Episode:05 1on1のラブデュエル【前編】

 明日の土曜日は午前中で授業が終わり、午後から来週の月曜日まで休みと言う、アフター5の晩。

 蓮は自室で勉強机の椅子に腰掛けて、思考に更ける。


「(朝霧さんと付き合うようになった、と言うのは良いとして。問題はその後に何故か気不味くなってしまうこと、だよなぁ……)」


 現状を再認識する。

 美姫が告白してくれたと言うことは、少なくとも蓮に対して悪い感情は抱いていないことは間違いない。

 では、彼女が気不味くなってしまうのは何故か?

 蓮自身、自分が好きな異性に告白してそれでOKされれば、気不味くはならないだろう……とは思っている。気恥ずかしい気持ちにはなるかもしれないが。

 告白された方が気不味くなるのは、仕方無いかもしれない。

 だが、告白した方が気不味くなるのは、どう言う心理が働くのだろう。

 何せ蓮自身、誰かに告白したことなど0戦0勝0敗のノーゲームである。

 そもそも、自分と他人とでは考え方に差異があるのだから、「告白された」からどう言う反応をするのかなど、想像出来なくて当然なのだが。

 では、何故気不味くなるのかと美姫本人に直接訊ねれば良いのではないかとも思いつくのだが、


「(それは……何だか朝霧さんのことを疑ってるみたいで嫌だな)」


 まさか、美姫が悪ふざけで告白してきたとは思えない。

 些細なことでも謝罪とお詫びをさせてほしいと嘆願してくるような彼女だ、蓮をからかおうと思ったのなら、わざわざ人気のない場所に呼び出す必要はないはずだ。


 九重蓮と言う人間は、(本人の自覚は無いが)基本的に善人寄りの人間だ。

 故に嘘や冗談が通じにくく、率直な反応を示してしまうことが多い。さすがに疑わしい文言や突拍子もないことを無条件に信じるほど愚かではないが、「疑うよりは信じる」と言う思考へ向く。


 であればやはり自分に非があるのか、と自分の中の"間違い探し"を始めてしまう。


 ――それが、自分と彼女の間に奇妙な隔たりを作ってしまっていると言うことには気付いていないのだが――


 その時、不意にスマートフォンから『RINE』の無料通話の着信を告げるバイブレーションがガタガタと机の上で震えた。


「っ!?」


 思考に集中しているところにいきなり音を鳴らされて、蓮は身を竦ませながらもスマートフォンに手を伸ばす。

 画面を見れば『朝霧美姫』の名前が表示されているのを確認して――


「も、もしもしっ?」


 反射的に通話に応じていた。


『えっと……も、もしもし?九重くん……今って大丈夫かな?』


「う、うん、大丈夫大丈夫」


 顔の見えない電話だと言うのに、姿勢を正してコクコクと頷く蓮。

 ついさっきまであなたのことについて考えていました、とは言わずに美姫からの反応を待つ蓮。


『あのね、明後日の日曜日って、空いてるかな?』


「日曜日?いや、予定とかは特に入ってないけど」


『あっ、そ、それなら、えっと……明後日、私とどこかに遊びに行かない?』


「(これは……お誘いってことだよな……?)」


 聞き違いでなければ、これは『日曜日に美姫と二人で遊ぶか否か』と言うことだろう。


 そんなもの――答えは決まっている。


「―――――いいよ。どこで遊ぶ?」


 答えは決まっているのだが、応えるまでに5秒ほど要してしまった。


『…………えーっと、ごめんなさい。ついさっきに日曜日に遊ぼうって思い付いただけで、どこで遊ぶとかは決めてないの……』


 美姫の申し訳なさそうな声が届く。

 どうやら、内容についてはまだノープランらしい。


「じゃぁ、今から決める?」


『うん、そうしよっか』




 それから数分ほど話し合った結果、無難に学園近くの繁華街で遊ぼう、と言うことになった。


『じゃぁ、日曜日の10時に、駅前だね』


「了解」


『うん。それじゃぁ、ばいばい』


「ばいばい」


 互いにひとまずのお別れの挨拶を交わし、通話を終える。

 スマートフォンを机の上に置き、背もたれに体重を預ける。


「明後日か……」


 美姫と二人きりで、映画を見たり、昼食を食べたり、ウィンドウショッピングをしたり……

 そこまで考えて想像してみたところで、ふと気付く。


「これは……もしかしなくても、"デート"だよな?」


 デート。

 それは、恋人同士であれやこれやとすることを指す。

 つまり……


「……やばい、緊張してきた」


 まだ36時間以上も前だと言うのに、蓮は激しい緊張感に包まれた。

 何せ、デートである。

 美姫は「遊びに行かない?」と言う言い方をしたが、これは紛れもなくデートだろう。

 ただ友達同士で遊んで回るのとは、全く別――本質的は同じかもしれないが――の事柄だ。

 こうしてはいられない、と蓮は再びスマートフォンを手に取ってRINEの無料通話画面を開く。

 相手は、鞍馬だ。


『もしもし?どうした蓮』


「あぁ、鞍馬。いきなりで悪いけど、ちょっと相談。えぇと……今週末に朝霧さんとデートすることになった。デートに必要な物って何か教えてほしい」


『おっ、ついに初デートだな。で、必要な物か?……この間の朝霧さんのお詫び会の時と同じようなことを言うけど、お手拭きとか折り畳み傘とか、ちょっとした気が利く物をいくつか仕込んでおくといい』


「そんな軽装でいいのか?」


『軽装ってなぁ……まぁデートと言っても、ぶっちゃけると女友達と遊びに行くのと大差ないから、そこまで難しく考えることはないと思うな』


「……やっばり難しく考えていたのかな」


『多分な』


 デートと言う行為に幻想を抱き過ぎていたのかもしれない。

 鞍馬と言う先達者の言葉全てを鵜呑みにはしないものの、もう少し気楽に構えろと、そう言うのだろう。

 変に緊張したりしては、それこそ美姫も余計に気を遣うかもしれない。


「……うん、ありがとう、もう少し気楽に構えてみる。あとそれと、出来ればこの事は駿河には言わないでほしい」


 駿河のことだ、きっと美姫とのデートを話せば「デートの報告とか何の嫌がらせだ!?滅び亡くなれリア充どもがァァァァァ!!」と発狂するに違いない。

 それどころか、陰から見張って来たりするかもしれない。

 そうなると、ちょっとめんどくさい。


『それはフリと見た。「やめろよ!?絶対言うなよ!?」ってのは、本音では「言えよ!?必ず言ってくれよ!?」ってことだな』


 すると、喜劇のようなやり取りで返す鞍馬。


「いや、フリじゃなくて素で頼む」


 冗談かもしれないが、一応釘は刺しておく。


『分かってる。さすがに言って良いことと悪いことの分別は付いてるさ。朝霧さんとの初デート、頑張れよ』


「ありがとう。出来るだけ頑張るよ」


 鞍馬とのやり取りも終えて、もう一息つく蓮。

 勝負は、明後日だ。






 一方、蓮とのやり取りを終えた鞍馬は、RINEのアプリを閉じようとして、ふと別の着信を告げた。


「?」


 それは、駿河からのメッセージ。


 ――一体何だろうとそれを開いたのが、運の尽きだったのかもしれない――。


『おい知ってるか?さっき松前さんから聞いたんだけど、明後日の日曜日、蓮と朝霧さんがデートするらしいぞ!こりゃこっそり付いて行って見守ってやるべきだよな!』


「(……さて、どこから情報が洩れたのやら)」


 駿河の返信には『お前は"馬に蹴られて地獄に墜ちる"って言葉を覚えた方がいいぞ』と返しておき、溜息をついた。


「すまない蓮、悪いが見てみぬフリをさせてもらう……」


 後は自分で何とかしてくれ、と謝罪の意を込めた独り言を呟いた。






 そして、運命の日曜日はやって来た。

 朝は慌てることのないように早めに起きて、朝食もしっかり摂り、予め用も足しておく。

 今日の服装も、手持ちの私服の中でも厳選した組み合わせに、身嗜みの整えも念入りに。

 鞄の中身も、スマートフォンや財布と言った頻繁に出す物以外は、昨日の内に必要なものを全て仕込み終えている。


「よし……これでいいはずだ」


 蓮のこの独り言も、昨日の晩から数えてもう8回目になる。それはつまり、鞄の中の見直した回数に比例する。

 もし仮に駿河がこの光景を見ていたら「それはもう用心じゃなくて、こうなるって未来でも見えてるんじゃねぇの?」と笑われそうだが。


「行ってきます」




 待ち合わせ場所である駅前にも、約束の時間の10時の15分前、9時45分前に到着するように時間合わせもしている。

 しかし事態は、いきなり蓮の予想を裏切ってくれる。

 ほぼちょうど15分前に駅前広場に到着すると言うタイミングに差し掛かった頃。


「……ん?」


 蓮は一瞬、自分の目を疑った。


 駅前広場の一角の隅の方で、そわそわしながら立っている美少女が一人。

 その後ろ姿は、朝霧美姫のソレだ。

 自分の方が早く駅前広場に来るはずだと信じて疑っていなかった蓮にとって、これは予想外であった。

 早歩きだったペースを小走りに速めて、蓮はその姿に近付く。

 人違いだったらまずいので、蓮は一応声を掛けてみる。


「朝霧さん?」


「ひゃっ!?」


 どうやら本人だったらしく、弾かれたように蓮の方へ向き直ってきた。


「お、おはよう九重くん」


「うん、おはよう」


 ここで互いに正面から向き合う。




「「((当たり前だけど、私服だ……))」」




 当人同士では知る由もないのだがこの瞬間、二人の心の声がシンクロした。


「(いつもは制服だから、新鮮だし……可愛いと思う)」


「(やっばり制服と私服とじゃ、全然違って……すごく"男の人"って感じ……)」


 ふと、挨拶を交わしてから既に10秒が過ぎたにも関わらず、その後が続いていないことに気付く二人。


「って言うか朝霧さん、随分早く来たんだね?まだ15分前なのに、俺より早いし……」


「えっ、だ、だって、九重くんを待たせちゃいけないって思ってたし、いくらなんでも30分も前から待ってることはないかなぁって……」


「俺だって、朝霧さんを待たせないようにって思っ……え?」


 いやちょっと待て、と蓮は美姫の発言を思い返す。


 いくらなんでも30分も待っていることはない、と美姫は言った。


 それはつまり、美姫は9時30分の時点でここにいるということで……


「まさか朝霧さん、15分も前から待ってたりする……?」


「う、うん……」


 躊躇いがちに頷く美姫。


「うわぁごめんっ!そんなに前から待ってるとは思わなかった!」


 蓮は慌てて頭を下げて謝る。

 そう言えばこの間の告白の一件でも、蓮よりも先に美姫が待っていたではないか。

 どうも、美姫は待ち合わせに関してはかなり律儀な性分らしい。


「わわっ、謝らないでよっ。私が早く来すぎただけなのに……なんかごめんなさい」


 とは言え、美姫の方は美姫の方で早く来すぎたと思っているらしく、謝っている蓮に謝り返す。

『目には目を』とでも言わんばかりに、謝罪には謝罪をと、謝り合う二人。

 傍から見れば、かなりおかしな光景に見えるだろう。


 謝り合戦もひとまずの停戦を迎え、蓮の方から事を切り出す。

 昨夜に美姫と決めたデートプラン(蓮視点)を思い出していく。


「えーっと、じゃぁ朝霧さん。まずは、映画を観に行くんだっけ」


「うん。前に静香ちゃんがね、凄く面白い料理映画を観たって言ってたから、それを観ようと思うの」


「料理映画か……」


 それはなんとも、食欲を刺激する内容だろう。

 上映が終わった後は昼食を予定しているだけあって、かなりタイミングが良い。


「じゃぁ、行こうか」


「うん」


 二人並んで、モール内に併設されているシネマへ向かう。






 ――そんな蓮と美姫の様子を、背後から見ている影が二つ。


「ぐおぉぉぉぉ……何だこの、強烈な胸焼けは……」


「あーもーっ、せっかくのデートなんだから、手ぇくらい繋ぎなさいよっ……」


 それは、『目立たない怪しい』服装をした駿河と静香だった。

 実のところ静香は、今日に蓮と美姫が二人で遊びに行くことは、その美姫本人から聞いていた。

 勿論、美姫は『デートではない』と言う認識のつもりで伝えたのだが、静香はこれを『デートである』と(勝手に)捉えた。

 当初は、雛菊を巻き込んで二人を監視すみまもるつもりであったが、その雛菊からは「やめなさいそんなこと」と言われて拒否されてしまった。

 なので、この間にRINEのIDを交換し合った駿河にこのことを伝え、代わりに彼を道連れにしたのだ。


 美姫から静香へ、静香から雛菊と駿河へ。


 当人二人の知らないところで、今回の初デート(仮)は友人達に知れ渡っていたのだ。

 そして、初っ端から初々しいやり取りを見せつける蓮と美姫を見て、駿河は胸焼けを訴え、静香は何故手を繋がないのかと悶えているのだ。


 まずは映画を観に行くと言う二人の後をこっそりとストークしていく。






 さて、料理映画であると美姫は言っていたが……


『俺の名は櫻木春樹さくらぎはるき!元刑事で、今は料理人だ!この世に蔓延る邪悪な料理の数々、見過ごすことは出来ん!』


 あらすじによると、元刑事の料理人が、正義の料理の数々で悪のコックを成敗していく、と言う内容らしい。


「(いや、コレ……本当に料理映画か?確かに料理は出てるけど、どう見てもアクション映画だよな……?)」


 蓮がそう思うのも無理はなく、派手な効果音やフラッシュまで加わるそれは、アクションと言うよりもはや日曜日の朝の特撮アニメだ。

 静香は一体どのようにして美姫にこれを「料理映画だよ」と吹き込ませたのか。

 その美姫を横目で盗み見ると、彼女は真剣な表情で映画の内容に見入っている。


 やがて、物語も佳境に差し掛かった頃。


『ミスター・アクジッキ!貴様には分かるまい……食材とは犠牲の元に生まれるものであり、そしてそれを使わせていただき、お客様に食べていただくと言う、料理人の誠意が!そう!俺はついに料理の真髄を見つけた!料理とはすなわち、感謝の気持ちそのものであるのだと!!』


 荒唐無稽かつハチャメチャな展開の中にも、しっかりとした内容もあるものだ。


 そしてラストの結末は、これまでに成敗してきた悪の料理人達が改心し、揃って主人公の元へ押し掛けて弟子入りしてくると言うグッドエンディング。


 エンドロールも終わり、場内に照明が点けられていく。


「……けっこう面白かった」


 料理映画と思いきや、内容は完全に特撮アニメ、しかし勧善懲悪ではない群像劇でもあり、成敗される側の悪の料理人の心情や、悪にならざるを得なかった葛藤などもこと細かく描写されていた。

 他人からの口コミとは言え、やはり面白いと言われるだけはあるのだ。


「うんうんっ、面白かったよね」


 美姫の方はと言えば、ほくほく顔をしている。

 料理映画だと期待した予想の遥か上をぶっちぎった内容であったが、満足したようだ。


「映画の中のお料理も美味しそうだったし、やっぱりお腹も空いちゃうね」


「じゃぁ、お昼にしようか。朝霧さんは何が食べたい?」


「うーんと……」


 最初のお互いの申し訳なさはどこへやら、今はもう映画を観終えた余韻に浸っている。

 ふと、蓮はトイレの標識を見て足を止めた。


「あ、ごめん。ちょっとトイレ……」


「うん、待っとくね」


 美姫が近くの壁を背中にするのを見て、蓮はすぐ左手にあるお手洗いに入ろうとして、


「ん……?」


 背後を振り返った。

 しかし、振り返っても見知らぬ観客ばかり。


「九重くん?どうしたの?」


 お手洗いに入ろうとして急に振り返った蓮を見て、美姫は小首を傾げて訊ねる。


「いや、今、駿河がいたように見えたんだけど……」


「芝山くん?え、でもいないよね?」


 美姫も彼と同じ方向に視線を向けるが、見知った顔は見られない。


「見間違いだと思う、うん」


「?」


 まぁいいか、とそれ以上気にすることも無く、蓮は男子トイレへ入って行った。





 館内の曲がり角で、駿河と静香は冷や汗をかいていた。


「あっぶねぇ……気付かれると思ったぜ……」


「映画の後のお手洗いってケースを完全に失念してたわ……」


 急に蓮がトイレに入ろうとするものだから、慌てて曲がり角に引っ込んだのだ。

 そこから様子を窺いつつ、蓮が戻ってくるのを待つ。

 傍から見れば不審極まりなく、周囲の人間は訝しげに一瞥していくが、この野次馬根性丸出しの二人はそんな視線など気にしない。


「おっ、蓮が出てきたぞ」


「この後はお昼ごはんって言ってたし、どこで食べるかしらね」


 自分達から見て蓮と美姫が背中を向けるのを確認してから、野次馬二人は再び追跡していく。






 モール内の、フードコートのある階層へ向かい、そこのレストランに入店していく。

 お昼時真っ盛りではあったが、並び待つことなく席に案内される。

 オーダーを終えた後は、映画の感想会だ。


「何て言うか、アクションとか演出が凄い派手だったよな。小さい頃に見てた、特撮ヒーローみたいでさ……」


「うんうんっ。放り投げた野菜を、皮の状態からあっという間にみじん切りにして、そのまま燃えてるフライパンの中に全部こぼさず入れちゃうとか、実際じゃ絶対無理だよね」


 楽しそうに映画の感想を言い合う中、蓮は思うところがあった。


「(何だか、デートって言うより、普通に遊んでるだけだな?)」


 蓮自身は「デートだデート」と意気込んでいたが、やはり鞍馬が言っていた通り、『女友達と遊ぶのと大差ない』のだろう。


「(デートって案外、こう言うものなのかもしれないな……)」


 デートだから、デートならば、デートだったら……そんな"たられば"ばかり考えていたが、それは的の外れた考え方だったようだ。


「それでね、お昼ごはんの後、私は服とか見て回ろうと思ってるんだけど、九重くんが行きたいところってある?」


「俺?んー……本屋とかCDとか見れれば十分だし、基本は朝霧さんの回りたいところでいいよ」


「え、でも、そんなの九重くんは退屈じゃないかな?」


 蓮としては特に気を遣ったわけではないが、美姫はそれを「蓮は自分のために遠慮している」と読んだ。


「私の用事ばっかりになっちゃうけど……いいの?」


「いいよ。朝霧さんと一緒なら、きっと退屈じゃないと思うから」


 それも蓮の本音だった。

 実を言うと、退屈じゃないどころか、美姫と一緒にいるだけでいっぱいいっぱいなのだが、それを言うのは照れくさいので黙っておく。


「……やっぱり、九重くんって優しい」


 頬を薄赤く染めて、美姫はそう呟いた。






 二人がいる席からは遠く、何を話しているのかは聞こえない。

 だが、歯が浮つくような甘っ苦しい雰囲気がそこから漂っていることだけは確かだった。


「九重くんは何食わぬ顔をして、美姫はちょっと恥ずかしそうな感じ……くぅぅぅっ、話の内容が聞こえないのが惜しいッ」


 ぐっ、と握り拳を震わせながら、静香は悔しげに歯噛みする。


「うっ……悪い松前さん、俺ちょっとコーヒー取ってくるわ……」


 いっそ心臓に悪い甘さだぜ、と駿河はドリンクバーへ向かう。




 尾行されていることに気付くこともなく、蓮と美姫の二人のデート(蓮視点)は、午後後半戦へと移行する――。

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