Episode:04 恋愛始めました。幸先は最悪です。

 いつも通り……と言うにはほど遠い様子で、蓮はクラスの教室に足を踏み入れた。

 頭は上手く働かず、足はふわふわと浮いているような感覚だ。

 頭も足も覚束ないままに、どうにか自分の席に着く。


「はよーっす蓮、朝からどうした?」


「赤いんだか青いんだか、よく分からない顔してるな」


 席に着いた蓮の元に、駿河と鞍馬がやって来る。


「…………………………ぉはょぅ」


 カラカラに渇き切った口で、「おはよう」を返す蓮だが、呂律が回っていない。


「おいおい、マジでちょっと様子おかしいぞ。大丈夫か?」


 間違いなく『何か起きている』蓮に、駿河は目を細める。


「寝不足……ってわけでもなさそうだな」


 鞍馬は蓮の顔色を注視するが、目の隈が濃くないところ、昨夜は眠れなかったわけではないようだ。


「…………された」


「「された?」」


 誰かに何かをされた、ように聞こえた。

 二人とも蓮に近付いて、耳を傾ける。




「こ……告白、された」




「「……はぁっ!?」」


 聞き違ったのかと思った駿河と鞍馬は、思わず顔を見合わせた。


「お、おい鞍馬、今なんて聞こえた?」


「……聞き違いじゃないなら、「こくはくされた」って聞こえたけど」


「その「こくはく」って、『告げる』の『告』に、『白』って書いて、"告白"だよな?」


「それ以外にどんな意味があるか、駿河は知ってるか?」


「な、無いよな?って言うか知らん……」


 それは即ち、『蓮は誰かに好意を告げられた』と言うことだ。

 そう認識するや否や、駿河は蓮の正面に回って顔を近付けさせる。


「マママっ、マジか!?だ、誰だ!?誰からだ!?正直に言ってみろ!!」


「駿河、声がデカい。そう言う話は大声でするものじゃないだろ」


 駿河を諌めつつ、鞍馬は咳払いを一度挟んでから改めて蓮に訊き直す。


「告白されたってことは……やっぱり朝霧さんからか?」


「う、うん……」


 蓮は躊躇いながらも頷いて肯定し、昨夜からのことを話し始めた。


 RINEでのメッセージを送ってみたところ、僅か数秒差で美姫からのメッセージが先に届き、『お話したいことがあるので、少しでいいから早く登校してきてください』『教室で話すのは恥ずかしいので中庭でお願いします』と伝えられたこと。

 彼女のメッセージ通り、いつもより10分ほど早く登校し、真っ先に中庭に向かうと、既に美姫が待ってくれていた。

 きっと美姫の方から改めて「友達になってください」と言われるのだとばかり思って気楽に構えていたら、実際には「私と付き合ってください」と言われた。

 一瞬、何を言われたのか分からず――否、発言の意味は分かっていたが、その内容があまりにも非現実的で、半ば思考が止まった状態で「……はい」と答えた。

 それはつまり、美姫からの好意を受けとったと言うことに他ならないわけで。

 その返事を聞くなり、美姫は"何故か"驚愕したような顔をしながら、走り去って行ってしまった。

 彼女を見送ってしまってからは、思考も足取りもあやふやなまま教室へ向かい、今に至る。


「……と言うことなんだけど」


 語り終えた蓮に、駿河は「ほれ見ろ」と得意げに笑った。


「朝霧さんの方から告白されるケースだってあるって言ったろ?」


「まさかそれが本当に起こるなんて聞いてないって……」


 気まずそうな表情を浮かべる蓮を見て、鞍馬は不思議そうに首を傾げる。


「……気になるあの娘と晴れてお付き合いすることになりました、って割には、あまり嬉しそうに見えないな?」


 仮にこれが駿河だとしたら、恐らく気持ち悪いレベルでニヤニヤしているところだろうが、今の蓮は少なくとも喜びを表しているとは言えなかった。


「いや、嬉しいと言えば嬉しいよ。でも、なんかこう、実感が湧かないと言うか、夢みたいな状況と言うか、自分でも信じられないと言うか……」


 とにかくよく分からなくて、と言う蓮に駿河は「何言ってんだよッ」と声を荒げた。


「俺みたいに彼女が欲しくても作れない男と違って、お前は「レンアイッテナニソレオイシインデスカ?」みたいな顔しながらしれっと幸運を手繰り寄せたんじゃねぇか!きーーーーーっ、羨ましいッ!!」


 ハンカチがあったら噛み締めて引っ張りそうな勢いの駿河を尻目に、鞍馬は腕を組んで考え込む。


「ふむ……男友達として距離を縮めていけばいいって、昨日はそう言ったけど、何事も例外はある。とは言え、それが目の前の友人に起きたことだとなると、さすがの僕も何と言ってやればいいものか……」


 百戦錬磨で経験豊富な鞍馬でも、蓮のようなケースは初めて実際に見聞きしたらしい。

 そう言われて余計に不安になったのか、蓮の声のトーンが沈む。


「……俺、朝霧さんのことだってまだよく分かってないのに、付き合うことになって良かったんだろうか」


「まぁ、良いも悪いも、付き合い始めてからまだ10分も経ってないだろ?付き合い始めって言うのは、どうしたってぎこちなくなるもんだよ」


 ただの"友達"がある日突然"恋人"になるんだからな、と鞍馬は経験を元に言う。


「そう言うものなのか……?」


 何せ自分は異性に興味はあっても、今まで色恋沙汰に縁もゆかりもなかった恋愛初心者だ、正しい恋愛の方法なんて知らないし、そもそもそんなものがあるとも思えない。

 しかも、相手は昨日今日に知り合って間もないクラスメート。

 誕生日も好きなものも趣味も分からないのに、喜ばせてあげられるだろうか。

 頼みの綱の彼女持ちの友人も、このようなケースは初めてだと言う。

 何もかも初めてで、なおかつ手探りでのスタート。

 蓮は、自分の幸先の良くなさに早くも挫けそうになっていた。


「これからどうしよう……」






 蓮が友達二人に問い詰められて(?)いる一方、校庭の外れでは。

 美姫の方は美姫の方で、静香と雛菊に"告白"の結果を伝えていた。


「こ、九重くんに告白しました。……OK、されちゃった」


 彼は「……はい」としか言わなかったが、肯定を意味する頷きには変わりない。

 それを聞いて静香は、手放しに喜んだ。


「えっ、マジで!?きゃっほぅっ!やったじゃない美姫!」


「え、えー……やったって言うの……?」


 しかし、告白した側であるはずの美姫の顔は浮かない。


 少しだけ時を遡る必要がある――






 昨日に、ケーキカフェで『いいこと』を思いついた静香は、美姫にこう耳打ちした。


「ここは、思い切って告白しちゃいなよ」


 と。

 それを聞いた美姫は首を左右に振り回しながら否定した。


「むっ、むむむっ、無理無理無理ッ!こ、告白なんて、そんなの無理だよっ!?」


「無理じゃないって。それに、美姫からしたらこの告白は、"どっち転んでも損はしない"んだからさ」


 明らかに「NO」を示している美姫だが、そのような反応をされることは静香にとっては想定の範囲内……と言うより、「美姫ならそう言う反応をするだろう」と最初から読んでいたのだが。

 さらに、「どっちに転んでも損をしない」と言う、その理由を材料に攻め立てる。


「美姫が九重くんに告白して、仮にフラレちゃったとしても関係はそのまま、美姫の望む"優しい男友達"でしょ。で、運良くOKされちゃったら、彼氏ゲット!……ほら、損しないどころか場合によってはお得っしょ?」


「待って待って待ってっ、私の意向が入ってないよ!?」


 それにっ、と美姫は慌てて付け足す。


「知り合って間もないのにいきなり告白なんてしたら、「軽い女だ」って思われないかな!?」


「ないない。九重くんはそんなチャラ男じゃないし。それにホラ、九重くんだって美姫のこと、気にしてるっぽいよ?今日だって、「俺の好きなタイプかも」って言ってたし」


「そっ、それは卵焼きの話でしょぉ!?」


「そこよ。本当に美姫のことなんて迷惑な女だって思ってるんなら、九重くんだってそこで慌てたりしないって。つまり、少なからず美姫を意識してるってこと」


 話の論点が外れてきたのを見兼ねたか、二人の間に雛菊が割って入った。


「二人とも落ち着きなさい。あんまり大声で話してたら、他のお客に迷惑よ」


 雛菊に窘められて、事は仕切り直しに。


「確かにね、美姫の男子が苦手って言うのは問題よ。将来的に考えても、男性と一切関わらない環境ってそうそうあるものじゃないし。そう考えれば、今の内に誰かとお付き合いして、異性に慣れておくって言うのも、悪い案ではないと思うの」


「えぇっ、ヒナちゃんまでそんなこと言うのっ?」


 唯一の味方に裏切られたかのように、絶望的な気分に陥る美姫。

 自分に便乗してくれたと思ったか、静香は「そう!今ヒナが良いこと言った!」と頷くものの、雛菊はそこで言葉を止めずに続ける。


「だけど。さっきも言ったように、誰かに言われたから告白するなんてのは、ハッキリ言って"無し"よ。そんな告白をしたら、それこそ九重くんに失礼だもの」


(純粋な善意かどうかは些か不明瞭だが)美姫の恋愛を応援したいと言う静香と、あくまでも本人の意志を尊重すべきだときっぱり言い張る雛菊。

 どちらにも理があるし、どちらも美姫のことを想っての言葉だ。


「(九重くんとは仲良くありたい。でも、付き合おうなんて考えてないし……)」


 ぐるぐると自問自答を繰り返す美姫。

 彼――蓮に告白したいから告白するわけじゃない。

 そう、告白するからには彼と"お付き合い"をすることになるのだ。

 だが、蓮と付き合うなど御免被りたいとも言えない自分もいる。


「(私はどうしたいの?どうすればいいの?)」


 彼に告白するか、否か。

 悩みに悩んだ末に、美姫が選んだ選択は――前者だった。

 告白したところで、どうせフラレておしまい、ちょっと気まずくなっても、翌日には全部元通りになるだろうと。

 そう思っていたはずなのに……






 その結果は、まさかのOK。

 喜ぶ静香とは対照的に、雛菊は訝しむような表情を見せる。


「……告白しようって決めたのは美姫だし、そこから先をどうするかなんて、私に言える権利はないけど。でも……本当に良かったの?」


 告白すると決めたからには、OKされる可能性もあるのだと、美姫にもそれは分かっていたはずだったが、それでも雛菊は気に掛かっていたのだ。

「ただの静香の口車に乗せられていないか」と。


「良いかどうかなんて分かんないよ、教室入ったら絶対気まずいことになりそう……」


 はぁぁぁぁぁ……、と思いっ切り大きな溜息を吐き出して俯いてしまう美姫。


「もー、せっかく彼氏が出来たんだからさぁ、もっと浮かれてもいいんだよ?」


 第三者がこの場にいれば「どの口が言うんだ」と言われてもおかしくないような事を口走る静香。

 俯いたままの体勢で、美姫はそれに反応する。


「浮かれていいって……そんなことしてる場合じゃないよ。これから九重くんとお付き合い……"恋愛"をしていくことになるわけでしょ?」


 お付き合い=恋愛 とは限らないのだが、美姫の中では既に「恋愛をしていく」のだと意識が固まりつつあった。


「でも、少女漫画みたいな都合のいい恋愛なんて、現実で出来るなんて思えないし……そもそも、"普通の恋愛"ってなに?まずそこが分からないのに……」


 恋愛のマニュアルのような内容の本も、何度か目に通したことは、美姫にもある。

 だがそう言ったものは、自分達の体験談を脚色して書いているようなものばかりで、基準と呼べるようなことは何も書かれていない。

 しかも相手は、昨日今日に知り合って間もないクラスメートである。

 ちょっと優しいくらいしか分かることがなく、何が好きで何が嫌いなのか、押し測ることすら出来ないのだ。

 自分が蒔いた種とは言え、とんでもないことになってしまった。

 出来ることなら、蓮とは顔を合わせずにこのまま帰りたいところだが、そう言うわけにもいかない。

 昨日の静香の耳打ちは、やはり悪魔の囁きだったのだ。


「これからどうしよう……」






『二年A組の九重蓮と朝霧美姫が付き合い始めた』


 一時限目の授業が終わる頃にはクラス中に知れ渡り、昼休みになった頃には学園中の話のタネになっていた。

 おかげで蓮と美姫は、尚更お互いに距離を取り合い、目も合わせないようにするハメになった。

 休み時間が来る度に、蓮はクラスの男子から嫉妬と羨望の暴風雨に巻き込まれ、美姫はクラスの女子から根掘り葉掘り茎掘り土掘り地盤掘りにされていた。


「……これは、何の試練?」


 放課後になって、蓮は憔悴し切ったかのように机の上に突っ伏した。

 今日の蓮は、駿河と鞍馬から見ても不憫に思えるほどに、嫉妬と羨望の視線と言う名の槍の雨を浴び続けていたのだ。


「仕方ないと言えばしょうがないんだけど、今日ばかりは本当に仕方ないと思うぞ」


 放課後になってようやく話し掛けるタイミングが見つけられた鞍馬は、「色恋沙汰に関わればこうなるものだから仕方ない」と諭す。


「これじゃ全然朝霧さんとの時間が取れないじゃないか……」


 ただでさえ、お互い関わらないようにしているのに、これ以上距離を取ってしまっては、何のために美姫が告白してくれたのか分からなくなってしまう。

 

「それより、朝霧さんが俺に告白してくれたのは今朝のホームルームが始まる前だったのに、何で一限が終わった瞬間クラス中に知れ渡ってたんだ……?」


 いくらなんでも情報が回るのが早過ぎる。

 自分と美姫の二人だけの間の事だとばかり思っていた蓮にとって、この伝達速度は異常とも言えた。

 しかしそれは異常でも何でもないと言うことを、鞍馬が教えてくれた。


「蓮、お前はSNSの情報網を甘く見過ぎだ。朝霧さんが告白する瞬間を誰も見てないとは限らないし……いや、『確実に誰か見てたし聞いてたんだ』。そして、その見聞きしていた奴が女子だったりしてみろ。その瞬間から情報漏洩は始まって、五分後にはもう既に白日の元、世界中に曝されてるんだよ」


 SNSによる情報発信が当たり前の昨今だ、誰か一人がボタンひとつ押した瞬間、インターネットを通じてその事実が世界中に拡散する。

 尤も、それだけでは信憑性が薄いので、人の口から人の耳を通じて物理的な拡散も行われる。

 口から耳へ、耳から口へ。

 そうすればあら不思議、放課後にもなれば、二人は付き合っていると言う噂は、本人達の意志とは関係の無いところで強制的に確定されるのだ。


「マジか……」 


 冗談じゃない、と蓮がさらに窶れたような顔をするのを見てか、駿河も申し訳なさそうに話しかけてきた。


「……蓮、幸運を手繰り寄せたとか羨ましいとか言ってスマン。まさかこんなことになるとは思わなんだ」


「いや、駿河のせいじゃないだろ……」


 よっこらしょ、と突っ伏していた上体を起こす蓮。

 美姫の席の方へ視線を移すと、もう既に彼女ら三人は教室を出ていったらしく、その姿は見えない。


「(一緒に帰ろうかなって思ったんだけどなぁ……)」


 否、むしろ一緒に歩いていたりしたら、「噂は本当だったのかと」また周りのギャラリーが騒ぎ立てるに違いない。違いないどころか確定だと言っても過言ではない。


「まぁ、一緒に帰るのはまた明日でもいいんじゃねぇか」


 不意に、駿河がそんなことを言い出したものだから、蓮は思わず肩を竦めた。


「ッ、何で分かった!?」


 一瞬、駿河をエスパーか何かと勘違いした蓮だが、その理由を答えたのは鞍馬だった。


「蓮は分かりやす過ぎる。ババ抜きやったら負け確だな」


「そ、そんなに分かりやすかったのか……」


 よく思い直してみれば、帰りのホームルームが終わった後で意図的に彼女の席の方を見れば、何を考えてるか読まれてもおかしくはないかもしれない。

 美姫と一緒に帰るのはまた明日にすることにして、今日のところはいつもの三人組で帰ることにした。




 蓮が教室で憔悴していた一方、同じように美姫もまた憔悴していた。

 足早に教室を出て、校門を潜ったところで、一人溜息を零す。


「なんでこんなことになるの……」


 今朝に蓮に告白したばかりなのに、一時限目の授業が終わった瞬間、クラスの女子達から質問攻めの集中砲火を浴びせられた。

 そして放課後になるまでの間には他所のクラスにまで告白のことが知れ渡っていた。

 一体どこから情報が洩れたのか。


 ……とにかく今日はさっさと家に帰ろう、今は何も考えたくないし、誰とも話したくない。


 美姫は無意識の内に早歩きになって下校路を歩む。

 静香からRINEの通知は届いても、ひとまずスワイプして無視した。






 その日の晩。


「スゥ……ハァ……よしっ」


 蓮は深呼吸を繰り返してから、意を決してスマートフォンの画面に映るRINEのメッセージ欄と向き合った。

 相手はもちろん、美姫だ。


「『明日の朝、一緒に登校しませんか?』……まずはこれでいいだろ」


 昨日は美姫の方から先に投げ掛けてきたのだ、ならば今日は自分からだ、と蓮はメッセージを送信した。

 さすがに送信直後に既読は付かなかったが、とにかく送信は完了はしたと言うことで、蓮は安堵に息を吐きながらアプリを閉じた。


「(……なんで文字打ち込んで送信するだけでこんなに疲れてるんだ、俺)」


 駿河や鞍馬が相手ならこうはならないはずなのに、どうして一々緊張してるのか。

 それはやはり、


「(今日から、朝霧さんが俺の恋人……か)」


 恋人。

 高校生になってからこの一年近く、ずっと求めて止まない存在が、この日突然、自分の元にやって来てくれた。

 そんな時が来た日には、もっと死ぬほど喜んで頭でもおかしくなるのではないかと思っていたが……


「実感がないのは何でだ……?」


 前触れなく訪れたその結果は、あまりにも拍子抜け過ぎた。

 確かに、美姫は気になる女の子に違いは無くて、もしも彼女が恋人だったなら……と言う妄想もしたことも無くはなかった。

 なのに、いざ恋人になってくれた途端、何故にこうも空虚感を感じてしまうのか。

 鞍馬も彼女が出来た時は、こんな気分になっていたのだろうか?

 もしかしたら恋愛に幻想を抱き過ぎていたのか、と思った時、RINEの通知音が鳴った。


「!」


 自分でも末恐ろしく思えるほどの反応速度で、スマートフォンを手に取ると同時にタップ、通知画面を目に映す。

 期待していた通り、美姫かのメッセージだった。


『いいですよ、どの辺りで待ち合わせしますか?』


「(そう言えば、俺も朝霧さんも面と向かって話してる時は普通に喋ってるのに、何でRINEの時は敬語になってるんだろう?)」


 どうしてもメッセージ文が固い感じになってしまうのも、やはり緊張しているからだろうか。

 それよりも返信を、と急ごうとするが、先にもう一件美姫からのメッセージが届く。


『ごめんなさい、九重くんはどの辺から登校して来てますか?』


 どうやら、待ち合わせをしようにも相手の通学路が分からない、と言うことらしい。

 蓮はすぐに自分がどの辺りに住んでいるかを書き込んで送信し、一応追伸として、自分にとって都合の良い待ち合わせ場所も書き込む。


「『追伸、俺個人としては、駅前での待ち合わせがベストです。朝霧さんはどうですか?』」


『駅前ですね、分かりました』




 それからもう数分だけやり取りを繰り返し、明日の登校途中に待ち合わせをすると言うことが決定した。

 やり取りを終えて、蓮はスマートフォンを充電ケーブルに差し込んだ。

 一息ついてから、先程の物思いを思い出す。


「(……いや、他人には他人の。俺には俺の恋愛のやりかたって言うのがあるはずだ)」


 誰かの経験をなぞるばかりが最適解ではない、時には自分で答えを導き出さねばならないこともあるだろう。

 兎にも角にも、明日から。

 確固たる決意を胸に、蓮は明日を待つことにした。






 そして翌日。

 蓮と美姫は、二人並んで教室に入って来た。

 そのまま無言で、蓮は駿河と鞍馬の元へ、美姫は雛菊と静香の元へ。


 まずは美姫からの"報告"から。


「……今朝、九重くんと待ち合わせて一緒に登校してきました」


 それを聞いて、真っ先に静香が、一歩遅れてから雛菊も反応を示した。


「ヒュゥッ、待ち合わせてから一緒に登校!まさに少女マンガね!」


「あぁ、だからさっき一緒に教室に入って来たのね」


 さぞかし初々しくて甘酸っぱい朝の一時を過ごしたのかと静香は期待を膨らませるが……


「彼と交わした言葉は、「おはよう」だけでした」


「「………………」」


 実際はそんなものではない、むしろ気まずさ以外何も感じられない朝の一時であった。


 一方の蓮も、同じようなことを"報告"していた。


「待ち合わせを取り付けたのは良かったんだけど、なんて話せばいいか全く分からなかった……」


 俺は一体どうしたら良かったんだ、と蓮はガックリと肩を落とす。


 つまるところ、『作戦大失敗』である。


「ま、まぁアレだな……ちゃんと来てくれただけでも良かったってことで」


 フォローのつもりか、駿河はそう言ってくれたが、顔は「バカじゃねぇのお前」と言っている。


「次は昼休みだ、昼休み。そこで二人になるんだ」


 過ぎたことは仕方ないとして、鞍馬は蓮に助言を与える。

 昼休みで昼食を共にして、少しでも距離を縮めるのだと。






 しかし、彼らの予想に反して昼休みでも上手くいかなかった。

 美姫が弁当なので、蓮は急いで購買部へ走り、昼食を購入してから、いざ中庭の片隅で二人きりのランチタイムへ……と言いたいところだったが、またしても終始沈黙が続くのみ。


 何せ、美姫が物凄く気まずそうなのだ。

 蓮が何とか話題を作ろうとするものの、気まずさに呑まれて結局何も話せず終いであった。


 ならば残された時間は放課後のみ……と言いたいところだが、今日は美姫側の都合が悪いとのこと。


「何だろう……俺、朝霧さんに避けられてないか?」


 放課後になって、またしても憔悴した蓮がこんなことを言い出すのも無理もないことだった。

 昨日に引き続いて今日にこれだ、駿河も鞍馬もさすがに同情した。


「き、今日は運が悪かっただけだろ?」


 あんまり気にすんなよ、と駿河は慰めようとする。


「んー、久々にゲーセンにでもと思ったけど、今日は僕は彼女との約束があるしなぁ……駿河、蓮のアフターケアは任せたぞ」


 じゃこれで、と鞍馬はさっさと教室を出ていってしまった。

 頼みの綱は、肝心な時ほどアテにならないものなのか。


「ったく、向こうは円満にイチャつきやがってよぉ……蓮だって朝霧さんとイチャイチャしたいだろうに」


「イチャイチャ……とまでは言わないけどさ、やっぱり出来るだけ二人の時間を大事にしたいよ。だけど、俺と二人になった時、何でか朝霧さんはすごく気まずそうになるんだよ……」


 俺が何か悪いのか、と蓮は自分の落ち度を探そうとする。

 自分の「ダメ」を自分で探そうとすると、どうしても思考はマイナスになってしまうものだ。


 このままでは、その内「俺は朝霧さんと別れた方が良いんじゃないか?」とさえ言い出すかもしれない……と察しとった駿河は、少し強引に蓮にヘッドロックを喰らわせた。


「なーに柄にも無くネガティブになってんだよ、どうしてもダメが続く日ってのはあるもんだって。今日がダメだったんなら、代わりに明日は良いことがきっと起こる!そうじゃなきゃ人生なんかやってられねぇだろ!」


「明日、明日か……」


 明日もダメだったらどうしよう、と蓮はせめて駿河に気遣って口にはしないようにした。






 喫茶『フルール・ド・スリジェ』

 カウンター席の一席に、美姫はぐったりと座り込んだ。


「私もうダメかも……助けてヒナちゃん」


「……あのね美姫。ここは喫茶店であって、恋のお悩み相談室じゃないのよ」


 今日はアルバイトとしてここに来ている雛菊は、生気の抜け掛かっている美姫に、カプチーノを差し出してやる。

 もちろん、ミルクと砂糖は多めに用意している。


「分かってる……分かってるのぅ……」


 美姫は上体を起こすと、カプチーノにミルクを注ぎ、砂糖をたっぷり放り込んでから一口啜る。


「はふぅ……。彼氏と二人きりの時って、何を話したらいいのか全然分かんないの……どんな話を振ればいいかな?」


「だから、私にそれを訊かれても困るのよ……私だって美姫に何か言ってあげたいけど、肝心な経験は全くのゼロなんだから」


 まぁ強いて言うのであれば、と雛菊も自分の意見を挙げてやる。


「面と向かって話すのが今は難しいなら、RINEでやり取りするところから始めるべきかしら……返信を急かせるような人でもないのでしょう?」


「うん。でも、出来るなら早く返したいよ。無視されてるって思われたくないし……」


「(美姫って、こう言う時は少し面倒になるのよねぇ……)」


 相手のことを思うあまり、自分のことを後回しにしてしまうことがあるのだ。

 雛菊からすれば、それは相手に着け入れられる弱点とさえ思っている。

 砂漠の砂がこの世から無くなろうとも、悪意の種は決して尽きることは無いのだから。

 さてどうしたものかと、雛菊も真面目に考えようとしたところで、マスターがカウンターの向こうから話に入って来た。


「彼氏くんと上手く行ってないって聞こえたけど?」


 自分に話し掛けられているのだと思い、美姫はマスターの顔に向き直る。


「えっと……そうなんです。男女のお付き合いって初めてで、何をどうしたらいいのか分からなくて」


 付き合い始めたのは昨日からだが、幸先があまりにも悪過ぎると、美姫は言うのだ。


「そうねぇ……私見で言わせてもらうと、『男と女』って考えようとするから、こんがらがっちゃうと思うのよ。だから、彼氏彼女とか関係なしに、一度二人で何も考えずに遊んでみる。そこから、何か変化があると思うけど、どう?」


「……何も考えずに、遊んでみる」


 ふむ、と何か合点が入ったようで、美姫は真剣に考える。

 思い直してみれば、「恋愛をしなくてはならない」と切迫していたのかもしれない。

 マスターが言うには、『恋愛』や『お付き合い』と言う題目を取り除き、ただ二人で遊ぶだけと言うことをしてみろ、と。

 それなら……出来るかもしれない。


「……うんっ。アドバイスありがとうございました、店長さん」


 ぺこりと頭を下げる美姫に「いいのよ別に」と苦笑するマスター。

 幸いにも今日はもうアフター5で、明日の土曜日は午前中で授業が終わるので午後から遊べるし、そちらが無理でも、明後日の日曜日なら一日中遊べる。


 そんな女の子と大人の女性のやり取りを見ていた雛菊は「無事に解決しそうで良かった」と小さく呟いていた。

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