第16話

 クリスマスデート。横浜の中華街に行くことになった。瀬田君のチョイスだ。なかなかいいと思う。僕は中学生の時に、クリスマスデートで彼女とディズニーランドへ行って、死にそうになったことがある。ハンパのない混みっぷりで、楽しむどころではなかった。夕食を食べようとしたけれど、どの店も人で一杯。ディズニーランドの外にあったマクドナルドにさえ入れなかった。どうしようもなく腹が減って、僕が駅前の蕎麦屋に入ろうとしたら、彼女が泣き出してしまった。あれは本当に可哀想だった。

 デートの計画表は、あまり細かく見てない。瀬田君が門脇さんとかなり協議したらしいので、心配は無いだろう。予算は交通費コミで五千円。交通費が往復千五百円近くかかるので、実質三千五百円しか使えない。大丈夫か。

 せっかく中華街に行くのだから昼飯も食べよう、ということらしい。地元の駅に午前九時に集合だ。みんなけっこうオシャレをしてきている。真里子と瀬田君は、そのまま親戚の結婚式に行けそうな格好をしていた。門脇さんの私服は予想以上にかわいい。サッカー部の彼氏、山岸先輩。地味な感じで、ちょっとダサい。そこに安心感がある。三年生だけど腰が低い。

「いつもお世話になってます」

 山岸先輩が低い声で僕に挨拶をしてくださる。優しい笑顔。佐藤君とは初対面でしょ! と門脇さんに突っ込まれている。仲が良さそうだ。山岸先輩は瀬田君ほど身長はないけど、素晴らしい骨格をしている。瀬田君と山岸先輩がいれば、デート中にヤンキーとかに絡まれても大丈夫だ。まあ、内部にヤンキーがいるわけですけど。

「あれ? ちょっとラフすぎたかな」

 みんなのファッションを見渡して、ヤンキーが言った。深山先輩。ジーパンにTシャツという、極めて色気のない格好。

「いっそのこと制服で来ればよかったのに」

 と僕は言ってしまい、みぞおちにパンチされた。そのパンチを合図に、瀬田君が「じゃあ出発しましょうか」と明るく言った。前途多難だ。

 今回のデートは目的がはっきりしている。メインは瀬田君と真里子の仲を取り持つこと。おまけで、僕が深山先輩の気持ちを汲んであげること。あまり乗り気ではないが、門脇さんに超お願いされている。

 電車の中で瀬田君が、頑張って真里子に話しかける。真里子は無邪気に答えている。いい感じだ。門脇さんは彼氏そっちのけで巨人たちの顔色を伺い、タイミングを見計らって会話に参加している。

「相当面倒見がいいですよね、門脇さん」

 僕は山岸先輩に話しかけてみた。

「それが趣味みたいだよ、あいつは。おせっかいだよね」

 山岸先輩が笑った。そのセリフをバッチリ聞きつけて、門脇さんが山岸先輩のお腹にパンチした。山岸先輩は慣れているらしく、両腕で完璧にガードした。さすがディフェンダー。

「間合いの取り方が上手いですね」

 感心して、僕は変な事を言ってしまう。

「竹刀を持たれたら、ちょっとかなわないけどね」

 先輩が困った顔で言った。なんかいい人だ。なんたって、門脇さんの彼氏だもんな。

「門脇さんに、竹刀で叩かれることもあるんですか?」

「そうだね。本気で怒った時には、竹刀を出してくるね」

 先輩は冗談めかして言ったのだが、これは本当のような気がする。門脇さん、結構容赦ない。

 僕らの会話を聞いていた深山先輩が、調子に乗って山岸先輩に攻撃し始めた。門脇さんが殴ってるんだから、私も試してみたい、という事らしい。結構本気でパンチしている。もしここに竹刀があったら、間違いなく使っているだろう。山岸先輩は器が大きいので、笑顔で深山先輩の攻撃をディフェンスしている。電車の中なんですけど。

「深山先輩……。山岸先輩は三年生ですから。体育会系ルールで行くと、ちょっと許されない行為ですよ」

 僕はそっと言った。深山先輩が固まって、今更青ざめた顔をしている。

「今は学校でも部活でもないんだから、気にしないで」

 山岸先輩が笑って言ってくださり、いたたまれなくなった深山先輩が、今度は僕にパンチを繰り出し始める。気持ちは分かるけど止めて下さい。僕はディフェンダーじゃないので、普通に大ダメージを受けています。


 横浜に着いて、早速中華街へ向かう。にぎやかな通りに、たくさんの出店が並んでいる。観光地だから結構ぼったくり価格だ。雰囲気は悪くない。異国情緒があって楽しい。ごちゃごちゃしていて、地元の上野のアメ横を思い起こさせる。アメ横のマグロは、安くて不味い。

 真里子が目を輝かせている。フラフラと出店に引き寄せられて、食い物を買おうとする。みんなに止められる。昼飯を食う為に、今まさに店に向かっている所なのだ。止められて、真里子が本気でがっかりしている。食に関して真里子は貪欲過ぎる。

「川崎さん、お昼ごはんはビュッフェですから。もうちょっとだけ我慢してください」

 瀬田君が微笑みかける。

「ビュッフェってなんですか?」

 真里子が訊いた。

「えーと、バイキングの事です。中華の食べ放題」

「ほんと? やったぁ」

 真里子が小躍りする。計画に抜かりがない。しかし、俺と門脇さんは、食べ放題に行くと確実に損をするタイプだ。今回はその分、周りの人が食べるだろうけど。ちょっと納得がいかない。

「食べ放題ともなると、それなりのお値段になるんだよね? 本格中華なわけだし」

 僕は瀬田君にそっと訊いた。

「あ、それは大丈夫。株主優待券(かぶぬしゆうたいけん)があるので、みんなには五百円ずつ貰います」

 何でもないように瀬田君が言った。株主優待券……。お金持ちアイテム出たよ。

 

 僕が知っている食べ放題の店のイメージ。大皿に山盛りの食べ物が並んでいて、各自が自分の皿に節操無く盛りつけていく。焼肉とカレーライスと寿司と。バリエーションはあるけれど、あまり美味しくはない。専門店ではないので当たり前だ。格安の食べ放題に行って、損した気持ちになる時もある。まあ、僕が量を食べられないせいもあるけど。

 到着した中華料理店は高級な感じ。分厚い絨毯に、重厚なターンテーブル。食べ放題と言っても、その都度注文する形式だった。点心が回ってきて、それをもらってもいい。二階席の窓から、混雑してる通りを優雅に眺める。なんだかえらい金持ちになったような気分だ。しかしこれ、少なくとも四、五千円はしそうなんですけど。

「食べ放題ですけど、北京ダックとフカヒレも注文出来るみたいです。ゆっくり、味わって食べましょう。時間制限もないので」

 瀬田君が言った。真里子が恐ろしいほど真剣に、メニューを見詰めている。部活の時以上にマジだ。

 瀬田君と真里子は置いておいて、他の人間は少しづつ色々種類を食べたい。相談して注文をする。僕は細ネギたっぷりの、チャーシューメンを注文した。テレビで見て、中華街に来たら食べたいと思っていたのだ。予想通りめちゃくちゃ美味しくて、みんなに勧めまくった。他の人も同じ。美味しさに感動して、他の人におすそ分けしたくなる。五百円で食べてるということが、輪をかけて嬉しい。

 真里子も料理の美味しさに驚いている。ただ、手を休めることは決して無い。おすそ分けをする理性は残っているようで、となりの瀬田君と門脇さんのお皿に、気に入った料理を無言で分配している。真里子にもらった分を、嬉しそうに食べる瀬田君の顔! 会話はほとんど無いのに、親密な空気が流れている。いいね、超いい感じ。僕は門脇さんと、顔を見合わせて頷きあう。

 

「あー腹が苦しい。ちょっと失礼」

 深山先輩がそう言って、すばやく一階へ降りていった。トイレか。まさか吐きに行ったのかよ。数分後、先輩が席に戻って来た。

「はぁ〜スッキリした。次は何を注文しようかな」

 先輩がメニューを広げる。吐いてお腹をカラにして、もう一度食べる気なのか。

「先輩、食べ放題でそれはダメですよ。こんな立派なお店で」

 僕は幻滅して言った。

「え? 何が」

「トイレで何をしてたんですか。全く……」

「あの、えーと。トイレで? ウンコだけど。便秘だったから出て良かったよ。中華のおかげかな」

 深山先輩がそう言った瞬間、山岸先輩が口に含んでいた液体を前方に吹き出した。腹を抱えて笑っている。門脇さんに後始末をされながら、物凄く叱られている。すみませんでした。全部僕のせいです。


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