

 その彼の後ろ姿を、雛菊は何となく見送っていた。


「……頑張ってね」


 もう一言小さく、「頑張ってね」と付け足した。


 それは、美姫へのプレゼントのことか。


 あるいは―――――これから待ち受ける"試練"のことか。


 その意味を知るのは、雛菊だけ。

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